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作者: 特攻君
残酷な描写あり R-15
第10話 森に引き籠り3
 川で水浴びをした冒険者の三人が戻っていた。
 大きな木の根元に腰を下ろして休憩している。よろいや服にこびり付いた血痕は残っていたが、それでも少しは洗い流せたか。
 夕食を終わらせたフォルトは、その光景を自宅の前で眺めていた。まだ夜になっていないが、カーミラは寝室で待っている。
 気になる点といえば、服が乾いていることか。女性冒険者が魔法使いなので、おそらくは便利な魔法を使えるのだろう。
 そんなことを思っていると、女性冒険者が近づいてきた。
 フードを下ろして現れた顔は整っているが、化粧はしていない。化粧品が無いのか高いのかは分からないが、すっぴんでも男性の心を射止められる美人さんだ。

「家の中に入ってもいいかしら?」
「なぜですか?」
「ほら。男の人たちと外でって……。ねぇ?」
「仲間では?」
「違うのよ。私は別のチームでね。はぐれたの」
「何チームかで戦ってたんですか?」
「そうよ。全部で五チームだったかしら」
「バラバラに逃げてしまったと?」
「失敗したわ。あ、自己紹介がまだだったわね」

 女性冒険者の名前はアイナ。
 三人の仲間と魔物討伐に参加したが、オーガの群れと遭遇して散りぢりに逃げたらしい。以降は別チームの男性二人と、逃走経路が同じになった。
 それでも何とか逃げきったという話である。

「一つしかベッドが無いんですよね」
「家の中ならどこでもいいわよ」
「なら大丈夫ですよ」
「ふふっ。ありがと」

 女性の頼み事に弱いフォルトは、アイナを自宅に入れる。
 木の根元に座っていた二人の男性は、それを恨めしそうに眺めていた。気候は穏やかだが、彼らは野ざらしである。

(さすがに全員を入れると狭すぎるし、男なんぞ入れたくもない。外で我慢してもらおう。どうせ数日で帰るだろうし別にいいだろ)

 フォルトは昭和生まれのおっさんなので、男性の扱いなど決まっている。「男なんだから我慢しなさい!」といった言葉が思い出された。
 そして寝室にいたカーミラから、毛布の代わりになるシーツを受け取る。もちろん城塞都市ソフィアから奪ってきた品だ。
 それはともあれ、アイナに手渡した。

「助かるわ。フォルトさんでしたわね?」
「はい」
「いつから森に?」
「半年ぐらい前ですかね」
「カーミラさんと一緒に?」
「そうですね」
「親子なの?」
「違いますよ」
「へぇ……。ロリコン?」
「違いますよ!」

 フォルトは『変化へんげ』を解除している。
 今は見た目も中身もおっさんだ。確かに他人から見れば、親子に見えるだろう。逆に親子でなければ危ない。
 こちらの世界の常識は分からないが、日本なら逮捕される可能性が高い。しかしながら、見た目の歳が離れてるだけだと思われる。
 リリスのカーミラは、永遠の寿命を持つ悪魔だ。

「アイナさんは冒険者ですよね?」
「そうね」
「異世界人を知ってますか?」
「称号に「召喚されし者」がある人たちね」
「アイナさんは違うんですか?」
「私は違うわね。でも冒険者ギルドに在籍しているわよ」
「どんな感じなんです?」
「普通じゃない? でも最初は色々と非常識だったそうよ」
「世界が違いますからね。亡くなった人はいますか?」
「冒険者で死んだという話は聞かないわね」

 他の異世界人とは面識が無く、フォルトにとっては親近感も無い。
 この森で暮らすかぎり、彼らと出会うこともないだろう。生活はできているようなので、その情報が聞けただけで十分だ。

「フォルトさんも異世界人なの?」
「違いますよ。興味があっただけです」
「珍しいですものね」

 本当のことを伝えられないのでうそを言う。
 称号が「召喚されし者」ではなく「帰ってきた者」だからだ。カードの提示は求められないと思われるが、余計なトラブルを避けたかった。

