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作者: 遠堂沙弥
残酷な描写あり R-15
35 「演習の目的」
 その他大勢のクラスメイト4チームは、協調性がかなり出来ているのか。
 それとも協調性が取れるほど仲の良いメンバーで構成しているのか、全員が息ぴったりでキラキラチームを引き離して行った。
 エドガーはそのチームを追い抜け追い越せといった形で突っ走っているけど、これリレーでもマラソンでもないからな? 誰よりも早く森に到着しましょうっていう試練じゃないんだよ。
 そんな思いをきっと他の三人も感じていることだろう。
 ウィルやサラは「これだからエドガーは……」とぼやいているし、ルークに至っては「演習内容って誰よりも早く森に入ることだったか?」と、当初の目的を失いがちになっている。
 エドガーはともかく、他の二人が思ってたより聞き分け良くて助かった。
 こんなモブの話なんて誰も聞かなかったかもしれないっていう、そっちの方が不安だったからね。
 私は最後尾で警戒しつつ、ちらりと後方を見やった。
 当然ながら私達四人はエドガーの暴走により出遅れてしまった為、チームの中でも一番最後を走っている。
 岩陰などに隠れている先生を発見して、私はホッとした。
 私達のこと、厳密に言えばサラのことなんだけど。ちゃんと離れた場所で見守ってくれる先生がいる。そう考えると安心するという気持ちと同時に「先生に行動を全て見られている!」という謎の緊張感が降って湧いてきた。

 あっ、見守られるって……こんな感じなんですね。
 私は先生にバレないように見守っているつもりでいたんだけど、もし仮にバレていたとしたら。このなんとも言えない視線が気になってしょうがない。
 ほんの少しだけ罪悪感が芽生えた。
 で、でも私のは本当に先生の安否確認をしてるだけなんだから!
 先生も生徒の安否確認だけど……。
 い、いや! 私のは先生が将来的に不幸にならない為に、その一縷の望みを懸けたルート攻略をですね?
 
 そんな風に色々と理由を付けて自分の正当性を主張しようともがいていたら、森の中から悲鳴が聞こえてきた。
 邪教宗派の襲撃!?
 それから炎が巻き起こる。

「あれはエドガーの火炎魔法!」

 ウィルが叫ぶ。
 一気に緊張が走った。
 どっち? 魔物に襲われて応戦しているだけなの? それとも……っ!

 すると激しい地鳴りと共に、みんなが森に入った辺りから巨大なヤモリの魔物が飛び出してきた。
 その大きさからして、まるでクジラが地上に出てきたみたいにとても巨大だ。
 その巨大ヤモリの魔物は、爬虫類なだけあってその大きさからほとんど恐竜にしか見えない。
 木々を薙ぎ倒すように飛び出してきた魔物は、森と草原の境目で暴れ出す。
 よく見るとその魔物の周辺で数人の生徒達の姿が見えた。
 
「この獲物は俺んだ! テメエらは引っ込んでろ!」
「な、何を言うんだレッドグレイヴ君! この魔物は我々が先に遭遇したんだぞ!」
「ちょっと! そんなことで言い争ってないで、誰かこの魔物の情報ちょうだいよ!」

 なんだか突然現れた魔物の取り合いをしている生徒達+エドガーの怒鳴り声を見聞きして、私達はその場で足を止めて身を潜めるようにしゃがんだ。
 とは言っても草原に生えてる草はそれほど高さがないから、しゃがんでも私達の姿はきっと周囲から丸見えだろう。

「何やってるの、エドガーは?」

 呆れ返りながら訊ねるサラ。
 いや、こっちが聞きたいけど見当はついている。

「もしかしてあの魔物を仕留める手柄を、自分が独り占めしようとしてるんじゃ?」
「なぜそんなことをする必要がある。俺達の相手はエキストラの皆さんだったんじゃないのか?」

 そうなのよね。
 別に森に棲んでる魔物を仕留める必要なんかないのよ。
 てゆうか先生だって別に「敵を仕留めた数だけ点数が高い」なんて、一言も言ってないもの。
 そこにやっと気付いた三人は、このサバイバル演習の真の目的にようやく気付いた。

「ちょっと待って? そもそもこれはサバイバルするのであって、敵を倒して点数稼ぎするのが目的なんかじゃないんじゃない?」
「そうだよ! 先生も、襲ってくる敵を返り討ちにして生き残ることが条件とは言ってたけど、それはあくまで自分達が見つかって襲ってきた敵を返り討ちするのであって、敵をたくさん狩って来いなんて一言も……っ!」
「じゃあ何か。この演習は敵を倒すことだけが目的じゃなくて、敵に見つからないように隠れて最後まで生き残ってさえいれば、それで合格ってことになるわけか?」

