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作者: 遠堂沙弥
残酷な描写あり R-15
37 「作り話と確信と」
 森へ向かって駆け抜けて行く私達。
 さっきまで他のチームがいた前方辺りを見ると、さっきの魔物がエドガーに倒されたことによって、気を取り直して森の中に逃げ込んだみたい。
 魔物もそうだけど、とにかく今は他の邪教信者から身を隠して安全を確保出来ていることを祈るしかない。
 そして私達も……っ! さっきみたいなナイフはもう飛んで来ていない。
 恐らく先生の警戒が強まったから。もしくはナイフを使えない何かがあったのか。
 どっちでもいい。とにかく私達も安全な場所へ早く避難しないと!

 木々の間を縫って、私達はしばらく走り続けた後、一際大きな草陰の中に入って身を隠した。
 息を整え、もう一度状況を整理する必要がある。
 何よりみんなの表情には緊張と焦りが滲み出ていて、きっと混乱している。
 一体何が起きているのか私の口から話すことは出来ないけど、落ち着かせないと今後に支障が出るかもしれない。

「さっきのは一体何だったんだろう……。不意打ちを狙ったとしてもあんな攻撃、まだ未熟な生徒である僕達じゃ避けるのは難しかった」
「俺が上級魔法使う前だったら、あんなクソみてぇな攻撃軽く避けてやるぁ!」
「そういうことを言ってるんじゃないでしょ、エドガー! いくら実戦形式の演習とはいえ、普通ナイフに毒まで塗ったりするのかって話をしてるの!」
「……エキストラさんは打ち合わせをちゃんとしていなかったのか?」
「ルークは少し黙ろうな」

 話が前に進まなくなるので、ルークに一言注意した私は慎重に言葉を選びながら、適当なことを言う。
 勘のいい優秀な生徒のことだから、この話を全面的に信用するかどうか疑問ではあるけど。
 私だけ冷静なのはおかしいものね。実際には、別に私だって冷静でいるわけじゃないんだけどさ……。

「考えてみたんだけど。もしかしてこの演習は、生徒の成績とか能力を見た上で攻撃方法とか、戦法とかを綿密に計画を立てて行なっているものかもしれない」

 私の言葉に全員が私を見る。
 うおおお見るなああって言う方がおかしいけど!
 今まで誰の目にも触れることなく、静かに穏やかに過ごしてきたモブにこの熱い視線は堪える!

「えっと……つまり、私のことはともかくとして。エドガーを始め、ここにいる四人はみんな入学試験を優秀な成績で合格してて、普段の成績もそのステータスも。他のチームの生徒に比べたらダントツに上位クラスであることは明白でしょ」
「当たり前だ! なんたって今回の入学試験は、この俺様が主席のトップで合格したんだからな!」

 知らんけど。

「待て、E。すまないが俺は入学試験を受けていない。推薦入学で入ったから、俺は試験をパスしてないが……」
「あぁ!? なんだよそれ! 不正の裏口入学じゃねぇか! 王子様は生まれた時からエリートコースで羨ましいなぁおい!?」
「やめなよ、エドガー!」
「不正じゃない。これでも一応、中等部でも成績は良かった方だ。それに……、親父は……っ、親父は関係ない!」

 無駄に緊迫してきた。
 違う、そうじゃない。揉めるとこ、そこじゃないから。
 私はルークの表情を見やった。父親の顔でも思い出したのか、その横暴な振る舞いを思い出して胸が悪くなっているのか。入学してからここまで、一度も出さなかったルークの怖い顔。
 腰に付けたポーチから、私はクッキーを一枚取り出して包装紙を破ってルークの口に突っ込んでやった。

「話の論点はそこじゃない。今は余計なことを頭に入れない。いいわね?」
「もぐもぐ……」

 咀嚼しながらこくんと頷くルーク。
 これでしばらくは大人しくしているでしょう。
 ルークを黙らせたことによってエドガーが「ケッ!」と毒付いてる。
 喧嘩したいだけなら他所でやって、ほんとマジで。
 サラが話を戻す。

「それで? 私達の成績と、他のチームの成績と、今ここで何の関係が?」

 あら、今回は察しが悪い?
 命の危険に晒されたばかりだから、混乱して考えが上手くまとまらないせいかもしれない。
 私はひとつひとつ丁寧に、ゆっくりと説明した。全部、嘘の話だけど。

