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作者: 遠堂沙弥
残酷な描写あり R-15
38 「身を隠して」
 私が気付いたんだ。今頃先生も気付いていると信じたい。
 初手でエドガーを攻撃した理由、ただ単に無差別に攻撃したわけじゃないとしたら。
 聖女候補は必ず少女と決まっている。
 そしてどのチームにも女生徒が加わっているから、もしかしたら他のチームも同じように男子生徒が攻撃されて、その際にすぐ側にいる女生徒の様子を観察してるのかもしれない。
 女生徒には攻撃しない可能性が高いのは、攻撃した本人が聖女である可能性が高いから。
 でもそれじゃ女生徒全員を襲えばいいんじゃないかって話になるけど、思いのほか生徒が散開した上に恐らく腕のある人物は一人だけだろう。
 A組の女生徒は全部で十人、散り散りになってる状態で現役騎士団の教師が付き添っているから、最初から女生徒全員抹殺することは視野に入れていないということになる。
 それなら治癒術を使っている様子を窺って、より確実に聖女候補一人だけを抹殺して解散した方が結果的に効率がいいことになる、と思う。
 全員抹殺を選ぶ場合は、幹部二人以上が望ましかっただろう。
 だけど邪教信者はA組の実戦演習がどこで行なわれるのかを知らなかったから、ただでさえ邪教宗派側は人数を割かないと行けなくなっている。
 邪教信者の中で戦闘経験があって実力のある人物は限られているから、同じ場所にその戦力を二人以上加えることは効率が悪い。
 一瞬で長距離をワープするスキル持ちがいたら話は別になるかもしれないけど、少なくともゲーム上ではそんなスキル聞いたこともない。
 現実に存在するとなったら、騎士団と学園側でその存在を警戒する為に演習を強行することはなかったはずだ。
 それをしなかったということは敵が戦力を分散せざるを得なかったという確信があったから、そして願わくば主戦力である幹部が当たりを引き当てないように。

 当ててるううう!
 確証はないけど、距離があるとはいえ後方で先生が見守っている生徒に向かって、一般人が投げたナイフを生徒に命中させるのは無理だと思う!
 少なくともナイフの精度が高い人物、そして先生がいても攻撃を仕掛けられる程の自信を持った人物。

 元・暗部のジン・レンブラントか。
 はたまたヴォルフラム・フリードリヒ?

 ヴォルフラムでないことを祈りたい。
 だって彼は……。

「誰か、助けて!」

 若い声、多分A組の生徒だ。
 草むらに入ったまま周囲を注意深く見渡すと、奥にある木々の向こうから数人の生徒が群がっている。
 よく見ると二人の男子は動揺しながらきょろきょろと周囲を警戒している様子、一人の男子が横たわっていて、女子二人がその男子を介抱している。
 怪我をしてる?
 魔物か邪教信者かわからないけど、かなり狼狽えている状態なのはわかった。
 他のチームにはソレイユ先生とライラ先生が見守っているはずだけど、チームがバラバラになり過ぎてしまって追えなくなったとか?
 距離があるから詳しい様子がわからない。
 でも攻撃されているということは、近くに敵がいるという証拠。
 考えていると草むらから二人が飛び出して行った。

 ウィル! サラ!?

 二人が他チームに駆けつけたので、そのすぐ後に舌打ちをしながらエドガーが走って追いかける。
 さすが幼馴染、放っておけないのはさすがと言うべきだけど、もう少しなりふり構ってくれないかなぁ!?
 
「行くぞ、E」
「えっ」

 それからルークまで飛び出して行ってしまった。
 私は仕方なくモブスキルをオンにした状態でみんなを追いかける。
 ウィル達は周囲を警戒しながら、他のメンバーで怪我人を草むらまで運んで行った。一応物陰に隠れてから介抱するという思考が働いてくれて助かりました。
 大人数でサポートしたから草むらに戻ることは素早く出来たけど、全員が入るのはやはり無理があってどうしようかと考えていると、突然草むらの近くの何もない空間から声がして驚いた。

「君達も無事だったか!」
「びっくりした! 誰っ!?」

 何もない空間に声をかける。まるで背景に溶け込んだモブに話しかけるようだけど、もしかしてみんな私のことこんな感じだったりします?
 声がした方に向かって目を凝らすけど、何も見えない。
 すると突然生首がぬっと飛び出してきて心臓が止まるかと思った。

