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作者: 特攻君
残酷な描写あり R-15
第50話 森から森へ1
 ダイニングで椅子に座っている小太りの中年男性がいた。
 その人物が、重々しい声で告げる。

「面をあげよ」

 その者の前にあるテーブルには、数々のオヤツが置かれていた。
 またテーブルを取り囲むように、五人の女性が椅子に座っている。皆一様に笑顔を浮かべながら、オヤツをポリポリと食べていた。
 その内の一人、カーミラが軽く告げる。

「御主人様、どうかしましたかぁ?」
「あ……。一度言ってみたかった……。だけです」
「そんなことよりもですねぇ。フライドポテトですよぉ」
「あーん。もぐもぐ」

(軽く流されてしまった。これは恥ずかしい。二度とやらないと誓おう。でも、ポテトがうまい。ルリシオンはいい奥さんになれるなあ)

 このオヤツを作ったのは、魔族の客人であるルリシオンだ。
 今は姉のマリアンデールに、フライドポテトを食べさせていた。まるで、フォルトとカーミラの関係性を鏡に映したかのようだ。
 ともあれ、最近従者にしたアーシャが疑問を呈した。

「それでさ。話ってなに?」
「引っ越しの件だ」
「ソフィアさんたちと関係があるん?」
「それも含めてな。ところでアーシャ」
「なに?」
「シュンとは会ったのか?」
「きゃはっ! もしかして嫉妬? もちろん会ってないわよ」

 アーシャが捨てられた話は聞いていた。
 フォルトとしても、さすがに酷いなと思ったものだ。
 今回もソフィアと共に訪れているが、当然のように会いたくないらしい。彼女を迎え行かせたカーミラには、シュンに見つかりたくないと言ったそうだ。
 その気持ちは分かる。

「ソフィアさんがからの提案なのだが――――」

 テーブルの上で腕を組んだフォルトは、先ほど聞いた問題点を伝える。
 この件に関係しているのは、今のところ三人だった。
 まずは、ローイン伯爵家令嬢のレイナス。次に人間の敵である魔族のマリアンデールとルリシオンである。
 なのでとりあえずは、本人たちが提案を受け入れるかを聞いていく。

「私が廃嫡ですか?」
「提案を受ければな」
「そうされたほうが気楽ですわね」
「そうならなくても渡さないがな」
「まあ! フォルト様……」

 レイナスは両手でほほを押さえながら、口元を緩めている。
 惚気のろけたつもりはないが、完全に堕ちているのでフォルトは満足だ。

「ならレイナスは問題無いな。後はマリとルリだ」
「暴れないって条件よねえ」
「そうらしい」
「貴方は何を言ってるのかしら?」
「うん?」
「私たちが人間の出す条件なんてむと思っているの?」
「ははっ。そうだろうな」
「分かっていて聞いたのかしら?」
「客人だから伝えておかないとな」
「あらあ。フォルトは提案を受け入れるつもりなのお?」

 ソフィアからの提案を、遊びで人間を殺す姉妹が受けるはずはない。
 性格的にも、他人から命令されるのは大っ嫌いだろう。今回は命令というよりも制限になるが、自分たちの行動が縛られる条件を聞くわけがない。
 そのうえで、ルリシオンからも提案してきた。

「条件を呑んでもいいわよお」
「ルリちゃん、どうしたの?」
「その代わり、私たちからも条件があるわあ」
「何だ?」
「フォルトの庇護下ひごかに入れてもらえるならねえ」
「言っていたな」
有耶無耶うやむやになっているけどねえ」

 確かにフォルトは、庇護の件をルリシオンから聞いている。
 身の安全を手に入れたいそうだが、自堕落を理由にはぐらかしていた。わざわざ明言しなくても、姉妹は客人なので守るのは当然だと思っている。
 おそらくは、確約してほしいのだろう。

「前にも言ったが、俺は自堕落だから動かないぞ?」
「今と変わらないわよお」
「そうか?」
「フォルトの近くなら安心して眠れるわあ」
「まぁその程度なら別にいいか」

(頼られるのはうれしいが、本当に俺でいいのかと思ってしまうな。逆に守ってもらいたいものだ。日本にいた頃は親に頼りきりだったのに……)

 魔族の強者である姉妹なら、戦闘面での不安は少ないだろう。
 十年前の勇魔戦争から生き延びている魔族である。とはいえ常に命の危険がある世界なので、最終的な後ろ盾となってほしいと思われる。
 また魔族の国は滅びており、安住の地が必要だった。
 そういった話であれば、確かに今と何も変わらない。人間の魔族狩りに襲われることも無いし、姉妹が住める家も用意できる。
 ブラウニーが建てるので、とてもみすぼらしいが……。

