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作者: 特攻君
残酷な描写あり R-15
第54話 新天地2
 フォルトたちが双竜山の森に移住してから、数日が過ぎている。
 湖周辺の木々は伐採されて、住居や倉庫の材料に使われた。切り株も掘り出し、薪として無駄なく燃料になっている。
 樹木が刈られた場所には養鶏場が建てられ、川の近くには畑が作られていた。もちろん管理は、魔法で召喚したインプとトレントが行っている。
 魔の森で暮らしていたときと同様だ。
 このように状況が進んできたので、カーミラと現状について話をする。

「御主人様、ココッケーも増えてきましたよぉ」

 ちなみに養鶏場では、ココッケーという珍しい鳥を飼育している。
 日本では鶏と呼ばれていた鳥に近いが、その習性は別物だ。
 まず危険感知能力が高く、周囲に天敵となる生物を感知すると地面に穴を掘る。しかも空を飛べるので、別の穴から出て空中に逃げるのだ。
 最初から空に逃げないのは、飛び道具を警戒しているらしい。といったように頭の良い鳥で、魔の森の裏山で発見したカーミラが捕獲していた。

「絶やさないようにな」
「えへへ。インプが徹底していますよぉ」
「斑点が出ている卵を残すのだったな?」
「そうでーす! 羽化すると育ちますねぇ」
「ふむふむ。順調だな」

 ひなのときはかなりの虚弱体質で、野生では生き残れない。毎朝栄養価の高い卵を産むが、羽化すればほとんど死んでしまう。
 まれに斑点がある卵を産むので、それだけが成長できる。当たりを引いた雛だけが生き残れるという、まるでルーレットみたいな鳥だった。
 ともあれ、ココッケーの卵は旨い。

「前の森と同じになってきましたぁ!」

 現在のフォルトは、『変化へんげ』のスキルで若者の姿に変わっている。おっさんに戻るときは、知らない者と会うときだ。
 または――ほぼあり得ない――、森から出るときのみだった。

「引っ越しは大変だなあ。主に召喚した魔物たちがな!」
「御主人様は何もしていませんしねぇ」
「俺は魔物を召喚したのだ。それで十分さ」
「さすがは御主人様です!」

 仮住まいとして建てた小屋は完成した。
 魔の森の自宅と同じ大きさなので、湖に到着した当日から使用している。
 それでもブラウニーは家の精霊なので、相変わらず雑な造りになっていた。所詮は組み立て式のロッジみたいなもので、内装もまったく同じである。
 その小屋の屋根で、フォルトは寝そべっていた。当然のように、カーミラの膝枕を堪能している最中だ。
 周囲の風景が変わろうとも、自堕落な生活は変わらない。

「カーミラ、香辛料は足りているのか?」
「あの女が持ってきましたよぉ」
「ソフィアさんか?」

 魔の森で暮らしていたときは、生活に必要な物資は都市から奪っていた。だがそれを続けていたら、盗賊を庇護ひごしているようなものだろう。
 フォルトは寝ていたが、移動中の馬車の中でソフィアから言われたようだ。物資はグリム家が支給するので、今後は奪うのを止めてくれと。
 双竜山の森の前に置いておくという条件で、カーミラが受け入れていた。

「代金は要らないそうでーす!」
「ふん! 恩でも売るつもりか?」
「そうかもしれませんねぇ」

 フォルトは人間嫌いや人間不信がたたって、どうしても邪推してしまう。とはいえ恩については、何か考えたほうが良いかもしれない。
 返せるものは、何も無いが……。

「当面の野菜類ももらいましたよぉ」
「すぐには育たないしな。しかし食ってばかりだと減る一方か」

 双竜山の森が狭いと言っても、比較対象は魔の森である。
 湖は森の中心地にあるので、グリム領のある南の入口までは一日は歩く。また北にある入口も同様という広さだった。
 魔の森だと三日なので、面積的には約三分の一と思って良いだろう。
 要は収穫量が減るということだ。

「野菜はトレントが栽培しているよな?」
「そうでーす! 一応は森の中でも探していますけどぉ」
「やはり魔の森より少ないのか?」
「でもでも、今は十分に採れまーす!」
「うーむ。まぁ畑で育つなるまでは我慢だな」

