残酷な描写あり
第10回 奇跡を妬む 摂理を嘆く:2-2
作中よりも過去における死ネタが含まれます。苦手な方はご注意ください。
それから——目を伏せた。促されたからといって、察しはついているようだからといって、本当に吐き出してよいものか、迷いはあったので。だが、
「……どうして、陛下はいいの?」
そんな囁きが始まりになった。
「どうして陛下はよくて、お母様はいけないの?」
トシュが片膝をついて、頭をセディカと同じ高さに持ってきた。聞き取りにくかったのかもしれない。
が、セディカの声が少しばかり大きくなったのは、その耳に届けようと意識したためではなかった。
「死んだ人は戻ってこないって、戻ってこないから、だから受け入れてきたんじゃない。なのにどうして陛下は、陛下だけ」
たちまちに涙が熱く盛り上がり、こぼれ落ちる。
「狡い……! 狡いわよ! じゃあなんでお母様は生き返らないの? 誰かが急に生き返らせに来てくれないの? 陛下はそうだったじゃないの!」
「うん。……不公平だよなあ」
「天命って何。生き返らせてもらえる理由って何。なんでお母様には、お母様は、天命を負ってなかったお母様が悪いの?」
何故、母にはその理由が与えられていないのか。国王には与えられている理由が。国王とて、天から慈悲深くも与えられただけではないのか。同じ慈悲が、何故——母には、下りない。
「陛下は横死なさったわ。酷い殺され方だったわ。だからなの? 不当な目に遭ったから正してもらえたの? じゃあお母様は? 西国の血を引いてるからって、診に来てくれなかったお医者様は酷くなかったの? 結婚前にお母様がかかってたお医者様を、うちに入れるような身分じゃないって呼んでくれなかったお父様は酷くなかったの?」
「マジか」
トシュが呟く。
「それとも本当は生き返れるの? 生き返れたの? あたしが知らないだけなの? あたしが知らなかったからいけないの? ちゃんと調べればわかったはずなの? 誰かに訊けばよかったの、頼めばよかったの、あたしがわかってなかったせいなの?」
「死んだもんは生き返らんよ。それが原則だ。神の奇跡で、天の領分で、だから逆にジョイドも握り潰せねえのさ。横領して自分の身内に飲ませるわけにもいかん」
今度は長い返事があった。
「おまえが間違ってたんでも足りなかったんでもねえよ。人間の意志で死人をほいほい取り返せるようじゃ、〈冥府の女王〉がお冠じゃ済まねえわ。……何も悪くねえのに、なんでおまえはお母様と引き離されちまったかねえ」
「お母様」
少女は両手で顔を覆った。
「お母様、お母様」
奇跡。母の身には起こらない奇跡。母ではない死者の身に起こった奇跡。
もう泣きじゃくるしかできなくなった少女に、青年はしばらく、言葉をかけなかった。抑えていたものをわざわざ促して言わせておいて、感情的で理屈に合わないと非難することも、論理的に添削して悦に入ることもなかった。
部屋の外までは届かないようにと押し殺しながらも、少女は泣きに泣いた。あふれにあふれ、流れに流れた涙が、けれども、やがては鎮まっていく。それはそれでやるせない気もしたけれど、自分が落ち着いてきたことは、自分で感じ取れてしまう。
「不公平でも狡くても何でもいいから、生きててほしかったよな」
頃合いを見計らって、トシュが再び口を開いた。セディカは手と袖で顔を拭う。まだ時々しゃくり上げずにはいられなかったが、昂っていた神経は平常に戻りつつあった。
「よくもまあ、王の前でぶちまけないでいられたな」
「……陛下が悪いわけじゃないもの。陛下も、殿下も」
「辛抱強くて物わかりがいい」
半ば感心したような、だが、これは苦笑いだろうか。
死んだ父親を取り戻した太子にも妬みの気持ちがあると、うっかり覗かせてしまったことに後から気づいたけれども、そこには言及されなかった。
「それでいて、吐き出していいところではちゃんと吐き出せてんだから言うことねえな」
両の手が動いた。指を折り、腕を振って、印を結んでいるのだとわかる。
「〈慈愛天女〉の加護がおまえにあるように。ま、俺なんぞが口を利いてやらんでも、お母様の言いつけを守ってりゃあ十分だろうがな」
母の言いつけとは何のことか、一瞬、わからなかったけれど。