「俺は寝室で寝ますので、アイナさんは好きに寝てください」
「襲っちゃ駄目よ?」
「襲いませんよ!」

 美人のアイナだが、残念ながらフォルトの琴線には触れない。
 人間と話すのが苦手なので、カーミラの待つ寝室に逃げた。

「カーミラちゃんを待たせすぎです!」
「すまんな」
「それにしてもオーガごときに逃げ出すんですねぇ」
「俺は戦ったことがないから強さは分からんぞ?」
「御主人様ならデコピン一つで倒せますよぉ」
「デ、デコピン……」
「やるなら私がやっちゃいますけどね!」
「頼もしいな」
「えへへ」

 アイナが家の中で寝ているため、今日のフォルトは大人しく寝る。
 彼女からはロリコンと言われてしまったので、自重する必要もあった。とはいえ惰眠を貪るのが得意なので、カーミラの体を弄りながら寝入るのだった。


◇◇◇◇◇


 三人の冒険者は休息を取っていたが、一向に帰る気配を見せない。アイナが毎日家の中で寝ているため、カーミラは不機嫌になってきた。
 そこで催促をするために、フォルトは木の根元に向かった。

「帰られないのですか?」
「もう少しだけいいかしら?」
「さすがに七日目ですよ。聞き飽きました」
「そうは言ってもよ」
「出口は反対側だろ? 魔物に殺されちまうぜ!」

 冒険者たちは帰る気が無いようだ。
 オーガの群れに対して、五チームが逃げ出したのだ。たった三人で森を抜けることは不可能という切実な話だった。

「森に住む気ですか?」
「んなわけねぇだろ!」
「助けが来るとは思えませんけど?」
「そうなのよね」
「オメエ、森に住んでるなら強いんだよな?」
「俺みたいなおっさんが強そうに見えますか?」
「そっそうなんだがよ……」

 三人の冒険者は、フォルトの体型を見て納得する。
 彼らが訪れてからは『変化へんげ』を解除しているので、今も小太りのおっさんだ。吸血鬼のコスプレを着ていても弱そうに見える。
 それでも納得したのも束の間で、すぐに話をぶり返してきた。

「やっぱり強くなけりゃ、こんな森に住んでるわけがねえ!」
「そうだ! なぁ俺たちを出口まで送ってくれねえか?」
「報酬なら払うからよ。頼むよ!」
「は?」

 フォルトは唖然あぜんとする。
 冒険者たちにはお帰りを願って、カーミラとの自堕落生活に戻りたいのだ。しかも森の出口に送るとしても、人間は空を飛べない。
 徒歩で進むとなると、何日も必要となるだろう。

「お断りします」
「何だと!」
「冒険者なのでしょ? 自力で帰ってください」
「ふざけんな!」
「ふざけてるのは貴方たちでは?」
「無理だわ。死んじゃうわよ」
「ここまで来られたなら帰れますよ」
「たまたまだ! 運が良かっただけだよ!」

らちが明かないな。帰らない気か? ハッキリ言って邪魔なんだよ)

 森での暮らしは最高である。
 そのすばらしい生活を邪魔されているのだ。彼らの話を聞くだけで、フォルトはムカムカと苛立ってくる。
 そのとき、カーミラが声をかけてきた。

「御主人様、ご飯ができましたよ!」
「あぁ。ありがとう」
「どうかしましたかぁ?」
「森の出口まで送れだとさ」
「ぶぅ。さっさと帰ってほしいんですけどぉ」
「だから頼んでるじゃねえか!」
「もぅ面倒臭いなぁ」
「「何だと!」」
「ねぇ。何とかならないかしら?」

 二人の男性冒険者は激昂げきこうする。
 アイナは一歩引いているが、どちらかと言えば男性冒険者の味方である。無事に森を出て、城塞都市ソフィアに帰りたいようだ。

「御主人様が決めてくださーい!」
「そうだなぁ」

(カーミラの言ったとおりだな。面倒臭い……。でも、ここまで頼られたら断れないよな。助け合いの精神ってやつだ。俺って良い奴だな!)

