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作者: 特攻君
残酷な描写あり R-15
第5話 魔人と小悪魔1
 ロッジの中では、一人の男性が苦しそうにうなっていた。ビール腹が少々気になりだした小太りの男性だ。
 その目は大きく見開いて血走っている。両手は指を立て、側頭部を力強く握っていた。足をバタバタと動かして、時おり体を左右に向けている。

(あ、頭が……。頭が痛てえ! 割れそうだ! 情報が……。情報が濁流のように流れ込んできやがる。これはいったい何だよ!)

「がああっ! 痛てえ! 痛てええ!」

 この小太りの男性は、日本から異世界に召喚されたフォルトだ。
 現在は激しい頭痛に襲われて、生木の床を転げ回っている。痛みは治まらないようで、大声を上げて叫んでいた。
 他のロッジには、同様に召喚されたアーシャとノックスがいるはず。にもかかわらず、その声は届いていないようだ。
 普段であれば薄情と思うが、今は何も考えられない。

「誰でもいい! この頭痛を止めてくれ!」

 叫んでも頭痛は治まらず、更に酷くなる一方だった。
 そして、痛みに耐えかねたフォルトは意識を手放す。

「………………」

(アカシックレコードの解放が終了。続いて、遺品の転送を開始します。スキル……失敗。原因を究明中……)

 そして気絶している間に、誰かがロッジに訪れたようだ。
 何度も扉がたたかれたが、フォルトは気絶しているので気付かない。

「………………」

(原因の究明が完了。人間種から魔人種に変化を開始……。完了。中断したスキルの転送を開始……。完了。生命力……。完了。魔力……。完了)

「…………。ぐっ!」

 姿の見えない声が立て続けに、何かを行っていた。
 どれぐらいの時間が経過したのか。意識が戻ったフォルトは、上体を起こして頭を振る。頭痛が治まり、何やら晴れやかな気分だった。

「良かった。痛みが治まったか。あれ? なんか気分がいいな」

(遺品の譲渡が完了。続けて、アカシックレコードとスキルを結合……。完了。すべての作業が完了しました。魔人種から魔神に変化を開始しますか?)

「マジン? マジンシュからマジンって何だ?」

(魔人種から魔神に変化を開始しますか?)

 どうなったか分からないが、姿の見えない声はフォルトに問いかけてくる。
 声に反応しても、同じ質問を繰り返すだけだった。

「ここまできたら最後までやってしまおう。開始してくれ」

(魔神に変化を開始……。失敗。原因を究明中……。完了。カルマ値の不足。カルマ値が絶対悪になるまで保留。以上で終了します。お疲れさまでした)

「よく分からないけど……。終わりか?」

 フォルトは耳を澄ませながら、姿の見えない声の回答を待つ。とはいえ、何の答えも返ってこなかった。
 終了と聞こえたので、言葉通りに終わったのだろう。

「うーん。何が変わったんだろ?」

 残念ながら、近くに鏡などの姿を映すものは無い。
 それでもフォルトは、変化を確認するために全身を触る。頭頂部から足指の先まで念入りに触ってみたが、特別な変化は無いようだ。

「結局何だったんだ? それにしても……。眠いな」

 フォルトは首を傾げるが、今度は眠気が押し寄せてくる。
 基本的に惰眠を貪るのが大好きなので、首を傾げた方向に倒れ込んだ。

「ふわぁあ。お休み……」

 周囲には自分しかいないが、眠る前の挨拶だけは欠かさない。
 目を閉じて暫く経つと、再び扉が叩かれた。しかしながら、今後は熟睡しているので気付かない。タイミングの悪さは天下一品かもしれない。
 そして夢すら見ない深い眠りに落ちていると、急に体が重くなる。また同時に室内では、ピチャピチャと何かの音が響き渡った。

「見つけたよ!」

 室内は真っ暗だが、フォルトの体の上に影が乗っている。
 体を密着させて、上半身から下半身に指をわせていた。

「醜い体ね。早く起きないかなぁ」
「んんっ……」
「そろそろ起きるかな? 待ち遠しいよぉ」

 その影は、赤髪をツインテールに決めた小柄の女性である。
 黒と赤を基調とした上着を着ているが、まるで胸だけを隠すブラジャーのようだ。また同じ基調の超ミニスカートが、少しだけめくれている。スラリと伸びた足には、黒のニーハイソックスと赤いハイヒールを履いていた。

「わが君……。ちゅ」
「あっ朝か? ほっぺに生暖かいものが……」
「こっちを見てえ」

 フォルトは目を覚ました。
 周囲は暗くて見えないが、体の上に誰かが乗っているようだ。寝起きなので視界がぼやけているが、目を擦りながら確認した。
 それから数回ほど瞬きをすると、記憶に無い女性が乗っていた。

「なっ何してんだ!」
「ちゅ! あ、起きましたかあ?」
「俺の上で何やってんだ! お前は誰だ!」
「その質問に答える前に、終わらせちゃいませんかあ?」
「な、何を?」
「ふふっ。い、い、こ、と」

 馬乗りになった女性は、フォルトの体に密着してきた。
 その柔らかい感触は久しぶりだったので、残念ながら跳ねのけられない。とりあえずはお言葉に甘えて、数十分をかけて骨抜きにされた。
 最後に甘い吐息をついた女性は、小悪魔らしい笑みを浮かべて、可愛らしい顔を近づけてくるのだった。

「私はどうでしたかあ?」
「良かった……。じゃない! だから、お前は何なんだ!」
「悪魔のカーミラちゃんでーす! これでもリリスなんだからね!」
「あっ悪魔? リリス?」
「そうだよぉ。御主人様のシモベでーす! ちゅ」

