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作者: 古今いずこ
残酷な描写あり
第1回 少女は奏でる 青年は舞う:2-1
「おまえさんも一句詠んでみないか」

「えっ?」

 突然水を向けられて、セディカは跳ねるように顔を上げた。ほぼ正面に座っている、冠を崩したようなきんを被った老人が、輪を飛び越えて呼びかけたようだった。

 各々が自由に楽しんでいるこのつどいで、しかしながら詩作が共通の関心事であるらしいことには気がついていた。順々に一句ずつ繋げていって一つの詩を作り上げたり、誰かの作に唱和したりというやり取りも盛り上がるようだ。もっとも、今はそこまで求められたわけではなくて、ただ単に出だしの一句さえ提示すれば応えたことになるのだろうけれど。

 ……そんなことを、言われても。

 定型詩の形式や法則はわかっているけれど。作ったことがないわけではないけれど。内輪であればともかく、教師に見せて添削を受けるのであればともかく、人前で、それも初対面の他人だらけの集まりの中で、注目を浴びながら披露しろと、言われても。

 そう、好き勝手に喋っていたはずの一同が、老人の言葉を受けて一斉にセディカに注目したのである。今の今までほとんど無視していたくせに。

 期待に満ちた沈黙が一秒ごとにのしかかってくるようだったが、セディカにはたっぷり一分もあるように感じられた、実際には十秒ばかりが過ぎると、励ましの言葉が飛んでくるようになった。固くなるな、気負わなくていいんだよ、初句だけで十分だ、二句目はわたしが継ごう、その次はわたしが。何か適当な句を思いついたとて、これでは切り出すタイミングをつかむのに苦労しそうだ。

 手の中の椀を握り締めるようにして、しばし窮していた——ところへ。

「子供を困らせるもんじゃねえぞ」

 背後から自信に満ちたような声がした。

 すがるように振り返れば、そこには二人の、二十代と思われる若者が立っていた。一人は額に黄色いバンダナを巻いて、白、というよりはりの衣をまとい、虎のような黄色と黒のはかま穿き、両端にたがまった朱塗りの棒を片手に握っている。一人は白い大きな玉を黒い紐で繋げた、首飾りと呼ぶにはいささか武骨な、とはいえ首飾りとでも呼ぶしかない輪を首にかけていて、服は上下とも暗めの青、先端に金輪を幾つか下げた杖をいていた。どちらもいかにも旅人らしい荷物を背負っており、この場に、即ち山の中に登場した人物として、至極真っ当な風体であった。

「宴の余興だったら、棒術の演武でもいかが。音楽はないけど、こいつはなかなかいいものを見せるよ」

 首飾りの青年がもう一人を指さす。ということは、一言目はバンダナの青年のものだったのだろう。

「おおそうかい、じゃあお願いしようか。思う存分、腕前を見せてくれや」

 セディカから見て左前方にいた、四十歳ほどの色黒の男性が、くったくのない笑顔で手招きをした。

 バンダナの青年が荷物を下ろし、つかつかと車座の真ん中に出ていって棒を構える。首飾りの青年はシャランと音を立てて杖を置くと、よっ! と一声かけて手を打ち始めた。手拍子に合わせて、バンダナの青年は頭の上に棒を振り上げて大きく三度振り回し、その次は下へ向けて四度振り回した。

 棒が今度は右へ向けて突き出されたところで、青い衣の女性が自分も手を叩いた。確か最初に果物をくれた女性だ。提灯ちょうちんの横にいる女性が、白髪ながら若い顔立ちの男性が、他の面々も次々に、やがてセディカを除く全員が伴奏代わりの手拍子に加わる。青年は自在に棒を操り、ぴしりと型を決め、時には軽やかに跳ね上がり、時には棒を投げ上げておいて、横にくるっと一回転してみせてから、落ちてきた棒を見事受け止めた。芸として、見世物としての性格が強いようだけれども、武人らしくないの俗っぽいのと不満がる者も、この様子ではいないだろう。

「皆様、最後は三本締めでお願いします! いよっ!」

 首飾りの青年の合図で、手拍子のリズムが変わる。最後の最後の一打ちと同時に、バンダナの青年は天まで届けとばかり高々と棒を突き上げた。

 静まり返った、その一呼吸後に、今度は割れんばかりの拍手かっさいとなった。バンダナの青年は謙そんするでもなく、機嫌のよい顔つきで戻ってくる。別段息を切らしてもいない。首飾りの青年が杖を拾ったのは、見返らずとも金輪のこすれる音でわかった。投げかけられる褒め言葉を恐縮もせずあしらいながら、二人は当たり前のようにセディカの左右に腰を下ろした。

 元々セディカの左右にいた二人が横へずれ、周りもそれに合わせて少しずつ場所を変える。例の酒なのかジュースなのかわからない椀や、白と橙があざやかな果物の深皿が、いつの間に用意したのか、どこからか集まってきた。二人に受け取らせたところで——それが合図ででもあったかのように一斉に、一同は仲間との歓談に戻っていった。それ以上、それきり、二人に構う気配がない。

 セディカのときもそうだったのだから、一貫しているなと納得したものだろうか。たった今の喝采は、ついさっきまでの手拍子は、幻だったろうかと疑いたくなるような変わり身だが。
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