残酷な描写あり
R-15
25 「死がよぎる」
ピンチの時に私のことを助けに来てくれるのは先生がいい。
でも状況が状況だけに、来てほしくない場合もある。まさに今がその時だった。
私の脳内では常にレイス・シュレディンガー先生が最強で、かっこよくて、生徒思いで、優しくて、どんな時でも必ず助けてくれるヒーローのような存在。
それでも先生が嫌な思いをすることがわかっている今この瞬間には、どうしても立ち会ってほしくなかった。
例え私が邪教信者達に拉致られようとも、殺されようとも。
「ひどい怪我だ。早く治癒魔法をかけられるように、手早く済ませるとしよう!」
このラヴィアンフルール王国にとってとても大きな存在、時の大英雄ジークフリート・ワーグナー。
彼は王国最強の騎士として、これまでの歴史的英雄を軽々と超えるほどの強さと頼もしさを備えた人だ。
今でこそ引退してヨレヨレの50代のおじさまになっていたはずだけど……?
「ジークフリートさん、あなたと戦うには分が悪すぎる。引退したはずでは?」
「私はこれでもアンフルール学園のOBだからね! 後輩が助けを求めていたら、黙っていられないのが先輩ってものだろ?」
にこやかに、あっけらかんと答えるジークフリートに対し、しかしレオンハルトは嫌味ったらしく笑う。
よほど気に障ったのか、大英雄の言葉でレオンハルトはちょっとキレたっぽい。
「ふふっ、後輩が助けを求めていたら……ね。どの口がそれを言うのか……」
「……君の名は確か、レオンハルト君……だったか。君のこともよく覚えているよ、そして……彼女のことも」
「黙れ!」
そう叫んだと同時にレオンハルトから凄まじい殺気が溢れ出す。
彼を中心に竜巻でも起きたかのように、突風で吹き飛ばされそうになるけど、私の盾となってジークフリートが地面に足を踏ん張って耐えてくれた。
私はただ地面にしがみついて痛みに耐えているだけ。
ゲームにないことばかり起きるとはいえ、まさかこんな場所で大英雄とラスボスが戦ったりしないよね?
私の心配など当然わかるはずもないレオンハルトは、大英雄相手に激昂する。
「それじゃああなたにとって彼女は、リンは後輩でも何でもないって言うのか!」
「……っ!」
言葉に詰まらないでよ。頑張ってよ大英雄!
「彼女が何をしたと!? この世界は腐り切っている! だから彼女は世界の犠牲になったと言うのに! あなたは人々に希望を与える大英雄じゃなかったのか!」
「……落ち着きなさい、レオンハルト君。彼女は……」
「運がなかったとでも? ハーフエルフという異種族として生まれてきたから、差別されても当然だと!? それであなたはリンのことを、後輩として助けようとしたか!?」
「……レオンハルト君」
終始、心を痛めながらも諭そうとしているジークフリートとは逆に、完全に頭に血が上ってしまってるレオンハルト。これじゃ聞く耳を持つはずがない。堂々巡りになるだけだ。
「俺は世界を憎んでいる。リンを殺したこの世界を壊して、リンのような異種族が住みやすい世界を作る為に! 魔王を復活させ、その力で世界を壊し、そして作り直す。もうすぐだ、そのピースはもうすでに揃っているのだから!」
なぜ私を見る?
は?
私がその答えを聞けるわけもなく、レオンハルトは一人で勝手に盛り上がって、一人で勝手に自己完結して、そして周囲にいた邪教集団達に合図を送って一方的に去って行った。
は?
「……レオンハルト君、行ってしまったか」
大英雄もちょっと拍子抜けしてるじゃーん!
というよりもむしろ、ホッとしてる?
安堵したかのように胸を撫で下ろすと、ようやく私の方を振り向いて手を貸してくれた。
先ほどレオンハルトと対峙していた時はゴリマッチョな感じだったのに、今は少しよれっとしていて少し頼りない感じだ。
あ、そういえばジークフリートのスキルってウィルと同じ『筋力増強』だったっけ?
