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作者: 遠堂沙弥
残酷な描写あり R-15
27 幕間 「先生達のアオハル時代・後編」
 学生時代、レイス先生とレオンハルト、そしてソレイユ先生は無二の親友となっていた。
 それは同じクラスメイトであった生徒達、先生達から見ても「あの三人は常に一緒にいて仲が良い」と周知される程だ。だからこそあの事件後、誰もが言葉を失っていた。二度と触れてはならない、悲惨な事故として。

 暗部に所属することが決定していたリンは、多忙ながらも時間が取れれば先生達と会ったりしていた。
 リンはレイス先生のことを心から愛していたけど、告白することで今の関係性全てが壊れてしまうんじゃないかという思いから、ずっと告白せずに過ごしてきた。
 元々感情を表にあまり出さないタイプのリンだったから、レオンハルト以外はリンがレイス先生を愛していたことは誰も知らなかっただろう。
 レオンハルトは『神の目』がなくても、ずっとリンのことを目で追いかけていたから。
 だからほんの少しの態度や仕草で気付いてしまう。
 レオンハルトはリンの心がレイス先生だけに向けられていることをわかっていながら、それでも彼女のことを愛していた。
 そしてレイス先生も……。
 自分に親しく接してくれる女性がリンだけだったこと、昔からの友人、気の許せる唯一の異性……。
 リンは自分のことに関して多くを語らない、かと言って相手にばかり話をさせるわけではなく、程よく会話を弾ませることが出来た。
 暗部に所属が決定していて、諜報員としての訓練をアンフルール学園入学前から受けていたリンは、他人の心につけ入る術をこの頃から身につけていたせいもあるだろう。
 他人との距離を推し量ることに長けていたリンに、レイス先生は安心感と、そして居心地の良さを感じる。
 レイス先生は異性に対してはリンにのみ、心を許していた……。

 暗部の諜報活動として、リンは邪教宗派に潜入することを命令される。
 その昔、自分に地獄の苦しみと激しいトラウマを与えた本拠地のようなもの。これを殲滅させることが出来れば、もしかしたら今も抱えているトラウマを克服出来るのかもしれない。
 そう思ったリンは安易に承諾してしまうが、実はこの作戦は罠だった。
 邪教宗派はずっとリンを狙っていたのだ。
 ハーフエルフとしての出自、そして数多くの実験から導き出されたーーある可能性。

 リンは魔王復活となる鍵を握っているのかもしれなかったのだ。

 エルフは召喚術に長けた種族だった。
 精霊魔法もいわば召喚魔法の一種で、ダークエルフに至っては悪魔すら召喚する能力を持っている。
 ハーフエルフとして様々な実験を繰り返していく内に、邪教信者の幹部は「リンなら召喚術で魔王を復活させることが出来るのではないか」と考えた。
 勿論その代償も大きい。
 魔王を召喚した負担に耐えられず、リンはその命を落とす可能性が大きかった。

 暗部に命令を下した人間は邪教信者だった。
 国の暗部組織の上層部で、暗部に命令を下せる地位を獲得し、そしてついに実行に移す。
 リン自ら邪教宗派の総本山に向かわせ、捕え、洗脳し、魔王を召喚させるという策。

 だけど騎士団も馬鹿じゃない。
 国の上層部に裏切り者がいることはすでに察知しており、騎士団内で秘密裏に調査を進めていた。
 裏切り者を捕らえたのは第七騎士団だったけど、時すでに遅し。
 リンはすでに捕らえられた後で、ラヴィアンフルール国の国境近くにあるヴィシュタル平原に邪教信者が集まっていた。これを撃破するべく向かったのは他でもない第七騎士団。
 敵に気付かれないように接近することが出来る『神の目』、そしてリンの魔王召喚を視認するだけで無効化することが出来る『スキル無効化』、打ってつけの隊だと判断された。

 ヴィシュタル平原と言ってもほとんど荒野みたいな土地で、幾つもの丘陵(きゅうりょう)が並んでいるような場所だ。丘陵の上から襲撃されたらひとたまりもない為、なかなか踏み込めないような所だったが、そこはレオンハルトの『神の目』で安全を確認しながら進んで行くことが出来た。
 特に広い面積と高さがある丘陵で、邪教信者が集まっていることを確認して近付く第七騎士団。
 レオンハルトの『神の目』で敵の数を全て把握し、強襲することに成功。そしてレイス先生の『スキル無効化』によってリンにかけられた洗脳魔法を解き、魔王召喚は阻止された。……解決したと信じていた。

 この場所で行なわれていたのは魔王召喚の儀式などではなく、魔王をリンの肉体に憑依させる儀式だったのだ。

 不完全とはいえ、魔王がリンの中にいることを『神の目』で確認したレオンハルトは苦悩する。
 憑依ばかりは『スキル無効化』を使ったとしても、なかったことには出来ない。
 レイス先生、そしてレオンハルトはまだリンの意識が残っていることを信じて声をかけ続けた。
 必死に、何度も、攻撃されながらも、訴えかける。
 しかし遂にリンが目覚めることはなく、憑依した魔王と共にトドメを刺したのは他でもないジークフリートだった。レイス先生、レオンハルト、そしてソレイユ先生が涙ながらに訴えかけても我に返ることはなかったリンを見かねて、ジークフリートは苦渋の決断をしたのだ。
 
「私が闇に堕ちたら、その手で終わらせてほしい。それが私を養女として迎え入れる条件だよ……」

 ハーフエルフは闇に堕ちやすい。
 酷い扱いを受け、憎しみを抱き、ダークエルフになる可能性は高かった。
 リンは友人達のおかげでダークエルフに堕ちることはなかったが、魔王に憑依されたとなれば結果は同じ。
 自分が害を為す前に終わらせてほしいと、ジークフリートと約束を交わしていたのだ。
 しかしそれを知らない三人はジークフリートを軽蔑する。真実を口にしないジークフリート。

 怒りと悲しみに満ちたレオンハルトは、リンの亡骸を抱き、丘陵から飛び降りてしまう。

「俺はこんな結末を受け入れない。リンと共に先に逝くことを許してくれ、レイス……」

 それが彼の最後の言葉となる。
 レイス先生はレオンハルトが自殺したことに強いショックを受ける。
 その後、飛び降りた先にはレオンハルトらしき死体があった。
 頭から落ちたのか、顔を確認することは敵わなかったけど背格好からレオンハルトだと判断され、後日……葬儀が行われる。
 親友を、女友達を救えなかったことに自分を責めた先生は、より自分に厳しくなった。
 まるで自分の肉体を傷付けるように訓練に明け暮れ、命の保証がないような無謀な任務を自ら受けていく様はまるで死に急いでいるように見えたと、ソレイユ先生は語る……。
  
 レイス先生はリンのことを愛していた。
 いわば両片想い、紛れもない事実。
 そして今もその気持ちは変わっていない。
 リンが亡くなった後も、先生は誰にも恋愛感情を抱くことなく……騎士として、教師として生きてきた。
 この気持ちに決着をつけなければ、一生誰も愛さないと決めていたという。
 
 先生攻略ルートでしか語られないエピソード、……自分からサラにだけ打ち明けた心の内。
 ずっと胸の奥に引っ掛かりを残していた先生の心情は計り知れない。
 だから恋愛に臆病になっていたのかもしれない。
 教師だから生徒に手を出すわけがない、という自制心も当然あったことだろう。
 それでも先生の心の中には、今もずっとリンが存在している。
 唯一心を許した女性、初恋の相手、救えなかった命として……。
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