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作者: 特攻君
残酷な描写あり R-15
第7話 魔人と小悪魔3
 人に出迎えてもらったのは何時ぶりだろうか。
 引き籠りのフォルトは、他人と接する機会が皆無だった。家族でさえ行動時間をずらして、顔を合わせないようにしていた。

「御主人様、お帰りなさーい!」
「あぁ。ただいま……」

 カーミラに出迎えられて、フォルトは思わず戸惑ってしまった。
 それでも彼女の満面の笑みを見ると、ジェシカに抱いていた悪感情が洗い流されるようだ。どちらが悪魔かと思うほどである。
 そんなことを考えながら、床に置かれている服を広げた。

「さて着替えるか……。うん?」
「御主人様、どうかしましたかぁ?」
「いや。この服は大きくないか?」
「魔法の服だから体型に合わせますよぉ」
「なるほど」

 カーミラの言葉に納得したフォルトは、吸血鬼のコスプレを着た。すると服が勝手に縮んで、ピッタリと調整される。
 これには年甲斐としがいもなく大声を上げた。

「おおっ! 凄いな!」
「似合いますよ!」
「そっそうか。後は体型を変えておこう」

 さすがに小太りのおっさんでは、カーミラが不憫ふびんである。
 フォルトは『変化へんげ』のスキルを使って、細マッチョな姿になった。顔については悩んだが、二十代前半だった頃の顔立ちで落ち着いた。
 あまりにも急激な変化は、自分が耐えられない。

「かっこいいですよぉ」
「この年齢のときは彼女もいたしな」

 学生時代のフォルトは、モテないまでも嫌われることはなかった。
 いわゆる普通だが、歳を重ねることで、贅肉ぜいにくが付いてシワが増えていったのだ。四十歳に近くなると、見事なおっさんになっていた。
 考えようによっては残酷である。

「カーミラ、角とか翼とか尻尾は隠せるのか?」
「隠せますよぉ。『隠蔽いんぺい』のスキルは持ってまーす!」

 スキルを使ったカーミラは、可愛らしい人間の女性に見える。
 『隠蔽いんぺい』とは、見る者の視覚に働きかけて誤認させるスキルだ。あくまでも誤認なので、実際には消えていない。
 都市を歩くだけなら、何の問題もないだろう。

「ロッジを出ると城塞都市ソフィアに出るらしい。聖女と同じ名前か」
「御主人様は働くんですかぁ?」
「え?」
「今すぐ都市の外で暮らしましょう!」
「は?」

 確かにフォルトは働きたくないが、もう親は頼れない。
 しかも、今は生きようとしているのだ。都市で金銭を得なければ、日々の食事にもありつけないだろう。
 最低限の衣食住を確保するためには、都市の外に出るべきではない。

「金が無いと生きられないよ?」
「外で獲物を狩ってれば生きていけまーす!」

(いわゆる隠者みたいな生活か? そういった生活は望ましいが、俺は獲物なんて狩れないぞ? いや、カーミラは肉を用意してたよな?)

 人間と会わずに、カーミラと静かな場所で暮らす。
 すばらしい提案であり、フォルトにとっては理想的な生活だ。とりあえず水と食料さえあれば、当分の間は生きていけるだろう。
 そこで、確認だけはしておく。

「可能なのか?」
「ぶぅ。カーミラちゃんに任せれば、万事解決ですよーだ!」
「そっそうか……」
「御主人様だって強いんですよ?」
「ま、まだ試してないからな」
「それにですよ。召喚魔法がありますよねぇ」

 カーミラが笑顔で教えてくれる。
 フォルトはカードをポケットから取り出して、スキルの項目を確認する。確かに彼女が言ったように、一覧の中に召喚魔法があった。

「これかな?」
「ですねぇ。召喚した魔物に狩らせれば大丈夫でーす!」
「ふむふむ」
「簡単じゃないですかぁ」

 召喚が可能な魔物は、アカシックレコードで分かる。
 この魔法さえあれば、フォルトが動かずとも、食料を調達できるらしい。ということは、都市で暮らさずとも良いのだ。
 ただし、もう一つだけ問題があった。

