残酷な描写あり
R-15
第13話「依頼『盗賊頭を討伐せよ』②」
■■盗賊のアジト、中心部にて■■
目が覚めると、椅子に縛られていた。
あたりは相変わらず薄暗いが、妙に空間が開けているように見える。
「よう、お目覚めのようだな」
酒焼けしたザラザラした声に、顔を見上げると、目の前に巨漢が立っていた。
薄茶けた衣服に不釣り合いな宝石類で首元や手首を飾ったその男は、ここに来る前に依頼書の添付資料でも確認した顔をしていた。
「あんたが『盗賊頭』か」
「ああ、そうだ。仲間たちが随分世話になったようだな」
周囲からゲラゲラと笑う声が聞こえる。
響き渡る声の数から判断するに、ここはこの盗賊たちの集会所のような扱いになっている場所らしい。
僕は暗がりの中で数十という野盗たちに取り囲まれているようだった。
「悪いが、装備は回収させてもらったぜ」
いつの間にか僕は肌着一枚にされている。
剣も防具もアクセサリーも、全て押収されたらしい。
「しかし、『女神の耳飾り』に『女神の外套』とは、随分いいものを持ってるじゃねえか。なにを素材に使ってるかは知らねえが、この革ズボンも相当いいものに見える」
「それは――【下り人の頂き】の終着点にいたやつから剥いだ革」
すると、突然周囲でまた盗賊たちが笑った。
盗賊頭も馬鹿にしたように噴き出して、革ズボンを乱雑に脇に放った。
「おもしれぇことを抜かしやがる。お前みたいなやつが【神獣】を倒したって? 背後にオレが迫ってたのも気付かねえで、あっさり捕まっちまったお前が?」
「……まあ……うん……」
なにも云い返せなかった。
本当に冴えないなあ、と心の中のもう一人の自分にさえ笑われた気がする。
そこで不意に頬に衝撃を受けた。
「誰に雇われた」
「……『46』……そんな簡単に口を割ると思うか――ぐっ」
減らず口を叩き終わると同時にもう一度殴られる。
「……『47』……ちくしょう痛いな」
『HPダメージ』はそこまで大きくなかったようだが、それでも受けた衝撃自体が緩和されるわけではない。
口の中に血の味を感じて僕は顔をしかめる。
やがて盗賊頭が暗がりの中になにか合図する。
すると、一人の盗賊が僕の目の前に姿を現した。
先ほど仕留め損ねた若い盗賊だった。
彼は鞭を手にして、口元を残酷に歪ませている。
「命乞いすれば、死に方くらいは選ばせてやるぜ」
それから、一方的な暴力が始まった。
肌着を引き裂かれ、その若い盗賊は憂さを晴らすように、何度も鞭で僕を叩きつけた。
『48』……『49』……『50』……『51』……。
『52』、『53』、『54』『55』『56』――。
頭の中で数え終わったところで、盗賊頭が云った。
「よう、頑張るだけ無駄だぜ。オレはこれでも計略家でな。【アナリシス】の魔法が使える。依頼主を云わなかったところで、オマエの身の上からそいつを探り当てて暴き出してやることだって可能なんだ」
「……それじゃ、なんでこんな真似を」
「そいつがお前を痛めつけてやりてえって聞かねえからさ。盗賊団にも盗賊団なりの『福利厚生』ってやつが必要なんだ。分かるだろ?」
頬に鈍器で殴られたような衝撃が走る。
今度は鞭の柄の部分で思い切り殴られたようだった。
「……『57』……全然分かりたくない」
「ああ、そうかい。じゃあ、お前はすぐに死ぬからよ、今のうちに教えてもらうとするぜ。気味の悪い数字を数えるのも、これで終わりだ」
盗賊頭は僕に手の平を向けて構えた。
「【アナリシス】」
「『58』」
盗賊頭の眼前に一枚のページが浮かび上がった。
それは僕が日々目にしている【アーカイブ】の自己ステータス欄だった。
「な、コイツ――!」
そして、僕が何者かを悟るか否や。
盗賊頭は声を荒げて叫んだ。
「野郎ども伏せろ! コイツは――」
「……今ので、ちょうど溜まった」
「コイツは――【操奇】だ!」
「スキル【ラウンドアバウト】発動――」
その瞬間、盗賊頭の眼前にあったページの中で、いくつもの数字が渦巻いた。
やがて目まぐるしく変動していたステータスの数値が確定されると、属性の項目が『水』から別の文字へ切り替わる。
そこには一文字――『星』と書かれていた。
「使用条件開放――」
そして、僕はその魔法の名前を口にした。
「――曙光【アウローラ】」
洞窟内を――眩い光が包んだ。
「う、うおおおォォォ――!」
影を一つとして逃さない全方位からの強い輝きが数秒の間照射される。
再びその空間が暗闇を取り戻した時。
そこには僕と盗賊頭だけが取り残されていた。
「て、てめえよくも……!」
周りからゴトリ、ゴトリとなにかが落ちる音が響く。
僕の目の前には一本の鞭と若い盗賊が来ていた装備が転がっていた。
その装備品にはところどころ灰のようなものが降り積もっていて、かつて人の形をしていたその残骸がユラユラと煙を立てている。
「なるほどね。【星詠み】の効果で僕の攻撃に対して【天眼】は発動しないはず――とすると、咄嗟に『女神の外套』を着込んだか」
「ぐっ――」
僕は【アウローラ】の発動と同時に拘束を解いていた。
悠然と椅子から立ち上がり、脂汗を浮かべる盗賊頭に向き合う。
「即死回避できたとはいえ、あなたのHPはもう残り『1』だ。もう、どんなかすり傷だって【行動不能】にできるだろう。でも、僕は確実に【衰弱(致死)】を付与したいと考えている」
それから、僕はふと今日の自分の行動を思い返した。
そういえば、今回まだ発動していない固有スキルがある。
久々にアレを使って見るのもいいかもしれない。
「なので、レベルが高いらしいあなたには、少し特殊な『弱体化』を付与することにする」
「な、なにをする気だ」
「スキル『河漢之言』発動――」
間もなく、盗賊頭は自分の身になにが起こったか気付いたらしい。
その表情は恐怖の色を浮かべ、瞳は一切の希望を失ったように曇っていた。
「こ、殺さないで」
「うるせえな」
僕は盗賊頭に手の平を向ける。
「イドからの贈り物に手を付けた段階で、お前は終わりなんだよ」
そして、盗賊頭の情けない悲鳴が響くと同時に。
洞窟を再び、眩い光が包みこんだ。
▲▲~了~▲▲