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作者: 遠堂沙弥
残酷な描写あり R-15
34 「その他Eのみぞ知る」
 先生達の合図と共に演習が始まった。
 アインゲートホルクは一見するとのどかな場所で、見晴らしの良い草原には野生の動物がちらほら見える。
 移動で使ったドラゴン達はこの広々とした草原で待機していた。数匹のドラゴンが群れとなって休める程、この草原はとても広い。
 奥にはかなり深そうな森が見える。ジャングルと呼ぶほどではないが、田舎に行くと近くに山が見える……という程度の危険さをあまり感じない森だ。
 けれど見た目に騙されてはいけない。
 ここを演習場所にする理由は、何も生徒同士の……今回は邪教信者を相手取ったサバイバルだけど。そんな生易しい生存競争なんかじゃない。
 ゲームや漫画でよくあることだけど、敵は人間だけじゃないってやつ。
 まぁお決まりのパターンよね。
 このアインゲートホルクは一応国が管理する土地ではあるけど、そんな場所に誰も住んでないのはおかしいと思わないだろうか。
 こんなのどかな、穏やかな土地に一軒家を建てて、畑を耕して、動物を狩って生活するにはうってつけのような環境に見えるが、そうじゃない理由はちゃんとある。
 このアインゲートホルクには、凶暴な野生動物はもちろんのこと。ちょっとした森に見えたあの場所には、魔物が棲んでいるのだ。生徒をここで演習させるのだから、レベルや強さはそれほどではないけれど。
 それでも普通に人間を恐れずに襲ってくる魔物が平然と徘徊しているような場所。
 武器もスキルも仲間もいるけど、警戒すべきはむしろ魔物かもしれないという状況。
 そこへ邪教信者まで襲ってくるっていうんだから、この演習……難易度上がってますよねぇ!?

 いや、そうとは言い切れないかな。
 そもそも本来ならこんな状態のサバイバル演習を行なっている最中に、突発で邪教信者達が現れて、事態は混乱を極めていた。
 演習開始直後だから、生徒達は魔物が徘徊する森の中に入る前だったし。
 いきなり邪教信者達が襲ってきたんだから、先生達以外の生徒はみんな固まってて、事態を飲み込めずにすぐ行動に移すことが出来なかったんだから。
 それならまだ襲撃を事前にわかっている先生達が見守っている中、今度は生徒同士じゃなくエキストラという名の邪教信者を相手にする上に、敵の人数も分散出来たから数十人相手なら先生達だけでもどうにかなるというところまで持って行けている。
 だからきっと、学園側が有利になっているはず……!

 生徒達は演習開始と同時に一斉に森へと向かっていく。
 ゲームでは成績の良いチームから順に行動して行った。そして不思議なことにスタートしたチームは、全員がもれなく真っ直ぐと森を目指して走って行く。
 そりゃそうだろう。こんな見晴らしが良すぎる草原に突っ立っていたら、相手にすぐ発見されてしまって攻撃されるのがオチだから。
 それなら死角の多い森の中を選ぶのが、サバイバルとしては正しい選択になる。
 だけど森の中には凶暴な魔物が徘徊していて、そのことを先生は事前に知らせていない。
 用意周到な性格の生徒であっても、演習場所は到着してから知ることになるのでアインゲートホルクに関する情報を前もって調べることも出来ない。
 だから最初は生徒を相手にする前に、まずは魔物と対峙するという一連の流れのものが出来上がっていた。
 そして今回も……。
 ひとつ違うのは今回の相手がエキストラということもあり、バラバラにスタートしても意味がないということで全員一斉でのスタートとなった。
 そうしないとサポートにつく先生達が大変だということもある。
 誰もが森を目指し、どのチームよりも早くサバイバルに最も適した場所を確保しようと躍起になっている様子だ。
 それは私が属することになった、このキラキラチームでも変わらない。
 爆走していくエドガー、お前これがチーム戦だって忘れてないか? さっきまでの作戦会議どこ行った!

