▼詳細検索を開く
作者: 特攻君
残酷な描写あり R-15
第55話 新天地3
 愛くるしい笑顔と共に、フニャンと折れ曲がった耳。ピョコピョコと動く尻尾。さらには、クルンと丸まった猫背。
 そんな眷属けんぞくのニャンシーは、フォルトの足に座っていた。

「ゴロゴロ。そこじゃ。首はくようにな」
「ふむ。耳のモフモフが何とも……」
「耳はでるように頼むのじゃ」

 フォルトがいる場所はテラスだ。
 人数が増えたので、三カ所ほど作ってある。各テーブルには、三個の椅子が用意されている。しかしながら、すべてが埋まることはない。
 来客などないのだから……。
 ともあれ、もう簡易テラスではないのだろう。

「はぁ……」

 対面の席では、アーシャが溜息ためいきを吐いた。
 現在の彼女は、風属性魔法を勉強中である。ニャンシーを先生として仰いで、勉学に勤しんでいるのだ。

「フォルトさん、危ない人みたいよ?」
「え?」
「ニャンシーちゃんを抱いて、セクハラしまくりっしょ!」
「あ、あぁ……。可愛らしくて、ついな」
「ついで済んだら警察なんて要らないんですけどぉ」
「ははっ。そういった感情は無いから安心しろ」
「ふーん」
「主よ、堅いものが当たっとるぞ。座りづらいのじゃ」
「あ……」
「はぁ……」

 再びアーシャから溜息が聞こえた。
 どうも彼女は、勉強に集中できていないようだ。最近は落ち込んでおり、どうしたのかとフォルトは気にかけていた。

「悩み事でもあるのか?」
「んー? あると言えばあるよ」
「従者を辞めたくなったのか?」
「違うよ。従者らしいことを頼んでこないじゃん!」
「ははっ。召喚した魔物が便利過ぎてなあ」
「そういうんじゃなくてねぇ」
「まぁ話してみろ」
「ニャンシー先生、悪いけど外してもらえる?」
「主?」
「いいぞ。何も急いでいるわけじゃないしな」
「ならカーミラに遊ばれてくるのじゃ!」

 カーミラとレイナスは、マリアンデールやルリシオンと一緒に調理場だ。屋敷からは、小腹を刺激する匂いが漂っている。
 その輪の中に入るため、ニャンシーは歩いていった。

「それで?」
「あたしもさぁ」
「うん」
「悪魔になれんの?」
「え?」

 テーブルに肘を付けたアーシャが、何やら突拍子もないことを言い出した。
 フォルトから話した記憶は無いので、カーミラかレイナスに聞いたのだろう。堕落の種を食べれば、悪魔になれると……。

「悪魔になりたいのか?」
「んー。あたしだけ老けていくのよねぇ」
「へ?」
「レイナス先輩は十八歳で老けなくなったのよね?」
「うむ」
「マリ様とルリ様は不老長寿の魔族だしぃ」
「そうだな」
「カーミラだって、あの容姿のままっしょ?」
「リリスだしな」
「と、いうわけなのよ!」
「なるほど」

 アーシャ以外が不老なので、一人だけ老けていくを気にしたのだろう。
 普段であれば、同じように若いので考える話でもない。だが姉妹の年齢を聞いたときから、彼女は思い悩んでいたようだ。
 気持ちは何となく分かる。

(不老長寿や不老不死は人間の憧れだったよな。あっちの世界と違って、実際に不老となれるわけだしなあ。特にアーシャなら気にするか)

 フォルトは不老に加えて、『変化へんげ』のスキルで面体を変えられる。
 そしてアーシャからすれば、今の状態が最高だろう。
 若いギャルで、「モデルにならないか」とスカウトをされたぐらいだ。顔が焼けただれて醜くなったときは、わざわざ殺してくれと頼んできた。
 命よりも面体を上位に置いていたのだ。ならば悪魔になってでも、現在の状態を維持したいのだろう。

「あたしってさ。魅力無い?」
「いや、正直に言うが可愛いと思うぞ」
「そのわりには襲ってこないんですけど!」
「アーシャは従者だしなあ」
「もしかして、シュンのマエカノとか気にしてるの?」
「まったく気にしてない」
「そう?」