「つまり、今回の演習で参加してくれたエキストラの人達には、私達の成績表やらステータス表などが配られてて、そのレベルを相手に知られている可能性が高いって話。だから成績優秀なこのチームが、主席合格したエドガーに対して難易度の高い攻撃を仕掛けてきたと仮定したら? 私達の訓練の相手をするような人達だよ。そこら辺の一般人を雇うわけがない。しかも私達の担任の先生は、騎士団の隊長だよ? 戦闘のプロを雇っていたとしても、不思議じゃないと思わない?」

 嘘だけど。
 四人は神妙な面持ちになって、深く考え込んでいる様子だった。
 事情を知らないんだもの……、無理はない。
 それに情報が少ない今となっては、それっぽいことを言われたら信じてしまうのも無理はない。
 そしてついさっき殺されそうになって頭の中が軽くパニック状態になっている時に、こんな情報を提示されたらそっちに考えが偏ってしまうのも、無理はない。

「確かに、そう考える方が……合点はいく、けど……」
「それじゃあ私達のスキルも、成績表やステータス表でわかることは全部相手に筒抜けだっていうこと?」

 いやぁ、それはないだろうけど。
 でもさっきの作り話から行けば、そういうことにしておかないと話の辻褄が合わなくなってしまう。
 あばばば……。

「具体的な情報は知らせてねぇ可能性もあるだろ」

 不貞腐れた顔で、吐き捨てるように切り出したエドガーが私の説明を代わりにしてくれる。

「この実戦演習がどういう背景で、どういうシナリオでやってんのか知らねぇけどよ。敵が丸々俺達の情報を全て把握しているような状況、そりゃ一体どういう任務だって話じゃねぇか。考えてもみろよ、実際に騎士んなって敵を一掃する作戦に駆り出されたとする。そん時にこっちは敵の情報ゼロの状態で、逆に向こうは俺達の情報全部把握してるって、そんなん現実にあると思うか? 現実的じゃねぇよな。それじゃ実戦演習になんねぇ。だからそこだけは実際の任務と同じようにするのが普通だろ。公平に、公正に。だったら敵は俺達の成績順のみ情報が開示されていて、その他の情報は知らされてねぇって考えるのが自然じゃねぇのか」

 全部言ってくれたぁ……!

「エドガーが成績優秀な生徒で、身体能力も並外れているから無茶な攻撃をしてきた。だけどその他の情報……、スキルとかは知らないという設定で動いている可能性が高いってことかな?」
「もしさっきの魔物との戦いを敵が見ていたなら、大きな魔物を簡単に倒せるエドガーが優秀な生徒だって、その時に確信されたってこともあるわけよね」
「でも逆に言えば、さっきの魔物の戦闘でエドガーとルークが火炎系の魔法を使えること。そして、サラが治癒術の使い手であることが敵に知られてしまった、っていうことにもなるわけよね」

 ん? もしかして……。
 だから……、か?
 私は血の気が引いた。

「どうした、顔色が悪いぞE……」
「もしかしてどこか怪我でもしたの? 大丈夫!?」
「うんこか?」
「エドガー! 女の子の前でそういうのはやめて!」

 あんな開けた場所で攻撃するのはどう考えても悪手。
 加えて先生が見守っている中で生徒に無差別に攻撃しようものなら、自分の居場所を先生に晒すようなもの。
 でもあえて、あの場でエドガーを攻撃する必要があったとしたら?
 いや、エドガーじゃなくても。あの場にいた生徒の、誰でもいい。
 森の中に隠れられたら、じっくりと観察が出来なくなる。
 だからあの場で、チームが固まっているあの時が、攻撃を仕掛けるチャンスだったと敵が考えていたなら……?
 
『サラの近くにいた生徒に怪我を負わせることで、治癒術を使わせることが目的だったとしたら……?』

 私に魔法の違いなんてわからない。
 でもあの時サラが治癒術を使ったことで、それが一般的な治癒術とは異なるという見分けがついていたなら。

 その時点でサラが聖女の可能性のある人物だと、敵に知られたことになる!

 まさか最初から、それが目的だった?
 邪教信者は聖女候補が誰なのか、顔も名前も知らない。
 裏切り者の内通者であるヒューイでさえ、A組の情報を持ち出すことは出来ないようになっている。
 生徒の個人情報は先生がしっかり管理しているから、そんなことには絶対にならない。
 ゲーム内でも、襲撃してきた邪教信者はその場にいた女生徒を片っ端から襲っていた。
 誰が聖女候補なのか知らないからだ。
 今回もそうだとしたら、治癒術をまんまと披露したサラが「治癒術を使える女性との一人」として認識されたことになる!
 
 これから先、私達のチームは邪教信者に真っ先に狙われる!
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