「エドガー! そんなに先行したらサラ達が追いつけないよ!」
「あぁ!? 俺が先に陣地確保しに行くだけだろ! チンタラ走ってろ!」

 お前はバカか!
 いつ襲撃されるかわからないのに孤立してどうすんのよ!
 何より! 悔しいけどあんたの戦力は必要になってくるんだから!
 サラから離れんな!
 私はエドガーに協調性というものが微塵もないことを思い出して、それからウィルとルークの側へ駆け寄って作戦変更を持ちかけた。

「ウィル、ルーク。とにかく今のエドガーに何を言っても無駄だから、私達はサラを中心に陣形を組んで周囲を警戒しながら森を目指すわよ」
「サラを中心に? どうして」
「この中で唯一、回復系と補助系の魔法を使えるのはサラよ。それにサラは体力も防御力も低いから、敵に攻撃されて先に倒されてしまったら、誰が私達の怪我を治すの」
「なるほど、長期戦に持ち込むなら回復手段を持つサラが要になるというわけか。考えたな、E」

 いや、こういうゲームでは常識的な戦略なんだけど。
 私の作戦変更に同意した二人は、言われた通りにウィルが先頭を走って、ルークはサラのすぐ隣を並走する。
 だけどサラは不服そうに後ろを走る私に向かって文句を言った。
 どうしても聞き捨てならなかったのか、モブで成績も能力値も最下位の私に言われたことがよっぽどプライドに障ったのか。

「私、そこまで低くないわよ!」
「低いわよ。私が言うなって思ってるかもしれないけど、男子に比べたら圧倒的にペラペラよ」
「……っ! ハッキリ言うのね」
「当たり前でしょ。遠慮や気遣いなんてしてたら、あっという間に倒されておしまいなんだから」

 私は邪教信者がいつ襲ってくるかわからないというこの状況が、とても怖かった。
 だからかもしれない。
 私は誰よりも真剣に、切羽詰まったような口調で、何の冗談も通じないような反応を知らず知らずの内に、無意識にしていた。

 きっとみんなにとって普段の私は目立たなくて、成績不良で、運動神経も最下位で、スキルも戦力にならなくて、何の取り柄もないモブがチームに入って足手まといって思ってる。
 あー、なんか自分で言って悲しくなる!
 なんでここまで自分のことを卑下しなくちゃいけないのよ! 
 全部本当のことだから余計に腹立つ!
 だからなんだろうな、私が急に作戦の中心みたいなことをベラベラと喋り始めたものだから、誰も何も反論して来なくて。誰もエドガーみたいに突っかかってこなくて、何だか急に調子が狂った。
 いつもならモブとして意見は無視されてるか、何言ってんだこいつみたいに流されるか、何の発言権もないような扱いを受けるだけだったのに。
 今は私の言葉一つでみんながまとまっているように思えた。

 ウィルは私の言ったように、先頭を走りながら周囲を警戒する。
 ルークはサラの隣を並走して、いつどこから敵の攻撃がサラを狙ったとしても対応出来るようにした。
 私はその後ろを走って周囲を警戒する。もちろんモブスキルはオンの状態だ。
 こうしておけば、まるでサラの背中がガラ空きで隙だらけになっているように見えるはずだから。
 別に『ステルス』を使っているわけじゃないから、全く私のことが見えていないわけじゃない。
 でもモブスキルの本懐は「存在を希薄にさせ、背景に溶け込ませ、まるで存在していないかのように記憶をバグらせる」というところにある!
 敵の目からはせいぜい、背景にちらつく野生動物のように「ただの背景」として、視界の隅に追いやられているように映っているはず。
 願わくば、この場所に『神の目』を持つレオンハルトが現れませんように!
 フラグになってないよね? 大丈夫だよね!?
 私、ただのモブ令嬢であって……、決して第一級フラグ建築士とかじゃないですよね!?
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