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作者: 特攻君
残酷な描写あり R-15
第40話 魔族の姉妹2
 フォルトを襲ったマリアンデールは、妹のルリシオンを抱き締めている。同時に顔を双丘に埋めながら、満面の笑みを浮かべていた。
 これについては言葉として吐かないが、「実にけしからん」という思いしかない。とても羨ましく、自身も顔を埋めてグリグリしてみたい。
 模擬戦の勝利報酬を、ここで消費するか迷ってしまう。

「お姉ちゃん!」
「会いたかったわ! はぁ……。妹成分を補給しなきゃ……」
「もう!」

 マリアンデールは、可愛いゴシック調の黒服を着ている。
 ルリシオンの着ている服と同タイプだが、まったく同じではない。とはいえ、姉妹で合わせてあるのだろう。
 二人で並ぶと、おしゃれのセンスが光っている。
 また銀髪をツーサイドアップにして、二つの大きなリボンを付けていた。
 そして、姉というわりには背丈が小さい。
 これでは、妹のほうが姉に見えてしまう。フォルトの脳裏には、「ゴスロリ」という言葉が思い出された。
 そんなことを考えていると彼女が振り返って、ジロッとにらまれた。

「貴方、失礼なことを考えなかったかしら?」
「え? 何モ考エテイマセンヨ」
うそを言いなさい。目を見れば分かるわ!」
「まあまあ」

 フォルトが棒読みだったので、マリアンデールの息が荒くなった。
 勘の鋭い女性である。
 何となく面倒臭い話に発展しそうだが、今は軽く笑いながらなだめておく。ルリシオンとの絡みに尊さを感じて、もっと目に焼き付けたかった。
 それも束の間、カーミラから爆弾が投下される。

「えへへ。小さくて可愛いですねぇ」
「何ですって!」

 その爆弾が直撃したらしく、マリアンデールが怒り出してしまった。背丈もそうだが胸も小さいので、どうもコンプレックスを感じているようだ。
 フォルトは「言わなくて正解だった」と、事の成り行きを見守る。

「カーミラちゃん、それを言っちゃ駄目よお」
「もしかして気にしていましたかぁ?」
「こ、こ、こ……」
「こ?」
「こんのクソアマがあ!」

 マリアンデールは怒声と共に、カーミラの胸倉に手を伸ばした。とはいえ彼女の服には、つかめる箇所がほぼ無い。
 その手はスカっと交差して、胸の谷間に顔から突っ込んでいた。しかも両手で抱え込こまれて、ギュッと胸に押し付けられている。
 この場面でもフォルトは、「実にけしからん」と思った。

「むぐぐっ」
「きゃー! 可愛い!」
「貴女も似たような大きさじゃない!」
「カーミラちゃんのほうが大きいですよぉ? ほらほら!」
「むぐぐぐぐっ」

 確かにカーミラのほうが、ちょっとだけ大きい。
 マリアンデールのそれは、ニャンシーと良い勝負だろう。と考えたところで、彼女は再びフォルトを睨んでくる。

「貴方、また失礼なことを考えなかったかしら?」
「何モ考エテイマセンヨ」
「………………。まぁルリちゃんと会えたから不問にしてあげるわ」
「それはどうも」

 このようなやり取りをした後は、とりあえずお互いで自己紹介をする。
 それが済むと起きだして、全員でダイニングに向かった。フォルトとしては二度寝に入りたかったが、ルリシオンの姉なので対応することにしたのだ。

「ルリちゃんが世話になったようね」
「登場の仕方はもう少し考えられなかったのか?」
「ルリちゃんを手籠めにしたのよ? 死ぬ以外に道は無いわ」

 腕を組んだマリアンデールは、上から目線でドヤ顔を決めている。
 そうなって当前だとでも言いたげだった。だが体が小さいので、必死に背中を反らしているところが微笑ましい。
 そして「話は途中だった」と思ったフォルトは、言い訳を始めた。

「勘違いだと言っただろ? ルリが勝手に潜り込んできたのだ」
「そんなわけないでしょ! ねぇルリちゃん?」
「だってえ。ダイニングじゃ体が痛くなっちゃってねえ」
「ふーん。なら仕方ないわね」
「あれ? 信じるのか?」
「ルリちゃんが私に嘘を吐くわけないわ」
「そっそうか……」
「私のことはマリでいいわ。マリ・ルリ姉妹は有名だったのよ」
「はい?」

 十年前の勇魔戦争時では、ローゼンクロイツ家の姉妹として有名だったらしい。だが人間からすれば、それは悪名かもしれない。
 〈狂乱の女王〉マリアンデールと〈爆炎の薔薇ばら姫〉ルリシオンとして、ソル帝国軍を蹂躙じゅうりんしていたようだ。
 決して、マリ・ルリ姉妹ではない。