「あたしからも条件!」
「アーシャに拒否権は無い」
「えー」

 アーシャに絶対服従の呪いを施してから、「お手」以降は命令していない。
 基本的には「お願い」しており、それを拒否することは無かった。断っても無駄だと悟っているのか、それとも楽な頼み事だからかは分からないが……。
 最近では生活にも溶け込んで、このような軽口もたたくようになっていた。
 それは望んでいたことなので、フォルトは口元を緩ませてしまう。

「なに笑ってんのよ!」
「気にするな」
「それでさ。ソフィアさんの提案を受けるん?」
「条件通りなら、今と変わらない生活ができるしな」
「ふーん」
「攻めてくる人間もいなくなる。快適になりそうだ」
「そう都合よくいきますかねぇ?」

 カーミラが疑問を呈してくる。
 ソフィアを信用したとしても、その祖父まで信用するのは愚の骨頂だ。国の上層部など、腹黒い人たちの集まりだと思っているだろう。
 もちろんフォルトも同意見だが、高い確率で平気だろうと考えていた。

「約束を破れば、マリとルリが暴れるだけだしなあ」
「あはっ! そのときは楽しめるわねえ」
「貴方は暴れないのかしら?」
「面倒だな。適当な魔物でも召喚するよ」
「さすがは御主人様です! 魔物使いが荒いです!」

 魔物使いと言えば聞こえは良いが、フォルトはただの怠け者である。好きなこと以外は、何もやりたくないだけだ。
 怠惰は常に全開である。

「問題は無さそうだな。なら受け入れるとするか」
「分かりましたぁ!」
「フォルト様についていくだけですわ」
「いいわよお。庇護の件はお願いねえ」
「ふふっ。貴方に任せてあげるわ」
「ちぇ。あたしの条件はぁ……」
「嫌なことは先に終わらせよう。ソフィアさんを呼んできてくれ」
「はあい!」
「ちょっと! 聞きなさいよ!」

 アーシャの声は聞き流して、提案を受け入れる方向で話を進める。
 以降はカーミラが、ソフィアだけを連れてくる。
 彼女は提案を受け入れると聞いて、とても驚いているようだ。再びここに到着してから、まだ一日も経っていないからだろう。

「えっ! よろしいのですか?」
「いいですよ。言ったことを守ってもらえれば、ね」
「それはもう……」
「明日からでも準備させるので、ゆっくりと待っていてください」
「分かりました」
「そうだ! 後で食事を運ばせます」
「ありがとうございます」

 これで話は終わった。
 全員の準備が整い次第、フォルトたちは魔の森を出て新天地に移動する。
 向かう先も森なので、今と大した差は無いだろう。準備などは、カーミラたちや召喚した魔物に任せれば良い。
 そしてソフィアを自宅から送り出すと、暴食を刺激する匂いが流れてきた。もちろん、食卓での話題も決まっている。
 新天地では、どう自堕落に過ごそうか。
 そんなことを考えながら、料理が運ばれれてくるのを待つのだった。


◇◇◇◇◇


 総勢七人の集団が、魔の森を進んでいた。
 フォルトたち一行の四人と、ソフィアたち一行の三人である。後から向かうと伝えたが、一緒に行くとの話になった。
 確か人間が三人だけでは、森を抜けられないだろう。彼女たちを連れてきたマリアンデールとルリシオンは、魔物を討伐するという名目で先行している。
 適当なところで、こちらと合流する予定になっていた。

「貴様、それは何とかならんのか?」
「え?」

 額に眉を寄せたザインが、フォルトに話しかけてくる。
 彼の対してのイメージは、堅物の騎士だった。
 今までの無礼な態度に対して、怒り心頭だと思われる。だが殺害したエジムと違って、自分の感情を抑えられる人物のようだ。
 ともあれ、問いかけられた理由は分かっている。
 ソフィアも顔をしかめる状態に対して、だ。

「何ともなりません。歩くのがダルいので!」
「だからと言って、アンデッドなど使いおって!」
「いいでしょ? このスケルトン神輿みこし

 現在の状態。
 それは数体のスケルトンが、木造の神輿を担いでいる状態のことだ。と言っても立派なものではなく、幅がある木の板だった。
 それに乗っているフォルトは、まるでベッドごと移動しているかのようだ。
 カーミラと一緒に運ばれており、今も柔らかい膝枕を堪能していた。またレイナスとアーシャは、何食わぬ顔で神輿の隣を歩いている。
 ちなみにスケルトンとは、人間のように動く骸骨のこと。
 ホラー映画でも有名だが、駆け出しの冒険者でも討伐が可能だ。しかもアンデッド自体が存在する世界なので、何度か出会っていれば恐怖心も失われる。

