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作者: 遠堂沙弥
残酷な描写あり R-15
31 「実戦演習へ」
 ひとしきり大泣きしながら私は、ほぼヤケになってその日最後の作業となるポイント振り分けで、この日に得たポイントをステータス値『存在感』に全て投げた。

 先生に頼まれたお使い、1ポイント。
 邪教宗派、現・教主レオンハルトとの対峙、10ポイント
 メモでレオンハルトを出し抜く、10ポイント
 治癒術で怪我を治してくれたサラに感謝する、1ポイント
 事情聴取で騎士団に協力する、3ポイント
 
 一日でこれだけのポイントを稼ぐなんて、きっとこの先ないだろう。
 なのに今の私はとにかく誰とも関与したくなくて、今すぐにでも消えてしまいたいくらいに、自分が存在していることが嫌で、みんなから干渉されたくなくて、せっかくの25ポイント全てを『存在感』へと捧げた。
 ステータス値『存在感』の数値が高ければ高い程、モブスキルの性能が高くなって周囲からより気付かれないようになる。
 今の私には最も必要なステータスじゃない……。

 リンの存在が気になってしまってたから。
 いつも心の中で本音をぶちまけていたから、思ってることを口に出してしまってることにも気付かないなんて。
 
 確か実戦演習ってのは、それぞれ五人組のチームを作って実戦並みに対戦するんだっけ?
 チームの組み方は自由。
 よし、私はクラスの中で目立たない地味で、私と同じようにモブとしての人生を約束されているようなその他大勢のチームに入れてもらって、私はその中でも特に目立たないように立ち回ることにしよう。
 うん、そうしよう。


 ***


「よし、チーム組めたな? それじゃ演習場所まで移動している間に、それぞれどういう立ち回りをするのかしっかり話し合っておけ」

 今朝は私のルーティンである先生の観察をする気にもなれなかった。
 その間に先生ルートに差し支えあるような出来事が起きるとは思えなかったし、何より今は先生を見つめるのが辛い。こんなにワイルドでイケメンでセクシーでかっこいい先生に、私は思わず好きと告白してしまったことを思い出してしまうからだ。
 何より先生に視線を送ることで、その視線に気付かれて私の存在を思い出して欲しくない!
 とにかくこれは時間が解決してくれるはずだ。
 こういうのはいつの間にか水に流されてしまうものよ、きっと。
 何日か経てばお互いに、またいつものように挨拶くらいは出来るような感じになってるはず。
 そうであってくれ!

「おい、聞いてんのかモブ! テメェ俺達の足を引っ張ったらどうなるかわかってんのかゴラァ!」
「ちょっとエドガー! いつも思うけどモブディランさんに当たりが強過ぎない? 女の子相手にひどいよ!」
「モブディランさん、こう見えて結構神経太いみたいだから大丈夫だよ、ウィル」
「サラ!? どうしたの? サラまでなんかモブディランさんに当たり強くない?」
「なぁ、バナナはおやつに含まれると思うか?」

 あああああ、うるせええええ!
 ていうかなんで!?
 なんで背景のモブがキラキラメインの主要キャラのチームに入ってんの?
 おかしいでしょ! 絶対に役に立たない自信しかないからね!?
 くじ引きでも何でもないのに、なんでこのチームに誘われた!?

「ごめんね、モブディランさん。エドガーがモブディランさんにキツイ態度を取るから、同じチームに入れられたの心苦しかったりしないかな」
「んな気を使ってる場合かよ! 大体もう他のチームは人数合わせ決まってて、テメェだけがあぶれてたんだから、俺達が拾うしかなかったんだろうが! この残りモンがよ!」
「エドガー!」

 そうだった……。
 私がいそいそと先生の見守りなんてやっていたから、他の生徒はしっかりと交流を深めていて仲良くなって、お互いのスキルの相性とか確認し合ってて、それですぐにチームを作ってたんだった。
 あれよあれよと言う間に私は一人余ってて、そこへウィルとルークが声をかけてきたって感じだったんだ。
 サラはそれはそれで不服そうだったけど。
 知らないだろうなぁ、私がすでに玉砕してることなんてなぁ、言うのもなんか悔しいから話してないけどさぁ!