「ここは城内だよ。どのみち都市に出ないと外に出られないな」
「飛んでいきましょう! 翼を出せますよね?」
「え?」

 スキルの『変化へんげ』を使えば、翼が出せるので簡単に飛べる。フォルトは人間が嫌いなので、これは願ってもないスキルだった。
 人混みを避けて都市を出れる。

「カーミラよ」
「はい?」
「おまえは天才だ」
「やったあ!」

 フォルトは『変化へんげ』のスキルで、黒い翼を出してみる。これは魔力から形作られるものらしく、服を破らずに通り抜けた。
 そしてカーミラの手ほどきで、天井まで飛んでみた。
 これは飛ぶというよりは、魔力を流して浮いている感じだ。科学を無視した行為だが、そういうものだと納得しておく。
 魔法が使える世界なので、難しく考えても意味はなさそうだ。

「力の使い方が分かってきた感じですねぇ」
「そう、なのか?」
「はい! じゃあ行きましょう」
「空を飛ぶと目立たないか?」
「透明化の魔法があるじゃないですかぁ」
「えっと……。あるな」

 フォルトはカーミラに感謝していた。
 こうやって自分の知らないことを、ポンポンと教えてくれる。彼女は悪魔だが、神に仕えるジェシカとは大違いだ。

「消えちゃうと見えなくなっちゃいますからねぇ」
「そうだな」
「だから、飛ぶときは手を握ってくださいねえ!」
「あ、あぁ……」

 ここまでされると、おっさんでもデレてしまう。
 フォルトは顔が高揚しているのが分かった。恥ずかしいが、とりあえずカーミラと一緒にロッジから出る。

「手を放すなよ」
「はあい!」


【マス・インジビリティ/集団・透明化】


 空を見上げたフォルトは、カーミラを抱え上げて魔法を使う。
 それから二人で浮いて、グングンと上昇した。あっという間に都市が小さくなり、地面ははるか下である。高所恐怖症なら震えていたかもしれない。
 そんなことを思いながら、周囲を見渡して住める場所を探す。

「御主人様! あの高い山の麓に広い森がありますねぇ」
「いい感じの森だなあ。奥地にするか」
「はあい!」

 カーミラが言った場所は城塞都市ソフィアからだと、数日はかかりそうだ。しかしながら、森に向かって落ちるように飛ぶ。飛行訓練がてら魔力を使って速度を上げると、まるで弾道ミサイルのような速さで到着した。
 眼下に広がる森は広大で、人間から隠れ住むには十分だと思われる。

「御主人様! あそこに大きな木がありますよぉ」
「目印になるな。木の近くにしようか」

 カーミラが指で示した場所には、一本の大きな木が立っていた。上空から見れば目印になる。近くに川が流れており、住まいを構えるには絶好の場所だ。
 二人は大きな木を目指して飛び、ゆっくりと根元へ降りた。その大きな木を見上げたところで、フォルトは重要なことを思い出した。

「家はどうしようか? 俺は建てられないぞ」
「ブラウニーを召喚して建ててもらいましょう!」
「それって家の管理人みたいな精霊じゃ?」
「いっぱい呼び出せば大丈夫でーす!」

 カーミラは満面の笑みだ。
 きっと可能なのだろう。駄目なら送還すれば良いだけなので、ブラウニーを召喚することにした。
 アカシックレコードのおかげもあってか、フォルトはポンポンと魔法が使える。本当に異世界なんだなと改めて思いながら、苦笑いを浮かべた。


