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作者: 特攻君
残酷な描写あり R-15
第48話 聖女、再び2
 ローゼンクロイツ家の姉妹として名高いマリアンデールとルリシオンは、再び人間の駐屯地を襲撃していた。
 なぜ、そんなことをするのか。
 もちろん、楽しいからだ。

「あはっ! 急いで逃げないと当たっちゃうわよお」
「ひっ! 逃げろ!」


【ポップ・ファイア・ボルト/弾ける火弾】


 〈爆炎の薔薇ばら姫〉の二つ名に恥じないルリシオンは、次々と魔法を発動して、兵士たちの近くで爆発を起こす。しかしながら、直撃はさせない。
 必死に逃げている人間を追いかけるのが楽しいのだ。

「貴方たちの「時」を止めてあげるわ」


【マス・タイム・ストップ/集団・時間停止】


 〈狂乱の女王〉マリアンデールが、時空系魔法を発動した。対個人に使う魔法を集団化させて、前方に逃げる兵士たちの動きを止める。
 文字通りに、ピタッと静止した。

「逃げないの? あはははっ!」

 時空系魔法を対策することは可能だった。
 まずは同じく、時空系魔法を習得することだ。超が十個は付くほどの難易度でも、魔法を習得するだけで防げる。
 次の対策としては、魔法の装備品が挙げられる。とはいえ高額なので、金銭を積まないと入手できない。
 そうは言っても、値段を高く設定してるのは人間だった。
 実のところ安価で作製できるが、基本的には流通していない。時空系魔法を扱える人物は珍しく、一生に一度も出会わない人が大多数を占める。
 また普段から装備しても意味が無いので、大金を積んでまで買わない。
 ただし、この場の兵士たちには必要だったか。

「これだから時空系魔法はやめられないのよね」
「五、四、三……」


【ポップ・ファイア・ボルト/弾ける火弾】


 時間が停止している兵士たちは、その場から動けない。腕を一生懸命に振り上げながら逃げている状態で、ピクリとも動かない。
 必死の形相もそのままだ。
 そして、ルリシオンはよく分かっている。
 時間停止の魔法は、効果時間中に攻撃してもダメージを与えられない。効果が切れる寸前に魔法を発動して、効果が切れると同時に着弾させるのだ。
 姉妹がよく使う連携の一つだった。

「「うぎゃああああ!」」

 時間が停止していた兵士たちの足元で、物凄い爆発が起きる。
 彼らからしてみれば、射程圏外に逃げていたつもりだっただろう。だがいつの間にか、射程圏内に入ってしまったという認識を持ったはずだ。
 この連携によって爆風を受けた兵士たちは、勢いよく宙に飛ばされる。着弾した場所が至近距離だった者は両足が吹き飛んで、大量の血をき散らしていた。
 もう助からないだろう。

「あらあ。近すぎたわあ」
「もっと遠くに逃げない人間が悪いのよ」
「お姉ちゃん、ポテトを食べたいわあ」
「どうぞ。あーん」
「あーん」
「あぁん! ルリちゃん、可愛い!」

 人間にとっては、戦場になっている。とはいえ、マリアンデールとルリシオンにとっては散歩の類で、まるで緊張感が無い。
 持ってきたフライドポテトを食べながら戦っていた。

「もう駐屯地に着いちゃうわねえ」
「ポテトも無くなったわ。そろそろ帰る?」
「そうねえ。あ……。お姉ちゃん、ちょっと待ってえ」
「どうしたの?」
「駐屯地から人間が出てくるわあ」
「自殺願望者かしら? なら望みはかなえてあげないとね」

 魔の森から人間を追い立てた姉妹は、駐屯地の近くで止まる。すると、三人の人間が歩いてきていた。
 屈強そうな男性と金髪の男性、そしてもう一人は女性だった。

「あら? 見たことがある人間ねえ」

 ルリシオンは、屈強そうな男性と面識は無い。
 それでも、残りの二人は知っている。金髪の男性は名前を知らないが、アーシャの次に焼き殺すつもりだった人間だ。
 フォルトに腕をつかまれて、殺害の邪魔をされた記憶がよみがえる。

「ルリちゃんの知り合い?」
「私というかあ……。フォルトのお?」
「ふーん。どうするの?」
「用事を聞いてからでも遅くはないかしらねえ」
「殺すことは簡単だしね」
「あはっ! そうねえ」

