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作者: 特攻君
残酷な描写あり R-15
第41話 魔族の姉妹3
 魔の森の前には、平原地帯が広がっている。
 大きな駐屯地が設営されて、総勢千人に及ぶエウィ王国兵が詰めている。王国は資源を確保するため、冒険者を雇うとともに軍を動員していた。
 ともあれ、広大な森という行動が制限される場所だ。
 一朝一夕では、獰猛どうもうな魔物や魔獣を討伐できない。入口近辺は制圧したが、そこから先に進めていなかった。
 兵士たちは、終わりの見えない仕事に嫌気が差している。

「もうちょっとでいいからよお。兵士を増やしてくれねぇかな」
「愚痴るな愚痴るな。お偉方には現場のことは分からないのさ」
「来る日も来る日も魔物とじゃれ合ってるんだぜ?」
「倒してもよお。一向に減らないのは勘弁してほしいよな」
「ゴブリンやオークならなあ。俺たちでも何とか倒せるんだが……」
「オーガを相手にできる奴が少なすぎるぜ」

 駐屯地は、高い柵で囲われている。
 中には小屋が建てられ、所々に天幕が張られていた。入口に近い場所は更地で、休憩に入った兵士たちが輪を作っている。
 彼らの会話からは、魔物討伐の苦労が察せられた。

「そう言えばよ。聖女様の顔を見たか?」
「険しかったな。それでも美しいけどよ」
「そうだな。俺の嫁にしたいぜ」
「俺の嫁だ! お前のじゃねえ!」
「何だと! 俺は声をかけられたんだ! 俺の嫁だ!」
「お前ら……。そういう話ではなくてな」

 聖女ソフィアは、兵士たちにとても人気がある。
 身分の高い人物の中では兵士たちに近く、普段から接する機会が多い。実際に駐屯地では、彼らに混じって食事をとっていた。
 それに若く美しく、しかも独身である。
 宮廷魔術師グリムの孫娘なので高嶺たかねの花だが、婚姻を狙う男性は多かった。
 その聖女が、危険を承知で向かった森の奥地から戻ってきたのだ。表情は察するに余りあり、探索の苦労がにじみ出ていた。

「脱落者もいたようだしな」
「ザイン様がいても、か。なら相当な無理をしたんだろうぜ」
「あのイケ好かねえ男と一緒じゃな」
「金髪の奴か? だがあいつの女――――」

 兵士たちが難しい顔をしていると、急に会話が止まって静寂が訪れる。
 それは、異様な光景だった。
 どの兵士も指一本すら動いておらず、瞬きすらしていない。会話をしていた者は、口を開いた状態である。
 立ち上がろうとしていた者は、中腰のまま止まっている。
 そして二人の見目麗しい女性が、駐屯地の入口から歩いてきた。
 片方は、側頭部から二本の立派な角を生やした人物。もう一人は、二つの大きなリボンを付けた子供のようだった。
 どちらも、場に不相応なゴシック調の可愛い黒服を着ている。
 そう。二人の女性とは、魔族のマリアンデールとルリシオンだった。

「ルリちゃん、いいわよ」
「あはっ! お姉ちゃんと一緒だと楽でいいわあ」


【ファイア・ボール/火球】


 右手を挙げたルリシオンが、周囲に火球を十個ほど出現させる。
 大きさにして、両手に収まる四十センチメートルサイズだ。ちなみにレイナスとの模擬戦では、その半分の大きさだった。
 ともあれ彼女は、右足をリズミカルに動かす。続けて兵士たちが密集している場所を指し示し、すべての火球を撃ち込んだ。

「あはっ!」

 ルリシオンが満面の笑みを浮かべたのと同時に、場の静寂が解ける。
 兵士たちは何も気付かずに、会話を再開しようとしていた。しかしながら、言葉が発せられることはなかった。静寂が消えた瞬間に、火球が着弾したからだ。
 物凄い爆発音が、駐屯地を襲った。

「さすがはルリちゃんね。タイミングがドンピシャだわ」

 いきなり受けた攻撃で、周囲は大惨事になった。
 火球が直撃した兵士は、肉片を飛び散らかして死んでいる。近くにいた人間も、爆風を受けて吹き飛ばされた。
 体を燃やしている者は、炎を消そうと地面を転げまわっている。

「なっ何だ! 何事だ!」
「熱いっ! み、水を掛けてくれえ!」
「ぎゃあああっ! 足がっ! 俺の足がっ!」
「敵襲! 魔物が現れたぞ!」
「剣を取れ! 迎撃しろ!」

 一連の流れで、負傷や死亡した兵士は二十人ほどか。
 それでも、三百人近くの兵士が駐屯地に残っている。他の兵士は森に侵入して、魔物討伐の任務を遂行していた。
 その残留兵士たちが、小屋や天幕からワラワラと現れた。
 どうやら、指揮官もいるようだ。マリアンデールとルリシオンを取り囲むように、新たな兵士たちを配置した。