「ビビらすんじゃねぇ! なんだお前、クラスの奴か!」
「クラスの奴も何も……、僕は一応委員長なんだが!?」
「そんなことより、どうして?」

 エドガーは驚いたことに逆ギレし、ウィルは冷静に説明を求める。
 すると何かから出てくるように委員長と名乗る男子生徒の全身が現れた。

「話は僕の結界の中でしようじゃないか。このままじゃ敵に見つかってしまう。さぁ早く」

 そう言うと委員長は、まず怪我人から先に案内した。
 怪我人の上半身と下半身を抱えた男子生徒が委員長について行くと、何かに吸い込まれるようにスゥッと姿が消えて行く。それからすぐ委員長が出て来て手招きするので、私達はみんなが入って行ったであろう空間に向かって歩いて行った。
 さっきまでちょっと乾いた空気の中にいたのに、何かの空間を通り抜けた瞬間にわずかに気温が上がり、そして少しだけ蒸してきた。
 快適と思える加減でクーラーが効いている場所から、蒸し暑い外に出た時のような感覚に似ている。明らかに別の空間に侵入した感覚。
 透明なテントに入ったような感じで、中に入ると今度は周囲が薄紫色になって見える。
 私は薄紫色になっている所、中と外の境界線らしきところに手をかざす。
 すると内側は普段見ている色をしているのに、境界線の向こう側に出した私の手が薄紫色に見えた。
 見るとこの空間には委員長のチームが半泣き状態で座り込んでいる。
 委員長がメガネをクイっと指で押さえて、真面目な顔で説明した。
 いやだからお前誰だよ。

「どうやら君達もすでに襲われたようだね」

 サラがさっきの怪我人に治癒術をかけている間に、私達は委員長の説明を聞くことにした。
 この様子だと、委員長とやらのチームもすでに襲われた後らしい。

「まずはこの空間について説明しよう。これは僕が作り出した結界だ。僕が許可した人物しか中に招き入れることは出来ない。中からは外の様子がいつものように見えているが、外からは何もない状態となっている。さっきも言ったように許可した人間しか中に入れないから、招かれざる客はこの空間にぶつかってしまう。見えない壁ということになるわけだ。結果の中にいる者を視覚化出来ないだけで、空間を歪ませて作られたものではないから確かにここに存在する空間となる。この空間に気付かれればアウト、ということだ」
「テメェのスキルか?」
「テメェじゃない。セドリック・ローレンスだ。全く……! 僕のスキル『招かれざる客|(ペルソナ・ノン・グラータ)』は任意の場所に任意の大きさの結界を張ることが可能だ。その中に居れば外部の人間からは視覚化されず、内部の環境も快適なものに設定することが出来るんだ」
「へぇ、すごい! そんなすごいスキルがあったなんて知らなかった!」

 ウィル、興奮してる場合じゃないよ。
 委員長がスキルの説明をしている間に、怪我をした生徒は無事サラに治癒してもらえたようだ。
 チーム全員がサラにお礼を言ってる。サラ本人は笑顔で謙虚に振る舞っていた。まさに聖女というべき対応。
 私はひとまずホッとして、それから委員長に確認すべきことを聞こうとした。
 だけどそこはやはり察しのいいエドガーが全部聞いてくれる。
 エドガー、なんて便利なんでしょう。

「で?」
「ん? なんだい?」
「なんだい、じゃねぇだろ! この結界がどれ位保つんだって聞いてんだ!」
「あぁ、何事もなければ二十四時間以内が限界となっているよ。さっきも言ったがこの結界は外部から触れられる。多少の攻撃には耐えられるが、僕の能力以上の力で攻撃されてしまえば、結界は二十四時間経過する前に壊れてしまうだろう」
「内部での話し声とかは? 外に漏れて聞こえるのか?」と、エドガー。
「それは大丈夫だ。完全に外部と遮断されていると言ってもいい。だから今後どうするか、ここでじっくり話し合う多少の余裕はあるだろう」

 それを聞いてひとまず安心となったのか、私達はその場にそれぞれ座り込んで話し合いを始めた。
 物事の整理、状況の把握、打開策など。
 そして一人のめざとい生徒がこんなことを口にした。

「そういえば私達を襲ってきたのは、みんな同じ格好をしてたわ。黒いローブを着てて、筋肉質なイメージはなかったから見た感じ魔術士かと思ってたんだけど。ローブの隙間から見えたのよ、黒い十字架のネックレスが……」
「黒い、十字架?」
「それって……、邪教信者じゃないのか?」
「多分そう、先生達はエキストラを雇ったって言ってたけど。あの人達はどう見ても私達が想像していたエキストラとは違う」

 まずい、みんなを怖がらせてしまう。
 いや、厳密に言えばすでに十分怖い状況なんだけど。

「つまり何か。あいつらは邪教信者のコスプレをしたエキストラさんだって言いたいのか」

 ルークううう!
 おま……っ、お願いだから黙ってえええ!?
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