▼詳細検索を開く
作者: 特攻君
残酷な描写あり R-15
第46話 アーシャ日記1
 フォルトの従者になってから、アーシャは庭で剣術の訓練を行っていた。初期のレイナスと同様に、まずは素振りからだ。
 おっさん嫌いなので、それを断りたかったのも事実である。しかしながら命令されるよりは、自主的に動いたほうが良いと考えていた。
 それに今の面体は若者だからなのか、嫌悪感を覚えるほどでもない。時折おっさんに戻って意地悪してくるが、それについても今は楽しくなっていた。

「もう慣れたよねぇ。さっすがあたし!」

 そもそもの性格が楽観的なので、人と打ち解けるのが早い。
 今までの出来事は、悪夢として割り切っていた。

「アーシャだっけ? フォルトはいるかしらあ?」
「あ、ルリ様……」

 アーシャの悪夢は、この魔族から始まった。
 〈爆炎の薔薇ばら姫〉ルリシオン・ローゼンクロイツ。
 勇者候補で元恋人のシュンと一緒に挑んで、返り討ちに遭ってからだ。とはいえフォルトの従者になったことで、恨みは消していた。
 苦手意識はあるが、普通に接してもらえているのだから……。

「寝室にいると思います」
「まだ寝てるのお。さすがはフォルトだわあ」
「起こしてきましょうか?」

 普通に接していても、やはり敬語になってしまう。
 恨みが消えたところで、恐怖は刻み付けられていた。思い出すと震えるが、ルリシオンの殺意はアーシャに向かないと知っている。
 彼女はフォルトの客人として、周囲の女性たちには手を出さないのだ。

「そうだ! 面白いことを考えたわあ」
「え?」
「アーシャ、ちょっと耳を貸しなさあい」
「はっはい!」
「ゴニョゴニョ」
「えー!」
「いいからやってきなさいねえ。また燃やすわよお?」
「はははっ、はいっ!」

 ルリシオンは、我儘わがままで独善的である。
 すぐに脅しを使うので、まさにパワハラの極みだった。と言っても彼女から耳打ちされた内容は、アーシャも狙っていたのだ。
 まさに、チャンスだった。

「やってきます!」
「頑張ってねえ」

 ルリシオンが玄関扉を開けると、アーシャは忍び足で寝室に向かう。
 そして室内を見渡すと、予想通りにフォルトが寝息を立てていた。カーミラとレイナスを両脇で寝かせて、いい御身分である。

「さぁ……。やるわよ!」

 ルリシオンの悪戯。
 それはアーシャが、フォルトを起こすことだ。とはいえ悪戯なので、普通に起こすわけではなかった。

(そっそうよ! やるっきゃないっしょ!)

 アーシャはベッドに乗って、恐る恐るフォルトに近づく。次に馬乗りになって、体を重ね合わせた。
 ルリシオンの悪戯と合致した狙いとは、既成事実を作ることだ。
 ここまできたら、従者以上を狙う。カーミラがいるので恋人は無理でも、レイナスと同様の位置にはいたかった。

(こっちの世界で生きるためとはいえ、シュンにだって抱かれたのよ! これくらいはできなきゃね! も、もちろん誰でもいいわけじゃないのよ?)

 アーシャは自分に言い訳をして、フォルトに顔を近づける。
 そして行為に及ぶ寸前、どこからか視線を感じた。ふとカーミラを見ると、邪悪な笑みを浮かべて目を開けている。

「ひっ!」
「調教が良かったですかぁ?」
「ちっ違うの!」
「続けていいですよぉ」
「え?」
「やらないんですかぁ? 御主人様は喜ぶと思いまーす!」

 上体を起こしたカーミラが、アーシャの二の腕に指をわせる。
 それは肩口を越えて、首筋から胸の谷間で止まった。続けて顔を近づけ、唇が触れる一歩手前で吐息を漏らす。
 とても甘い匂いだ。

「私は三日で堕ちましたわよ?」
「ひゃ!」
「こうやって……」
「っぁ! やっやめ……」

 今度はレイナスが起き出して、背中から抱きついてきた。しかも露出しているお腹に手を回して、アーシャの大事な部分へと移動させている。
 これには体が反応したようで、ゾクゾクと快感が沸き上がってきた。

「むにゃむにゃ」
「ご、ご、ご、ご、ごめんなさあい!」

 少し騒がしくなったせいか、フォルトも目覚めそうだ。とても危なっかしいシチュエーションである。
 二人の行為に流されそうになったアーシャは、一目散に寝室を出た。

「面白い見せ物だったわよ」

 フォルトの自宅から飛び出したアーシャは、もう一人の魔族と鉢合わせる。
 〈狂乱の女王〉マリアンデール・ローゼンクロイツ。
 色々と小さいが、これでもルリシオンの姉である。だがコンプレックスを指摘すると、フォルトの従者でも殺されると注意を受けた。
 また溺愛している妹と同様に、我儘で独善的である。