本当の意味を知っても、習慣を絶やさず唱え続けている、食前の祈りではなかった守護呪のことだと——理解して、また少し、涙がこぼれた。
「……どうして、陛下はいいの?」
そんな囁きが始まりになった。
「どうして陛下はよくて、お母様はいけないの?」
トシュが片膝をついて、頭をセディカと同じ高さに持ってきた。聞き取りにくかったのかもしれない。
が、セディカの声が少しばかり大きくなったのは、その耳に届けようと意識したためではなかった。
「死んだ人は戻ってこないって、戻ってこないから、だから受け入れてきたんじゃない。なのにどうして陛下は、陛下だけ」
たちまちに涙が熱く盛り上がり、こぼれ落ちる。
「狡い……! 狡いわよ! じゃあなんでお母様は生き返らないの? 誰かが急に生き返らせに来てくれないの? 陛下はそうだったじゃないの!」
「うん。……不公平だよなあ」
「天命って何。生き返らせてもらえる理由って何。なんでお母様には、お母様は、天命を負ってなかったお母様が悪いの?」
何故、母にはその理由が与えられていないのか。国王には与えられている理由が。国王とて、天から慈悲深くも与えられただけではないのか。同じ慈悲が、何故——母には、下りない。
「陛下は横死なさったわ。酷い殺され方だったわ。だからなの? 不当な目に遭ったから正してもらえたの? じゃあお母様は? 西国の血を引いてるからって、診に来てくれなかったお医者様は酷くなかったの? 結婚前にお母様がかかってたお医者様を、うちに入れるような身分じゃないって呼んでくれなかったお父様は酷くなかったの?」
「マジか」
トシュが呟く。
「それとも本当は生き返れるの? 生き返れたの? あたしが知らないだけなの? あたしが知らなかったからいけないの? ちゃんと調べればわかったはずなの? 誰かに訊けばよかったの、頼めばよかったの、あたしがわかってなかったせいなの?」
「死んだもんは生き返らんよ。それが原則だ。神の奇跡で、天の領分で、だから逆にジョイドも握り潰せねえのさ。横領して自分の身内に飲ませるわけにもいかん」
今度は長い返事があった。
「おまえが間違ってたんでも足りなかったんでもねえよ。人間の意志で死人をほいほい取り返せるようじゃ、〈冥府の女王〉がお冠じゃ済まねえわ。……何も悪くねえのに、なんでおまえはお母様と引き離されちまったかねえ」
「お母様」
少女は両手で顔を覆った。
「お母様、お母様」
奇跡。母の身には起こらない奇跡。母ではない死者の身に起こった奇跡。
もう泣きじゃくるしかできなくなった少女に、青年はしばらく、言葉をかけなかった。抑えていたものをわざわざ促して言わせておいて、感情的で理屈に合わないと非難することも、論理的に添削して悦に入ることもなかった。
部屋の外までは届かないようにと押し殺しながらも、少女は泣きに泣いた。あふれにあふれ、流れに流れた涙が、けれども、やがては鎮まっていく。それはそれでやるせない気もしたけれど、自分が落ち着いてきたことは、自分で感じ取れてしまう。
「不公平でも狡くても何でもいいから、生きててほしかったよな」
頃合いを見計らって、トシュが再び口を開いた。セディカは手と袖で顔を拭う。まだ時々しゃくり上げずにはいられなかったが、昂っていた神経は平常に戻りつつあった。
「よくもまあ、王の前でぶちまけないでいられたな」
「……陛下が悪いわけじゃないもの。陛下も、殿下も」
「辛抱強くて物わかりがいい」
半ば感心したような、だが、これは苦笑いだろうか。
死んだ父親を取り戻した太子にも妬みの気持ちがあると、うっかり覗かせてしまったことに後から気づいたけれども、そこには言及されなかった。
「それでいて、吐き出していいところではちゃんと吐き出せてんだから言うことねえな」
両の手が動いた。指を折り、腕を振って、印を結んでいるのだとわかる。
「〈慈愛天女〉の加護がおまえにあるように。ま、俺なんぞが口を利いてやらんでも、お母様の言いつけを守ってりゃあ十分だろうがな」
母の言いつけとは何のことか、一瞬、わからなかったけれど。
本当の意味を知っても、習慣を絶やさず唱え続けている、食前の祈りではなかった守護呪のことだと——理解して、また少し、涙がこぼれた。