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作者: 特攻君
残酷な描写あり R-15
第12話 堕ちた魔人2
 ジェシカとの対話は険悪な雰囲気で進んで、リビングは静寂で包まれる。カーミラの言葉を最後に、誰もが口をつぐんでいた。
 怒声を上げたフォルトは目を閉じて、彼女の言葉をみしめる。思うところは多いが、その答えを出して良いのかと逡巡しゅんじゅんしているのだ。
 もう少し時間を掛けたかったが、この静寂を破る人物がいた。

「貴様! 黙って聞いておれば調子に乗りおって!」
「エ、エジムさん! やめなさい!」
「ジェシカ殿の言葉でも、もう我慢なりませぬ!」
「きゃ!」

 ジェシカの制止を振り切ったエジムは、腰に差していた剣を抜き放った。
 そして問答は無用として、剣の切先をフォルトに向けた。

「つべこべ言わずに一緒に来れば良いのだ!」
「………………」
「何を黙っておるのだ? さっさと立て!」
「もう……。いい……」
「何だって? ハッキリと言わんか!」
「もういいって言ったんだ。ニンゲン!」

 フォルトは座りながら、エジムに対して魔法を使う。
 静寂が破られたことで、「人間を見限る」という答えを出したのだ。カーミラとの約束だが、身の危険を感じて吹っ切れた。


【インプロ―ジョン/内部爆裂】


 魔法を受けたエジムは、剣をフォルトに向けた状態で体内から爆発した。
 そしてリビングの隅々まで、鮮血と肉片をぶちまける。床には金属製の剣とよろいが転がって、ガシャンという音が響く。
 周囲には薄い血煙が舞った関係で、血生臭さが漂い始めた。
 この凄惨な光景を見たジェシカが悲鳴を上げる。

「きゃあ!」
「うるさいですよぉ」
「うっ!」
「黙っててねぇ」

 フォルトの一連の行動を予想していたのか。瞬時に動きだしたカーミラが、ジェシカの首筋に軽い手刀を入れた。
 意識を絶って気絶させるためだ。

「カーミラ」
「何ですかぁ?」
「賭けは……。カーミラの勝ちだなあ」

 椅子から立ち上がったフォルトは、カーミラに対して笑みを浮かべる。
 初めて人を殺害したが、特に思うところは無かった。魔法を使用したことで、何の感触も無かったからか。はたまた魔人として堕ちたのか。
 今であれば人間を何人殺しても、憐憫れんびんすら浮かばないだろう。

「えへへ。だから言ったじゃないですかぁ」
「だったな」
「これからどうしますかぁ?」
「外の奴らを殺すか……」
「じゃあ私がやりまーす!」
「そうか?」
「簡単ですよぉ。カーミラちゃんにお任せでーす!」
「アイナだけは殺すな」
「はあい! 行ってきますねぇ。ちゅ」

 フォルトのほほに口付けしたカーミラは、笑顔のまま玄関扉から出ていった。
 それを見届けた後は、気絶しているジェシカを眺めた。机の上に突っ伏した彼女の姿から、教会での出来事を思い出す。

(あのときは憤怒と色欲が湧き上がってきたな。今は憤怒を解放してしまった。対象はジェシカじゃなくて騎士に飛んだがな。まぁ何だ……)

 教会で、ジェシカに別れを告げたときに感じた憤怒と色欲。
 もちろんフォルトは抑えたが、先ほど憤怒を解放した。まるでかせが外れたかのように、心が軽くなっている。
 そう思っていると、自宅の外が騒がしくなった。

「何だ?」
「ぎゃ!」
「こっ殺せ!」
「きゃあ!」
「斬れ! 斬れ!」
「うぎゃあ!」
「たっ助けて……。ぐぼぉ!」

 兵士の悲鳴や金属のぶつかる音が聞こえてくる。
 それを脳が理解した瞬間に、フォルトは行動に移った。ジェシカを抱え上げて、寝室のベッドに投げ入れたのだ。

「………………」

 フォルトには、それ以降の記憶が無い。
 気付いたときにはベッドに座って、夢見心地の良い気分に浸っていた。しかしながら意識が鮮明になったところで、ふと思い立って寝室を出る。
 リビングでは、カーミラが椅子に座っていた。

「えへへ。御主人様、大好きだよぉ」
「俺もだ」
「兵士の死体は処理済みでーす!」
「ありがとう。カーミラに怪我は無いか?」
「後で御主人様に見てもらうもーん!」
「ははっ。お安い御用だ」
「でも、ですね」
「どうした?」
「あれから七日も経ってますよぉ」

 カーミラの話だと、ジェシカや兵士たちが訪れたのは七日前。
 それらの処理は数分で済ませた。とはいえ、寝室に入ったフォルトが一向に出てこなかったようだ。
 邪魔するのも悪いからと、今まで待っていたらしい。