「マ、マリ様……」
「ふふっ。次は二人がいないときにやりなさいよ」
「分かり……」
「お姉ちゃん。いるからこそ面白いのよお」
「ああん! そのとおりだわ。次は失敗しないようにね!」
「………………」

 アーシャは姉妹から離れたかったが、それをすると気分を害するだろう。
 さすがにその勇気は持ち合わせていないので、自主的に離れていくのを待つしかなかった。と思っていると、自宅からフォルトも出てくる。

「マリ、ルリ。戻ったのか」
「あら。おかえりなさい」
「早かったですねぇ」

 カーミラとレイナスも一緒だった。
 寝室での出来事があるのでバツは悪いが、二人はあっけらかんとしている。

「貴方は相変わらずね」
「惰眠は俺の幸せだからな」
「駐屯地の襲撃は終わったわよお」
「楽しめたか?」
「それなりにねえ。お姉ちゃんが暴……」
「ルリちゃん!」

 魔の森に侵入する前のアーシャは、姉妹が向かっていた駐屯地に滞在している。兵士は多かったと記憶しているが、傷一つ無く無事に戻っていた。
 こういうところが怖い。

「これで時間が稼げるかなあ」

 フォルトからは、「別の場所に引っ越しするかも」と言われていた。
 そして新天地を探しているのは、彼の眷属けんぞくであるニャンシーだ。出発してからは戻っておらず、残念ながらこの場にはいない。
 とても愛くるしいので、耳をモフモフして癒されたい気分になった。

「アーシャ、レイナスに鍛えてもらえ」
「分かったわ。レイナス先輩、お願いします!」

 レイナス先輩は同い年。
 アーシャと比べると、大人っぽい素敵な女性である。今では憧れを込めて、先輩と呼んでいる。
 そして、ノックスが入学した魔法学園の生徒会長だったと聞いている。しかしながら、今はフォルトの近くにいた。
 詳しい話は聞いていない。

「いつも思うのですが、先輩は恥ずかしいわね」
「あはは……」
「鍛えると言っても基礎訓練ですわよ?」
「そうなの?」
「やっぱり足腰だわ」

 レイナスの剣技は自己流である。
 それを覚えるよりは、基礎能力を高めてほしいそうだ。独自の技法を身に着けたほうが良いという判断らしい。
 フォルトの方針らしいが、グーたらしてるわりには考えている。

「レイナス先輩の足って……」

 足腰と聞いたアーシャは、レイナスの足に視線を落とした。
 見事な脚線美をしており、まるでカモシカのような足である。腰も細くて、男性だけでなく女性でも憧れる体型だ。
 そうは言っても、足については自分も負けていないと思う。

伊達だてにクラブ通いをしてたわけじゃないよ! こっちの世界に召喚されても、暇を見ては踊ってたんだから!)

 アーシャは、超ミニスカートから見える自分の足を触る。
 そして、お気に入りの服は処分されていなかった。しかもニャンシーが持ってきてから、フォルトが魔法付与を施している。
 そのおかげで、ずっと着ていられるのだ。少しでもオシャレをしたいと思っていたので、非常に感謝していた。
 エウィ王国から支給された服はダサすぎるのだ。

「その服は露出が激しいわね」

 へそ出しルックの超ミニスカートである。少しでも太ももを上げようものなら、パンツが見られてしまう。
 それでも勝てない相手がいる。

「カーミラには負けますって!」
「確かににそうね。ほとんど下着だわ」

 カーミラの上着は、ブラジャーのようなものだ。スカートも短すぎて、ちょっとでも風が吹けばめくれるだろう。
 香辛料を奪いに行くときは、ボロいローブで隠しているが……。

「三時間ほどの訓練よ!」
「はいっ!」

 やることは、本当に基礎訓練だった。
 まずは走り込みから始まって、腕立て・腹筋・スクワットをこなす。陸上競技でもやるのかと思うほどだ。
 それでもアーシャには、そこまで辛い訓練ではなかった。女性らしい体型を維持するために、あまり筋肉を付けないメニューなのだ。
 さすがは、レイナス先輩である。

(おっさんの趣味が分かるわ。それでギャルをやれって? エロオヤジめ)

 アーシャは基礎訓練をやりながら、テラスにいるフォルトを見る。
 マリアンデールとルリシオンを交えて会話を楽しんでいるが、むっつりなのか顔だけはこっちを向いていた。
 そして、訓練を終わらせてテラスに戻る。姉妹はいなくなっているが、カーミラを膝の上に置いて日向ぼっこをしていた。
 自堕落とはよく言ったものだ。

「視線がイヤらしいんですけど!」
「ははっ。つい、な」
「見られるのは慣れてるからいいけどさ」

 クラブで踊っていたアーシャは、当然のように男性の視線をくぎ付けにしていた。目立ってナンボである。
 モデルにならないかと、スカウトに声を掛けられたことも多かった。

「次は何をやればいいわけ?」
「特に無い」
「はい?」
「やってもらいたいことは、召喚した魔物がやってるしなあ」
「はぁ……。じゃあ何で従者にしたの?」
「目の保養だな」

 これが馬鹿馬鹿しいのだ。
 シュンの従者だったときは、雑用係としてそれなりに忙しかった。しかしながらフォルトの場合は、何の仕事も無いのだ。
 絶対服従の呪いまで使っておいて、何もやらせてこない。
 不満は無いのだが、暇を持て余すぐらいだった。

「従者にした意味あんの?」
「それを言われるとなあ。他に対価もなかったし」

あきれるわ。でも、王城にいたときよりはいいけどね!)

