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作者: 遠堂沙弥
残酷な描写あり R-15
33 「絵に描いたような良い人」
「今年の実戦演習は、数十人のエキストラさんを雇ってのサバイバルだ。五人チームで連携して、襲ってくる敵を返り討ちにして生き残ることが条件。終了時間はこちらから合図を送る」

 そう言って先生は発煙筒を取り出し、よく見えるよう生徒達に披露した。
 栓を引き抜くと火薬が点火され、大量の煙が先端から噴き出すという代物だ。手軽に狼煙を上げることが出来る器具の一つで、お互いに合図を送る為に使用したり、遭難した時に使用したりする。
 え、でもちょっと待って? エキストラ?
 ゲーム内での実戦演習では生徒同士のサバイバルゲームじゃなかったっけ。
 そんなの雇ってる場合?
 私が怪訝にしていると、先生が私の方に視線を送って手招きした。
 こんなタイミングで私だけを呼び出すなんて、変に思われないかと心配したけど他のチームはもちろん、キラキラメンバーも作戦の打ち合わせをしていた。
 あ、存在感うっす……。
 私はそれでも静かに先生達の方へ向かった。
 先生達は神妙な面持ちで、私にだけ事情を説明する。

「この中で邪教信者が襲撃して来るかもしれないことを知っているのはお前だけだからな。変に吹聴したりするんじゃないぞ」
「わ、わかってますよ……」

 悪しからず、といった風に先生は説明を続けた。
 あれ? 昨夜のこととかもう記憶になかったりします?
 私はまだ結構気にしてるんですが?
 普通にしているようで、かなり気まずい状態なんですが。

「一応ここにいる私達は事情を知っていることになってるわ。不安でしょうけど、私達の作戦に合わせて欲しいの」
「他の生徒には悪いけどなぁ、下手に怖がらせるのもなんだし。ちょっと付き合ってくれな」

 ソレイユ先生、そしてライラ先生が申し訳なさそうに懇願してくる。
 なんか見えてきたぞ、これ。

「さっき言ったエキストラの件だが、あれは嘘だ。実際にはここに襲撃して来る邪教信者が相手になる。あらかじめ実戦形式の訓練という形で銘打っておけば、必要以上に緊張することなく万全の状態で戦闘に集中出来るだろうと思ってな。生徒達には悪いが、出来る限りのサポートは俺達がするから。モブディランは特にブラウンのことを気にかけて行動してやって欲しい。同じ女子であるお前に頼むのは気が引けるが、事情を知っていて隠密に行動出来るお前にしか頼めないことでもある。やってくれるか」

 それはズル過ぎですってば。そんな言い方されたら断れないに決まってるじゃないですか!
 あ、もしかして私が先生のことが好きだっていう気持ちを逆手に取って、わざと試すような言い回ししてます?
 意地が悪すぎです! でも好き!

「やるしかないですから、何とか私も……出来る限りのことはします。でも、ちゃんとサポートしてくださいね?」
「勿論だ。他の3チームはソレイユとライラ先輩が見てくれる。敵の目的であるブラウンのいるお前のチームは俺が常に付いているから安心しろ。だが敵が襲ってきた場合は、極力自分達の力で倒してみること。そうでないと実戦演習にかこつけた意味がなくなるからな」
「わ、わかりました……。善処します」
「ごめんね〜Eちゃん、怖くて不安だろうけど。一応こいつ護衛任務は得意だから、許してあげてね」

 甘い声で先生のフォローをするライラ先生。
 色気が……っ! 凄まじい大人の魅力が大渋滞してるっ!
 やっぱりレイス先生も男だから、こんなドセクシーな女性が良かったりしますか!?
 心配になって隣にいるレイス先生を観察すると、先生は呆れたような迷惑そうな表情でライラ先生のことを放置している様子だった。さらにその隣のソレイユ先生は頬を真っ赤に染めて、目のやり場に困っている。
 これが逆セクハラか……。

 とりあえず事情はわかった。
 私が先出しで情報を渡したから、そういうルールに変更したってことね。
 だったら引率の先生にジークフリートも入れたらいいのに、と思ったけど。さすがにただのOBで現在は学園関係者でもない英雄が、こういう授業に参加するのは変に思われたりするのかな。
 それともジークフリート自身がその提案を断ったのか。
 レオンハルトのことを話さなかったことが今も気になる、けど。とりあえず目の前のことに集中しなくちゃ!
 私は戦闘に関するスキルも身体能力も何もない、言ってみれば戦闘経験のない一般人レベルで役に立たない。
 出来ることはモブスキル関連で、どこまで敵を出し抜けるかにかかってるのよね!
 もしくは……。
 私はキラキラメンバーを見る。ストーリーで邪教宗派を壊滅させて、魔王復活を阻止したのは国の騎士団ではなく、学園の生徒である彼等だ。
 聖女としての能力が大いに活躍していたこともあったけど、個々の能力は並の騎士団を上回る。
 育成の仕方によっては、騎士団隊長クラスにまで強くなる戦力だ。

