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作者: 特攻君
残酷な描写あり R-15
第61話 宮廷会議と亜人の宴1
 屋敷の前に設置したテラスでは、いつもの光景が広がっていた。
 フォルトが椅子に座りながら、のんびりとしている。姿勢も悪く、腰を前にずらして足を伸ばしている。
 背もたれには、首と肩で寄りかかっていた。

「ニャンシー」

 まさにダラけきっているフォルトは、眷属けんぞくのニャンシーを呼んだ。
 いつものように不可視で魔法的な糸を使って、彼女に信号を送る。思念伝達と呼ぶには弱く、虫の知らせよりは強い。
 カーミラと最初に出会ったときは、赤い糸と言われて赤面したものだ。

「主よ。どうかしたかの」

 暫く待っていると、ニャンシーがフォルトの影から現れた。
 移動方法として、魔界を通って距離を縮めている。とはいえ長距離を走ったにもかかわらず、息一つ切らしていない。
 それは、魔界の魔物であるケットシーだからだろう。
 普段の愛くるしい顔で、微笑みを浮かべていた。

「もう旅に出なくていいぞ」
わらわに不都合でもあったかの?」
「いや。闇雲に探しても駄目だと思ってな」
「確かにのう。新天地は見つからず、魔族の司祭もおらぬ」
「それにさ。休息も必要だろ?」
「それに関しては問題無いのじゃがな」
「ほう」
「適度に休息を入れておる。じゃが、主の労いには感謝しようぞ」
大袈裟おおげさな……」

 ニャンシーは隠密能力が高いので、身の危険は心配していない。しかしながら、彼女を働かせ過ぎていると感じていた。
 日本で働けていた頃のフォルトは、俗にいうブラック企業に勤めている。
 そのせいで体を壊して、精神的に病んでしまったのだ。自宅に引き籠った原因の一つであり、同じ経験をさせられない。
 また世界は広く、何のあても無く探すのは無理だろう。

「きゃー! ニャンシーちゃん!」
「今しがた戻ったのじゃ。おおうっ! そこじゃ。ゴロゴロ」

 屋敷から出てきたカーミラが、ニャンシーに気付いて走り寄ってくる。
 そしてモフモフをしながら、抱え上げて隣に座ってきた。
 現在フォルトが座っている椅子は、日本ではラブシートと呼ばれている。身内と一緒に座るため、ブラウニーに作らせた専用の椅子である。
 横幅を狭くして密着度重視だ。

「当面はアーシャの魔法の先生を頼む」
「レイナスと違って覚えは悪いのう」
「そっそうか。まぁコメントは控えよう。風属性魔法を伸ばしてやれ」
「任せるのじゃ!」
「御主人様、アーシャのキャラ設定を決めたのですかぁ?」
「そうだ。やはり称号の「舞姫」を基本とするべきだな」
「どうするのですかぁ?」
「踊り子だ」
「戦士や剣士とかじゃないのですねぇ」
「まあな。そういった職業があるわけじゃないしな」

 戦士や剣士などは取り決められた職業ではなく、広義の意味での総称である。概念はあるが、それに縛られる必要は無い。
 舞踏剣士でも良いが、踊り子のほうが琴線に触れたのだ。

「戦術的には中衛ってところかな」
「中衛ですかぁ?」
「バフやデバフを多めに覚えさせて、前衛のサポートだ!」
「面白いですねぇ」
「シュンはチームを作ったと聞いた。俺もチームを作る!」
「そうきましたかぁ」

(チーム戦も面白いな。でも操作はやれないから、自動狩りの延長か。まぁ俺は方針を考えて、そのとおりに成長させてやればいいのだ!)

 フォルトのゲーム脳が全開だった。
 脳筋として戦士を並べても良いが、長期戦を見据えると不利になる。と考えると、バランス良く構成するのが最も良い。
 レイナスは魔法剣士として成長しており、剣の腕は相当なものだ。ならばアーシャに、彼女を支援させれば良いだろう。

「主の考えることは分からぬのう」
「ははっ。ただの遊びさ」

 ニャンシーは首を傾げているが、そこには何の意味もない。
 レイナスを拉致して育成中のように、アーシャの育成も遊びなのだ。

「でもでも、今は二人ですよぉ?」
「今は、な。あと三人増やせば、シュンのチームと同じだ」
「五人でしたっけ?」
「うむ。レイナスとアーシャは確定だな」
「御主人様は人間嫌いなので、人材を集めるのは無理でーす!」
「まあな。絵に描いた餅で終わりそうな気もする」
「行き当たりばったりですねぇ」
「あっはっはっ! それもまた楽しいじゃないか」