 アーシャはカーミラと同じように、度々フォルトを挑発していた。だが彼女は、同じ異世界人で日本人である。
 どうしても条例や法律を思い出してしまって、手を出せないでいた。
 住む世界が変わり、魔人として好きに生きると決めている。にもかかわらず、どうしても躊躇ちゅうちょしてしまうのだ。
 これが、刷り込みという効果なのだろう。だからこそ、一線を引いていた。

「俺はアーシャの嫌いなおっさんだぞ?」
「そういうのは、もういいから!」
「そうなのか?」
「今は若いじゃん」
「スキルでな。中身はそのままだぞ」

 可愛くて奇麗なカーミラが、おっさんと一緒にいるのが忍びない。
 最初は、そんな理由からだ。せめて二人のときは、釣り合いを取ろうとした。今では人数も増えたが、フォルトは同じような対象として見ていた。
 最近ではクセというか、もう反射的に変えている。

「あたしも正直に言うとね。とっても怖がりなんだあ」
「ほう」

 アーシャがシュンの恋人になった理由は、右も左も分からない世界で、体が震えるほど不安だったからだ。
 確かに当初は、頼れる男性だっただろう。同じ状況のはずなのに、フォルトたちと合流する前から情報を聞き出していた。
 そして彼は、勇者候補にも選ばれている。
 頼りたくなるのは、当然の心理だ。

「こういう話をすると恥ずいねぇ」
「ははっ」

 それにしても、最初は楽観的なギャルだと思ったものだ。
 ニヤニヤと笑って、何も考えていないような言動をしていた。言葉は悪いが、馬鹿っぽく見えた。しかしながら、それは不安の裏返しだったようだ。
 そしてフォルトは、キモいと蔑まれて罵倒されたことを思い出す。

(なるほどなあ。俺は不安のけ口にされたのか。当時の俺なら言いやすかっただろうな。理不尽なのは変わらないが……)

「こっちの世界はさ。一人じゃ生きていけないのよ」
「どうした?」
「ソフィアさんに言われてさ。あたしも考え方を変えたの!」

 現在のアーシャは、フォルトを頼って良かったと言っている。
 絶対服従の呪いを受けているが、それでも安心できるらしい。やはり、従者らしい命令をしてこないことが要因だ。しかも、レイナスとの関係も良好たった。
 もちろん、他にもある。
 悪魔のカーミラをシモベにしており、ニャンシーを眷属にしている。
 さらには魔法で召喚した魔物を、まるで手足のように使っていた。魔族のマリアンデールやルリシオンとも、協力関係を結んでいる。
 とにかく、安心材料が多いということだ。

「カーミラと相談してからだな」
「そんなにもカーミラがいいの?」
「話してなかったか」

 カーミラとの出会いは、レイナスにしか話してなかったかもしれない。
 アーシャは恥ずかしがりながらも、本音を話してくれた。ならばと、フォルトも包み隠さずに伝えた。
 やはり絶望していたときに、近くで寄り添ってくれたことが最大の要因だ。恋愛を通り越して、すでに自分の半身とも思っている。
 これが、悪魔のわなだろうが構わない。
 当然のように手放すつもりもなく、この思いは永遠に変わらないだろう。

「はぁ……。そりゃ、そうなるわ」
「でもなあ。悪魔になると、永遠に俺の従者だぞ?」
「いいよ。絶対服従だしぃ」
「軽いな」
「軽くさせてんのは、フォルトさんなんですけどぉ」
「あっはっはっ!」

 確かにアーシャの言ったとおりかもしれない。
 これには笑ってしまう。とはいえ、彼女の気持ちはよく分かった。とりあえず、前向きに考えれば良いだろう。
 そして話が一段落したところで、ルリシオンが近づいてきた。

「待たせたわねえ」

 他のみんなも一緒である。
 フライドポテトはもちろん、パンケーキなどを持ってきた。レシピらしいレシピは伝えていないが、よく作れたものだ。
 趣味を通り越して本格的になっている。

