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作者: 遠堂沙弥
残酷な描写あり R-15
26 幕間 「先生達のアオハル時代・前編」
 レイス・シュレディンガー先生は、アンフルール学園出身だ。
 基本的に十六歳の年で入学し、それから3年間学び、希望の職種や成績により卒業後の就職先が紹介される。
 先生は稀有なスキル持ちだったので、最初から騎士団に入ることを希望していた。
 だけど先生は昔から熱血な性格でもなければ、何か大きな目的があって騎士団を希望していたわけじゃない。あくまで『特殊なスキルを持っていた為、スカウトされたから』だった。
 相手のスキルを無効化するスキル。
 戦局を大きく分けるには十分過ぎるほどの強スキルは、周囲から引く手数多だった。

 先生がまだ幼い頃、当時全盛期で大活躍していた伝説的な大英雄ジークフリート・ワーグナー。
 彼の活躍と、弱き者を助ける姿を見て先生も彼に憧れる子供の内の一人だった。
 様々な学園からスカウトされていた先生だったけど、ジークフリートの出身校であるアンフルール学園への入学を決めた先生は、特別芳しい成績ではなかったものの、特別枠で合格したそうだ。

 どんなスキルも無効化するとはいえ、不意を突かれたら一気に形勢は逆転してしまう。
 当時の先生は強スキルだと大人がもてはやす余り、身体能力の訓練を疎かにしていたことが仇となってしまった。
 入学試験の中には、全受験生によるサバイバルゲームがある。
 その名の通り、入学試験に挑む受験生全員が参加し、最後の一人になるまで戦い、勝ち残るというものだ。
 人数が多い間は身を隠し、陰から相手のスキルを無効化して不意打ちして倒すという戦法が通じていたけど、人数が少なくなるにつれてそれも当然難しくなってくる。
 最終的には結局、スキルを無効化しようがしまいが、圧倒的な戦力差の前では先生ですら苦戦を強いられた。
 その中でも特に苦戦したのは、レオンハルト・ベルセリウスのスキル『神の目』を相手にした時だ。
 レオンハルトのスキルは全方位を見通すことが可能な千里眼、加えて相手の弱点や肉体的変化もその目で見通してしまうというもの。
 先生と同じ『目』を使ってのスキル、しかも相手は全方位をくまなく見渡し警戒することが出来た。
 どんなに背後を取ろうとも、気配を消して近付こうとも、レオンハルトは先生の視界から外れてしまうので無効化させられない。
 二人がそうやってお互いに集中している間に、他の受験生に出し抜かれ、成績は二人とも中の下評価となった。
 足を引っ張った、引っ張られたの張り合いをきっかけに、二人はお互いにどこか惹かれる部分をすでに感じていたんだろう。
 入学試験をきっかけに、レイス・シュレディンガーとレオンハルト・ベルセリウスはその時すでに友達になっていた。

 アンフルール学園、エリートコース。
 騎士団への配属が最優先されるA組となった二人は、そこでムードメーカーとなるソレイユ・アルマンドに出会い、3人でよくつるむようになった。
 この学園では異種族の人間も、その能力や志が認められれば入学することが出来る。
 ハーフエルフであるリン・ワーグナーもその一人だった。

 リンは幼い頃から人間からもエルフからも忌み嫌われる存在として、とても悲惨な人生を歩んでいた。
 生まれてすぐに捨てられ、孤児院でしばらく過ごすが、邪教信者によって引き取られる。
 異種族を中心に結成されている宗派なのだが、人間とエルフの間に生まれたハーフエルフはとても珍しかったのか。教団の仲間としてではなく、実際は人体実験のモルモットとして引き取られていた。
 体に負担が大きい精霊との契約、様々な薬物の投与、教団はリンを人間として扱うことはなく、ただひたすら少女から笑顔を奪うだけの苦行を強いただけ。
 そんなリンを地獄から救ったのは、大英雄ジークフリートだった。
 彼は人体実験としてボロボロになっていたリンを救い出すが、そのあまりの不憫さに養女として引き取ることを決意。当然周囲の人間は反対したが、彼は言った。