 これは、由々しき問題である。
 七つの大罪の一つである暴食の関係で、フォルトは食料の消費量が多い。
 とりあえず肉類については、双竜山に獲物が生息しているので問題無い。好物のペリュトンも生息していたので、とても助かっていた。
 そうは言っても、獲物や野菜を増やすことを考えなければ問題になる。

「減らすのは得意だが増やすのは面倒だなあ」
「そういうものですしねぇ」
「いい考えは無い?」
「前の御主人様は減ったら移動していましたよぉ」
「確か怠惰も持っていたよな?」
「でも体が小さかったので、頻繁に移動していませーん!」
「え?」

 カーミラの元主人は、ブラウニーよりも小さかったらしい。
 つまり、成人した人間の膝丈くらいの大きさだ。フォルトが着ている服の持ち主だったが、敵から奪っただけだそうだ。
 魔法の服なので、体型に合わせてピッタリと収まる。
 その程度の大きさなら、暴食を持っていても知れているだろう。

「一頭のボアで、一日は持ちましたねぇ」
「ほう」
「今の人数ですと、四頭は必要でーす!」
「それってほとんど俺だよな? コストが高いな!」
「魚とか混ぜて減らしていますけどねぇ」
「な、なるほど。すまんな。苦労をかける」
「えへへ。カーミラちゃんにお任せでーす!」

 こういった細かい話を聞くと、本当に頭が下がってしまう。
 フォルトはカーミラに出会えて良かったと、心の底から思った。

「話は変わるが、レイナスはどうしてる?」
「アーシャと一緒に山に自動狩りですよぉ」
「おっ! 双竜山か」
「そうでーす!」
「ワイバーンには手を出していないだろうな?」
「御主人様の言い付けは守っていますねぇ」
「ならいい」

 双竜山にはワイバーンの他に、バグベアやコボルトが棲息せいそくしていた。
 バグベアはゴブリンの一種で、全身が毛むくじゃらの亜人である。コボルトは犬頭と角を持つ亜人だ。
 どちらの強さも、ゴブリンやオークと似たり寄ったりである。
 レイナスとアーシャなら平気だろうが……。

「オーガぐらいの強さがある魔物がいないとなあ」
「レベルは上がらないかもですねぇ」
「うむ」
「ワイバーンを討伐してもいいと思いまーす!」
「そうか?」
「御主人様の操作は、体が覚えているらしいですよぉ」
「優秀だなあ。でも、あれ以降はルリに勝てないから駄目だな」
「応用は難しいみたいですねぇ」

 成長したレイナスには、ルリシオンとの模擬戦を単独でやらせてみた。
 すると、実戦経験の差で遠く及ばないのだ。もちろんレベル差も大きいので、同じ攻撃など通用しない。
 トリッキーな動きを対応されれば勝てないのだ。

「マリとルリは?」
「森の北を散策しているようですよぉ」
「北?」
「帝国と国境を接しているって聞きましたぁ!」
「森が国境なのか?」
「森というよりは、双竜山が国境らしいですよぉ」
「もしかして……。ハメられた?」
「でもでも、裏があるとは思っていましたよねぇ?」
「まあな。邪推かもしれないし……。様子を見るか」
「はあい!」

 エウィ王国のグリム領とソル帝国は隣接していた。双竜山の森を通れば、検問を受けずに国境を越えられるのだ。
 それだけを考えれば、フォルトを森に配置することで対策となるか。不法入国されても、自堕落を邪魔されたとして始末すると思ったかもしれない。
 またもし本人が動かなくても、魔族の姉妹なら人間を殺すだろうと。
 そういった邪推はできた。

(まぁ始末してくれと頼まれたわけじゃないから、確実性に欠けるか。自宅の周囲を通らなければ素通りさせるしな。マリとルリは気まぐれだし……)

 フォルトの邪推は単純な発想なので、自分でツッコミを入れてしまう。
 ソフィアもそうだが、グリムにも頭脳で勝てる気はしない。彼に思惑があっても、おっさんの思考などお見通しだろう。
 そんなことを考えていると、マリアンデールとルリシオンが戻ってきた。
 森の北に行ったと聞いたが、随分と帰りが早い。