「蜂蜜はあったけどお。チーズというのは無理ねえ」
「そうなのか?」
「発酵って、ミルクを腐らせるのよねえ?」
「うむ」
「さすがに腐った食料はねえ」
「こっちの世界の食文化は大したことが無いようだな」
「フォルトから見たら、そうなるのかしらあ」

 日本の食文化は進んでいる。
 技術も同様だが、こちらの世界で同じものを期待しては駄目だろう。とはいえ、あちらの世界に無いものがある。

「文化は桁違いだな。その代わり、あっちの世界には魔法が無い」
「食は興味あるけどねえ。魔法が無いのは嫌だわあ」
「そうだな。俺もこっちの世界がいい」
「貴方が強いからでしょ!」
「あっはっはっ!」

 大口を開けたフォルトは、マリアンデールのツッコミに笑ってしまう。
 どちらの世界が良いかと問われれば、絶対にこっちの世界だった。
 今では人間を辞めて、魔人になった。しかも、ハーレム状態である。日本に良い思い出も無いので、たとえ帰れる方法があっても居残るだろう。

「さてと。食べようか」
「どうぞお」
「御主人様! あーん」
「あーん。もぐもぐ。旨いな! あっちには勝てないが……」
「貴方、ルリちゃんの料理にケチを付けるつもりかしら?」
「すまん、一言多かった。材料の問題だな。質が悪いんだよ」
「なら仕方が無いわねえ」
「ほら、アーシャも食べるといいですよぉ。あーん」
「ちょ! カーミ……。あ、あーん。もぐもぐ……」

 カーミラが全員の口に、パンケーキを放り込んでいる。
 ニャンシーを抱きながら、ニコニコと笑顔を浮かべていた。

「あれ? 何か堅いものが入っていたわ」
「貴女もルリちゃんの料理にケチを付けるつもりかしら?」
「マリ様、すみません! そうじゃなくて……」
「飲み込んじゃいましたかぁ?」
「カーミラが食べさせるからでしょ!」
「えへへ。おめでとう」
「え?」

 フォルトからすると、カーミラがうれしそうなのはに落ちない。もしかしたら、何かの悪戯だったかもしれない。
 きっと、ロシアンルーレットでもやったのだろう。

「その堅いものはですねぇ。堕落の種でーす!」
「ええっ!」
「えへへ。良かったですねぇ。老化はストップでーす!」
「ちょ、ちょっと!」

 驚いたアーシャは立ち上がり、カーミラに向かって身を乗り出した。
 フォルトは遊びだと思っていたので、本当に不思議といった表情を浮かべる。堕落の種のことは、ついさっきの話だ。
 調理場にいたはずなので、彼女との話は聞いていないはず。

「アーシャは御主人様のものですよぉ。若い娘が好きだからね!」
「うーん」
「駄目でしたかぁ?」
「いや。まだ何も話してなかったんだがな」
「えへへ。御主人様の考えていることは分かりまーす!」

 これを、シモベと言うだけで割り切って良いのか迷ってしまう。だが、カーミラの喜ぶ顔は大好きだった。
 ならば、その行為を受け入れるだけだ。

「そういうことらしい。じゃあ、ずっと従者をよろしく!」
「え、えぇ……。でもいいの?」
「もう手遅れなんだろ?」
「そうでーす!」

 アーシャは急な展開で複雑な表情をしているが、カーミラのおかげで悩みは一つは解決しただろう。今更どうにもならないので、もう諦めてもらうしかない。
 こうなれば、もう一つの悩みも近いうちに解決させるしかないか。そんなことを考えたフォルトは、美少女たちと一緒にオヤツの時間を楽しむのだった。


◇◇◇◇◇


 湖の中央に浮かぶ小島には、大きな樹木が一本生えていた。ただそれだけであり、他には何も無い場所である。
 フォルトはその小島まで、レイナスを抱っこしながら飛んできた。
 彼女は「きゃあ! きゃあ!」と、うそっぽい悲鳴を上げている。もちろん、この程度で動じる生徒会長ではない。
 ともあれ到着した後は、大きな樹木の前にきた。

「何も無いですわね」
「そうだな」
「何かを調べるのですか?」
「寝心地を調べにな」
「はい?」

 フォルトは樹木の根元に寝転がる。
 草は茂っているが、そこまで気にならない。寝心地が良ければ、魔法で召喚した魔物たちに整備させるつもりだ。

「レイナスも横になるといい」
「それでは失礼して……。ピタ」
「その擬音は、最近の流行なのか?」
「アーシャに教わりましたわ」

(アーシャめ。こういったアニメ系は興味無いと思ってたのに、意外と知っているのだな。そう言えば雑学が豊富だったか。ギャルのたしなみ?)

