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作者: 特攻君
残酷な描写あり R-15
第37話 アーシャの決断2
 額に眉を寄せたフォルトは、アーシャを殺害した場合のメリットとデメリットを考える。しかしながら、メリットは何も無い。
 自分を馬鹿にしていた女性がいなくなるだけだ。
 その代償がソフィアたちからの非難で、最悪は敵対からの戦闘か。何日も相手をした時間が無駄になってしまう。
 本当に馬鹿馬鹿しい話だった。

「残念ながら殺せない」
「何でよ!」
「だって面倒臭いし……」
「あたしに生きろって言ってんの?」

(いや。俺にやらせるなという話なのだが……。それに自殺は……)

 思っていても口に出さないのは、社会人としてのマナーである。
 フォルトが知らない場所で、勝手に死ぬのなら構わない。
 なぜメリットも無いのに、アーシャを殺害する必要があるのか。人間を見限っていても、わざわざ火種を作る趣味は無い。
 そして、こちらの世界に召喚される前は自殺を考えていた。と言っても痛いのが嫌なので、行動を起こせなかったのだ。
 方法についても漠然としか考えておらず、ロープを用意したところで先に進めずにつまづいた。以降は餓死を選択して、こちらの世界に召喚されたのが最後だ。
 いま思い返せば、自分にやれるはずがないと思った。ならばと手伝える者を知っているので、それを彼女に教える。

「魔物に殺してもらえば簡単に死ねると思う」
「嫌よっ! 生きたまま食べられるなんて、ゾッとするわ」
「ですよね」

 少し短絡的過ぎたか。
 魔物なら人間を殺して、死体を残さず食べてくれる。と思ったのだが、生きた状態で食べられるアーシャからすれば地獄の苦しみになってしまう。
 きっと、物凄く痛いだろう。

「そこはほら……。死ぬまで戦えば殺してから食べるさ」
「おっさんが強いなら、一瞬で殺してくれるでしょ?」
「だから殺さないって!」
「何でよっ! うあああああん!」
「ちょ、ちょっと!」

 フォルトの言葉は、冗談とも本気とも聞こえるが無視された。
 そしてアーシャが、目の前で座って泣き出した。
 今までこういった場面に遭ったことがないため、あたふたしてしまう。「女性の涙は武器」というのは本当だった。

「うあああああん!」
「御主人様が女の子を泣かせていまーす!」
「カ、カーミラ! いいところに!」
「えへへ」

 カーミラが追いかけてきていたようだ。
 実に良いタイミングなので、フォルトはすぐに助けを求めた。

「何とかしてくれ!」
「無理ですよぉ」
「え?」
「殺してあげればいいじゃないですかぁ」
「だって。後々どうなるか分かるし……」
「そうですかぁ?」
「もうソフィアさんたちは帰ってくれるのだぞ」
「金髪の男が治ったらですよねぇ?」
「それなのに、だ。アーシャを殺したら帰ってくれなくなるぞ」
「だ、そうでーす!」
「え?」

 立ち上がったアーシャの目には、涙の跡が無い。
 つまり、うそ泣きだ。
 どうやら、カーミラには分かっていたようだ。
 演技にだまされてしまったフォルトは、口を開けて呆気あっけにとられた。少し恥ずかしいかもしれない。

「何であんたまで来るのよ!」
「えへへ。カーミラちゃんは御主人様のシモベですからねぇ」
「シモベ?」
「その醜い顔が治ると言っても死にたいですかぁ?」
「え?」
「治す方法なんて、いくらでもありまーす!」

 カーミラは得意満面の笑顔だ。
 それに対してアーシャは、即座に詰め寄った。フォルトに殺してもらおうと考えていたので、当然の反応だろう。

「ちょ、ちょっと! それは本当なの? 嘘じゃないでしょうね!」
「とりあえずですねぇ。落ち着いてくださーい!」
「わっ分かったわ」
「ところで、神殿じゃ駄目なんですかぁ?」
「駄目よ。白金貨十枚なんて無理なのよ!」

 神殿で上級の信仰系魔法を依頼する場合は、寄付として白金貨十枚が必要だ。
 つまり、一億円である。
 日本にいた頃でさえ、夢のまた夢の金額だ。こちらの世界に召喚されて間もないアーシャに、大金を支払うことは不可能だった。