 王城と言っても、敷地内に建てられている施設で隔離されていたようなものだ。周囲には騎士や兵士ばかりで、息が詰まっていた。
 そんなことを思い返していると、カーミラが爆弾発言をする。

「アーシャは御主人様を犯そうとしていましたよぉ」
「ちょっと!」
「えへへ。事実じゃないですかぁ」
「あっあれは……。ルリ様に命令されてさ!」

 カーミラは、リリスと呼ばれる悪魔だ。
 アーシャが暮らしていた日本だと、ゲームなどに登場する女性型の悪魔として知られている。友達だった男性陣が、よく話題にしていた。
 そして、悪魔の恐ろしさを始めて知った相手である。
 狡猾こうかつで悪辣。まさに悪魔という言葉通りだった。だがフォルトのシモベで、魔族の姉妹と同様に身近な者には手出ししない。
 小悪魔と思える程度の悪戯をするぐらいだ。

「抱いて良かったのか?」
「何でそうなるのよ!」
「だって俺を犯そうと……」
「ム、ムードってものを考えてよね!」

 そしてフォルトは、なぜか人間から魔人になったらしい。
 最終的には、アーシャを助けてくれた。しかも、その理由が馬鹿らしい。最初に出会ったときのキモいおっさんから、今ではエロいおっさんに変わっている。
 引き籠りはそのままだが……。

(はぁ……。今は若者だけど、中身はおっさんのままだわ。あれ? 若くなってる。若くなれる……。『変化へんげ』だっけ?)

 目の前のフォルトは、スキルを使って若者に変わっている。
 これであればキモくないので、何のわだかまりも無く話せる。シュンのようなイケメンではないが、いわゆる普通の顔立ちだ。
 そういった友達は、日本にもいた。
 ともあれ、面白いスキルを持っている。おっさんと若者の切り替えにしか使っていないようだが、他にも使いようはあった。

「フォルトさん!」
「なっ何だ?」
「月曜のドラマに出演してた俳優は知ってる? アイドルの……」
「ん? 名前は知らないが顔だけはな。ファンなのか?」
「そうそう。ちょっとさ、その顔になってみてよ!」
「は?」
「『変化へんげ』よ! できるでしょ? 早く!」
「こうか?」

 アーシャの勢いに負けたようで、フォルトは渋々ながらスキルを使った。しかも顔だけで、更には微妙に違う。
 おっさんの記憶力なら、こんなものかもしれない。

「いいじゃん! それなら抱かれてもいいよ」
「嫌だ!」
「なんでよ!」
「嫉妬ですねぇ。七つの大罪の一つでーす!」
「嫉妬?」

(そんな話も聞いたなあ。七つの大罪を持ってるとか何とか。あたしが俳優のファンだから嫉妬したってこと? あはっ! 可愛いところもあるじゃん!)

 フォルトに嫉妬されることは悪い気がしない。
 それは、アーシャを気にしているからだ。ならば、その気があるということ。先ほども抱いて良いのかと聞いてきた。
 狙っていたことが、実を結べるかもしれない。

「とにかく! やってもらいたいことは無い!」
「ふーん。それよりもさ」
「うん?」
「化粧品とか持ってないから、ギャルになれないんですけど?」
「雰囲気がギャルならいいぞ」
「適当過ぎない?」
「あっはっはっ! だがヘアメイクは、カーミラが得意だぞ」
「え?」

 フォルトから意外な言葉を聞いた。
 冗談だろうと思いながらカーミラを見ると、得意げな笑顔でうなずいている。日本から召喚されて以降は、オシャレもやれずにいたのだ。
 髪だけであっても、ファッションを楽しみたい。

「えっへん! カーミラちゃんにお任せでーす!」
「お、お願いできる?」
「いいですよぉ。髪型を紙に書いて教えてねぇ」
「マ、マジ? やった!」

 悪魔がヘアメイクをするなど、世の中は分からないものだ。
 実際にやってもらったが、カーミラの手際は凄まじかった。まるで有名美容師のような技術力を持っている。
 それにしても、シュンと一緒にいた頃とは段違いの解放感だ。
 アーシャは片手に鏡を持ち、整えてもらった髪形に満足するのだった。
Copyright©2021-特攻君
Twitter