「ウジャウジャといるわね」
「お前たちの仕業か!」
「そうよお」
「なっ! 貴様は魔族か! 残っているすべての兵を回せ!」
「「はっ!」」

 ルリシオンの立派な角を確認して、魔族と断定したようだ。
 十年前の勇魔戦争では、人間と魔族が戦った。魔族の国が滅亡しようとも、人間の敵であることは変わらない。
 すぐに剣を抜いて、戦闘態勢に入っている。だが、魔族は強いと知っているのか。我武者羅に襲い掛かろうとせずに、全兵力を集めさせていた。
 もちろん、それを許せば不利になるだけだろう。
 それでもこの姉妹は、兵士が集まるのを待った。

「もっと呼んでもいいのよお」
「貴様! そっちの小さいのは人質のつもりか!」
「あ……。お姉ちゃん?」

 指揮官の言葉を受けたルリシオンが、恐る恐るマリアンデールを見る。とはいえ姉は背が低く、しかもうつむいていた。
 これでは、表情をうかがい知れない。
 その間にも兵士たちが、姉妹の周囲に集まってくる。と同時に、子供扱いするような言葉を飛ばしてきた。

「そこのちっさい嬢ちゃん! すぐに助けてやるからな!」
「子供を盾にするとは卑怯ひきょうだぞ!」
「魔族の女め! 子供を解放しろ!」
「お、お、お、お」
「「お?」」
「おんどりゃあ! 誰が小さいですってえええええっ!」
「はぁ……。やっぱりキレたわあ」

 ルリシオンには分かっていた。
 今までも同様だった。姉のマリアンデールを「小さい」と指摘すると、味方の魔族ですら半殺しにされていた。
 それを、魔族より下等な人間が指摘すればどうなるのか。分かり過ぎるほど分かりきっているのだ。
 その姉は顔を上げた瞬間に、両手を前に突き出した。


【グラビティ・プレス/重力圧】


 マリアンデールが魔法を発動すると、兵士各人の真上に暗黒の球体が現れる。
 大きさとしては、ルリシオンの火球と同程度か。球体から放たれた重力圧は、まるで姉の怒りを表現するかのごとく増加した。
 その重力圧に耐えられる兵士は、残念ながら一人もいないようだ。
 姉妹を取り囲んだ兵士たちの全員が、地面に張り付けられる。

「うおおおおっ!」
「ぎゃ!」
「つ、潰れ……。ぎょばっ!」

 ルリシオンの火球にしてもマリアンデールの重力球にしても、これほどの数を出せるものではない。
 それは姉妹のレベルが高く、魔力が高い証拠でもあった。

「はぁはぁはぁ……」
「お姉ちゃん?」
「はぁはぁ……。あ、あら? 人間どもがいないわね」
「えっと。そこに……」
「え?」

 ルリシオンが指し示した地面には、血まりができていた。
 もちろん重力圧を受けた兵士たちは、原型を留めていない。血と肉片を周囲に散乱させて、ピンク色の内臓もまるで明太子を圧し潰した感じだ。
 骨も砕けしまって、周囲に飛び散っている。
 また他にも、平坦へいたんな金属が大量に落ちていた。兵士が装備していた装備だが、完全に圧し潰されている。

「あ……」
「ちょっとお姉ちゃん!」
「ごっごめんなさいね。オホホホッ!」
「仕方ないわねえ。じゃあ帰りましょうか」
「これから現れる人間は、ルリちゃんに任せるわ!」
「そっちほうが面倒だわあ。お姉ちゃんも一緒にやりましょうねえ」
「だからルリちゃんは大好き! 次は気を付けるからね!」

 ルリシオンは遊び足りなかった。
 それでもマリアンデールと一緒に、人間を蹂躙じゅうりんするのが楽しかった。だからこそ以降に現れる人間も、二人で甚振るつもりだ。
 そして姉妹は、何事も無かったかのように駐屯地を後にする。以降は人間の兵士たちを狩りながら、フォルトの自宅を目指すのだった。


◇◇◇◇◇


 ソフィアたち一行は、魔の森から城に帰還した。
 そしてアーシャは、城内に建てられているロッジに戻されてしまう。
 シュンに捨てられて、勇者候補の従者ではなくなったからだ。しかもエウィ王国では、不要の存在になった。
 一般兵として使おうにも、顔が醜く焼けただれて完治の見込みが薄い。
 そういった者を兵士にしても、士気が下げるだけだ。また彼女は一般兵程度の力量しかないので、大金を出してまで完治させることは万が一にもあり得ない。
 結局はフォルトのように、一定の期間を経て放り出されることになった。

「おっさんもこんな気持ちだったのかなあ?」

(顔が治る見込みはあるけど言えないし……。それに危険なことは嫌だわ。魔物と戦うなんて、もうたくさんよ! 都市で働いたほうがマシね)

 ロッジで横になったアーシャは、魔の森での出来事を思い出す。
 魔族の女性に焼き殺される寸前だった。助かってはいるが、絶望を味わった。もう生きていけないと思って、一時は死ぬことさえも考えた。
 そして、フォルトたちの正体を知ったときの衝撃は忘れられない。魔人のことは分からないが、悪魔と名乗る女性と契約を結んだ。

