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作者: 特攻君
残酷な描写あり R-15
第11話 堕ちた魔人1
 フォルトの面前には、広大な草原が続いていた。
 現在は森の出口まで、冒険者たちを送り届けたところだ。カーミラと一緒に軽く手を振って、「さっさと視界から消えろ」と念じていた。
 森から出る気はないので、草原に足を踏み入れない。

「はぁ……。疲れた」
「邪魔者がいなくなりましたねぇ」
「だな。やっと静かな生活に戻れる」
「でも御主人様、あいつらは約束を守るでしょうか?」
「さすがになぁ。俺たちのことを黙ってるだけだぞ?」
「じゃあ賭けをしませんかぁ?」
「賭けねぇ……」

 カーミラの提案に、フォルトは首を傾げる。
 約束の内容は、「森で暮らしている二人について誰にも話さないように」だ。はっきり言うと簡単すぎる約束で、逆の立場なら確実に守る。というよりは、森から脱出できた時点で二人のことを忘れる。
 また誰かに話したところで、何の得にもならないだろう。中年の男性と可愛い女性が、森で静かに暮らしているだけだ。
 魔物が棲息せいそくする危険な森に入ってまで会いたいと思うはずもない。

「俺が勝ったらどうするんだ?」
「カーミラちゃんを好きにできまーす!」
「今までと変わらないような……」
「もっと凄いことをしてもいいのですよ?」
「そっそうか」
「えへへ」
「じゃあカーミラが勝ったら?」
「人間を見限ってくださーい!」
「………………」

 人間を見限れとは、人間に期待しないこと。
 約束をした時点で、フォルトは三人の冒険者に期待しているのだ。人間を嫌っているのだから、人間に期待するなとカーミラは言っている。

(人間を見限れ、か。カーミラも酷なことを言うな。俺は人間だった。四十七年間は人間だったのだ。今すぐに変えるのは無理がある。だけど……)

「分かった。俺が負けたら人間を見限ろう」
「やったあ!」
「そんなに人間が嫌いか?」
「嫌いですよぉ。今だって面倒臭かったじゃないですかぁ」
「まぁそうなんだがな」
「えへへ。私が勝ちまーす!」
「そうか?」
「でも今は結果が出ないので、早く家に帰りましょう!」
「そうだな」

 いつまでも森の出口にいても仕方ない。
 冒険者たちは、もう視界から消えている。ならばとフォルトは『変化へんげ』のスキルを使って、若者の姿に変わった。
 カーミラも『隠蔽いんぺい』を解除して、リリスの姿を見せる。以降は手を取り合って、空から自宅に向かう。
 歩けば数日ほど必要だったが、魔人の力で空を飛べば数分だった。大きな木を目印に、魔力を使って一気に降下する。
 家の中に入ると、誰もいない静かな空間が出迎えてくれた。
 やっと、二人だけの時間が訪れたのだ。

「よし! カーミラ、寝るぞ!」
「やったあ!」

 フォルトは急いで寝室に向かって、勢いよくベッドに飛び込む。続けて仰向けになり、上体だけを起こした。
 カーミラを見ると、同様にダイブしてくる。
 もちろん避けることはせずに、彼女を受け止めて抱きしめた。とはいえ情事は始めずに、そのまま隣にちょこんと置いた。
 そして腕を枕にして横になり、目を閉じてしまう。

「あ、あれ? ちょ、ちょっと御主人様!」
「ぐぅぐぅ」
「もう! ばかぁ!」
「ぐぅぐぅ」
「ツンツン、ツンツンツン」
「んごっ! ぐぅぐぅ」
「ぶぅ。カーミラちゃんも寝る!」

 フォルトの怠惰が全開だ。
 自宅に戻った後は、何時間も眠り続ける。カーミラがちょっかいを出してくるが、起きる気配はなかった。
 起きてからも怠惰である。
 目を擦りながらも、二度寝に入ってしまう。まさに幸せの時間だが、この程度で収まるわけはない。三度寝、四度寝と惰眠を貪り尽くす。

「ちぇ。まだ寝てるよぉ。でも怠惰の次は色欲ですよねぇ?」
「ぐぅぐぅ」
「ツンツン。ちゅ!」
「んっ! んんっ」

 姫の口付けならぬ悪魔の口付けで、フォルトは目を覚ました。さすがに四回も惰眠を貪ると体が怠くて、ベッドから降りるまで時間がかかる。
 それでも、カーミラの笑顔を見ると元気があふれてきた。

「カーミラ、俺は起きるぞ!」
「わくわく」
「飯!」
「御主人様、それはガッカリです」
「カ、カーミラ?」

 不貞腐れたカーミラは、背を向けて寝室を出ていった。
 その変化にあたふたしたフォルトは、「何か嫌われるようなことでもしたか?」と思ってしまう。
 そして急いでベッドから起き上がり、彼女の後を追いかけるのだった。