 正解です。
 さすが優秀な生徒さん達ですね。
 一人優秀バカがいたみたいだけど……。
 そう、この演習の目的は邪教信者からサラを守り抜くことにあるわけだけど、同時に生徒は極力邪教信者に不意打ちされて怪我を負わされないようにしよう、というものだ。
 でもこの辺はさすが先生。
 ここで「敵に見つかったら即失格」というルールに、あえてしなかった点よね。
 結局のところ襲撃に備えるということは、生徒に危害を加えられないようにした方が良いに決まってるのに、先生はその決断をしなかった。むしろ迎撃させるという形を取ったんだ。
 もちろん演習の合格条件として、ずっと隠れたままで敵に見つからずに誰とも戦わなくても良いっていうのもそうだ。こうすることで戦闘に自信のないチームは、身を隠すことでも合格することが出来るから、あえて危険を冒させることも無くなるわけだ。
 生徒の戦闘能力を高める為に、戦闘訓練と称して邪教信者を迎え撃つも良し。
 そのまま隠れて、五体満足で事無きを得るも良し。
 どちらを選択するかは、それぞれのチームの判断に任せられる。
 そして演習内容をどこまで把握出来ているか、合格条件にちゃんと気付けるか、それらもテストされていたのだ。

「どうする? あのままだといつまでもどこまでも、エドガーはたくさん倒そうと躍起になるだろうし。かと言ってあのエドガーが、こっそり隠れたまま終了時間を迎えるなんて、そんなの我慢出来ると思う?」

 私の問いかけに、三人はハモるように声を揃えて同じ回答をした。

「出来ないわね」「出来るわけないよ」「出来ないだろう」と……。

 うん、私もそう思うわ!
 そうとなれば、どれだけ成績優秀であろうとただの問題児と成り下がってしまっているエドガーを、どう上手くまとめるか……なんだけど。
 あまり目立つ行動を取るわけにもいかないのよね。
 なんたってこっちには邪教信者の真の目的であるサラがいるんだから。
 だから出来ることならこっそりとどこかに潜んで、発見された時にだけ迎撃する……という形が理想だったんだけど。まさかスタートと同時に爆走するなんて思わないじゃない。
 あの暴走トンガリめ!
 でもこんな見晴らしの良い場所でいつまでもしゃがんでいるわけにもいかないし。
 チーム戦だからエドガーだけほったらかして、私達だけで隠れるわけにもいかない。

 だったらもう、エドガーを挑発してコントロールするしか道はないわね。

 そう決断して即行動に移そうとした私は、移動用ドラゴンの背中で取り出した例の物を高らかに持ち上げた。
 ちゃんと私のことを認識出来るようにモブスキルをオフにして。それでも元々の存在感が希薄だから、気付いてくれるかどうかわからないけど、私が持っている物ならきっとわかるでしょう。
 その臭いで!

「おーい! お前の大好物のバナナはここにあるわよー!」

 私は出せる限りの大声で、巨大ヤモリの魔物に向かってバナナを両手に持って大きく振った。

「あ、俺のおやつ……」

 ごめんルーク! 勝手にごめんだけど、実はちょろまかしていました!
 だって念の為! 一応! いざという時の為に!
 ちょうどいいと思って! 必要になるのわかってたから!
 でもバナナを持って来たのはルークだから!
 この手柄もルークにしとくから、そこは安心して!

 巨大ヤモリは鼻をひくひくさせて私に、正確には私が持っているバナナに狙いを定めた。
 ギョロリとしたガラス玉みたいな瞳、ぬらぬらとした表皮、口からは蛇のようにシュルシュルと舌を出している。
 突然ヤモリが私の方へと注目したから、すぐ近くで応戦していた生徒達は驚いている様子だ。
 この巨大ヤモリのモデルは「マモノミカドヤモリ」で、フルーツ系を好物にしている。特に大好物なのがバナナで、ゲーム内では所持アイテムにバナナを持っていれば、それを使用することでバナナを食べているモーションと共に一定時間動きを止めることが出来る。
 ヤモリは視覚もそうだけど、嗅覚も非常に鋭い。特に大好物であるバナナを嗅ぎ分け、場所を突き止めることなんて造作もない。
 思った通り、魔物が私に向かって突進してくるううう!

「ルーク! あの魔物の弱点は火よ! 早く火炎系の魔法で応戦して! バナナ持ってる私まで食べられるううう!」
「任せろ!」

 ルークは腰に帯びていた杖を手に、意識を集中させる。
 魔力を杖の先端に付いている魔法石に集め、杖の先端辺りにある空間に火の玉が渦を巻いて膨れ上がっていく。
 この世界『ラヴィアンフルール物語』では、魔法を放つ際に呪文の詠唱を必要としない。
 魔法を使用する本人の魔力で構成させるので、呪文の詠唱は必要ないがその代わりそれなりに意識を集中させる時間が必要となってしまう。
 ルークは額に汗の粒を溜めながら、一心に魔力を紡ぎ上げていった。
 その間もヤモリの魔物は四つん這いで私、もといバナナめがけて一心不乱に這い寄って来る。
 早く早く早く! 実際の集中時間ってこんなに長いのね!
 バナナ突き出す前に魔法練っててって言っておけばよかったあああ!

 「ファイアボール!」

 ルークの杖の先端に出来上がった炎の球が、まるでピッチングマシンのように次々と魔物めがけて放たれていった。
 火炎系の魔法の中でも『ファイアボール』は初級になるんだけど、これだけの大きさの炎の球と、これだけ連続で複数放てるようになるには、相当の魔力と技術力を要したはずだ。

 ルーク・ラドクリフ。
 彼もまた、才能ある優秀な魔術士であることを忘れていた……。
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