「えっと……。マリって魔族だよな?」
「そう言ったはずだけど?」
「角が……」
「フォルトぉ、それ以上言うと地獄を見るわよお」
「え?」

 魔族は頭から生えている角が特徴だ。
 実際にルリシオンの側頭部からは、二本の立派な角が生えている。しかしながらマリアンデールには、角が無いように見えた。

「ちょっと耳を貸しなさあい」
「う、うむ」
「ゴニョゴニョ」

 そしてこれは、ルリシオンから耳打ちされた話だ。
 マリアンデールはツーサイドアップの部分に、大きなリボンを付けている。後は言うまでもなく、その下に小さい角が生えているそうだ。
 当然のように、これもコンプレックスだった。

「すまんな。デリカシーが足りなかったようだ」
「貴方ねぇ」
「ははっ。まぁ気にするな」
「気にするわよ! それよりもルリちゃん」
「なあに? お姉ちゃん」
「さっさと森を出て旅を続けるわよ!」
「嫌」
「え?」
「だってえ。居心地がいいのよお」
「はあ?」
「しかもフォルトの近くにいると安全だわあ」

 ソル帝国軍を蹂躙していた姉妹は、人間では討伐が困難な強者だ。
 もちろん、魔族狩りを返り討ちにできる。と言っても毎度のように相手するのは、体力や魔力が擦り減って、精神的に疲れるらしい。
 だからこそ彼女は、安住の地を求めていた。

「ルリちゃんは本気なのかしら?」
「フォルトは魔人よお。だからねえ……」
「こいつが魔人? ふーん」

 本来の魔人の姿を知らないフォルトだが、誰がどう見ても人間だろう。だからなのか、マリアンデールはいぶかし気な表情に変わった。
 それでも、すぐに納得したようだ。
 妹のルリシオンが、姉に対して嘘を吐くはずがないと言っていた。
 先ほどの様子を鑑みると、姉妹のきずなが深いのだろう。しかもどうやって追いかけてきたのか皆目見当はつかないが、はぐれた妹と合流できた。
 ニャンシーとも、会っていないはずだ。

「それに旅といってもねえ。行く当てがあるわけじゃないわよお」
「まあね」
「フォルトも好きなだけいても良いと言ってくれたしねえ」
「へぇ。じゃあよろしくね」
「はい?」

 この「よろしくね」という言葉は、様々な意味に取れる。
 きっと、今後ともルリシオンを「よろしくね」という意味だろう。マリアンデールは、旅を続けると言っていた。

「あら。貴方はお馬鹿なのかしら?」
「ちょっとお姉ちゃん!」
「私はルリちゃんが大好きなのよ?」
「みたいだな」
「そのルリちゃんが残るのよ。私も残るに決まっているじゃない」
「そうきたか」

 どうやら、ルリシオンと一緒に居候を決め込むらしい。
 そっちの「よろしくね」だったようだ。
 フォルトは考えないようにしていたのだが、残念ながら無駄だった。となると、確認しておくことがある。

「だから、私たちをよろしくね」
「こんな何も無い森でいいのか?」

 魔の森にあるのは、自然と魔物だけなのだ。
 そのような場所で暮らしたところで、姉妹は楽しくないだろう。ルリシオンと同様に、マリアンデールも身目麗しい美少女である。
 客人として迎えるのは構わないが、もちろん引き留めるつもりはない。

「ふふっ。そんな森で貴方は暮らしているのでしょう?」
「俺は自堕落だからな。相手はしないが、それでもいいのか?」
「私はルリちゃんがいればいいわよ」

 の妹にして、此の姉あり。
 二人とも我儘わがままなうえに独善的である。姉妹を比べるとマリアンデールのほうが、やや口調が厳しいかもしれない。
 人間からすれば、悪魔のように恐れられているか。
 それでもルリシオンと同様に愛嬌あいきょうがあって、特に嫌な気がしなかった。ならばとフォルトは、愛しのカーミラとレイナスに視線を向けた

「御主人様、自宅の増築が急務ですねぇ」
「私はフォルト様の決定に従うのみですわ」
「はぁ……。マリに言っておくが、人間が森に侵攻してくると思うぞ」
「何それ?」
「えっと――――」

 キョトンとしたマリアンデールに、人間たちが訪れた件を教えた。
 レイナスを取り戻すために、エウィ王国が攻めてくる可能性がある。しかもフォルトは異世界人なので、捕縛の対象になるだろう。
 もしかしたら魔の森を領土とするついで、と考えるかもしれない。
 今でも大袈裟おおげさな話だと思うが、それは聖女ソフィアに否定されていた。

「と言ったわけだ」
「ふふっ。なら――――」

 フォルトの話が終わると、マリアンデールから提案を出された。
 その内容は、あまりにも「魔族らしい」としか言い様がない。断ったほうが無難だろうが、デメリットは無さそうだ。
 とりあえず姉妹が勝手にやることなので、提案を受け入れるのだった。


◇◇◇◇◇


 マリアンデールも居候を決め込んで、数日が経過した。
 旅に出したニャンシーを除けば、フォルトは四人の美少女と暮らしている。魔族の姉妹を抱くことはないが、随分と華やかになったものだ。

