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作者: 特攻君
残酷な描写あり R-15
第39話 魔族の姉妹1
 自宅前の庭では、レイナスとルリシオンが距離を開けて向かい合っている。
 その中央付近には、審判役のカーミラが立っていた。レベル百五十の悪魔なら、二人の間に割って入れるだろう。
 フォルトは操作に専念する。

「ルリ。分かっていると思うが、模擬戦だからな。殺すなよ?」
「大丈夫よお」
「俺も『状態測定じょうたいそくてい』で見とくけどな」
「御主人様、カーミラちゃんにお任せでーす!」

 フォルトの使うスキルは、相手の生命力が漠然と分かる。
 視界の左上あたりに、棒のような線が現れて増減するのだ。もちろん、その線が失われれば死亡である。
 数値ではないので、どの段階で止めるかを判断しづらいスキルだ。

「レイナス、ちょっと来い」
「はいっ!」
「ルリは魔族だ。強いぞ」
「暴れていたのを見ていますので理解していますわ」
「そこで、俺に秘策がある。耳を貸せ」
「はいっ!」
「ゴニョゴニョ。ゴニョゴニョ」
「っ!」

 フォルトはレイナスに耳打ちしながら、ルリシオンに視線を向ける。
 腕を組んで笑みを浮かべているあたり、実力差を理解しているのだろう。自分のほうが、圧倒的に強いと思っている表情だった。

(ルリは火属性に特化して、レイナスは氷属性に特化している。相性は上だけど、実力は下だし魔法は相殺できないなあ。だが、俺のレイナスは負けん!)

 フォルトも口角を上げて、不敵な笑みを浮かべた。
 日本で遊んでいたゲームの腕前は、中の下ぐらいだった。いわゆる普通だが、それなりに勝利を収めている。
 根拠の無い自信だけは持っていた。

「始めるか。カーミラ、合図を頼む」
「はあい。では二人ともぉ。―――――始めっ!」
「行きますわ!」


【ヘイスト/加速】


 カーミラの合図で、まずはレイナスが動いた。
 手に持った剣をさやから抜いて、即座に加速の魔法を使う。この魔法の効果で、すばやさが五割ほど上昇する。

「あはっ!」

 その光景を笑い飛ばしたルリシオンは動かない。
 様子を見ているのだろう。暴れたときに見ていたが、どうやら魔法使いだ。遠距離攻撃を得意とするなら、まずは魔法の撃ち合いを試してみる。
 フォルトはレイナスに指示を飛ばした。

「まずは小手調べだ。魔法で攻撃せよ!」
「はいっ!」


【アイス・アロー/氷の矢】


 レイナスが得意とする初級の氷属性魔法だ。
 前方に現れた氷の矢を、ルリシオンに向かって撃ちだす。一本だけだが、当たればそれなりにダメージを与えるだろう。


【ファイア・ボルト/火弾】


 氷の矢が撃ちだされた直後に、ルリシオンの火属性魔法で迎撃された。属性は違うが、同じ初級の魔法だ。
 火属性は氷属性や水属性が弱点である。
 それでも相殺するので、レイナスのほうが負けている。

「味な真似を……。ルリを中心にして、円を描いて走れ!」
「はいっ!」
「頑張ってねえ」

 レイナスは指示通りに動く。
 そこに自分の意思は無い。フォルトの玩具として、何も考えず従っている。だが戦術の意図をみ取って、戦い方を吸収するのが彼女だった。
 自動狩りが再開されれば、この戦い方は武器になるからだ。


【ファイア・ボルト/火弾】


 そのレイナスに対して、ルリシオンが火弾を連続して撃ち込んでくる。
 円の中心にいるので、彼女の動きは丸わかりだろう。もちろんフォルトは、百も承知で指示をしている。
 そして加速の魔法で上げたすばやさにより、火弾は後方に着弾した。

「これはどうかしらあ?」


【ポップ・ファイア・ボルト/弾ける火弾】


 火弾が直撃しないことに業を煮やしたのか、ルリシオンは火弾を爆発させる。
 これも、屋根の上から見た魔法だ。
 兵士たちの手前で爆発させ、爆風によって吹き飛ばしていた。今回も同様に火弾が爆発して、爆風がレイナスの背中を襲ってくる。
 それを見たフォルトが、次の指示を飛ばした。

