残酷な描写あり
第5回 旅路を守る 山路を越える:2-2
虎や熊や大蛇といった獣が道にのそりと出てくることもあったが、どれもただ通り過ぎていったり、三人を見て脇に避けたりした。トシュが一々棒を構える一方で、そんなに神経質にならなくたっていいんじゃないの、とジョイドはのんびりしていた。
「誓いを立ててんだよ、俺は」
「正しいっちゃ正しいけど。あんまり危険アピールされても怖くない、セディ?」
「危ないなら危ないって、ちゃんと教えてもらった方がいいけど」
セディカは強気に答えたのだったが、ジョイドの微笑み方から察するに、強がりと受け取られたらしい。
大人しいとはいえ紛れもない獣を前にして、かばうように立ち塞がって武器を構える人の姿を見ていれば、狼としてトシュを恐れる気持ちは育ちにくかった。そもそも狼の姿を見せる機会もあれきりなかった。ジョイドに至っては鷹の姿になれば食事を運んでくるわけで、やはり恐怖は煽らない。獲物が小動物でなく果物や木の実であることは、鷹にしては奇妙であるにせよ。
「やっぱりちょっと不安かな? 俺らと食事をするのは」
ふとジョイドが訊いたのは、何日経ったときだったろうか。
「……だって、大丈夫なように気をつけてくれてるんでしょ」
正体を明かした後の最初の食事のときに、ジョイドがそれは丁寧に教えてくれた。本気で説明するとね、と前置きした通りで——妖怪が人間にどういった影響を与えるのか、どうすればその影響を防げるか、防ぐのがどの程度容易かあるいは困難か、自分自身が年を経て妖怪に変化した場合と最初から妖怪の子供に生まれた場合ではどう違うか、純血と混血とではどう違うか、木の妖怪と獣の妖怪と鳥の妖怪ではどう違うか、といったことを、人間にも理解できるところまで噛み砕いて。
正直なところ、情報量に圧倒されてしまって、十分の一もセディカは覚えていない。人間だって人間のことをそこまで詳しくは知らんぞ、とトシュも呆気に取られていた。思い出せるのは、二人が「妖気を抑えている」ことと「妖力の発露を抑えている」ことと、それほど危険な影響をそれほど簡単に防げるにも拘らず怠ったからこそ、トシュはあの木々にあれだけ怒ったのだと言い添えて、トシュを咽させたことぐらいだ。わかったのは、普段のジョイドは相当手加減して喋っているということと、つまるところ二人と食事を共にしても構わないということと——セディカにはわからないところでも、二人がセディカのために気を配っているということ、だった。
「じゃあ、俺の方が実は気にしてるせいでそう見えるのかな。変なこと聞いてごめんね」
「つうか、単純にもっとまともな飯が食いたくなったんじゃねえか?」
「……そんなに嫌そうな顔してた?」
「嫌そうな顔ではないのよ。だからどうしたのかなと思ったの」
ジョイドが軽くトシュを睨む。セディカは手元の杏に目を落とした。ジョイドが採ってきて、どこに生えていたのかとトシュがしばらく詰問して、それなら大丈夫だなと納得してからこちらに回してきたものだ。
「……申し訳ない、のかな。何から何まで、助けてもらって」
恐怖や警戒ではない。そうした気持ちはいつの間にかなくなっていた。油断ではないかと思っても——現に、昨日も今日も、自分は無事だ。
だが——口にしたのも、建前だった。
「気になるのはわかるけど、俺らとしては気にしなくていいよとしか言えないなあ」
ジョイドは困ったように笑みながら頭を掻いた。誤魔化すように、セディカは杏を口に含んだ。
「誓いを立ててんだよ、俺は」
「正しいっちゃ正しいけど。あんまり危険アピールされても怖くない、セディ?」
「危ないなら危ないって、ちゃんと教えてもらった方がいいけど」
セディカは強気に答えたのだったが、ジョイドの微笑み方から察するに、強がりと受け取られたらしい。
大人しいとはいえ紛れもない獣を前にして、かばうように立ち塞がって武器を構える人の姿を見ていれば、狼としてトシュを恐れる気持ちは育ちにくかった。そもそも狼の姿を見せる機会もあれきりなかった。ジョイドに至っては鷹の姿になれば食事を運んでくるわけで、やはり恐怖は煽らない。獲物が小動物でなく果物や木の実であることは、鷹にしては奇妙であるにせよ。
「やっぱりちょっと不安かな? 俺らと食事をするのは」
ふとジョイドが訊いたのは、何日経ったときだったろうか。
「……だって、大丈夫なように気をつけてくれてるんでしょ」
正体を明かした後の最初の食事のときに、ジョイドがそれは丁寧に教えてくれた。本気で説明するとね、と前置きした通りで——妖怪が人間にどういった影響を与えるのか、どうすればその影響を防げるか、防ぐのがどの程度容易かあるいは困難か、自分自身が年を経て妖怪に変化した場合と最初から妖怪の子供に生まれた場合ではどう違うか、純血と混血とではどう違うか、木の妖怪と獣の妖怪と鳥の妖怪ではどう違うか、といったことを、人間にも理解できるところまで噛み砕いて。
正直なところ、情報量に圧倒されてしまって、十分の一もセディカは覚えていない。人間だって人間のことをそこまで詳しくは知らんぞ、とトシュも呆気に取られていた。思い出せるのは、二人が「妖気を抑えている」ことと「妖力の発露を抑えている」ことと、それほど危険な影響をそれほど簡単に防げるにも拘らず怠ったからこそ、トシュはあの木々にあれだけ怒ったのだと言い添えて、トシュを咽させたことぐらいだ。わかったのは、普段のジョイドは相当手加減して喋っているということと、つまるところ二人と食事を共にしても構わないということと——セディカにはわからないところでも、二人がセディカのために気を配っているということ、だった。
「じゃあ、俺の方が実は気にしてるせいでそう見えるのかな。変なこと聞いてごめんね」
「つうか、単純にもっとまともな飯が食いたくなったんじゃねえか?」
「……そんなに嫌そうな顔してた?」
「嫌そうな顔ではないのよ。だからどうしたのかなと思ったの」
ジョイドが軽くトシュを睨む。セディカは手元の杏に目を落とした。ジョイドが採ってきて、どこに生えていたのかとトシュがしばらく詰問して、それなら大丈夫だなと納得してからこちらに回してきたものだ。
「……申し訳ない、のかな。何から何まで、助けてもらって」
恐怖や警戒ではない。そうした気持ちはいつの間にかなくなっていた。油断ではないかと思っても——現に、昨日も今日も、自分は無事だ。
だが——口にしたのも、建前だった。
「気になるのはわかるけど、俺らとしては気にしなくていいよとしか言えないなあ」
ジョイドは困ったように笑みながら頭を掻いた。誤魔化すように、セディカは杏を口に含んだ。