「フォルトぉ、帰ったわよお」
「おかえり」
「また屋根の上なのね。話があるから降りてきなさい!」
「はいはい。カーミラ、行くぞ」
「はあい!」

 フォルトはカーミラと一緒に、屋根から飛び下りて簡易テラスに向かう。
 これも、魔の森と同様だった。もう少し作り込めば立派なテラスになりそうだが、客が来るわけではないので手を付けない。

「ルリ、何か面白いものでもあった?」
「面白いかどうかは分からないわねえ」
「森の北ってさ。どうなってんの?」
「森の中は南と同じよお。変わったものはないわあ」
「へぇ。森を抜けると?」
「そこが問題なのよねえ」
「問題?」

 ルリシオンの話では、双竜山の森を北に抜けた先は霧が発生する荒野だ。
 それだけなら良いが、どうやら魔獣が棲息しているらしい。

「魔獣? 魔物とかいるのか?」
「ヤバいわよお」
「え?」
「バジリスクでしょお。コカトリスでしょお。後はゴルゴンねえ」
「なにその石化三兄弟」

 バジリスクは蜥蜴とかげ型の魔獣。コカトリスは鳥型の魔獣。ゴルゴンは雄牛型の魔獣である。三種類とも、相手を石化させる能力を保持している。
 それでも、互いの石化能力は無効化するらしい。だからなのか、三すくみの状態になっているという話だった。
 それにしても、危険極まりない荒野である。

「森には来られないみたいだわあ」
「へぇ。迷い込まれると厄介だと思うが?」
「ワイバーンが捕食するからねえ。来られないのよお」
「なるほどな。そういった食物連鎖か」

 双竜山の森をソル帝国の人間が通らない理由は、この石化三兄弟のせいである。荒野を渡れないのが原因なのだ。
 もちろん、エウィ王国の人間が通らない理由も同様である。
 思惑がどうこうと考えていたフォルトは恥ずかしくなった。石化三兄弟が棲息していれば、北から帝国の人間は訪れないだろう。
 そう思っていると、今度はマリアンデールが問題点を挙げた。

「でもね。人間の石像があったわ」
「人間?」
「おそらくは帝国の人間ね」
「ほう」
「荒野を抜けようと試みているようね」
「何と言うか、ご苦労様としか言えないな」
「貴方は馬鹿なのかしら? 対策ができたら来るわよ」
「うーん」

(石化対策ってどうなんだろ? ゲームだと対策は結構あったけどなあ。まぁ後でいいか。今は考えても意味が無さそうだ。それよりも……)

 フォルトのやっていたゲームでは、装備品で石化を対策できていた。また所持していなくても、アイテムで回復が可能だったのだ。
 こちらの世界は魔法が存在するので、それでも対策が可能だろう。と考えると、意外と手段は豊富かもしれない。ならば、人間が訪れることもあり得るか。
 ともあれ、いま考えたところで始まらない。基本的に常識を知らないので、石化対策が可能かどうかも分からない。
 それよりは、別のことを知りたくなった。

「そう言えばさ。マリとルリは石化しなかったのか?」
「貴方、私が使う魔法を忘れたの?」
「あ……。時空魔法か」
「短時間だけどね。接敵したら時間を止めて、ルリちゃんでドッカンよ!」
「最強だな」
「知能の無い魔物や魔獣なら余裕よ」

 まったくもって恐ろしい姉妹である。
 対象の時間を止めれば、何もされずに近づける。敵より先に捕捉して、石化能力を発動される前に倒せば良い。
 マリアンデールとルリシオンならば、先に発見する術は持っていそうだ。

「時間対策は楽だったよな?」
「楽すぎるから忘れるのよね。おかげで馬鹿な人間どもも楽勝よ!」
「術者は少ないんだろ?」
「私以外だと、パパと貴方しか知らないわ」

 時空魔法の使い手は極少数だ。
 ローゼンクロイツ家の当主と、令嬢のマリアンデールだけだった。もしかしたら一子相伝なのかもしれない。
 それでもフォルトが使えるので、カーミラの元主人は習得していたのだろう。
 魔人については不明な点ばかりなので、知られていないのは無理もない。