「カーミラって名前だったわね。いつ来るのかしら?」
「そんなに待ちましたかぁ?」
「きゃあ!」
「驚かないでくださーい! ただのスキルですよぉ」

 脳裏に浮かべたカーミラが、いきなりアーシャの前に現れる。
 突然のことでビックリして、心臓が止まるかと思った。『透明化とうめいか』というスキルを使ったらしいが、こういった登場は勘弁してもらいたい。

「ちょっと! 急に現れないでよ!」
「えへへ。悪魔がいるとバレたら困るよねぇ?」
「当り前よ!」
「とりあえず契約どおりに奪ってきたよぉ」
「えっ! もう?」

 アーシャの膝元には、カーミラから白い貨幣が置かれた。
 それを見たアーシャは、さすがに驚いてしまう。
 確かに彼女とは、貴族から金銭を奪う契約を結んでいた。だが、それにしても早すぎるので驚かないほうがおかしい。
 しかも……。

「ねぇ……。多くない?」

 そう。膝元に置かれた白金貨が、なんと二十枚もあるのだ。
 アーシャの顔を元に戻すには、上級の信仰系魔法が必要だった。代価を神殿に寄付するのだが、白金貨が十枚と聞いている。
 つまり、過剰に奪っていた。

「要らないなら返してきますよぉ」
「もっもらうわよ! でも契約だと、白金貨十枚よね?」
「えへへ。十枚以上必要だったら手間じゃないですかぁ」
「そう言えば……。詳しい金額を聞いていなかったわね」
「カーミラちゃんも忙しいんですよぉ。二度手間は避けたいでーす!」
「契約に問題が無ければいいわ」
「大丈夫でーす! さっさと受け取ってくださいねぇ」
「あ、ありがとう」

 何の苦労もせず、簡単に大金が手に入ってしまった。
 契約内容に問題なければ、金銭を多く持っていても損は無い。顔を元に戻すために寄付金を支払っても、半分の白金貨が手元に残る。
 これならアーシャは、都市での生活が楽になるだろう。
 もしかしたら、一生遊んで暮らせるかもしれない。

「これだけあれば……」
「一つ前の契約は覚えていますかぁ?」
「もちろんよ! あんたたちのことは誰にも教えないわ!」
「えへへ。だったら平気でーす!」

 カーミラに確認されなくても覚えている。
 アーシャの胸には、小さな魔法陣が刻まれているのだ。まだ肌と同化していないようだが、それを見ると嫌でも思い出してしまう。
 それにしても、呆気あっけないほど呆気ない。
 少し怖くなったので、確認の意味も込めて聞いてみる。

「それだけ?」
「はい?」
「あ、悪魔との契約ってさ。もっとこう……。ドロドロしたような?」
「対価は貴女の死体でーす! まだ死んでないですよねぇ?」
「生きてるわよ!」
「悪魔は契約にうるさいって教えたはずですよぉ」
「そっそうだけどさ……」

 確認をとったアーシャは、ホッと胸をなでおろす。自身の死体と聞いて、カーミラに殺されるのではないかと思っていた。
 この場で殺されて、死体にされてもおかしくはない。
 相手は悪魔なのだから……。

「そういう手もありましたねぇ」
「ちょっと!」
「えへへ。御主人様から止められているのでぇ」
「え?」
「御主人様の寛大な心に感謝してくださーい!」
「そう、ね」

 あれだけ嫌って馬鹿にしていたフォルトに助けられる。
 それは屈辱でもあり、当たり前だと思っていた。
 おっさんは年長者なのだ。若いアーシャを守るのは義務なのだ。もちろん身勝手な言い分なのは理解しているが……。
 それでも日本にいた友達は、全員がそう思っていた。

「こっちの契約は履行したのでぇ。カーミラちゃんは帰るねぇ」
「もう会うことはないわ」
「貴女が契約を履行してればねぇ」
「………………」

 カーミラの契約は果たされたので、今後は会うこともないだろう。
 彼女と再会するときは、老衰か事故で死んだ後になる。もちろん都市で生活を始めれば、大嫌いなフォルトに会うこともない。
 今回の件で助けてもらったが、一生魔の森から出てこないでほしい。
 そう思ったアーシャは、徐々に笑顔を浮かべる。と同時に白金貨を手に取って、キラキラした目で眺めた。

「あはっ! あはははっ……。痛たた……」

 悪魔のカーミラから提示された三つの選択肢。
 アーシャは随分と悩んだものだが、その甲斐かいはあったようだ。どうやら正解を引いたらしく、笑いが止まらない。
 ともあれ、顔に痛みが走った。
 傷口が塞がれても、まだ痛みは残っているのだ。

「あ……。もう治してもらえるじゃん!」

 アーシャは傷の痛みで、重要なことを思い出す。
 本来の目的は、顔の火傷を神殿で治療してもらうことなのだ。大金を手に入れたからと、心を躍らせている場合ではない。
 すぐにでもロッジを出て、治療を開始してもらうにかぎる。と考えたところで、白金貨を懐にしまい込んだ。
 そして意気揚々と立ち上がり、足早に神殿に向かうのだった。
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