 笑みを浮かべたルリシオンは、腕を組みながらその場で待つ。
 もう一人の女性に関しては、ソフィアという名前だったと記憶している。フォルトと話し合いをしていたエウィ王国の聖女だ。
 そして、アーシャを使った悪戯と同じようなことをさせている。寝室に入った瞬間にほほを赤くして、彼の自宅から出ていった。
 実にくだらなくて馬鹿馬鹿しい内容である。

「お久しぶりですね。覚えておいでですか?」

 屈強そうな男性と金髪の男性の間から、ゆっくりとソフィアが前に出た。二人の男性は左右に別れて、いつでも盾になれる状態を維持している。
 それに対して、マリアンデールとルリシオンは上から目線で対応した。

「待っていてあげたのが答えだと思うけどお?」
「そちらは……。マリアンデール・ローゼンクロイツ様ですね?」
「よく知ってるじゃない。褒めてあげるわ」
「ありがとうございます」
「それで何の用かしらあ?」
「命乞いだったら殺すわよ」

 余裕の表情の姉妹は、二人の男性に視線を向けた。
 剣の間合いに入っているので、すぐに斬れると勘違いしているようだ。前傾姿勢の状態で、マリアンデールとルリシオンをにらんでいる。
 それには嗜虐心しぎゃくしんを揺さぶられるが、完全に無視した。
 今はソフィアのほうに興味があった。

「フォルト様のところに案内してもらえませんか?」
「この女は何を言ってるの? 状況を見てモノを言いなさい」
「お姉ちゃん、待って……」

 彼らの周囲には、姉妹から逃げられなかった兵士たちの死体がある。ならば、マリアンデールとルリシオンは完全に敵だ。
 またそれ以前に、魔族は人間の敵である。にもかかわらず戦いを挑む様子も無く、停戦を提案するわけでもない。
 フォルトのところに連れていけという個人的な話だった。

「貴女はそれなりに上の人間じゃないかしらあ?」
「そうでもありませんよ」
「ルリちゃん、どうするの?」
「そうねえ……」

 暫く沈黙したルリシオンは、何かを思いついたように答えを出す。
 この場で殺すのは簡単だが、それでは暇潰しにもならない。

「いいわよお」
「ルリちゃん?」
「ただし! フォルトが拒否したら……。分かるかしらあ?」
「構いません」
「フォルトは人間が嫌いよお。勝算は低いわねえ」
「構いません」

 ルリシオンは暇潰しのアクセントとして、賭けというスパイスを加える。
 この賭けで負けた場合の結果は、ソフィアに分かっているはず。もしもフォルトが面会を拒否したら、じっくりといたぶりながら焼き殺されるのだ。
 アーシャがどうなったのかを、彼女は見ているのだから……。
 それでも、本気のようだった。力は弱そうだが、意志は堅そうに見える。「厄介な女に絡まれたものねえ」と思うほどだ。

「ルリちゃん! 私は拒否するほうに賭けるわ」
「お姉ちゃん、それじゃ賭けにならないわあ」
「連れていくんでしょ? なら会うほうに賭けなさい!」
「分かったわよお」

 ルリシオンが折れると、マリアンデールはニヤニヤと笑った。
 賭けをすると、いつもこうだ。先に勝てる確率が高いほうを選んで、こちらに勝算の低いほうを賭けさせる。
 それで勝った場合は、妹成分と称して抱きついてくるのだ。

「ではお願いします」
「三人かしらあ?」
「いえ。私だけです」
「我々もですぞ!」
「一緒に行くぜ!」
「ザイン殿、シュン様……」

 ソフィアは一人で来るつもりだったようだ。
 それに対して、二人の男性が一緒に向かうと言う。
 三人の関係性は分からないが、おそらくは聖女の護衛なのだろう。だが、その問答を聞いたマリアンデールが一喝する。

「それ以上は歩きながらやってちょうだい!」
「申しわけございません!」
「貴方たちのペースには合わせないわよお」
「死ぬ気で追いかけてきなさい」

 マリアンデールとルリシオンは、人間の茶番劇を見るつもりがない。
 それに姉妹は休まず帰るつもりなので、半日もあればフォルトの自宅に戻れる。しかしながら、ソフィアたちを加えると二日は必要か。
 魔の森の魔物は襲ってこないが、身体能力の差は歴然だ。連れていくことが賭けの条件なので、姉妹は仕方なく速度を落とすのだった。