「助けを求める者を救って、はい終わりというわけにはいかない。それは本当の意味で救ったとは言わない。その人の負った心の傷も救ってこそ、本当の騎士なのだ」と。

 他人に対して完全に心を閉ざしてしまっていたリンに、ジークフリートはこの上ない愛情を注ぐ。
 しかし彼女の心を本当に救っていたのは、意外な人物だった。

 現実世界で言うところの小学校。
 ジークフリートに救われ養女となったリンも学校に通うことになったけれど、当然そこでもいじめはあった。
 ただでさえ異種族というだけでもいじめの原因になるのに、そこへ「元・邪教信者」「大英雄のお荷物」「ジークフリートの名誉や財産を狙った悪者」というレッテルを貼られ、リンのストレスは限界に達してしまう。

 リンのスキル『悪魔召喚』、邪教集団に無理やり契約させられたのは精霊だけではなく、悪魔も例外ではなかった。しかも『悪魔召喚』のスキルに限っては、リンのストレス過多や感情の起伏によって本人の意思に関係なく、悪魔が勝手に出てくるという、コントロールが不安定なものだった。
 しかしいじめによるストレスと怒りの感情によって、その時に限っては悪魔の勝手な振る舞いではなく、マスターであるリンの意思も含まれての正式な召喚となってしまう。
 ジークフリートや国から禁じられているスキル。
 このスキルを国の許可なく使用すれば、例え大英雄ジークフリートの擁護があろうと関係なく、即刻処罰されることになっていたリン。
 だけどまだ子供で、辛い人生を歩んできて、これだけのいじめを受けて、まともでいられるはずがない。
 怒りに任せて悪魔を召喚しようとしたリンを制止したのは、スキル無効化を持つ当時12歳の少年レイス・シュレデインガーだった。
 リンのスキル『悪魔召喚』は魔法陣や供物などを必要とせずに、他のスキルを使用する時と同様に魔力のみで悪魔を召喚する。よって、先生の『スキル無効化』で召喚すら無効化することが可能だった。
 我に返ったリンは、自分がとんでもないことをしようとしていた恐怖で自分が恐ろしくなったが、その凶行を止めてくれた通りすがりの先生を恩人だと思うようになる。
 先生はリンとはクラスが違っており、リンがいじめられている現場にたまたま居合わせただけだった。
 最初はいじめを止めようと、普段は引っ込み思案ですぐに行動に移すことのない先生だったが、並々ならぬ光景にいてもたっても居られず仲裁に入ろうとしていた。
 
 だけどリンの異様な雰囲気に、直感で「まずい」と思った先生は咄嗟に『スキル無効化』を使用。
 功を奏して、大惨事を免れることになった。
 先生にとっては「何が起きていたのか、本当はよくわかっていない異様な出来事」の一つとしてうっすら記憶に残る程度だったけど、リンにとっては人生の分岐点とも言える大きな出来事となる。
 
 やがて先生の志望校がアンフルール学園だと知ったリンは、自分も同じ学園に入ろうと思って、初めて自分の意思で目的に向かって行動するようになった。
 リンのスキルは特別で、ハーフエルフだということもあるのか。
 国のお偉方はリンを将来的に暗部に所属させようと決め、それを承諾すればアンフルール学園の入学希望を許可すると取引を持ちかける。
 明らかに違法であり、国の身勝手な取引だったがリンは誰にも相談することなく、ただ「レイスにもう一度会いたい」という一心でその取引を受けてしまう。

 そして学生時代は先生、レオンハルト、ソレイユ先生に加え、遠まきながらリンも交流を深めることとなる。
 どこか影を落とす儚げな雰囲気と、切羽詰まったような危うさを纏うリンに魅力を感じていたレオンハルト。
 ただ「頭が良くて、綺麗で、ジークフリートの愛娘! スゲェ!」と思っていたソレイユ先生。
 クラスの女子の中でも比較的仲が良く、少しだけ異性として気になっていたレイス先生。
 彼等はそれぞれ優秀な成績を修め、アンフルール学園を無事に現役で卒業することが出来た。

 ラヴィアンフルール騎士団、第七騎士団に男友達三人組で所属し、互いに切磋琢磨しながら成長。
 やがて先生達が二十歳を迎える頃に、レオンハルトを隊長とした新・第七騎士団が誕生した。
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