「背中に氷の盾だ!」
「はいっ!」


【アイス・シールド/氷の盾】


 レイナスは背中に氷の盾を出現させて、火弾の爆風を軽減した。直撃なら効果は薄いだろが、爆風の威力なら相殺できる。
 それを見たルリシオンが、苦笑いを浮かべた。

「やるわねえ。なら、これならどうかしらあ?」


【ファイア・ボール/火球】


 ルリシオンの周囲に、十個の大きな火の玉が出現した。
 この魔法は、中級の火属性魔法である。もし当たれば、瀕死ひんしの状態まで持っていかれてしまう。しかも、数が多い。通常は一個か二個が限界だろう。
 その火球が、レイナスの前後左右に撃ち込まれた。

「ルリに接近しろ!」
「はい!」

 この場面でフォルトは、レイナスをルリシオンに突撃させる。
 突然軌道を変えられて目標を失った火球は、彼女の後ろに着弾していた。

「あはっ!」

 それを見たルリシオンは、邪悪な笑みを浮かべる。
 これも暴れたときに見た光景だった。同じように口角を上げたフォルトは、次の繰り出されるであろう攻撃を読んでいる。
 シュンやアーシャと同じ愚を犯さないように、レイナスに指示を飛ばす。

「ルリに氷塊を落とせ!」
「はいっ!」


【アイス・ブロック/氷塊】


 フォルトの指示を受けたレイナスが、ルリシオンの頭上に氷の塊が出現させる。肉薄するよりも先に、氷の塊が直撃するタイミングだった。
 選択肢は、一つしかないはずだ。

「無駄よお。『炎獄陣えんごくじん』!」

 やはり、ルリシオンは使ってきた。
 スキルの効果で、彼女を中心に炎の柱が立ち昇る。頭上の氷塊は溶かされて、周囲に水蒸気が立ち込めた。
 これが、フォルトの狙いである。
 水蒸気が濃い霧を作り出して、周囲の視界を閉ざすのだ。とはいえ炎の威力が高くて、残念ながら薄い霧になってしまった。
 この状態ではレイナスの影が映ってしまい、居場所が特定されてしまう。
 もちろんそれも狙い通りなので、最後の指示を飛ばす。

「ちょ、ちょっと。何よこれ!」
「今だ! 例のやつを!」
「はいっ!」


【アイス・フロア/氷の床】


 レイナスの氷属性魔法で、ルリシオンの足元に氷の床が張られた。
 これにはビックリしたようで、足を開いて腰を落としている。踏ん張らないと、足を滑らせて転んでしまうからだ。
 その瞬間に、レイナスの影が消えた。

「もらったわ!」
「え?」
「やああああっ!」
「きゃ! ぶべっ!」

 視界から消えたレイナスは、氷の床を滑ってルリシオンの股下を通過した。と同時に、両腕を彼女の両足に絡める。
 それが功を奏して、氷の床に転倒させた。
 無残にも顔から氷の床に倒れたようで、とても痛そうである。

「はあい! 勝負ありでーす!」
「よっしゃ!」

 立ちあがったレイナスが、ルリシオンに剣を突き付けている。剣先にいる彼女は、顔を手で覆いながら正座状態だ。
 カーミラの終了宣言を受けて、フォルトはガッツポーズを決めた。

「痛っ。痛たたた……」
「ふぅ」
「なんて戦い方をするのよ!」
「ははっ。レイナスの勝ちだ」
「か、顔が……」
「実力差があるからなあ。頭を使って勝たないと、な」
「ふん!」
「そう怒るな」
「なら立たせて……」
「はいはい」

 フォルトは手を伸ばして、ルリシオンをゆっくりと立ち上がらせる。
 ムスっとした表情が可愛らしいが、額と鼻が少し赤くなっていた。

「でも面白かったわあ」
「ははっ。俺も、だ」
「あの人間の男と同じぐらいのレベルよねえ」
「シュンか? 興味が無いから聞いていないが……。ルリは聞いたのか?」
「あはっ。何となくしか分からないけどねえ」

 強者であれば、相手の強さは分かるものだ。ルリシオンは勇魔戦争で、多くの人間を殺害してきた。
 その経験で、相手の大まかな強さは分かるらしい。

「御主人様は、本当に楽しそうでしたねぇ」
「あっはっはっ! 久々の操作だったからな」
「フォルト様、私はどうでしたか?」
「良かったぞ。日々の訓練の賜物だな!」
うれしいですわ!」

