残酷な描写あり
第10回 奇跡を妬む 摂理を嘆く:2-1
作中よりも過去における死ネタが含まれます。苦手な方はご注意ください。
寝間着に着替えたばかりだったところを着替え直す破目になったが、それはどうでもよい。覗き込んでも仕方がないから、セディカは後ろに下がっていた。仙薬を国王に飲ませようと、ジョイドと一人二人の僧侶が苦心している。口に含ませたところで、亡骸が自分から飲み込むはずもない。
だが、やがて、成功したらしい。
ざわめきに顔を上げれば、院主や僧侶たちや、トシュとジョイドに見守られながら、国王が身を起こしていた。陛下、と呼びかけて、何か尋ねたり教えたりしているらしいことはわかったけれども、はっきりとは聞こえなかった。
周りを見回して、国王がセディカをみつけた。察して、僧侶たちが左右に避ける。
「娘よ、そなたを覚えておる」
国王が言った。
「太子に告げてほしいとは申した。仇を討ってほしいとは願った。だが、よもや我を生き返らせてくれようとは」
感謝に、感激に震える声に、こちらも覚えがあった。
「娘よ、……娘よ、これほどの恩に、いかにして報いることができよう」
「……畏れ多いことでございます」
そうとだけ答えて、セディカは頭を垂れた。
「どうして俺らに直接言わんで、うちのお姫さんにまとわりついたのか、問い質したいとは思ってたんだわ」
「控えなさい」
トシュが横で怖いもの知らずな口を利いたのは、咎めずにはいられなかったが。
「そなたが……そなたたちが……覚えがある。この娘の守り人、確かに……だが……」
「無理に思い出そうとなさいませんように。生きた人間には認識していられないこともあるのかもしれません」
ジョイドがやんわりと止める。
国王はしばし、頭を押さえていた。それから、次は院主に目を向ける。
「院主よ、この三年を差し引いてもしばらくであった。……大恩あるこの寺院を蔑ろにした罰であったのやもしれぬ」
声も言葉も、大分しっかりとしてきた。
院主の返事が聞こえなかったわけではないが、右から左へ流れていって記憶に留まらなかった。セディカが気に懸けるべきことでもないだろう。
「主人からも聞いていますが、直接お話を伺うことはできますか」
「無論だ」
「では、お嬢様は今度こそお休みに」
ジョイドの言葉で我に返る。退出の許可を求めるところまで、そのまま従者よろしく続けてくれたから、セディカは口を開く必要もなかった。無論構わぬと許可が出たから、一礼し、本堂を後にする。
気づくとトシュもついてきていた。そういえば、部屋まで送るというようなことを、国王に向けてか僧侶たちに向けてか、言っていた気はする。
「……もう、亡霊は怖くないわよ」
その亡霊は生き返ったのだから。
「そいつは結構だ」
その返事は優しげだったが、特に安堵したようでもなかった。
セディカは今少し、自分を省みる。
「わたし……変だった?」
「一応、驚いてるとか信じられないとかで通る範疇だと思うぞ。大体、みんな国王陛下に夢中で、おまえを気にする余裕なんてねえだろ」
ということは、変ではあったらしい。心ここにあらずだったぞ、というだけなら——よいのだけれど。
借りている部屋の前に来た。足を止めたトシュは、数秒間の逡巡の後に、中に入ってもよいかと問うた。
セディカは無言で先に入ると、扉を開いたまま待って——トシュが動かないので、訝しげに目を向けた。入っていいんだな、と念を押されて頷けば、やっと扉をくぐってから、閉めるぞと断ってその通りにする。
それから振り向いたときには、ここまで来ておいて前置きはいらないよなと言わんばかりの顔になっていた。
「見当違いだったら詫びるが、セダ。王が生き返ったことに、思うところがあるんじゃねえか」
それは即ち、見抜かれているということである。
「……思ったってしょうがないじゃない」
「しょうがねえはしょうがねえが、思っていけねえことはねえし、言っていけねえこともねえだろ。相手を選べばいいだけの話だ」
そこまでは淀みなく言ってから、詰まり、目を逸らし、頭に手をやって、かりかりと掻き毟る。
「だから、その、な。……ジョーの前では言わないでやってくれねえか」
思いがけない頼みに、セディカはまともにトシュの顔を見上げた。
「おまえに供養を手伝ってもらった、あいつの身内っていうのがな。若いうちに……死ぬような年齢じゃないうちに死んでんだ。死人を生き返らせる仙薬なんて持たされて、堪ったもんじゃなかったと思うんだわ」
——ああ、だから、と。
得心が行った。
「言うなら俺の前にしといてくれ。今ここで言えってんじゃねえし、絶対に言えとも言わねえが」
視線が戻ってきて、セディカのそれと重なる。真摯で、いたわりが窺えた。