◇◇◇◇◇


 冒険者たちが訪れてから数カ月は、特に変わった出来事はなかった。
 日々を自堕落に過ごしているフォルトは、日常に変化を求めていない。食べては寝て、森の中を散歩する。
 まったりとした生活を飽きずに満喫していた。

「気分がいいな」

 自宅のリビングでは、フォルトとカーミラが食事をしている。
 テーブルの上には彼女の手料理が並び、半分以上を平らげた。

「御主人様、賭けはカーミラちゃんの負けかなぁ?」
「どうだろうな」
「あんな口約束なんて、すぐに破ると思ったんだけどなぁ」
「まぁ結果なんて分からないけどな」

 もし約束が破られていても、残念ながら確認できない。
 当然のように確認するつもりもないので、あの賭けは冗談の類と思っている。カーミラとの自堕落生活を続けたいがための約束であり、現状は希望通りだった。しかしながらその幸せな生活を壊すかのように、自宅の外から声が聞こえた。

「誰か住んでいるか!」
「ぶぅ。また誰かが来ましたよぉ」

 男性の声だ。
 また冒険者でも迷い込んだのかと、彼女は不機嫌な顔になった。もちろんフォルトも同様で、額に眉を寄せて玄関扉を見る。
 玄関はリビングと一体化しているため、外に出る扉は一つだ。

「ちっ。面倒だな」
「じゃあ殺しちゃいますかぁ?」
「カーミラが賭けに勝ったらな」
「いるなら出てこい!」
「まったく……。とりあえず対応する」
「はあい!」

 二人とも不機嫌だが、それでも人間としての常識で対応することにした。
 フォルトは『変化へんげ』を解除して、おっさんの姿に戻る。カーミラは『隠蔽いんぺい』を使って、人間の女性に見せる。
 そして二人で確認し合った後、ゆっくりと玄関扉を開けた。

「誰かな?」
「おっ! やはり住んでいたか」
「はい?」
「貴様! 誰の許可を得て森に住んでいるのだ!」
「は?」

 自宅の外で叫んでいた男性は、鉄製のよろいを着ている。
 その後ろにも同じ格好をした者が、十人ほど並んでいた。鎧が統一されていることから、もしかしたら騎士か兵士かもしれない。

「えっと。まず名乗られてみては?」
「むっ! 私はエウィ王国騎士団所属のエジムだ!」

 何やら怒っているエジムは、無精ひげを蓄えた中年男性である。何となくだが、フォルトよりは若いかもしれない。
 三十代後半から四十代前半と言ったところだ。

「エジムさんですね。初めまして。フォルトです」
「この森はエウィ王国領である!」
「はあ?」
「貴様は国民として、森の魔物討伐に参加する義務がある!」

(こいつは何を言ってるのだ? 森は誰のものでもないはずだ。王国領と言っても、魔物に追い出されてるだろ)

 三人の冒険者を送った後も、魔物の討伐は続いていたようだ。とはいえ森の入口から先に進んでいない状況は、カーミラが空から確認済みだった。
 そのような状況であるにもかかわらず、よくエウィ王国領と言えたものだ。まずは森の魔物を掃除してから言ってもらいたい。

「義務と言われても……」
「貴様は強いと聞いた。ならば、魔物の討伐に参加せよ!」
「よく森の奥地まで来られましたね」
「案内役がいたのだ。それで参加するのか? しないのか?」
「案内役?」
「フォルトさん、ごめんね」

 エジムの後ろで整列している兵士の中から、二人の女性が現れる。
 一人は出会ったばかりなので分かるが、もう一人は懐かしさを覚えた。

「アイナさんとジェシカさんですか」
「名前に聞き覚えがありましたので同行しましたわ」
「どういうことですか?」
「それにしても相変わらずですわね」
「質問に答えてもらえるかな?」
「町で働かずによく生きていましたね」
「質問に答えないつもりですか?」
「あ、いえ。失礼しましたわ」

 教会で会話したときと変わらずか。こちらの質問に対して、ジェシカは面倒臭そうな表情をした。
 その反応に嫌なことを思い出し、フォルトは苛立ちが募ってきた。「面倒なら来なければいいだろう」と思いながら、彼女と同様の表情になる。

「貴方たちのことは、アイナさんから伺いしましたわ」
「アイナさん!」
「ごめんって言ったでしょ」
「まったく……。それで?」

 あのような簡単な約束も守れないアイナに、フォルトは渋面で返した。しかしながらジェシカとの会話が続くため、それ以上は何もできない。
 本当に困ったものだ。

「森の魔物を討伐している話は聞いていますよね?」
「冒険者を雇ってやっていると聞きました」
「今回から兵士を使って行うことになりましたわ」
「そうですか。頑張ってくださいね」
「家の中に女性がいるようですが?」
「いますね」
「お二人は魔物討伐に参加する義務があるのです」
「なぜですか?」
「森はエウィ王国領です」
「そうは思えませんが?」
「命令を受けた国民には参加義務が発生しますわ」
「ふざけるな!」