 まさに遊びなので、実を結ばなくても構わない。
 こういったことを考えるのが遊びなのだ。飽きたらやめれば良いが、今は楽しいので続けるだけだった。

「ところで御主人様、解体の件は考えたんですかぁ?」
「ふふん! もののついでに考えた」
「珍しいですねぇ。てっきり忘れたと思っていましたぁ!」
ひらめきってさ。連続するときがあるだろ? まさにそれだ!」
「さすがは御主人様です! ちゅ!」
「でへ」

 カーミラがほほに口付けしてくる。
 ラブシートなので、柔らかいものまで当たる。相変わらず積極的なので、フォルトは鼻の下を伸ばした。
 それを眺めていたニャンシーが、ジトっとした目になる。

「主よ……」
「んんっ! ニャンシーは、ソフィアさんを呼んできてくれ」
「馬車に呼ばれたときにいた女かの?」
「うむ。城の中か……。グリムのじいさんの屋敷にいると思う」

 フォルトからの命令を受けて、ニャンシーは魔界に戻った。
 アーシャの服を回収に向かったときは、城塞都市ソフィアにある城に行っている。なので、移動は速いだろう。
 グリムの屋敷も場所を教えたので、城にいなければ向かってくれる。多少の時間は必要だろうが、時間はたっぷりとある。
 以降はカーミラとイチャイチャしながら、無為な時間を過ごすのだった。


◇◇◇◇◇


 数日後にソフィアが、フォルトの屋敷に訪れた。
 護衛はいつものように、双竜山の森の外で待機している。

「すみませんね。わざわざ来てもらって……」
「珍しいですね。人と会いたくないのでは?」
「ははっ。手厳しいですね。カーミラは飯を多めに作らせてくれ」
「はあい」

 上機嫌のフォルトは、食堂にソフィアを通した。
 せっかく来てもらったので、食事ぐらいは用意したほうが良い。厨房ちゅうぼうにいるルリシオンとレイナスに伝えれば、すぐに取り掛かってくれるだろう。
 ニャンシーは伝言だけだったので、すぐに戻っていた。以降は魔法の先生として、アーシャの面倒を見ている。

「御主人様! 戻りましたぁ」
「ありがとう。ではカーミラにも教えておこう」
「はあい!」

 満面の笑みのカーミラを、隣に座らせる。
 食堂の椅子は個別なので、残念ながら密着度は無い。だが椅子を移動させて、フォルトの椅子にピッタリとくっつけている。
 その姿に視線を向けたソフィアが、頬を赤らめてうつむいた。

「えっと……」
「ソフィアさん?」
「なっ何でもありません。それで話というのは?」
「黙ってやると怒られそうなので……」
「はい?」
「大家さんへの家賃になるかなと思いましてね」
「話が見えませんが、森の外で何かをやるつもりなのですか?」
「えぇ……。まぁ……」

 ソフィアは怪訝けげんそうな表情をした。
 自堕落生活を続けると宣言した者が動く。であるならば、「何か良からぬことでもやりそうだ」とでも思ったのだろう。
 それに人間の敵である魔族の姉妹が、一緒に暮らしているのだ。もしも暴れでもしたら、庇護ひごしたグリムが拙い立場になる。
 彼女がそう考えていると分かるだけに、フォルトは苦笑いを浮かべた。

「まずは詳しく伺いましょう」
「簡単に言うとですね」

 フォルトの話はこうだ。
 ビッグホーンを討伐したので、解体作業を行いたい。しかしながら体躯たいくが大きすぎて、自分たちだけでは無理があった。
 ならばと魔の森の亜人を使って、作業をやらせるといった内容だ。
 亜人は支配下に置いていないが、対価を渡せば頼みを聞いてくれる。人員さえ確保できれば、解体作業は捗るだろう。
 その許可を、ソフィアからもらうつもりなのだ。

「そのようなことが可能なのですか?」
「平気だと思いますよ。なぁカーミラ」
「大丈夫でーす! 獲物をあげれば喜んでやりますよぉ」

 アーシャはフォルトを頼るために、冒険者を殺害したことがあった。
 そのときはソフィアたちから捕縛されないように、彼女の逃走経路に亜人の群れを配置している。対価は、倉庫に保存してあった食料だった。
 実際は自分たちより強者と認識しており、断れないだけだったが……。