 フォルトを除いた三人は、ルリシオンが勝つと思っていたようだ。
 指示は口頭なので、何をやっても対応されやすい。はっきり言えば、弱いほうがハンデをあげたようなものだ。
 それでも結果は、レイナスの勝利だった。

「でもねえ。戦場じゃ使えない戦法よねえ」
「そこなんだよな」

(大規模戦闘向きじゃないのは、俺にも分かっているけどな。育成の目的はPVPだから、このままでもいいと思うのだが……)

 フォルトは腕を組んで、模擬戦に勝利したレイナスを眺める。
 人間をプレイヤーと見立てたPVP。
 プレイヤー・バーサス・プレイヤーの略だ。一対一の対戦を想定しているため、現在の育成方針に問題は無いだろう。
 ともあれ育成は始めたばかりなので、今後の方針が変わる可能性は排除しない。
 そんなことを考えていると、カーミラから衝撃の事実が伝えられた。

「御主人様、闘技場では指示を出せませんよぉ」
「ええっ! そうなの?」
「舞台に上がるのはレイナスちゃんだけでーす!」
「なっ何だってえ!」
「御主人様?」
「いや、何でもない。そうなると自動狩りと同じだな」

(これは……。スマホゲームのように、自動で戦闘する闘技場か? 俺が想定していたのは、パソコンでやるようなMMORPGだぞ)

 マッシブリーマルチプレイヤーオンラインロールプレイングゲームとは、「大規模多人数同時参加型オンラインRPG」のことだ。
 キーボードやマウスまたはコントローラーを使って、キャラクターを操作しながら遊ぶゲームである。
 ちまたあふれていたような放置型のブラウザゲームとは違うのだ。

「最初に聞いておけば良かったな」
「どういった遊びか分かりませんでしたからねぇ」
「面白いわねえ。私もレイナスちゃんのような玩具が欲しいわあ」
「そうだろ、そうだろ。俺のレイナスに勝てるかは分からんがな!」
「きゃっ! フォルト様……」

 ルリシオンの言葉に、フォルトは気分を良くした。
 そして、レイナスを抱き寄せながら自慢する。とても大人気ないが、それがおっさんというものだ。
 とりあえず、闘技場の仕様は棚上げである。
 最悪は人間の強者を拉致して、無理やり戦わせても良いだろう。

「負けちゃったし、フォルトが私を好きにするのよねえ?」
「そうだったな。何をやってもらうか……」
「決めていないなら、ゆっくりと考えるといいわよお」
「だな。なら飯でも食いながら考えるとするか」
「はあい! レイナスちゃん、準備しますよぉ」
「はいっ!」

 フォルトは早速自宅に戻って、ダイニングのテーブルに着く。
 以降は料理が出されるまで、先ほどの模擬戦を思い出す。トリッキーな戦法を使ったが、魔族という強敵に通用することが分かった。
 そして「くっくっくっ」と、ルリシオンが引くほどの笑みを浮かべる。続けて彼女に何をやってもらうかと、イヤらしい視線を向けるのだった。


◇◇◇◇◇


 食事を終えたフォルトたちの次の行動は、寝室で寝ることだ。
 食べては寝て、魔の森を散歩する。とにかく自堕落生活を満喫しているので、それが体に染み込んでいるのだ。
 もちろん、やることはやっている。

「ぐぅぐぅ」
「「すやすや」」
「すぴー。すぴー」

 寝室の中には、五つの人影が見える。
 魔の森に住んでいる三人と、居候している一人の魔族の影だ。しかしながら、住んでいる人数と合致していない。
 そして人影の一つが、モゾモゾと動きだした。

「ふふっ。私のルリちゃんを汚した罪は大きいわよ?」
「ん、んん!」
「「………………」」
「………………」

 女性の声が寝室に響く。
 フォルトは体に感じた重みで、徐々に目を覚ました。どうやら上半身に、誰かが乗っているようだ。
 そんなことをするのは、カーミラかレイナスしか思い当たらない。だが確認をするために薄目を開けると……。