【サモン・ブラウニー/召喚・家の精霊】


 フォルトが魔法を使うと、前方の地面に魔法陣が浮かび上がる。
 そして、身長が一メートルほどの小人が召喚された。ボロい服を着て、赤い帽子をかぶっている。これがブラウニーだろう。
 初めて見るが、まずは家を作るように頼んでみる。

「二人だし小屋でいいか……。建てられる?」
「大丈夫デス」
「じゃあ、この大きな木の横に……」
「了解!」

 作業道具は無いのでどうかと思ったが、ブラウニーは魔法を使っている。周囲の木を伐採して、木材を作成していた。
 フォルトは「ほぅ」とうなって、木材の出来栄えを見る。
 少し雑ではあるが、表面をうまく削り取っていた。ならばともう五十体ほど召喚して、建築作業に参加させる。
 そしてカーミラと一緒に、大きな木の根元へ座った。二人で作業を眺めるが、なかなか興味深い光景である。

「こんなにも召喚できるなんて、さすがは御主人様です!」
「多いんだ。まだ魔力に余裕があるようだけど?」
「人間だと多くても三体くらいじゃないですかねぇ」
「そっか」
「御主人様、どこかに行きませんかぁ?」
「なら作業はブラウニーに任せて、周辺を探索するか」
「はあい!」

 指を絡み合わせた二人は、上空から見えた川に歩いていく。
 空を飛んでも良いのだが、カーミラと散歩がてら歩きたくなったのだ。

「空気が美味うまいな!」
「森の中だからですねぇ」
「そうなのか?」
「木は酸素を作りまーす! 出来立てのホヤホヤですよぉ」
「そうだったな」
「あっ! 御主人様、川が見えてきましたあ!」

 どうやら小川のようで、それほどの幅は無い。深さは膝ぐらいのようだ。透き通っており、川底が良く見えた。
 そしてフォルトは、川の水を飲んでみる。

「おっ! 飲めるな」
「飲み水を確保でーす!」
「魚でも泳いでないかな? 腹が減ってきた」
「なら探してみますねぇ」

 スキルの『隠蔽いんぺい』を解除したカーミラは、川の上に飛んで魚を探している。
 それはすぐに発見したようで、腕を振り上げてから下ろした。


【ダーク・アロー/闇の矢】


 カーミラが闇属性の矢で、次々と魚を仕留めていく。
 この魔法は、初級の闇属性魔法である。名称どおり黒い矢の形をしており、目標に向かって真っすぐに飛んだ。
 その後も闇の矢を使って、十匹ほど仕留めていた。もちろん川に流される前にすくい挙げて、フォルトの前に放り投げている。

「悪いな」
「カーミラちゃんにお任せでーす!」
「落ちてる木の枝を刺して、焼き魚にするか」
「はあい!」

 続けて二人は、木の枝や落ち葉を集める。
 それを一カ所にまとめて、き火ができるようにした。後は火を起こせば良いが、今度はフォルトが魔法を使ってみる。

「俺にやらせて」
「はあい!」


【イグニッション/発火】


 初級の火属性魔法である。
 ただ発火させるだけなので、ライターのようなものだ。指先に出た火を使って、枝や葉に点けるだけだった。
 そして、魚の口から枝を突き刺して焼く。すると、周囲には焼き魚の香ばしい匂いが立ち込めだした。
 十分に火を通した後は、焼けた魚を食べる。

「うーん。旨いけど……」
「どうかしましたかぁ?」
「こっちの世界って、調味料はあるのか?」
「人間は作ってるみたいでーす!」
「人間は?」
「カーミラちゃんは持ってないですよぉ」
「塩でもあればなあ」
「じゃあ都市で仕入れてきますねぇ」
「お金なんて無いよ?」
「奪ってくるから平気でーす!」
「ちょっと待て!」

 これが、二人の違いだ。
 フォルトは魔人になったとしても、人間の常識があるので盗みはやらない。言うまでもなく、カーミラにやらせるつもりはない。しかしながら、彼女はやる気だった。悪魔らしく、悪事に対して何のわだかまりも無い。
 欲しいなら奪う。ただ、それだけだった。

「御主人様は考えすぎでーす!」
「そうか? でも盗みは悪いことだぞ?」
「この世界は力が悪なんです! だからいいんですよ?」

(力が悪? 力は正義って言いたいんだな。さすがは悪魔。でもなぁ。捕まっちゃうんじゃ……。いや、人間には捕まえられない?)

