▼詳細検索を開く
作者: 遠堂沙弥
残酷な描写あり R-15
32 「作戦を立てよう」
 演習が始まるまでの間、私は公平を期す為に今は一旦モブスキルを解除することになっていた。
 朝のホームルームが始まって、いつも通りの流れを終えてから最後に先生にそう宣告されたわけなんだけど。
 私は昨日の今日ということもあってビクビクしながら挙動不審で返答してたら、先生はいつも通りというわけでもなければ怒っているようでもない……。
 どこか私に距離を置いてるような、そうでもないような。じっと私の態度を観察してるようなしてないような。
 そんなよそよそしい、どこかいつもとおかしい態度を先生はしていた。
 無理もないのはわかってる。
 冷静になった今なら、「あれ」は確かにない。
 突然告ったと思ったらスキルで姿を消して、夜の闇に消えてしまうんだもん。
 男としても教師としても、そんな真似をされて逃げられたら……そりゃ気分を害するでしょうよ。
 でもだからと言って改めて謝りに行くのも、今は出来ない。私にそんな勇気はない。ついでに言うなら推しにとんでもないことした直後に、気軽に話しかけるなんてそんな恐れ多いこと無理!
 だから私はひっそりとキラキラメンバーに囲まれる。いや、だからじゃない。
 よりにもよって顔の造形的にも、派手さも、スキルの有能さでもクラスで目立たないわけがないグループに、私は入ることになった。

「まずはウィルとサラが固まって動く! そんで弱そうなヤツだけで歩いてると見せかけて、まんまと攻撃を仕掛けてきたら俺とルークの魔法で一掃だ! 完璧だろ!」
「それじゃ相手が大怪我したり、下手したら死んじゃったりしない?」

 エドガー、お前いつの間にかルークのこと名前で呼ぶような間柄になってたのか。
 私が先生のストー……じゃなくて、見守りをしている間に。

「五人一組なのに二人だけで堂々と歩くのは、誘っていると真っ先に思われて警戒されるだけじゃないか?」
「そうだよね、さすがルーク! だからやっぱりみんなで固まって動いた方がいいと思うんだよ」

 演習場所であるアインゲートホルクに到着するまでの間、学園で用意された騎乗用ドラゴンにグループ毎に乗って移動しながら作戦会議をするメンバー達。
 騎乗用ドラゴンは私の世界で言うところの観光バスみたいなもの。
 一人一匹ではなく、大きめのドラゴンの背中に乗客席を背負わせて、それで飛行するようになっている。正直見た目はめちゃくちゃダサイ。乗客席は定員五人までで、かなり手狭。
 ドラゴンの飛行の邪魔にならないように極力コンパクトに作られてるせいもあるんだけど、それにしてもよね。アインゲートホルクまでは徒歩で一週間、馬車でゆっくり走って約五日、それくらい遠い場所にある。
 ただでさえエリートコースのA組に、移動だけでそれほどの時間を無駄にするわけにはいかないということで、クラスの男子十人、女子十人。計二十人が乗れる五人乗りドラゴンを四匹、そして担任教師、引率の先生二人で一人用の格安ドラゴンを三匹レンタルしたというわけ。
 これだけのドラゴンが空を悠然と飛んでいくのは逆に目立つのでは、と思われるけど。
 一応地上からは見えないように目隠しの魔法がかけられているそうだ。
 ドラゴンの群れを邪教信者達に見られたら、目的地を絞れないようにした意味がなくなってしまうものね。

 今回の演習でそれぞれの長所や短所を浮き彫りにさせ、スキルとの相性、チームワーク、それらを学ぶ大切な訓練。正直ゲーム内ではただの戦闘チュートリアルとしてしか機能しなかったし、邪教集団との初めての戦闘……そして初めてのボス戦を経験することになる。
 ただここはゲームとは違う。
 私達、メインキャラ揃いのチームに邪教信者が目的としているサラがいる以上、特にこのチームが狙われやすいけど、その他の生徒のチームが襲われないとも限らない。
 しかもメインキャラ以外のクラスメイトのスキルも何もかも、私は知らない。実力もわからない。だからクラス全員が無事で生還する必要性が出てくる。
 もちろん先生達もいるわけだから、完全に不利な状況ってわけでもないんだけど。
 出来る限り戦力は邪教信者に充てる為に温存させておきたい。
 本番は襲われてから、なんだもの。
 でも生徒達を怯えさせない為に、先生達はあえて邪教信者のことは公開していない。
 知っていた方が絶対に有利になれるのに。
 そんなことを一人で黙々と考えていたら、私はチームメイトに怒られた。

「さっきから何してんだE! 勝ち上がる気がねえならドラゴンから降りちまえ!」
「気持ちはわかるけど、死ぬのは良くないと思うよ? でもEちゃんが作戦会議に参加しないのがいけないんだからね。そこはちゃんとしてもらわないと」
「緊張してるのはわかるけど、Eさんも自分のスキルのことを話してくれないかな」
「E、人を食べたら緊張がほぐれるって聞いたことがあるか? 食人を経験すると他のことは瑣末になる、という意味なんだろうか……」