「ねぇお願い! 治して!」
「何でカーミラちゃんが、そんなことするんですかぁ?」
「え? 治してくれるんじゃ……」
「治す方法はいくらでもあるよって言っただけでーす!」
「ちょっと!」
「えへへ。望みどおりに殺しちゃいましょう!」
「いっ嫌よ! 治るなら死にたくないわよ!」

 カーミラは悪魔なので、希望を与えてから殺すのが楽しいのか。
 その証拠に、獲物を狩るような鋭い目が印象的だった。

「御主人様、どうしますかぁ?」
「フォルトさん! 助けてよ!」
「何か……。新鮮だな」
「いいから助けて!」
「ちなみにさ。どんな方法があるのだ?」
「教えちゃっていいんですかぁ?」
「別にいいよ。それで面倒事が減るなら安いもんだ」

 フォルトの思考は単純明快である。
 アーシャが勝手に死ぬのは構わない。また生きていても構わない。要は絡んでこなければ良いのだ。
 そんな些細ささいなことよりも、自宅のベッドで寝たいだけだった。

「カーミラちゃんにお任せでいいですかぁ?」
「いいよ」
「やったあ! 御主人様、大好き! ちゅ!」

 カーミラは大喜びだ。
 フォルトに密着して、ほほに口付けされた。他人の目があると恥ずかしいが、それで喜んでくれるなら何も問題は無い。

「ところで貴女さぁ」
「なっ何よ!」
「悪魔との取引って知ってるかなぁ?」
「え?」
「えへへ」
「悪魔との取引って……。確か……」

 アーシャの知っている悪魔の取引は、願いの代償として魂を要求される。
 それを聞いたカーミラは、邪悪な笑みを浮かべながら訂正した。

「貴女が言っているのは、契約が不履行の場合でーす!」
「は?」
「悪魔は天使と違って、契約にはうるさいんですよぉ」
「どっどういうことなの?」

 悪魔は契約を交わしても、対価に魂を要求しない。
 対価は当然もらうのだが、その内容は悪魔の気分次第だ。
 契約を履行しない、もしくは破ると魂を奪われる。一度契約を交わしたら、その内容を履行し続ける必要があった。
 または、選択を間違えた場合だ。
 その場合は、契約者の目的が完遂されても死ぬ結末が待っている。
 要は悪魔が提示する選択肢に正解して、契約内容を履行し続ければ良い。

「貴女は悪魔なの?」
「御主人様のシモベであり悪魔。リリスのカーミラちゃんだよぉ」
「おっおい! それは言うな!」
「逃げたら殺しまーす!」
「あっ!」

 カーミラは『隠蔽いんぺい』を解除して、悪魔の姿を現す。
 それを見たアーシャは、驚きながら後ずさった。角と翼が視界に映って、尻尾まで生えているからだ。
 彼女の姿は、日本のゲームに登場するような美少女の悪魔だった。ゲーム自体に興味は無いが、男性の友達もいたので、雑学として知っている。
 話題の一つとして使って、会話に味を付けるのは得意だった。

「えへへ。ごめんなさーい!」
「まぁいいか。カーミラに任せたしな」
「さすがは御主人様です!」

 カーミラの笑顔がまぶしい。
 とても謝っていないが、アーシャの件は一任したのだ。後は面倒事に発展しないかを、じっくりと眺めていれば良いだろう。

「………………」
「どうしますかぁ? カーミラちゃんと契約しますかぁ?」
「………………」
「可愛い顔に戻って、人生を楽しく過ごしたくないですかぁ?」
「戻りたいわよ!」

 アーシャは他人だけではなく、自身の面体も気にする女性だ。もともと自信を持っており、可愛い顔に戻りさえすれば良い。
 シュンに捨てられようとも、自分に釣り合う恋人はいくらでも作れるだろう。実際に兵士とも仲良くなっていた。
 その中から選ぶつもりはないが……。

「最初は簡単な契約にしてあげますねぇ」
「簡単?」
「こちらの秘密は内緒にしてくださーい!」
「それだけ?」
「だから簡単だよって言ったじゃないですかぁ」
「へ、平気よ!」
「なら契約成立でーす!」