「あれ? ルリ、か?」
「ふふっ」

 ルリシオンにしては小柄だが、着ている服の雰囲気が似ていた。
 自宅にいる女性は三人なので、そう声をかけるしかないだろう。
 その人物は立ち上がると、不敵な笑みを浮かべた。続けて履いている靴のヒールを押し込んで、フォルトを踏みつけてくる。

「ルリですって? 随分と親しいのね」
「誰だ!」
「ふふっ。質問していいのは私だけよ?」

 この女性を吹き飛ばすのは簡単である。しかしながら発した言葉から、ルリシオンの知り合いのようだった。
 人物を確認しようにも、暗くてよく見られない。分かるのは髪形で、ツーサイドアップに大きなリボンを付けているぐらいか。
 それにしても、フォルトの周囲が少々おかしい。

「教えてあげるわ。私はマリアンデール。覚えておきなさい」
「ぐっ!」

 マリアンデールのヒールが、更にフォルトの胸板に押し込められた。
 痛くもかゆくもないのだが、強い圧迫感を受ける。

「あら? 動けるのかしら。人間にしては上等ね」
「何だと?」
「周りを見てご覧なさい」

 マリアンデールから言われたとおり、フォルトは首を動かして周囲を見る。
 自身の両隣には、カーミラとレイナスが寝ている。
 それは良いのだが、なぜかルリシオンまでベッドで寝ていた。とはいえよく観察すると、三人とも動いていない。
 寝息も聞こえてこなかった。

「何をやった?」
「質問していいのは私だけって言わなかったかしら?」
「言っていたな」
「私の機嫌を損ねたら……。寝ている二人の女を殺すわよ」
「なに?」
「私の魔法でも動けるなんてね。でも、私は魔族よ」
「それがどうした?」
「貴方の首も女の首も、簡単にねられるわ」
「やってみろ」
「ふうん。じゃあ貴方のお望み通りに……。ねっ!」

 マリアンデールは懐からナイフを取り出した。
 そして、フォルトの首筋を一閃いっせんする。まったく迷いが無いようだが、なんとそのナイフは根元から折れてしまった。

「えっ?」
「よっと!」

 フォルトは無造作に起きだした。
 それからマリアンデールの両腕をつかんで、逆に覆い被さる。
 もちろん人間なら、今の攻撃で死んでいただろう。だがレベル五百の魔人を、ナイフ程度の武器で傷つけるのは不可能である。

「少し落ち着いてもらおうか」
「はっ! 放しなさい!」
「この魔法は時空系魔法か?」
「そっそうよ! 何で貴方が動けるのよ!」
「ははっ。俺も使えるからな」
「え?」

 時空系魔法とは、時間や空間に対する事象を操る魔法である。
 対象の時間を停止させるような魔法も存在するので、寝ている三人はそういった魔法で動けなくなっているのだろう。
 フォルトも今までに、何度か使っている。
 暴れていたルリシオンを止めたり、自宅に来たアーシャの腕を掴むなどだ。
 ちなみに時空系魔法を修得している者同士だと効果は無い。

「マリアンデールと言ったな」
「言ったわね」
「ルリの姉か?」
「そうよ」
「勘違いだ。とりあえず魔法を解除してくれ」

 マリアンデールは諦めたようで、フォルトに言われたとおりに魔法を解除した。すると、周囲には三つの寝息が聞こえてくる。
 それを確認した後は、彼女の両腕から手を放した。

「ルリちゃんとベッドで寝ておきながら、勘違いですって?」
「俺も寝ているとは思わずなあ」
「ルリちゃんに聞けば分かることよ。ルリちゃん、起きて!」
「ん、んんっ」
「ふぁあ。御主人様、何事ですかぁ?」
「フォルト様?」

 寝室が騒がしくなってくる。
 それに伴って、カーミラとレイナスが起き出した。続けて、マリアンデールに声を掛けられたルリシオンも薄目を開けた。
 三人とも眠そうな目をしながら、キョロキョロと周囲を見ている。

「あれ? お姉ちゃんだあ。もう追いついたのねえ」
「ルリちゃん! 会いたかったわよ!」

 満面の笑みを浮かべたマリアンデールは、ルリシオンに向かってダイブする。
 その光景は、カーミラがフォルトに飛び込んでいく姿のようだ。
 以降は一緒になって、ベッドの上でゴロゴロしている。先ほどまでの緊迫した状況とは打って変わり、ホッコリするような光景が繰り広げられるのだった。
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