 フォルトは激昂げきこうした。
 冷たい対応をして追い出したジェシカと、約束を守らなかったアイナに対して。他にもエジムや後ろで整列している兵士たちも気に入らない。
 これでは連行するようなものだ。

「落ち着いてください!」
「これが落ち着けるか!」
「分かっておりますわ。ですが話を聞いてくださいね」
「ちっ」
「立ち話も何ですので、中に入っても良いでしょうか?」

 玄関扉を開けた状態なので、全員の視線を受けている。人間嫌いのフォルトには辛いので、ジェシカの提案を受け入れた。
 ただし……。

「そうするか。でも中に入れるのはジェシカさんだけだ」
「エジムさんもお願いします」
「ぐっ! 分かった」

 問答をしても押し切られそうなので、ジェシカの望みどおりにする。とはいえ譲歩はここまでで、アイナや他の兵士たちは外で待たせることにした。
 まずは細かい内容を聞かないと始まらない。

「こちらに座ってください」
「ありがとうございます」

 フォルトは歓迎しない二人を、リビングのテーブルに案内した。
 エジムは席に座らず、ジェシカの隣で立った状態である。どうやら事の説明をするのは彼女のようだ。ならばとフォルトは対面に座り、カーミラを立たせておく。

「それで?」
「先ほど伝えたとおり、貴方たちには魔物討伐に参加してもらいます」
「ぶぅ。やるわけがないでーす!」
「カーミラの言ったとおりです。参加する気はありません」
「何だと貴様!」

 この席を設ける前は、義務やら命令といった言葉が出ていた。エジムが高圧的なので、フォルトは空気が重くなったと感じる。
 ジェシカも同様だったようで、片手を上げて言葉を遮っていた。

「私が話しますわ」
「わっ分かりました」
「はぁ……。ではジェシカさん。俺は城から放り出されたのですよ?」
「城から出ましたが、王国からは出ておりませんわ」
「魔物討伐なら、勇者候補のシュンがやればいいですよね?」
「シュン様と従者の二人は訓練の最中ですね」
「俺は勇者候補でも従者でもないですよ?」
「アイナさんから強いと聞きましたわ」
「レベル三ですよ?」
「オーガを簡単に倒したとか?」
「たまたまですよ」
「そうは思われません」

(話にならん! 何のサポートも無いまま放り出したくせに! そんなものは勇者候補のシュンにやらせればいいだろ! 弱い俺に戦わせるな!)

 現在のフォルトは魔人なので強いが、ジェシカの知っている自分は弱い。しかもあれだけ冷遇しておいて、今さら手を貸せと言う。
 激昂するのも無理はないのだ。

「見てのとおり、俺はロッジを出てから働いていません」
「みたいですわね」
「王国からは何も支援もなく、ひっそりと森で暮らしてます」
「職業紹介所か冒険者ギルドに、と伝えましたよね?」
「俺は事情があって働けません。精神的なものですが……」
「申請していただければ支援できましたわ」
「そんな制度が? 教えてもらいましたっけ?」
「聞かれませんでしたので……」
「ふざけるな!」
「っ!」

 ジェシカの言葉は、温厚なフォルトでも我慢できなかった。
 制度のついては、日本でも同様である。
 支援されるような制度があっても教えてもらえない。仮に知っていても、役所は突き放すような対応をする。意地でも制度に該当させないようにするのだ。
 そのような話は腐るほど聞いた。フォルトも身に覚えがある。本来なら制度に該当していたが支援を断られた。
 その後に色々と調べてみると該当していた。以降は何度も詰め寄った。しかしながら、首を縦に振ったときには期限切れだった。
 人情の欠片も無く、誰のための制度かと思ったものだ。

「勝手に日本から召喚されて、右も左も分からなかったんだぞ!」
「………………」
「嫌な顔をされりゃ聞けねえだろ! しかも質問を絞りやがって!」
「そっそれは……」
「一週間もロッジから出なかった俺を心配したのかよ!」
「っ!」

 フォルトは一気にまくし立てた。
 その急激な変化に驚いて、ジェシカは目を見開いている。
 最初に支援があるのか聞ければ良かったかもしれない。だが、あのように冷たい対応をされれば無理である。
 人によっては「甘えだ」と切り捨てるが、いきなり日本から召喚されて混乱していた。質問の数を減らされてうえ、嫌な顔をされれば仕方ないだろう。
 性格が温厚な者ほど強く言えないのだ。彼女の対応が悪すぎた。

「ですが、その件と魔物討伐は関係がありません。参加は義務ですわ」
「………………」

 王国として手を差し伸べなかったのに、国民の義務を果たせと言う。
 それにも我慢ならなかった。
 フォルトの憤怒がせり上がってくる。

「えへへ。御主人様、賭けは私の勝ちでーす!」

 怒声が消えて静寂になったリビングに、カーミラの楽しげな声が響いた。
 それを聞いたフォルトは、ゆっくりと目を閉じるのだった。
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