 ウィリアム・ホランド。
 スキルは『筋力増強』で、自身の筋力をその名の通り増強させることが出来る。一時的な肉体改造みたいなもので、攻撃力や防御力を爆発的に高めることが可能。
 基本的には圧倒的な防御力で味方の盾となって、敵の攻撃から守るという役割を担う。
 でもウィルのスキルはタンクだけに止まらない。
 腕力や脚力を増強させることによって、凄まじい物理的破壊力を相手に与える。
 戦闘向きのスキルで万能に思えるけど、当然このスキルにも弱点はある。『筋力増強』のスキルを多用すれば、その反動は相当大きなものになるからだ。
 元々の筋力が鍛えられていればその反動も徐々に少なくなって来るけど、無理やり筋力値を一時的に増強させるわけだから、使用した後には全身が激しい筋肉痛になる……らしい。
 それも体を一ミリも動かせない程の凄まじい筋肉痛で、スキルを多用すればする程、筋肉が断裂したり。
 筋肉を増強し過ぎて膨れ上がった筋肉で、圧迫された骨が耐えきれずに骨折していたりと……。
 とにかく程々に使用しないと、戦闘後には病院送りになるレベルで使い物にならなくなってしまう。
 戦闘が終わってなかったら、ウィルが足手まといになってしまって、逆にピンチに陥ることもある。
 スキル使用後の副作用はサラの治癒術では治せないことになっている。
 だからバランスよく、状態を見て、上手くスキルを使わないといけないんだけど……。

 私はサラ達と熱心に作戦を話し合っているウィルに目を向けた。
 屈託のない朗らかな笑顔、人の良さそうな性格。お人好しでお節介なところが、スキルの多用を促してしまう。
 ウィルはとにかく正義感が強過ぎた。
 自分以外の他人を守りたい、助けたい、救いたい、役に立ちたい、その気持ちが彼のキャパオーバーを許してしまう。わかっていても、ピンチだったら自分のことなど省みずに動こうとする自己犠牲心の塊。
 正直、私はエドガーよりウィルの方がよっぽど恐ろしい。

 ウィルが私の視線に気付く。
 タンクとしての役割の為に、ポイント振り分けで抵抗値にもポイントを振っているんだろうか? 
 攻撃力や防御力は、素のレベルアップ時に上がりやすい数値だからかな。
 少し上昇率の低い抵抗値にポイントを集中させていてもおかしくない。
 ウィルが私に手を振るから、私は急いでキラキラチームへと戻る。

「良かった! Eさんのこと認識する為に必要な値って、やっぱり抵抗値だったんだね!」
「え?」

 何の話かと思ったら、私が今考えていたことなのかな、と思う。
 まさか心の声を聞いたわけじゃあるまいし。たまたま偶然なんだろう。
 ウィルは無邪気な微笑みを見せながら、嬉しそうに語る。

「ずっとEさんのことが気になってたから。先生からモブスキルのことを少しだけ聞いて、それで僕もEさんの存在に気付けるようになろうと思って、抵抗値を上げてみたんだよ」
「抵抗値って、夜のポイント振り分けのこと?」
「そう、それ! 本当は少しでもみんなの役に立ちたくて、スキル使用後の反動を抑える為に基本値に割り振っても良かったんだけど。僕って抵抗値の上がり方があんまり良くなくてさ。Eさんともっと関わる為には抵抗値を上げようと思って、それでちょっとでもEさんの存在に気付けるようになろうと思ったんだよ」

 そこまでして?
 ウィル、どこまで人が良いのよ。
 背景のモブのことなんか無視すればいいのに。

「誰にも気付かれなくて、ずっと一人でいるのはやっぱり寂しいと思うから。Eさんはその方がいいって思ってるかもしれないけど、僕はもっとEさんのことが知りたいから……。かえって迷惑だったらごめんね」
「ううん、別に……迷惑では、ないけど……」
「良かった! それじゃこれからもよろしく。近くにいても遠くにいてもEさんの存在に気付けるように、僕ももっと頑張るから」

 気遣ってくれるのはありがたいことなのですが、ウィルさん……。
 それだとモブスキルの意味がなくなってしまうのですよ。
 まぁ味方だから別にいいのか?
 いやいや、先生のことを常に見守ってることがウィルに知れてしまうから、良くないな。うん!
 これ以上抵抗値を上げないでもらえるかね?
 私はそれをどうにか表情だけで伝えたかったけど、存在に気付くことが出来ても表情までは無理っぽい!
 でも私の為を思ってやってることに水を差したくない!
 ありがた迷惑ってこういうことなのね。
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