 いつの間にかみんな私のことE呼びになってるううう。
 でも、そうよね。
 今は私一人じゃない、頭の中であれこれと考えている場合じゃないか。
 私もチームとして作戦会議に参加するべきだったわ。

「えっと、私のスキルは……」

 モブスキル、ステルスのことを話して聞かせた。
 すると当然みんなの表情が無になる。
 すいませんねぇ、戦闘向きのスキルじゃなくて。

「いや、でも使い方によっては究極の不意打ちが出来るんじゃ?」

 そこに気がついたウィル、さすが頭の回転が早い。
 というか頭の回転は二人とも早いんだけど、ウィルは柔軟性があるのよね。
 エドガーはとにかく自分が一番強いという気持ちが強すぎて、他人の力を信用していない。
 だからワンマンになって、せっかくの勝ち筋を失ってしまいがちになる。

「私は演習開始と同時にモブスキルを発動させようと思ってる。だから基本的には四人で固まって動いて、私が周囲を警戒。場合によってはステルスを使って相手を不意打ち出来るように、みんなを誘導する。ってのはどうだろう?」
「それじゃE一人が危険じゃないか?」
「存在感皆無だから平気だろ!」
「皆無ではないが?」

 まぁデフォよね、私の立ち回りはこんなもんになるでしょ。
 演習開始してから私はモブスキルを発動して、みんなから少し離れた場所を移動。
 タンク役であるウィルを先頭に、右手には遠近両方の攻守が可能なエドガー、回復や補助魔法が使える体力低めのサラがウィルの後方、エドガーと同じく遠近両方の攻守が可能のルークが左手、私はさらにその後方で全体を見回しながら警戒。状況によっては周囲を探索、こういった隊列になった時点でドラゴンが下降を始めた。
 どうやら目的地に到着したみたい。
 繊細な飛行が出来ないドラゴンは、合図も何もなく下降していき、そのスピードも乗せている人間のことは全く配慮していない。ガタガタと揺れる乗客席、掴まって体勢を整える為の安全バーを握りしめながら全員が踏ん張る。
 ベルトは一応つけているが、それでも無重力みたいな状態になって体が座席から浮き上がりそうになる。
 私、これ……苦手かも……っ!

 なんとか無事に到着した。
 他の生徒も同じような感じだったんだろう、全員が肩で息をするようにヘトヘトになっている。
 先生達は至って元気そうだ。
 そりゃそうよね、一人用の騎乗ドラゴンに乗ってたんだもん。
 不安定で運転が乱暴なバスと、大型バイクとの違いみたいに先生達はすっきりとした顔でみんなが並ぶのを待っている。

「何をしている! こんなことで情けないぞ! ドラゴンでの騎乗戦はこんなものじゃないからな」
「でもお前、騎乗戦嫌いだったよな」
「ドラゴンに乗ったままじゃ凝視するのが難しいからな。目を使いすぎると酔う」
「弱ったレイス、見てみた〜い!」

 担任教師であるレイス先生の他に、引率で来たのはレイス先生と連携を取りやすいソレイユ先生。
 そしてもう一人は二人の先輩、ライラ・オズボーン先生だ。
 ゲーム内でたまに登場する女教師、教科は歴史。
 そしてこの女教師は……。

「みんな〜、今日いっちばん優秀な成績を修めた男子生徒にはライラ先生からの熱〜いキスが贈呈されるからね〜! 張り切って頑張ってちょうだ〜い!」

 先生の甘い激励の言葉に、男子生徒の大半が骨抜きになっていた。
 かくいう女子生徒も半数が同じようにメロメロになっている。

 ライラ・オズボーン。二十九歳。
 美しい容姿とそのダイナマイトボディで老若男女を魅了する、セクシー教師。
 しかしその実態は、父親が人間で母親がサキュバスという、異種族間婚姻で生まれたサキュバスだ。
 スキルは『魅了(チャーム)』で、その名の通り相手を魅了して戦闘不能にさせたり洗脳して操ったりする能力。

 こ、ここに危険人物がいたあああ!
 こんな歩く卑猥物が先生の隣にいいい!

「俺の生徒に破廉恥な真似しないでください。ほら、上着。見てるこっちが寒い」
「あら、冷たいのか優しいのか。レイス君は昔っからそうよね〜。私がいくら誘惑しても全然乗って来ないんだから」
「先輩後輩の長年の付き合いで、そういう気持ち悪いこと言うのやめてもらっていいですか。普通にセクハラですし」
「はいはい、な〜んにも変わってなくてつまんない」
「そりゃどうも」

 全っ然大丈夫だったわ。
 先生の自制心やべえ。
Twitter