ジョイドのためなのだ。ジョイドをこそ、思いやったのだ。自分自身が気遣われていると考えるよりも、そう考える方が受け入れやすかった。ひねくれたことだと自嘲する。最初からずっと助けられているのに、未だに素直に受け取れないのか。
だが、やがて、成功したらしい。
ざわめきに顔を上げれば、院主や僧侶たちや、トシュとジョイドに見守られながら、国王が身を起こしていた。陛下、と呼びかけて、何か尋ねたり教えたりしているらしいことはわかったけれども、はっきりとは聞こえなかった。
周りを見回して、国王がセディカをみつけた。察して、僧侶たちが左右に避ける。
「娘よ、そなたを覚えておる」
国王が言った。
「太子に告げてほしいとは申した。仇を討ってほしいとは願った。だが、よもや我を生き返らせてくれようとは」
感謝に、感激に震える声に、こちらも覚えがあった。
「娘よ、……娘よ、これほどの恩に、いかにして報いることができよう」
「……畏れ多いことでございます」
そうとだけ答えて、セディカは頭を垂れた。
「どうして俺らに直接言わんで、うちのお姫さんにまとわりついたのか、問い質したいとは思ってたんだわ」
「控えなさい」
トシュが横で怖いもの知らずな口を利いたのは、咎めずにはいられなかったが。
「そなたが……そなたたちが……覚えがある。この娘の守り人、確かに……だが……」
「無理に思い出そうとなさいませんように。生きた人間には認識していられないこともあるのかもしれません」
ジョイドがやんわりと止める。
国王はしばし、頭を押さえていた。それから、次は院主に目を向ける。
「院主よ、この三年を差し引いてもしばらくであった。……大恩あるこの寺院を蔑ろにした罰であったのやもしれぬ」
声も言葉も、大分しっかりとしてきた。
院主の返事が聞こえなかったわけではないが、右から左へ流れていって記憶に留まらなかった。セディカが気に懸けるべきことでもないだろう。
「主人からも聞いていますが、直接お話を伺うことはできますか」
「無論だ」
「では、お嬢様は今度こそお休みに」
ジョイドの言葉で我に返る。退出の許可を求めるところまで、そのまま従者よろしく続けてくれたから、セディカは口を開く必要もなかった。無論構わぬと許可が出たから、一礼し、本堂を後にする。
気づくとトシュもついてきていた。そういえば、部屋まで送るというようなことを、国王に向けてか僧侶たちに向けてか、言っていた気はする。
「……もう、亡霊は怖くないわよ」
その亡霊は生き返ったのだから。
「そいつは結構だ」
その返事は優しげだったが、特に安堵したようでもなかった。
セディカは今少し、自分を省みる。
「わたし……変だった?」
「一応、驚いてるとか信じられないとかで通る範疇だと思うぞ。大体、みんな国王陛下に夢中で、おまえを気にする余裕なんてねえだろ」
ということは、変ではあったらしい。心ここにあらずだったぞ、というだけなら——よいのだけれど。
借りている部屋の前に来た。足を止めたトシュは、数秒間の逡巡の後に、中に入ってもよいかと問うた。
セディカは無言で先に入ると、扉を開いたまま待って——トシュが動かないので、訝しげに目を向けた。入っていいんだな、と念を押されて頷けば、やっと扉をくぐってから、閉めるぞと断ってその通りにする。
それから振り向いたときには、ここまで来ておいて前置きはいらないよなと言わんばかりの顔になっていた。
「見当違いだったら詫びるが、セダ。王が生き返ったことに、思うところがあるんじゃねえか」
それは即ち、見抜かれているということである。
「……思ったってしょうがないじゃない」
「しょうがねえはしょうがねえが、思っていけねえことはねえし、言っていけねえこともねえだろ。相手を選べばいいだけの話だ」
そこまでは淀みなく言ってから、詰まり、目を逸らし、頭に手をやって、かりかりと掻き毟る。
「だから、その、な。……ジョーの前では言わないでやってくれねえか」
思いがけない頼みに、セディカはまともにトシュの顔を見上げた。
「おまえに供養を手伝ってもらった、あいつの身内っていうのがな。若いうちに……死ぬような年齢じゃないうちに死んでんだ。死人を生き返らせる仙薬なんて持たされて、堪ったもんじゃなかったと思うんだわ」
——ああ、だから、と。
得心が行った。
「言うなら俺の前にしといてくれ。今ここで言えってんじゃねえし、絶対に言えとも言わねえが」
視線が戻ってきて、セディカのそれと重なる。真摯で、いたわりが窺えた。
ジョイドのためなのだ。ジョイドをこそ、思いやったのだ。自分自身が気遣われていると考えるよりも、そう考える方が受け入れやすかった。ひねくれたことだと自嘲する。最初からずっと助けられているのに、未だに素直に受け取れないのか。