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作者: 古今いずこ
残酷な描写あり
第5回 旅路を守る 山路を越える:2-1
 野獣に襲われたあのときを境に、旅路は平穏なものになった。

 無論、セディカにとって山道を歩き続ける日々は楽なものではないし、本当は毎日湯浴みもしたいし、ベールもそろそろ外したいし、調理という工程を経た食事をりたいのだけれど、そんなことに意識を向けられるのは、その手前の段階が満たされているからこそだ。命の危険、身の危険にさらされながらでは、たまにはスープが飲みたいだの、ソースをたっぷりかけた肉が食べたいだのということを思いつく余裕もあるまい。……まさか毎日着替えることができるようになるとは思わなかったけれど。

 妖怪であることを隠さなくなったトシュとジョイドは、かといって特に態度が変わったようでもなかった。そもそも、正体を隠していた期間は丸一日にも満たないのである。時たまジョイドが鷹の姿になって飛び、先の様子を見てきたり、野生の果物や木の実を採ってきたり、水を汲んできたりするようにはなった。なお、トシュは同じことをするのに雲に乗って飛んでいくが、こちらは仙術なのであるから、妖怪であることとは関係がない。

「〈小人の作品〉って聞いたことあるかな? 要は名前の通りなんだけど」

 といった話はこれまでも散々してきたし、これも妖怪ならではの知識ということではなかった。

「神様が持ってるような?」

「そうそう、神様の武器とかアクセサリーとか。ああいうのは超一流の伝説の小人が作ったものでね、普通の小人の〈作品〉には、地上で民間に出回ってるようなものもある」

 これもその一つ、とジョイドは木でできた立方体をセディカに見せてから放り投げた。地面に転がった立方体は見慣れた小屋に変わる。

「衝撃を与えれば自分で組み上がるし、折り畳めばあのサイズになるの。この仕掛けは仙術でも法術でもなくて、飽くまで物理的な技術だけでできてるんだって。小人が仙術や法術を嫌ってるってわけじゃないんだけど、技術だけでどこまでできるかを追究したがる傾向があるらしいのよね」

「言い触らしちゃいかんことを言いまくってねえか」

「見せちゃったからねえ。毎日偶然みつけたふりをするのも苦しいなとは思ってたし」

「まあ、言い触らすなってのも心構えで、知られたらヤバいことになるってわけでもねえけどよ。……兄弟子に術を見せびらかしたっつって師匠に激怒された俺は何だったんだ」

 ぶつくさ言っているトシュに、とはいえセディカが詫びるのもおかしいだろう。大方はジョイドが、時にはトシュ自身が、自分から話し始めるのだから。

 例えばこれも〈小人の作品〉だよと、ジョイドはセディカの知っている名前と知らない名前を幾つか挙げて、知らない名前には説明もつけたが、その中に〈迷いの茨〉はなかった。従って、それが茨の迷路となって城ややしきを囲み、防護となるという本来の使い道も、その破片を用いて敵を捕らえたり追っ手をいたりという応用の使い道も、セディカは知らないままだったし、自分を置いて去る直前に従者がこれを使いはしなかったろうか、と疑うにも至らなかった。
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