 目を伏せたフォルトは、魔の森の外に送り届けた冒険者たちを思い出す。
 あのときの彼らは、簡単に約束を破っていた。

(嫌なことを思い出してしまったな。アイナたちは簡単な口約束さえ破っていた。でも今回は、悪魔の契約かあ。やり方が巧妙という何というか……)

 ある意味で恐ろしい。
 まずは簡単な内容で、契約者の希望をかなえる。
 そして味を占めさせた後で、深みにめるつもりなのだろう。詐欺の手口と似ているが、同じようなものだ。
 カーミラは、『契約けいやく』のスキルを持っている。
 悪魔が持つ固有のスキルであり、お互いが納得した時点で発動する。続けて契約者の体に、小さな魔法陣が刻まれるのだ。
 この魔法陣が契約者を監視するので、安易な行動をすると魂が狩られる。

「胸を見てくださーい!」
「何これ?」
「契約の印ですよぉ。破れば……。ドカーン!」
「ひっ!」

 首元から服を伸ばしたアーシャが、自身の胸を見て驚愕きょうがくしている。
 小さな魔法陣が刻まれているようだが、契約を破らなければ害はないらしい。しかも時間が経過すれば、肌と同化して見えなくなるそうだ。
 それを聞いて安心しているのは、ピチピチの柔肌を維持するためか。

「じゃあ何個か教えるねぇ」
「早く教えて!」
「まずは神殿ですねぇ」
「それは無理だって言ったでしょ!」

 残念ながらアーシャには、白金貨十枚が用意できないのだ。だからこそ、「何度も言わせるな」と続けた。
 それに対してカーミラは、笑顔を維持している。

「白金貨十枚ですよねぇ。奪えばいいじゃないですかぁ」
「え?」
「貴族なら大量に持ってるよぉ」
「無理よ……」
「これが一つ目でーす!」

 カーミラにとって、アーシャがやれるかは関係無い。
 確かに金銭を奪えば、神殿での治療は可能だろう。しかしながら、貴族から奪うのは無理である。
 犯罪だと分かりきっており、厳重に警備されているはずだ。

「次はですねぇ。上級が使える司祭を拉致しまーす!」
「貴女ねぇ……」
「拷問でもすれば、簡単に使ってくれますよぉ」
「だから……。無理だって言ってるでしょ!」
「えへへ。カーミラちゃんが手伝っても無理ですかぁ?」
「え?」
「最初の契約は、方法を教えるだけでーす!」

 これが悪魔のささやき、だ。
 アーシャは知らないが、カーミラはレベル百五十の悪魔。
 実際に金品を奪ったこともあり、彼女に教えた内容を実行することは可能である。だがこれを手伝わせるとなると、次の契約になってしまう。

「最後はですねぇ。御主人様の出番でーす!」
「はい?」
「御主人様は人間じゃありませーん! 魔人になったんだよぉ」
「え? どういうこと? 魔人って何?」

 アーシャに魔人のことは分からないようだ。
 もちろん、「フォルトが人間ではない」という言葉にも首を傾げている。また悪魔の発言なので、真偽については判別が付かないだろう。
 そうは言っても、これは隠すべき事実だった。

「おい。カーミラ……」
「えへへ。秘密は内緒ですよぉ。契約実行中でーす!」
「そうだが……」
「教えた瞬間に死んじゃいますよぉ」
「うーん」

(カーミラは大胆だなあ。契約した後に秘密を明かすか。アーシャがどう行動をしようと、他人に知られたら死んでしまうな)

 フォルトはカーミラに感心する。
 すでに、悪魔との取引は終わったのだ。アーシャが契約を履行しない場合は、即座に魂が奪われる。
 秘密を他人に話したとしても、事実は伝わらない。
 また口頭だけではなく、紙で伝えようとしても同様だった。

「魔人って……。おっさん! どういうことよ!」
「おっさんに戻っているぞ」
「うるさい! もう何が何だか分からないよ!」
「だろうなあ。俺もそうだった」

 アーシャは頭を抱えて、その場に座り込んでしまった。次々に襲ってくる情報の波により、頭が混乱しているのだろう。
 それを見たフォルトはほくそ笑んだ。
 彼女に知られた秘密は、ソフィアが知りたがっている内容なのだ。簡単に知り得た人物がいることを、どう思うのだろうかと……。

「俺の出番と言われてもなあ。信仰系魔法は使えないぞ?」
「体を治す魔法は信仰系魔法だけじゃないですよぉ」
「どういうことだ?」
「ちょっと耳を貸してくださーい」
「うむ」