◇◇◇◇◇


 フォルトたちが住まう家の隣には、大きな木が立っている。
 その枝にぶら下がった若者姿のおっさんは、引っ越しについて考える。場所はニャンシーが探しており、近いうちに魔の森を出ることになるだろう。
 その場合には、様々な問題が発生する。

「カーミラ、カーミラ」
「はあい!」
「引っ越し先が決まったらさ。移動はどうする?」
「飛んでいけばいいと思いますよぉ」
「飛べない奴がいるからなあ」

 目の前に呼んだカーミラは、悪魔の姿で宙に浮いている。
 これが、問題だった。
 魔人のフォルトと悪魔のカーミラだけなら、空を飛んで向かえば良い。だが残念なことに、レイナスとアーシャは飛べない。
 しかも、マリアンデールとルリシオンも同様だ。

「なるほどですねぇ。そうなると歩きでーす!」
「嫌だ!」
「じゃあ先に行きますかぁ?」
「場所だけ伝えて、後から来てもらうのか」
「そうでーす!」
「それも嫌だな。俺のものは近くに置いておきたい」
「ならですねぇ。馬車とかはどうですかぁ?」

 こちらの世界には自動車などは無いので、主流となる移動手段は馬車だ。
 そうなると、全員を連れて旅に出るという話になる。異世界物の定番だが、フォルトには苦痛だった。
 日本にいた頃だと、行動範囲は狭かった。近くのコンビニエンスストアやスーパーまで行くのがせいぜいで、旅行にも興味が無かったのだ。
 一般的に外で楽しむ遊びを楽しいとも思わなかった。

「旅ねぇ」
「目的地に着くまで我慢するだけでーす!」
「ダルいなあ」
「他に手はないですよぉ?」
「カーミラに思いつかないなら、他に方法は無いかあ」

(自分で言っちゃうのも何だが、俺の腰は重い。何かと理由を付けて、自宅から出ないのは得意技だ。でも今回だけはなあ)

 そんなことを考えていると、マリアンデールとルリシオンが戻ってきた。いつもより遅かったが、自由気ままな姉妹なので気にしていない。
 それでも彼女たちの後ろから現れた面々に、フォルトは驚いてしまう。

「げっ! あの三人は……」
「あらら。御主人様、どうしますかぁ?」
「まずはおっさんに戻る。カーミラも頼む」
「はあい!」

 つい先日帰ったはずの三名。ソフィア、シュン、ザインが現れたのだ。
 とりあえず、フォルトたちには気付いていないか。さすがに若者の姿と悪魔は拙いので、木の裏に隠れながら元の姿に戻る。

「フォルトぉ、あの女が話をしたいそうよお!」

 まずは、ルリシオンだけが近づいてきた。
 ソフィアたちは、庭の手前で待っている。どうやら、マリアンデールが通せんぼをしているようだ。
 それには助かるが、突然すぎる。
 木の裏から姿を現したフォルトとカーミラは、地面に飛び降りて詳しく聞く。すると、面会するかどうかを問われた。
 これには首を傾げるが、とりあえず思ったままを伝える。

「正直に言うと面会は御免だ。でも会ったほうが良いのでは?」
「どっちなのお?」
「俺に話しがあるんだろ?」
「へぇ。人間が嫌いじゃなかったかしらあ」
「嫌いだ。でもなあ。この前の続きかもしれないしな」
「なら連れてきていいのねえ?」
「いいよ」

 ルリシオンは満面の笑みを浮かべながら、きびすを返して離れていった。とはいえ何か忘れていないかと、フォルトは腕を組んで空を見上げる。
 そして目を閉じた瞬間に、へそ出しルックのギャルを思い出した。

「カーミラ、アーシャは?」
「レイナスちゃんと川で汗を流していると思いますよぉ」
「ならアーシャだけ、あいつらに見つからないようにしてくれ」
「はあい!」

 今はソフィアたちに、アーシャを会わせたくない。
 冒険者を殺害した彼女は、エウィ王国では犯罪者なのだ。せっかく従者にしたのだから、彼女を引き渡すつもりは無かった。

「さて、どんな話を持ってきたのやら……」

 カーミラが川に歩いていったのに合わせて、マリアンデールとルリシオンがソフィアたちを連れてきた。
 それに対してフォルトは、とても嫌そうな表情に変わる。
 前回の話し合いにはウンザリしており、今回の話も長くなりそうだった。しかしながら、危険を冒してまで戻ってきたのだ。
 ならば、礼儀をもって応えるべきだろう。
 そんな日本人らしさを出しながら、三人を出迎えるのだった。
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