「なっ七日もか!」

 その話を聞いたフォルトは、目を見開いて驚いた。今しがた寝室に入ったばかりだと思っていたのだ。
 口角を上げたカーミラは、ゆっくりと寝室をのぞいた。

「酷い有様ですねぇ」
「何が、だ?」
「あの女。ボロボロですよぉ」
「え?」
「生きてはいますねぇ。でも、まともな思考を残してるかなぁ?」

 フォルトは恐る恐る寝室を覗く。
 まさに見るも無残な光景だった。どうやらジェシカに、色欲をぶつけたようだ。彼女の奇麗で澄ました顔はすでに無かった。
 よだれを垂らした顔は、喜びでゆがんでいる。魅力的だった体はビクンビクンと跳ねており、白い液体にまみれていた。
 寝室には嗅いだことのある臭いが充満して、吐き気がするほどだ。

「これを……。俺が?」
「色欲が全開でしたねぇ。すてきでしたよぉ」
「覚えてないな」
勿体もったい無いですねぇ。後で思い出すんじゃないですかぁ」
「そっそうか。どうすれば?」
「好きにすればいいでーす!」
「好き、に?」
「御主人様は魔人ですよぉ」
「弱肉強食だったな」
「そうでーす!」

 フォルトは絶句した。
 受け継いだ魔人の力を、良い方向に使っている間は問題無かった。
 召喚魔法で家を建てたり獲物を狩らせたり、と。しかしながら、力を悪い方向に使った結果が今の有様だった。

(参ったな。だが……)

 これは、フォルトの罪である。
 そして、人間も罪を犯していた。アイナは約束を破った。ジェシカとエジムは理不尽な話で、強制的に連行しようとしていた。

「人間を見限りましたかぁ?」

 カーミラの言葉が胸に突き刺さる。
 賭けはフォルトの負けなのだ。約束は守らねばならない。破ればアイナと同じになってしまうだろう。

「ははっ」
「御主人様?」
「はははははっ! カーミラよ。賭けはお前の勝ちだ!」
「はい!」
「約束通り人間を見限ろう」
「やったあ!」

 フォルトはひとしきり笑った後、冷たい視線をジェシカに向けた。
 それから寝室の扉を閉めて、カーミラに問いかける。

「アイナは?」
「縛ってから木の枝にるしてありますよぉ」
「寝室は使えんな」
「ですねぇ」
「なら外で懲らしめてやろう」
「カーミラちゃんも一緒にいいですかぁ?」
「ははっ。二人で壊すとするか」
「はあい!」

 フォルトは散歩でもするような感覚で、カーミラと自宅を出た。
 それから、木の枝に吊るされたアイナを眺める。ご丁寧に猿轡さるぐつわまでされて、身動きが取れないようだ。
 ならばとジェシカと同じ七日間を使って、二人で彼女を玩具にしたのだった。


◇◇◇◇◇


 フォルトはカーミラと共に、とある場所を目指していた。
 二人の後ろには、四体のスケルトンがいる。自宅を出るときに召喚し、二つの大きな袋を持たせて追従させていた。
 骸骨兵と呼ばれるそれは、人の骨だけで動く下級アンデッドだ。

「ゴミは捨てないとな」
「生ゴミですからねぇ」
「そろそろ到着だな」
「ところで御主人様?」
「うん?」
「どこに行くんですかぁ?」
「再生処理場だ」

 二人は何の警戒もせずに、森を進んでいた。
 道すがら魔獣らしき大きな獣が現れたが、あっという間に倒している。フォルトは持っている力を、好きなことに使うと決めたのだ。
 魔人として堕ちているのだから……。

「あっ、はぁ、もっ……」
「んくぅ、はひぃ」

 スケルトンたちに運ばれている袋の中から声がする。
 何やらモゾモゾと動いているので、フォルトは後ろを向いた。どうにも持ちづらそうだが、骨だけのクセにバランス良く歩いている。
 袋の中身は、本当の生ゴミではない。

「えへへ。御主人様は凄かったですよぉ」
「カーミラも、な。アレが連携というやつだ」
「御主人様と連携なんて、カーミラちゃんは感激でーす!」

 木の枝に吊るされたアイナを、二人で玩具にしたときの話だった。
 フォルトとカーミラの連携は凄まじく、彼女は七日間で発狂している。魔法使いの冒険者だが、今後は魔法は使えないだろう。
 もう壊れてしまって、まともな会話もできない。

「さぁ着いたぞ」
「この洞窟ですかぁ?」
「そうだ。おーい! いるか?」

 暫く森を進んでいると、洞窟らしき穴に到着した。フォルトが自身の能力を確認しているときに発見した場所だ。
 声は奥まで響いて、豚顔で体格の良い魔物が出てくる。
 オークと呼ばれる亜人だ。人間を殺して食料にするので魔物とされているが、本来なら亜人種に分類される。
 これについては、ゴブリンやオーガも同様だ。

「何ダ?」
「お前たちオークだな?」
「人間、殺ス!」
「人間、マタ来タ!」
「懲リナイ。死ネッ!」
「人間ではない。一緒にするな!」

 オークは人間より知能は低いが、集団で生活できる程度の知恵を持つ。
 たどたどしいが言葉も話せるので、戦闘を回避することも可能である。

「デハ何ダト言ウノダ?」
「魔人だ。聞いたことはあるか?」
「魔人? アノ魔人カ?」
「その魔人だ!」

(どの魔人か知らないけどな!)