 フォルトはオタクも入っているので、当然のように悪い気はしない。
 レイナスは元伯爵令嬢として、高貴さと気品がある女性だ。擬音というギャップに満足して、思わず笑みを浮かべる。
 そして懐から、とあるものを取り出した。

「それとな。これを渡しておく」
「ネックレスですわね」
「石化を無効化するそうだ。グリムのじいさんから預かった」
「まさか……。お父様からですか?」
「多分な。餞別せんべつじゃないのか?」

 廃嫡したとはいえレイナスは、ローイン公爵の娘なのだ。
 双竜山の近くには石化三兄弟が棲息せいそくしているので、その対策を送ったのだろう。貴族ではなく父親として、最後の贈物だと思われた。
 今のフォルトには、蕁麻疹じんましんが出そうな話だ。

「なかなかの寝心地だ。たまに来るぶんにはいいな」
「はい。是非また一緒に……。モゾモゾ」
「んんっ! レイナスよ。俺を恨んでないか?」
「え?」
「まぁ何だ。酷いことをしているなと思ってな」
「人間は玩具でいいと思いますわよ?」
「そうか?」
「ふふっ。今が良ければ、それでいいのですわ。ちゅ」

 レイナスは幸せそうな表情を浮かべて、フォルトのほほに口付けした。
 調教で堕としたとはいえ、すでに効き目は落ちているはずだ。にもかかわらず、そのときと変わらず。
 いや、それ以上になっていた。

「レベルは上がったのか?」
「二十八になりましたわ。ですが、伸びは良くありませんわね」
「あれから三つだけか」
「大抵の者は足踏みをすると聞いていますわ」
「限界が近いからなあ」

 限界が近くなれば、成長は緩やかになる。
 至極当然なのだが、フォルトは首を傾げてしまう。
 レベルの概念を考えると、何となく今までの説明が違うような気もした。と言っても確実に上がってはいるので、いずれ検証すれば良いか。
 このあたりはまだ、うまく言葉にできない。

「おそらくですが、苦手分野の克服が必要だと思いますわね」
「ふむふむ。苦手分野か」
「私はフォルト様の操作でなら強敵に勝てますわ」
「そうだな」
「自分で考えて戦うようにしないといけませんのよ」
「なるほどなあ」

(要は思考能力の強化ってことか。そう言えば、ゲームの戦闘プログラムは酷かったしなあ。「なんでそうなるねん!」と思うときが多かった)

 こればかりは、ゲームを開発する会社次第だった。もちろん、戦闘プログラムに任せたほうが良いゲームもある。しかしながら、ほとんどはお馬鹿仕様だ。
 ともあれ、レイナスの視点は的を射ているか。
 こちらの世界の身体能力というものが、肉体能力だけに留まらない可能性は十分に考えられる。でなければ、魔法使いなどはレベルが上がらないだろう。
 思考能力も体の一部と思えば、レベルの上昇に関わっているかもしれない。
 つまり、頭脳だ。

「操作は後回しにして、まずは手取り足取り教えるとするかあ」
「腰も……。お願いしますわ」
「ちょっ!」
「これでフォルト様はイチコロと聞きましたわ!」
「アーシャかっ!」

 どうも最近は、日本風の馬鹿らしさを感じることが多かった。
 それは、アーシャが原因のようだ。もちろん不快感は無いので、なかなか楽しませてくれるとフォルトは思った。
 学生時代に戻った気分である。

「フォルト様……」
「こっちの寝心地も試さないとな」
「あんっ!」

 それでもすぐに、大人の気分に戻った。
 情事を求められたのだから仕方ない。フォルトはレイナスの体を引き寄せて、先ほど言われたことを実践するのだった。
Copyright©2021-特攻君
Twitter