 カーミラが顔を近づけて、フォルトにヒソヒソと耳打ちする。
 アーシャ頭を抱えて座り込んでいるので、その行為にすら気付いていない。

「(呪術系魔法でーす!)」
「(呪術? それは可能なのか?)」
「(呪いと言うとイメージが悪いですからねぇ)」

 呪術系魔法。
 それは超自然的存在や神秘的な力に働きかけて、種々の目的を達成しようとする意図的な行為である。神の奇跡ではなく、自然の力を使う魔法の一種なのだ。
 要はおまじないのことで、風水術や占星術は呪術だった。
 こちらの世界には魔法が存在するため、呪術も立派な魔法体系の一つである。ならばとフォルトは、アカシックレコードから呪術系魔法を取り出した。

「(おっ! 使えるじゃないか)」
「(えへへ。だから御主人様の出番でーす)」
「(じゃあ、この魔法で治してやればいいのか?)」
「(タダで治す必要はないですよぉ)」
「(そうだなあ)」
「(カーミラちゃんに任せてくださーい!)」
「(おう! 任せた!)」

 口角を上げたフォルトは呪術系魔法という最上級のカードを手に入れたので、安心してカーミラに任せる。
 最悪は呪術で治してしまえば、アーシャも文句は言わないだろう。

「方法は教えましたぁ。じゃあ帰りますねぇ」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
「何ですかぁ?」
「私だけじゃ無理よ!」
「またカーミラちゃんと契約しますかぁ?」
「あ……」

 悪魔との契約。
 アーシャにとって最初の契約は簡単で、秘密を守る自信はある。
 日本にいた頃も、友達の秘密は口外しなかった。とはいえうっかりとしゃべらないように、細心の注意が必要だろう。
 そして次の契約にも、対価が必要だった。
 こちらは金銭を持っていないのだから、別の要求をされるだろう。となると、何を対価として要求されるかが不明である。
 有り体に言えば怖いのだ。

「対価が気になりますかぁ?」
「そうよ」
「対価はですねぇ。貴女の死体でーす!」
「え?」
「死んだ後の話ですよぉ」
「そ、そう……。それなら……」

 対価はアーシャの死体。
 死んだ後なら、肉体がどう扱われようが構わない。生きている時間が大切だと思っているからだ。

「よく考えてくださいねぇ」
「考える?」
「三つの方法を教えましたぁ」
「そうね」
「選択は自由ですけどぉ。カーミラちゃんは悪魔でーす!」
「分かってるわよ!」
「じゃあ、どれを選ぶか決まったら教えてねぇ」

 フォルトとカーミラは、自宅に帰っていった。
 アーシャはというと、川辺で立ち尽くしている。予想外の出来事が起こり過ぎているが、彼女にとって顔の火傷を治す可能性があるのは幸いだった。
 彼らから話を聞くまでは、本当に殺してもらおうと思っていたのだ。しかしながら希望が与えられて、わざわざ死ぬ必要がなくなった。
 複雑な気持ちを隠せないが、今は三つの選択肢について考えるのだった。


◇◇◇◇◇


 会話が終わってホッとしたフォルトは、カーミラと一緒に自宅に向かう。
 アーシャは立ち尽くしていたが、さっさと戻るために川辺に放置した。周囲に魔物は出ないので、後は勝手に戻るだろう。
 それにしても、悪魔の契約については面白い話だった。
 もちろん、選択肢の内容についても興味がある。

「カーミラさあ」
「何ですかぁ?」
「あの三つの選択肢だと、正解は――」
「さすがは御主人様です!」
「でへ。んんっ! ア、アーシャの選択には興味があるな」
「えへへ。帰って寝ましょう!」

 フォルトが正解を言い当てると、カーミラに抱き着かれる。
 以降は目を擦りながら帰宅すると、ルリシオンがまだ起きていた。だがどんよりとした視線を向けるだけで、さっさと寝室に入っていく。
 そしてベッドの上には、同様に起きていたレイナスが微笑んでいた。
 これには癒されるが、アーシャのせいで精神的に疲れている。夜の情事を楽しむ気力が沸かずに、とにかくベッドの上に倒れ込むのだった。
Copyright©2021-特攻君
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