「さて……。それを踏まえての提案があります」
「何でしょうか?」
「双竜山の森に、魔の森の亜人を入れたいのですよ」
「だっ駄目です! 許可はしません!」

 驚いたソフィアから、当然のように即答された。
 フォルトは亜人と言っているが、人間からすれば魔物である。領内に入れるなどもっての外で、グリムの立場が悪くなるどころか領民に見限られてしまう。
 双竜山の森に、魔の森の魔物を移動させられない。
 彼女であれば、当然の回答だろうが……。

「話は終わってません。王国にとっても良い話だと思いますけど?」
「無理です! 良い話なわけがありません!」
「まぁまぁ。話は最後まで聞いてください」
「………………。分かりました」
「では――――」

 長い時間を使って説明したところ、ソフィアには驚愕きょうがくの内容だったか。
 もちろんフォルトは、エウィ王国のために動くつもりは毛頭無い。単純な閃きからのメリットを伝えただけだ。
 ともあれ彼女は、概ね納得してくれた。

「話は理解しましたが、私の一存では決められません」
「持ち帰ってもらって結構ですよ」
「ですが、フォルト様に何の得が?」
「ん? 俺は旨い肉を食べたい。それに遊びたいだけです」
「自堕落生活を満喫するためですか?」
「そうですよ。実際に俺は動きませんしね」
「フォルト様の計画では、多くの人が動くのですけど?」
「ははっ。頑張ってください!」
「はぁ……」

 ソフィアの奇麗な顔を見ると、どうやらあきれている。
 それについては何も言えないが、フォルトの話は終わりである。空腹を刺激する匂いが漂ってきて、暴食が悲鳴をあげた。

「では難しい話は終わりにして、一緒に飯を食べよう」
「はあい! レイナスちゃん、もう運んでもいいですよぉ」
「ニャンシーとアーシャは……」
「呼んできまーす!」
「よろしく!」

 もう動くつもりは無いフォルトは、カーミラにすべてを託している。相変わらずの駄目男だが、彼女の広い心に感謝しかない。
 以降は全員が集まってから、ソフィアを加えて食事を開始した。

「今日はねえ。ボアバラ肉の串タレ焼きよお」

 料理を作ったルリシオンが、久々の決めポーズを見せた。自信があるのか腰に手を置いて、片手を伸ばしながら前を指している。
 きっと、フォルトが教えたタレを自慢したいのだろう。塩とレモンを主軸にしたタレで、串焼き肉には最適だと思われた。

「焼いた肉にタレを塗るだけだがな」
「タレは重要よお。私なりにアレンジをしてみたわあ」
「ほほう。もぐもぐ。ん? 大葉でも入れたのか」
「大葉とは? これはソヨウという薬草ですね」

 フォルトの言葉に対して、ソフィアが補足する。
 名称の違いは言わずもがな。日本では青紫蘇あおじそとも呼ばれる葉が、双竜山の森に群生していたようだ。
 ちなみに野菜や果物関係は、召喚したトレントが発見してくる。

美味おいしいですね」
「ルリちゃんの料理の味が分かるなんて、見込みがある人間ね」
「あ、ありがとうございます」
「緊張しなくていいわよお。フォルトの客人なら殺さないわあ」
「………………」

 マリアンデールとルリシオンは、人間を蹂躙じゅうりんするのが大好きだ。とはいえフォルトに庇護してもらった以上、面目は潰さないようにしていた。
 こういったところは律儀である。

「ルリ、物騒なことを言うな」
「魔族と人間なんて、こんなものよお」
「ふーん」
「ちょっと貴方! 興味が薄いわね」
「ははっ」

 フォルトにとって魔族と人間の関係は、どうでも良いのだ。
 自分と身内だけが平穏無事であれば、それで満足である。他で殺し合いをしていようとも、まったく興味が沸かない。
 それからも他愛もない会話を続けて、料理を一通り平らげた。

「ソフィアさん、良い返事を期待していますよ」
「えぇ……。それでは御馳走ごちそうさまでした」

 食事を終えたソフィアは、ドライアドの案内で帰路についた。
 おそらくはその足で、グリムの居場所に向かうと思われる。結果はどうなるか分からないが、他の案も考えておくべきか。
 所詮は、素人のおっさんが考えた話である。
 今は納得したかもしれないが、穴はいくらでもあるだろう。

「さてと。カーミラ、風呂に入るか!」
「はあい!」

 フォルトは考え事を後回しにして、カーミラを連れて風呂場に向かう。
 もしも駄目だったら、そのときに考えれば良いだろう。ビッグホーンは凍らせてあるので、当分の間は溶けないはずだ。
 そんなことを思いながら、彼女に服を脱がしてもらうのだった。
Copyright©2021-特攻君
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