「フォルトさん! あたしも乗せてっ!」
「おい。アーシャ!」
「なによぉ。シュンは話しかけないでよねっ!」
「何だと!」
「あたしを捨てた男に用はありませーん」
「あっあれはだな……」

 さすがに出発すれば、顔を合わせてしまう。アーシャはシュンと痴話喧嘩げんかをしているように見えるが、とっくに見切りを付けている。
 復縁を迫られたらしいが、それに応じるはずは無いのだ。

「三人も乗ると、さすがに狭いぞ?」
「いいよ! あたしも歩きたくなーい」
「はいはい」

 スケルトン神輿の上は狭い。
 カーミラと二人で乗るつもりだったので、三人が乗れるほどではない。だが、アーシャは無理やり乗ってくる。
 そして、フォルトの腰にまたがった。

「おい!」
「ここしか無いしぃ」
「いや。さすがに……」
「いいの! 若いギャルに密着されて喜んでるくせに!」

 フォルトは身内の二人に視線を送ってみると、特に気にしていない様子だった。本気で困れば排除するだろうが、アーシャの行動はご褒美になっている。
 カーミラとレイナスは、よく分かっていた。

「ちっ」

 フォルトの耳に、何やら舌打ちが聞こえた。
 シュンからすれば面白くないだろう。
 おっさんの周囲は、すべて女性なのだ。日本にいた頃であれば、立場は逆である。だからなのか分からないが、何かにつけて反発される。
 しかも、とある人物に乗る形で……。

「フォルト様、アンデッドというものは……」
「ソフィアさんの言ったとおりだぜ。死者を冒涜ぼうとくするんじゃねえ!」

 このような感じである。
 常にソフィアの味方に立って、フォルトを責めてくる。
 はっきりと言えば、鬱陶しくて仕方がないのだ。シュンに対しては、何か悪いことをやった記憶が無い。やったのは、ルリシオンである。
 責められるいわれがないので、とりあえず無視することにした。
 こういった輩を相手すると、余計にこじれるのだ。ならばと気になっている件もあるので、ソフィアに疑問を投げかける。

「ソフィアさんに聞きたいことがあるのですが?」
「何でしょう」
「これから向かう場所は……」
「左右を険しい山に囲まれた森ですね」
「ほほう」
「森自体は狭く、左右の山には魔物が棲息せいそくしています」
「危険なのでは?」
「魔の森と同じですよ。魔物はどこにでもいます」
「都市や町の近くには?」
「ふふっ。さすがにいませんよ」

 言葉足らずだったが、ソフィアは察してくれたようだ。
 魔の森に引き籠ったフォルトは、こちらの世界の一般常識を知らない。だが嫌がらずに、質問には答えてくれた。
 他にも都市や町の近郊に、魔物がいない理由も聞いてみた。
 魔物がいない場所に、人間が暮らせる場所を建造しているからだそうだ。決して、魔物を追い出したわけではない。
 その点を間違えると、痛い目に遭うだろう。

(町の近くには棲息しないが、少しでも遠くに行くとエンカウントする感じか? それならレイナスの訓練を再開できそうだな)

 そんなことを考えていると、ザインが小さくつぶやいた。
 その言葉に対して、フォルトはギクッと顔を強張らせる。

「魔物が襲ってこんな」
「フォルト様、そろそろ姉妹を戻してもいいですよ?」
「いやあ。先行してもらわないと、魔物に襲われるじゃないですか」

 魔の森の魔物が、フォルトたちを襲わないことには理由がある。
 引き受けていないが、森の王になってくれと頼まれた。要はこちらの強さを理解されてしまったので、知能がある魔物には襲われないのだ。
 その言い訳として、魔族の姉妹には先行してもらった。

「もう弱いという演技はいいですから……」
「え?」
「前にもお伝えしましたが、フォルト様は隠し事が下手なのです」
「カーミラ、どうなの?」
「えへへ。その女の言ったとおりですよぉ」
「ば、馬鹿、な……」

 フォルトは演技に自信があった。
 魔人だと悟らせないように、魔物を倒すようなことはやっていない。ルリシオンを止めたときも、炎の壁が視界を遮っていたので見られていないだろう。
 ソフィアとの会話に関しても、内容が矛盾し過ぎることは無いと思っている。しかしながら、何かに気付いているようだ。
 そうなると、問題になることがあった。

(どこまでバレているかだよな。魔人の件は平気そうだが、俺は強いと思われているのか。もしかして、ジェシカの件も? 参ったな……)