 フォルトは考える。
 カーミラは悪魔だ。肉を食べたいと所望したら、人肉を用意すると言っていた。またロッジから追い出されると伝えたときは、国を滅ぼそうとも……。しかも魔界に移動できるし、空も飛べる。
 人間に捕まるところが想像できない。

「いい、のか?」
「御主人様は七つの大罪を持ってますからねぇ。強欲でーす!」
「強欲かぁ」
「はい! だからいいんです!」
「その良し悪しは誰が決めるんだ?」
「御主人様ですよ?」
「俺か!」
「世界は弱肉強食ですよぉ! 強い御主人様は強食でーす!」
「な、なるほど?」
「そして、人間は弱肉でーす!」
「弱肉かぁ」

 天を見上げたフォルトは、カーミラの言葉に納得してしまう。
 それは日本から勝手に召喚され、城から放り出された件に起因する。シュンが見捨て、アーシャが罵倒していたことも原因だ。また召喚される前から絶望しており、世界が変わっても絶望したのだ。
 それが引き金となって、人間から魔人に変化した。

「俺は人間が嫌いだった」
「嫌いならどうなってもいいですよねぇ」
「勝手に召喚して、勝手に放り出したしな」
「人間のクセに生意気ですよねぇ。御主人様を何だと思ってるのよ!」
「ははっ。吹っ切れたよ」
「さすがは御主人様! じゃあ後で奪ってきますねぇ」
「俺が行こうか?」
「まだいいですよぉ。御主人様は力の加減を慣らさないとね!」
「そうだった。なら任せる」
「はあい!」

 二人は魚を食べながら談笑する。
 食事が済んだ後は、探索を続けた。とはいえ変わったものは無く、木や草が茂っているだけだった。
 それでも楽しさが込み上げていたフォルトは、カーミラの手を強く握った。彼女は一瞬だけキョトンとするが、手を握り返して笑顔を浮かべる。
 この笑顔は反則だった。

「えへへ。御主人様!」
「どうした?」
「何でもないですよ!」

 女性と二人で過ごすのは何十年ぶりだろうか。フォルトが若かった頃は、手も触れることも難しかった。
 そして、歳を取るのは残酷なものだ。今は照れもなく握れてしまう。

「急激な変化についていけないが……」
「はい?」
「これって、森の中で同棲どうせいってことか?」
「私は御主人様のシモベでーす!」
「言ってたな」
「メチャクチャにしていいんですよ?」

(メチャクチャにって……。最初に出会ったときのアレか! 前の主人は、そんなことのためにシモベにしたのか? それでいいのか?)

 常識が少しずつ変わっていく。
 その過程は、異世界人であれば誰もが通る道だった。カーミラは、可愛く見えても悪魔である。フォルトも、人間の敵対者である魔人なのだ。当然のように、悪側に変わっていくことになる。
 こちらの世界の倫理観は日本に近いが、七つの大罪を持っているので崩れてきてしまう。人間から物を奪うことを容認したように……。

「じゃあ御主人様、行ってきまーす!」
「気を付けてな」
「大きな木の下で待っていてくださいねぇ」
「そうしよう」

 ふわふわと浮いたカーミラは、城塞都市ソフィアに飛んでいった。
 そして一人になったフォルトは、レベルの話を思い出す。
 国民の平均レベルは七という話だった。彼女のレベルは分からないが、何となく遥か上のような気がする。
 根拠は無いが、心配という感情は沸いてこないのであった。
Copyright©2021-特攻君
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