 私が浮かない表情でうつむいていると、エドガーに酷い言葉を浴びせられて傷付いているのかと勘違いしたウィルが、やけに優しく接してくる。
 こういうところがお姉さんウケしてたんだよな、正直キャラクターとしてはパッとしないんだけど。
 お節介で、他人に無条件に優しくて、それでいて困ってる人を放っておけない正義感の塊。

「あのさ、モブディランさんっていつも一人でいたでしょ? このクラスに馴染めていないのかなぁって心配してたんだよ。そりゃ僕だって引っ込み思案で、なかなか自分から友達を作るなんて器用なこと簡単に出来ないけど。それでも僕が見た限り、モブディランさんって……むしろ一人が好きなのかなぁ、とか。でもそれじゃこういったチーム戦の時には不利になるでしょ? だからこれはいい機会だと思ってさ、気軽に話しかけてくれていいんだよ。僕はモブディランさんともいい友達になりたいって思ってるから。あっ、もちろんモブディランさんにも選ぶ権利はあるから! 無理に、とは言わないけど! ごめんね、僕ばかりペラペラ喋って! こういうところなんだよな、僕が話し下手なところ……」

 そう言ってウィルは照れながら癖毛の頭をぽりぽりと掻く仕草をする。
 ウィルもそうだ、私と同じオタク気質。
 大英雄ジークフリートが好きすぎて、引っ込み思案で気弱なくせに騎士を目指そうとする。
 ウィルのスキル『筋力増強』はジークフリートと同じだから、騎士向きと言えばそうなんだけど。

「ありがとう、でもエドガーが怖くて暗くなってるわけじゃないから……」

 私は今、モブスキルを解除している。
 だからウィルには私の外見はごく普通の、それでも冴えない陰の薄い女生徒として映っているはずだ。
 点のような目じゃなく、可もなく不可もない顔で笑顔を作る。
 人は自分より劣った外見をした相手に対しては強気に接することが出来ると、どこかで聞いたことがある。
 外見的な差別になっちゃうけど、自分よりずっと優れている外見をしている相手に堂々と接することが出来るのは強メンタルな人間か、自分も同等の位の高い存在なんだと勘違いしている人間だけ。
 大抵の人間は自分と同等か、それ以下の外見や能力を持った人間に対して、ようやく対等だと思って気を許して話しかけることが出来るというもの。
 それは正義感の強い、自分は公平なんだと思っている人間も例外じゃない。
 よっぽど外見が醜い……ということさえなければ、声をかけることはそう難しいことじゃないはず。
 そういう視点で考えると、モブディランの外見はとても便利だと言える。
 Eの両親やアークがモブスキルを使わずにそのままの外見で登場したら、中流貴族という身分と美しい外見で判断され、話しかけにくくなっていただろう。
 こんなに綺麗で上品な相手に話しかけて、もし見下されでもしたらどうしよう。
 きっとこんな高貴そうな人間は、同等の高貴な人間としか会話なんてしないんだ、という先入観が現れないとも限らない。
 それだけ外見というものは、人の心を左右しやすい。
 もちろん全ての人間にこれが当てはまるわけじゃないけど、大体の人間はこれでやり過ごすことが出来ると私は思っている。思い上がりかもしれないけど、少なくとも私がいた世界ではそうだった。

「で? テメェは一体何が出来るんだよ」
「テメェは良くないよ、モブディランさんにも名前があるんだから」
「チッ、めんどくせぇな。……名前は!?」

 これどっちだ?
 Eって名乗ったらいいのか、それともなぎこ?
 本名で呼ばれるのは世界観的にも抵抗があるし、かといってEって……。

「Eだろ」

 お前ええええ!
 ルークお前っ……うぎいいいっ! あがあああっ!
 天然王子のせいで私の語彙力が失われていくうううう!

「よろしくね、Eさん!」
「E……? え、なぎこだったはずじゃ……?」
「だっせ!」

 なんていうか、どういうことなんだろう?
 モブスキルをオンにしたら「E」って名前で認識されるんじゃなかったっけ?
 でも両親の前ではモブスキルをオフにしても「Eちゃん」って呼ばれてたよね。
 ルークも私のことを名前呼びする時、確かモブスキルオフにしていたはずなのに「E」って呼んだ。
 ゾフィもずっと「Eちゃん」って呼んでたし、でも先生やサラは私のことを「なぎこ」と呼んだ……。
 この違いは、何?
 なんだろ、なんか……気持ち悪くなってきた……。
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