 フォルトはすっとぼける。
 魔人のことを知っているようだが、見た目が人間なのに納得している。さすがは知能が低いと言わざるを得ない。

「御主人様。オークなんかに何の用ですかぁ?」
「まあ見てろ」
「メス!」
「メス! 仲間増ヤス!」
「捕マエル!」

 カーミラを見たオークたちが、一斉に襲い掛かってきた。彼らは他種族の女性を犯し、子供を産ませて種族繁栄につなげる。
 本能がそうさせるのだ。

「ふん!」

 オークの動きを見ていたフォルトは、一歩前に踏み出した。次に持っていた木の棒で、一体のオークの頭を吹き飛ばす。
 一瞬で仲間を殺されて、他のオークたちは立ち止まった。警戒のために後ろに下がり、武器を振り上げて威嚇している。
 ちなみに武器は、人間から奪った剣や自作の棍棒こんぼうだった。

「知能の低い奴らだな」
「オークですもん!」
「オマエ! メス渡セ!」
「カーミラはやらん!」
「デハ奪ウマデ!」
「まぁ待て……」

 フォルトはスケルトンに命じて、大きな袋をオークの前に放り出した。
 乱暴な扱いだが、袋の中からは嬌声きょうせいが上がった。

「それをやる」
「何ダソレハ?」
「メスだ」
「メス!」
「壊れた玩具の再利用を兼ねてくれてやる」
もらウゾ!」

 恐る恐る袋に近づいたオークは、二つとも肩に担いだ。
 その後は洞窟の入口に置いて、一番体格の良いオークと話し合っている。フォルトにはどれも同じに見えるが、おそらくは群れのボスだろう。

「メスの代わりに森の奥に入ろうとした人間を殺せ」
「ソレハヤッテイル!」
「縄張リ入ル。殺ス!」
「そうか。なら褒美として受け取れ。今後も頼む」
「言ワレナクテモヤル!」
「仲間増ヤセル!」
「オマエ強イ。襲ワナイ」
「好きにしろ」

 オークたちに背を向けたフォルトは、後ろにいたカーミラの手を握る。
 『変化へんげ』のスキルを発動した後は、黒い翼を出して空を飛んだ。もう用事は終わったので、さっさと自宅に戻るのだ。
 まるで近くのゴミ置き場に、不要物を捨てにきたかのようだった。

「ただいま」

 急いで自宅に戻ったフォルトは、無造作にリビングの椅子に座る。
 それから机に突っ伏したところで、彼女から賞賛を受けた。

「さすがは御主人様です!」
「そうだろう」

 アイナは約束を破った。
 森の出口に送ってあげたときの約束を破ったのだ。他に二人の冒険者いたが、三人だけでは途中で死ぬ。
 その対価としての約束である。破った場合は、命で償わなければならない。
 ジェシカに関しては、発狂した状態で都市に帰しても生きていけないだろう。精神が完全に壊れていた。
 どちらの女性も、魔人の怒りに触れたのだ。

「何体のオークができるでかなぁ?」
「さあな。大して産まれないかもな。二人だし……」
「でも死ぬまで産ませ続けますから、三十体はいけるかなぁ」
「ほう。オークもお盛んだな」
「はい!」

(アイナ……。約束は守ったほうがいいぞ。それにジェシカは……。もう何も言うまい。思い出したから満足だ。それにしても二人は……)

 彼女たちには魅力的な体を使って、一体でも多くオークを産んでもらう。フォルトは自堕落生活を邪魔されないように、精神が壊れた二人を利用したのだ。
 後味が悪くないと言えばうそになるが、もう魔人として生きるつもりだった。

「人間は見限りましたかぁ?」
「アレでは足りなかったか?」
「思ってた以上でした!」
「だろ?」
「あの二人ばかりズルいです!」
「何の話だ?」
「だからぁ。今日はぁ。カーミラちゃんとぉ」
「遠出をしたから寝る!」
「えっ?」
「寝室はブラウニーたちが奇麗にしてあるし……。とぅ!」
「ちょっと御主人様!」

 カーミラの制止も何のその。
 フォルトは寝室に入って、ベッドに飛び込んだ。すると戸惑いながらも、彼女も同様にダイブしてくる。
 それを受け止めて隣に置いた瞬間、静かに目を閉じて眠るのだった。
Copyright©2021-特攻君
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