 フォルトは人間の倫理観を持っているので、結局のところ折れてしまう。
 とりあえず、この場に居着かれても困るのだ。森の外まで送ってさえしまえば、いつもの平穏な自堕落生活に戻れる。

「はぁ……。分かりました。分かりましたよ!」
「送ってくれるのね!」
「報酬は要りませんので、一つだけ約束してください」
「なっ何だ?」
「俺たちが森で暮らしていると誰にも言わないように、ね」
「そんなことか。平気だぜ」
「本当に?」
「黙ってればいいんでしょ? 簡単よ」
「俺は口が堅いんだぜ。信用しろ!」
「では行きましょうか」

 冒険者たちは着の身着のままなので、もう出発できる。ならばと倉庫から食料を持ち出して、さっさと森の出口に向かう。
 それからは数日を使って、森の中を歩いた。途中でオーガと遭遇したが、フォルトは簡単に倒してしまった。
 これでは拙いと思って、以降は自身の強さを隠すために芝居を打った。

「やっぱり強ぇな」
「たまたまですよ。もう疲れちゃって……。はぁはぁ……」
「細い木の棒なんかでオーガは倒せないわよ?」
「だから、たまたまいい具合に当たったんです」
「そうか? まぁその後は苦戦してたしな」
「そうそう」

 冒険者たちが信用したかは定かではない。しかしながら、フォルトは演技に自信を持っていた。
 魔人に変わる前の自分を演じるだけなのだから……。

「じゃあ野営しましょうか」
「明日には森を抜けられるか?」
「そうですね」

 五人で野営の準備を始める。
 野営といってもテントがあるわけではない。草木を刈って、木の枝など集めて火を起こすだけだ。魔法使いのアイナがいるので、そのあたりは任せた。もちろん森の中なので、木に燃え移らないように配慮していた。
 それらの作業が終わった後、フォルトは小声でカーミラに話しかける。

「カーミラ、出口までの魔物を片付けておいてくれ」
「はあい!」
「どうした?」
「いえ。少し周囲を見回ってきます」
「ありがてぇ」
「なら私たちが見張りをやるわ」
「ありがとう。カーミラは反対側を見回ってくれ」
「分かりましたあ!」

 フォルトとカーミラは、別々の方向に歩きだした。
 それから冒険者たちが見えなくなったところで、木の幹に寄りかかる。自分が行っても良かったが、演技を続ける必要があった。
 周囲の見回りを終わらせて、息を切らしているところを冒険者に見せるのだ。弱いという印象を与えて、箸にも棒にも掛からぬ人間と思わせる。
 そして適当に時間を潰し、ゆっくりと野営地に戻った。

「何もいなかったです。今夜も安心して寝られると思いますよ」
「安全に戻れるものなのね」
「ははっ。運がいいようですね」
「だな。まぁ見回りをありがとな」
「約束を忘れないように、ね」
「大丈夫よ」
「疲れてヘトヘトなので先に休みます」
「見張りは任せな!」

(ふぅ。明日には終わるな。やれやれだ。これで引き籠りの生活へ戻れる。家に帰ったら惰眠を貪り尽くしてやる!)

 冒険者が訪れてからのフォルトは、規則正しい生活を送っていた。人間と顔を合わせたくないのに、人間と顔を合わせている。
 そのような生活は望むものではないのだ。
 それから暫くして戻ってきたカーミラに、小声で報告を受けた。

「御主人様、言われたとおりに倒しといたよぉ」
「悪かったな」
「お嬢ちゃんもお疲れだぜ!」
「明日まで休んでていいわよ」
「はあい! じゃあ寝ますねぇ」

 カーミラも欲求がまっているようだ。
 戻ってきてからは、体を密着させて離れようとしない。とはいえ、それ以上は我慢している。気を遣っているのだろう。
 フォルトは考える。
 冒険者たちを送り届けた後は、恋しいベッドまでひとっ飛びだ。カーミラとの甘い情事も復活である。あと少しの辛抱なのだ。
 ならばとそれを楽しみに思いながら、深い眠りに入るのだった。
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