「ほとんど出会わないなら、わざわざ装備しないだろうしな」
「かさばるしね。普通は他の装備を付けるわ」
「当然だな」
「ふふっ。対策されていたら、重力魔法で潰すわよ」

 マリアンデールは、すべてにおいて相手の意表をつく。
 誰も習得しないような高度な魔法を、いとも簡単に使っている。しかも身長が低いので、誰からも〈狂乱の女王〉と思われないだろう。
 魔族の特徴である角も小さく、大きなリボンで隠している。
 それを言うと飛び掛かってくるので、フォルトは心の内に留めておく。

「うーん。色々と問題があるなあ」
「そうなの?」
「食料の問題と帝国の奴らだな」
「帝国の奴らが来たら、私たちが遊ぶわよお?」
「そっか。マリとルリに任せる」
「少しは躊躇ちゅうちょしなさいよ!」
「あっはっはっ!」

 至極当然だ。
 フォルトは動きたくないので、マリアンデールとルリシオンがやってくれるなら任せてしまう。とはいえ、身内と呼んでいる者たちは守るつもりだった。
 グリムに庇護されている立場だが、姉妹はフォルトが庇護している。
 守るべき存在だろう。

「御主人様、後は食料の問題ですねぇ」
「何か良い案はあるか?」
「ドライアドでも召喚しますかぁ?」
「森の管理者とかいう精霊だっけ?」
「そうでーす!」
「でもなあ。コストがなあ」
「魔力が足りませんかぁ?」
「ブラウニーたちや他の魔物が毎日……」
「召喚したままですからねぇ」

 魔物を召喚すると、時間に合わせて魔力を消費する。
 その消費分を、フォルトはコストと命名した。
 魔力は自然回復するので、その範囲内であれば総合的な魔力は減らない。しかしながら、それを超えると減っていく。
 魔力が無くなれば、突発的な出来事に対応できない。

「貴方は魔人でしょ? 魔力は桁違いに持っているわよね」
「多分な。魔力量とかよく分からん」
「まったく……。羨ましいかぎりよ」
「御主人様はですねぇ。貧乏性なのですよぉ」
「よく分かっているな。これを無駄な貯蓄という」
「さすがは御主人様です!」

 突発的な行動ができないのは建前だった。弱い魔物をいくら召喚したところで、大して消費するわけではない。
 まだまだ余裕はあるのだ。

「はぁ……。分かっているなら魔力を使いなさいよ!」
「ご利用は計画的に」
「何それ?」
「何でもない。まぁ時間は一杯あるさ。本宅が完成したらだな」
「時間が掛かってるわね」

 ブラウニーたちはフォルトの命令どおりに、せっせと家を作っていた。仮住居なら組み立て方式のため一日で完成だが、現在建てている家は寮タイプである。
 どちらかというと、屋敷に近いかもしれない。となると組み立て方式ではなく、本格的に建築する必要があった。
 ブラウニーは魔法を使うので、確かに作業の進行は早い。だが完成までは、後一週間程度は必要だろう。
 それまでは召喚したままである。

「召喚し過ぎじゃないかしらあ?」
「そう思うか?」
「ブラウニーを五十体も召喚すればねえ」

(うーん。モンスター召喚型のシミュレーションゲームみたいだ。コストを気にするとか……。面白いからいいけど、面倒といえば面倒だな)

 ルリシオンの指摘はもっともなので、フォルトはコストの調整を考える。
 カーミラの言っていたドライアドも気になるからだ。
 一度調整してしまえば、暫くは考えなくても平気だろう。とはいえレイナスとアーシャが戻ってきたので、今は思考を止める。
 後でゆっくりと、寝室でまとめれば良い。

「フォルト様、戻りましたわ」
「フォルトさん、何かやることは……。無いわね」
「ははっ。ゆっくりと休めばいいさ」
「オヤツでも持ってくるわねえ」
「頼む。みんなで食べるか」

 双竜山での自動狩りも順調なようで、怪我をしている様子もない。
 これなら、二人とも更なる成長できそうだ。
 それにしても、双竜山の森も良い場所だ。魔の森と変わらず、こうやって皆と気楽に過ごせる。後は邪魔さえ入らなければ良い。
 そう思ったフォルトは、ルリシオンのオヤツを待つのだった。
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