 これらについてはやぶ蛇になるので、フォルトから尋ねられない。またソフィアは頭が良いので、絶対に突っ込まれるだろう。
 底辺のおっさんでは、とても太刀打ちできるとは思えない。

「あ、はは……。では次に戻ってきたら、一緒に行きましょうか」
「はい」
「そそっ、そう言えばさ。ノックスはどうしてるのかな?」

 こういうときは、話題を変えたほうが良い。今はシュンやアーシャもいるので、一緒に召喚されたノックスについて聞いてみる。
 内容的にも、フォルトが疑問に思って当然の話だ。

「魔法学園に入学して、そろそろ卒業するはずですよ」
「へぇ」
「学問が得意なようで、課程を修了するのが早いと聞きました」
「召喚される前は大学生だったかな? 頭は良さそうだしね」

 フォルトは目を閉じて、こちらの世界に召喚されたときを思い出す。
 ノックスについてはうろ覚えだが、知的な男性だった気がする。とはいえそれ以上に興味が無いので、ソフィアとの会話に間ができた。
 すると間髪入れずに、シュンが割り込んでくる。

「おっさんは知らねぇだろうが、あいつも苦労してんだよ」
「ほう」
「まぁ卒業したらよ。俺の従者に戻すぜ」
「戻すの?」
「ん? どうかしたのかアーシャ?」
「フォルトさん、聞いてよ! シュンったらね」
「ばっ! アーシャ!」
「冗談だよ。もうあんたのことはどうでもいいしぃ」
「そうかよ」

 アーシャも会話に割り込んできたが、これは後から聞いた話だ。
 シュンはアーシャと恋人となったときに、邪魔なノックスを排除した。魔法学園に入学を勧めて、もう戻さないと決めたという話だった。
 カップルにとっては、確かにお邪魔虫である。それ自体は分からない話ではないので、フォルトは「勝手なものだな」といった感想しか浮かばなかった。
 そしてノックスについては、ソフィアが会話の補完をする。

「ノックスさんと他の勇者候補を加えて、チームを結成する予定です」
「ほほう! それは興味深いなあ」
「おっさんも入るか?」

 またもやシュンが、意味が分からないことを言い出した。
 あのときにも伝えたが、シュンがフォルトだけを放り出したと聞き及んでいる。何やら言い訳をしていたが、すでに聞く耳を持っていないのだ。
 まだ理解していないのかと思ってしまう。

「話にならんと言っただろ? 勝手にやってればいいさ」
「つかよぉ。おっさん! 一緒に召喚されたんだから働けよ!」
「放り出したくせにな。よく言えたものだ」
「その話はもういいだろ。大人げないぞ!」

 確かにフォルトは大人だ。
 若者から大人げないと言われれば、そのとおりである。しかしながら、おっさんでも感情がある生き物なのだ。一人だけ放り出された件は根に持っている。
 それに、もう決めたことがある。

「嫌だ! 俺は好きに生きると決めたんだ!」
「ガキかよ!」
「人は働くために生きているのではないぞ?」

 労働が当然になっていると忘れるが、人間は働きたくて産まれるわけではない。生きていくのに必要だから、嫌々ながらも働くのだ。
 そうフォルトは思っているし、魔人という力を手に入れた。
 働く必要性を、まったく感じない。

「そうなんだがよ」
贅沢ぜいたくしなきゃ、森の中で十分に生きられるさ」
「ちっ」

 もちろんあちらの世界であれば、フォルトの考えでは生きられないだろう。
 山であっても森であっても、土地所有者がいるので勝手に住みつけない。
 日本では富士の青木ヶ原樹海ですら、国の管理する国有地である。土地にある木の実など食べれば、窃盗という罪に問われるのだ。
 本当に世知辛い国である。

「働かないと処分されるんだがな」
「勇者候補は大変だな。俺はレベル三だから関係ない」
うそつけ! レベル三だろうが、魔族を手懐けてるだろうがよ」
「ちょっと! シュンとばかり話さないでよね!」
「おっおお! ちょ、動くな!」

 アーシャが腰の上で動き始めた。
 何とも卑猥ひわいだが、話題に入れないのが嫌なようだ。シュンと話す気が無いので、その矛先がフォルトに向く。

(アーシャめ。何という気持ちのいいことをするのだ。これがギャルか? ギャルなのか? 縁がなかったから知らんが、随分とオープンな……。おおう!)

 それにしても、従者とは思えない振る舞いである。だがフォルトからは、アーシャの動きをやめさせるつもりはない。
 シュンと会話するよりも、下半身の刺激を感じていたい。とても心地が良く、色欲を解放できないのがもどかしいぐらいだ。
 だからこそ会話を中断して、だらしなく口元を緩めるのだった。
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