▼詳細検索を開く
作者: 古今いずこ
残酷な描写あり
第1回 少女は奏でる 青年は舞う:1-1
 山で道に迷った、はずなのだが。

 落ち着かぬ気持ちで、セディカは車座を見回した。二十人ほどいるのだろうか、地べたに座りながら機嫌よく、喋ったり笑ったり、月かこずえかを見上げては詩句を吟じたり、している。別段名作というわけでもないが、基本は押さえた無難な出来だ。即興で秀歌を次々と詠める方が天才なのであって、普通はこんなものだろう。

 老人もいるがかくしゃくとしていて、目がかすんでいたり、耳が遠かったりという様子はなかった。若い方でも三十歳程度と思しく、十代の若者や子供は見当たらない。男女は半々というところである。どうにも不思議な気分になるのは、草木染めの木綿や麻でできているらしい、貴族の朝服に似せたような衣服のせいもあろう。柄もなく、絹の光沢もなく、色合いも地味で、デザインも思い思いにアレンジされている。というよりも、正式なデザインや略装の決まり事を知らずに、我流で崩したか、記憶だけを頼りに再現したかといった具合だった。みっともない猿真似には見えないから、知識はなくともセンスはよかったというわけだ。

 とはいえ自分も、この地域ではあまり見かけない格好をしているのだから——額をすっぽり隠すベールは明らかに異質であるはずで、そのくせ他人の服装をとやかく言えた立場ではない。大体、この山から先は帝国の外なのだ。見慣れないものにぶつかるのはむしろ自然なことではないか。

 ……そうはいっても。……山の中で出会う光景ではないと、思うのだが。

 二人の従者と共に、山に入った。道端で食事をって、その食事を終えた記憶がない。食事の途中で眠り込むほど、疲労困ぱいしていたとは思われないのだけれど。目を覚ましたときには、そこは山道ですらなかった。まばらな木々の間、否、その木々の間を埋めるように生い茂る茨のかたわらに横たわっていて、身動きが取れないことこそなかったものの、見回しても道らしい道はみつからなかった。従者たちに任せていたはずの荷物が一つ転がっているきりで、従者たちの姿はどこにもなかった。

 二人の名を呼びながら駆け回った。否、駆け回るのは難しかった。なるべく上を目指すのがこういうときのセオリーだったろうか、などと悠長に考えていられるのは足を止めている間だけで、歩き始めれば茨を避けるのに必死でそれどころではなかった。段々と日が落ちてくるのは、一々空を見上げなくても嫌というほどわかった。焦って震えて泣きそうになりながら彷徨さまよった末に、遠くに人声、笑い声が聞こえ、灯りが目に入ったときには、崩れ落ちそうなほど安堵したのだ。

 すぐ近くまで行き着いてこちらから声をかけるまで、向こうは全く気づいていなかったようだった。気づいた後は快く、おいでおいでと招いて、よく来たねと場所を開けて、どうぞお飲みと木製の椀を、さあお食べと木製の深皿を渡してくれた。そうして——それから——放っておかれている。

 時々手元を覗き込んでは、おや飲んでいないじゃないか、遠慮しなくていいんだよと朗らかに勧めるけれども、愛想笑いを返しているうちに自分たちの会話に戻っていく。来る者拒まずで受け入れただけで、セディカ個人に興味はないらしい。他人の事情を根掘り葉掘り聞きたがるような性格でなくたって、こんな山の中に少女が一人きりで現れれば、不自然に、不思議に、不審に、感じて然るべきではないのだろうか。

 今となっては、こちらだって奇妙に感じている。何なのだろう、この集団は。

 話しかければすんなり応じて、訊いてみればあっさり教えてくれるのかもしれない。だが、それなら他に訊くべきことがあるだろうとも思う。たまたまこの集団が謎めいているだけで、セディカ側の問題ではないのだ。自分の問題が先だろう——と、そこまで考えては、また行き詰まる。

 何を——したいだろう?

 何を訊きたいだろう? 何を教わって、どうしたいだろう?

 山を下りたい? 従者たちを捜したい? 家に帰りたい? 二人に連れられて目指していたはずの、祖父の実家に向かいたい? ——二人はきっと、故意に自分を置き去りにしたのに? 祖父の実家が本当に自分を呼び寄せようとしたのかも、こうなっては怪しまれるのに?

 両手で包むようにしたままの椀に目を落とす。中身は酒なのかジュースなのか、それとも濃くれた茶なのか、月明かり星明かりでは見分けられない。香りなら流石さすがに判別がつくかもしれないが、香りがわかるところまで椀を持ち上げた後で、口をつけずに下ろしたら見咎められないだろうか。膝の前の地面に置いたままの深皿には、白と橙の、恐らく果物が入っている。皮をいて一口大に切って、やはり木製のさじを添えて、食べやすそうで美味おいしそうではあるが、どうにも手をつける気になれない。

 どう——しよう。
Twitter