「フォルトぉ。川に何かあるのお?」

 そしてフォルトは、風呂の代わりに使っている川に向かっていた。
 カーミラとレイナスを侍らせて、「着けば分かる」と意気揚々に歩く。疑問を口にしたルリシオンと一緒に、マリアンデールも連れてきている。

「実はな。ルリに手伝いを頼みたい」
「ふーん」
「私のルリちゃんを使おうなんて、今すぐ死にたいのかしら?」
「ははっ。マリも気に入ると思うぞ」

 フォルトはインプを大量に召喚して、とあるものを作らせていた。
 川に向かっているのは、御披露目会を兼ねている。

「御主人様! 完成しているようですよぉ」
「フォルト様、うまく掘れていますわね」

 フォルトたちは、目的地の川に到着した。
 レイナスが言ったように、河原にはくぼみがある。穴というほど深くないが、成人男性の膝ぐらいまで掘られていた。
 そこには、川から引いた水が貯めてある。
 特徴的なのは、中心が盛り上がっていることだろう。ドーナツ型に掘られたと言えば分かるだろうか。

「あれは露天風呂だ」
「「露天風呂?」」

 マリアンデールとルリシオンがハモる。
 ただ川で体を洗うだけでも良かったが、フォルトには物足りなかった。やはり日本人なので、温かいお湯に浸かりたいのだ。
 今まで作らなかったのは、単純に面倒だっただけである。加えて、すぐにカーミラやレイナスとイチャイチャしてしまうからだった。
 そして魔族の姉妹と暮らすことになり、思い出したかのように作らせた。

「ですがフォルト様、冷たい水ですわよ?」
「そのとおりだな。そこでルリの出番だ」
「なあに?」
「窪みの中央に立ってくれるか?」
「いいわよお」

 フォルトから言われたとおり、ルリシオンが露天風呂の中央にジャンプする。
 そこだけは水から飛び出ており、れることはないが距離があった。とはいえ彼女の跳躍力が物凄くて、途中で落ちることなく着地する。
 さすがは魔族といったところか。

「ちょっと貴方、ルリちゃんに何をさせるつもりよ!」
「まあ見てろ。『炎獄陣えんごくじん』を頼む!」
「ここでえ? いいわよお。『炎獄陣えんごくじん』!」

 スキルを発動したルリシオンを中心に、炎の柱が立ち昇った。
 その火力は圧倒的なため、窪みの中の水はグツグツと沸騰した湯に変わった。露天風呂の周囲は、真っ白な湯気で包まれてしまう。

「次はレイナス、お前の出番だ!」
「あっ! 分かりましたわ。フォルト様は頭がいいですわね」
「ははっ。よろしく」
「はいっ!」


【アイス・ブロック/氷塊】


 内容を理解したレイナスは、沸騰した湯の中に氷塊を落とした。するとそれは徐々に溶けて、丁度良い温度になるまで時間はかからなかった。
 ルリシオンも納得したようで、再びジャンプして戻ってくる。
 フォルトは湯に手を入れて、マリアンデールにも促した。

「完成だな。どうだ? マリ」
「確かに……。お風呂ね」
「私のスキルで湯を沸かすなんてねえ。変な気分だわあ」
「そうか?」
「御主人様! 湯気が薄くなりましたよぉ」
「これが大自然の中で入る露天風呂というものだ。完璧だな」
「早く入りましょう!」

 言うが早く、おもむろに服を抜き出すカーミラとレイナス。
 それに驚いたマリアンデールが、大声を出して止めた。

「ちょ、ちょっと貴女たち! 何してんのよ!」
「何って言われましてもぉ。お風呂に入るんでーす!」
「貴方まで脱いでるんじゃないわよ!」
「フォルトは大胆ねえ」
「え?」

 急に脱ぎだしたフォルトを見て、姉妹は両手で目を隠す。
 こちらの世界の風呂は、日本と同様に男女が別々で入るらしい。
 それについては、人間も魔族も変わらない。
 もちろん自身も日本人なので、そういった常識の中で生きてきた。しかしながら、慣れとは怖いものだ。
 周囲に止める者がおらず、今までずっと一緒に入っている。もう常識が完全に変わって、これが当たり前になっていた。

「いつも一緒ですよぉ」
「そっそう言えば……。毎日三人で川に行ってたわねえ」
「最初は恥ずかしかったですが、今は普通ですわよ?」
「勝手に盛ってなさい! ルリちゃん、家に戻るわよ!」
「う、うん。お姉ちゃん……」
「入らないのか?」
「後でルリちゃんと入るわよ!」

 マリアンデールとルリシオンは、急いで川から離れていく。
 首を傾げたフォルトは、「湯が冷めるのに」と姉妹の背中を見送った。と同時に後ろから、カーミラとレイナスに腕を引っ張られる。
 そして三人で、温かい露天風呂を堪能するのだった。
Copyright©2021-特攻君
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