 フォルトの混乱を見て取ったカーミラは、ほほに唇を押し当ててくる。
 骨抜きにされたので抗えず、成すがままにされた。

「すまないが、分かるように説明してくれ」
「そうですかあ? 御主人様は前の御主人様だった魔人でーす」
「魔人?」
「その魔力を感じたので急いできたんですよぉ」
「魔力……」
「カーミラちゃんってば偉い?」
「よく分からんが……。偉いのか? でも俺が魔人?」
「そうですよお。魔人はですねぇ」

 世界に存在するすべての種族と敵対するのが魔人種である。人間と比べると圧倒的に数は少ないが、持っている力は圧倒的に強い。
 そして世界には、魔人が住まう前人未踏の地が存在する。そこから度々現れては、天災級の災害を起こしているという話だ。

「すべての儀式は終わったはずですよぉ」
「何のことだ?」
「記憶喪失ですかあ?」
「俺は昨日、こっちの世界に召喚されたばかりの人間だ!」

 フォルトは今までの出来事を伝えた。
 カーミラは聞き逃さないように耳を澄まして、首を傾けたり縦に振っている。真剣に聞いている姿勢が伝わってきた。
 悪魔と言っていたが、とても可愛くて美しい女性である。現金なものだが、この場から逃げようと思わなかった。
 またジェシカと違って、情報を教えてもらえそうだ。

「ふんふん。カードを見てもいいですかあ?」
「ああ」

 フォルトはポケットからカードを取り出して、カーミラと一緒にマジマジと見る。すると、目が飛び出しそうになった。
 称号の欄を開いたら、空欄の場所が埋まっている。「大罪をまといし者」と「神々の敵対者」が追加されており、膨大な量のスキルで埋まっていた。
 一番驚いたのはレベルで、なんと五百もある。

「レベルが五百だと! バグってやつか?」
「前の御主人様と同じですねぇ」
「え?」
「そういう儀式だったからね!」
「儀式?」
「与えられたスキルや魔力は、人間だと耐えられないでーす」
「だから魔人になった、と?」
「御主人様の言ったとおり!」
「まさか……。俺を狙った?」
「儀式は個人を狙えないですよぉ」
「へぇ」
「たまたま合致したんですねぇ」
「合致……」
「七つの大罪を持つ御主人様にね!」

 カーミラが顔を近づけてくる。
 暗闇に目が慣れたフォルトは、彼女の姿を見て、顔の筋肉が緩んでしまう。リリスとはよく言ったものだ。男性を虜にする魅力があふれていた。
 そして、見るからに悪魔である。頭には角が、背中には翼が生えていた。細い尻尾もあるようだ。とても作り物には見えない。
 彼女が動くたびに翼がパタパタと揺れて、尻尾もユラユラと揺れていた。

「でも、レベルが五百って気はしないな。ほら」

 フォルトは床を強く叩いてみるが、コツンと鳴っただけであった。
 レベルが五百もあるなら、穴を空けても不思議ではない。

「リミッターですねぇ。力を込めて殴ってください!」
「それだと痛いだろ!」
「大丈夫ですよぉ」

 カーミラは笑みを浮かべているが、フォルトは不安だった。痛みが苦手で自殺をやれなかった男なのだ。
 ゆえに諦める。

「やめとくよ」
「じゃあ、そのうち慣れればいいですね!」
「そっそうか。いずれ、な」
「スキルは手足のように使えますよぉ」
「へぇ」
「これから徐々に使い方が分かると思いまーす!」
「ふーん。やってみよう。『状態測定じょうたいそくてい』っと……」

 使わなければ、宝の持ち腐れというものだ。
 フォルトは手始めに、気になったスキルを使ってみる。カーミラの言ったとおり、使い方は頭の中に流れ込んできたので簡単だった。
 まるで手足を動かすように使える。

(なんだこれ? 死のうとしてたのにな。いきなりチート級になったぞ。生命力を表示するスキルだと、カーミラとの差が何倍もあるような?)

のぞかれると恥ずかしいですよぉ」
「すっすまない」
「謝らなくていいですよぉ。自分の好きなように、ね!」
「どういうことだ?」
「見たければ見てぇ。壊したれば壊せばいいでーす!」
「は?」
「何かやりたいことはありますかぁ?」

 カーミラに促されて、フォルトはやりたいことを考える。しかしながら、何も思い浮かばなかった。
 今すぐ何かを思いつくわけもないので、乾いた笑みを浮かべた。すると、空腹だったようで腹が鳴ってしまう。
 これは恥ずかしい。

「あ……。旨い飯を食いたい」
「暴食ですねぇ。何か用意しまーす!」
「できるのか?」
「カーミラちゃんにお任せでーす! 肉でいいですかぁ?」
「そうだな。肉を食いたい」
「ならなら。近くの人間でも殺して、新鮮な肉を調達してきますねぇ」
「ちょっと待て!」

 よどみなく話すので、フォルトは聞き逃しそうになった。カーミラは聞き捨てならないことを言っている。
 さすがに、新鮮な人間の肉など食べる気がしない。

「人間の肉なんて食えるか!」
「えええっ! 前の御主人は旨そうに食べてましたよ?」
「俺は食わん!」
「じゃあ小動物の肉でいいですかあ?」
「あぁ……。それで頼む」

 カーミラはうなずいて、フォルトの目の前から消えた。扉から外に出ていったわけではなく、その場で消えたのだ。
 それは、小説やゲームに設定されている転移のようであった。
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