大英雄と同じスキルだって言ってはしゃいでいたウィルに、エドガーが苛立っている描写がどこかにあったような気がするけど。
今はとにかくそんなことはどうでもいいか。
「さぁ、立てるかい」
「む……、無理くさい……です……」
正直もはや呼吸だけで精一杯です、大英雄さん。
申し訳ないけど早くなんとかしてくれませんか? かなり、めちゃくちゃものすごく辛いんですが……。
ジークフリートが私を抱えようとした時だった。
「モブディラン!」
あぁ、癒しの声。
安心すると意識が、急に眠気が……。
待って、せめて先生の匂いを……じゃなくてかっこいいお顔を拝見してから、死にたい……。
「モブディラン! 今すぐ……」
何も、聞こえなくなってきた。
待って、最後まで先生のイケボを……聞きたい……。
***
「んん……」
目覚めの悪い朝だと思った。
だけど目を開けてすぐ視界に飛び込んできたもののせいで、さらに目覚めが悪くなる。
「大丈夫? もう痛いところはない? ないならどういうことか説明してくれないかな!?」
「怪我が完治したんならさっさと目を覚ましとけや、コラァ!」
「エドガー! モブディランさんは病み上がりなんだから、そんな言い方しなくても!」
「病気じゃねぇわ! 怪我を治したんだから健康体だろ!」
「だけど後遺症がないとも限らないぞ?」
あー、うるせー。
なんていうかこう、ふっと目覚めたら先生の顔が目の前にあってさ?
それで私の手をこう、ずっと握って心配してくれてたとかさ?
意識を失っていた私にずっと付き添ってて、名前を何度も呼んでくれていたとかさ?
そういうロマンチックな演出とかくださいよ!
何これ!? 目覚めてすぐクラスメイトからの文句って!
「こらこら、君達。彼女は大変な目に遭っていたんだよ? もう少し静かにしてあげなさい。ま、それだけ心配していたってことだろうけどね! はっはっはっ! 彼女は随分と君達に好かれているようだ!」
「違います!」「違ぇわ!」
食い気味でサラとエドガーの声がハモる。
好かれていたくはないけれど、そういう即座な拒否もどうかと思うよ?
私よりあなた方の人間性が疑われますけど?
「大英雄ジークフリート! 会えて光栄です! あの、よかったらここにサインを……」
ちゃっかりファン丸出しでサインをねだるなウィル!
大怪我してたクラスメイトを心配して駆けつけたんじゃないな、これ!?
ジークフリート目当てだったろ、お前!
「E、何か食べるか? 病人や怪我人にはリンゴをあげたらいいと聞いたことがある。食うか?」
「……リンゴの芯は食べれません」
何しに来たのぉ、こいつらぁ!?
もうやだぁ! もはや帰ってぇ!? 一人にしてくれない!?
さっき起きたこと全部覚えてるわけじゃないけど、整理したいことが山のようにあるんだから!
帰るのが無理なら、せめて静かにしてくれませんかねええ!?
「気がついたか、モブディラン」
「はい、先生」
私はキリリと返事をした。
もう大丈夫です、痛いところはありません。
先生のその顔と声と存在全てのお陰で、全部ひっくるめて大丈夫です!
体を起こして元気アピールをする私に、歩み寄ってきた先生が軽いゲンコツを私の頭に食らわせた。
「!?!?」
メモを渡したこと怒ってます?
大丈夫ですよ、正確には伝わってないですから!
今からその説明をしますから、その……そんな怖い顔で見つめないで! ドキドキするから!
「どうして警笛を使わなかった」
「へ?」
「散々な目に遭っていたんだろ。身の危険を感じたら俺を呼べと言ったはずだ」
あー……、そのこと?
怒った顔でなおも私に詰め寄る先生。
近い近い! 今度こそ本当に意識を失ってしまう!
「後でじっくり詰問してやるから、今は大人しく寝ておけ。いいな」
「……はい」
短く返事をすると、先生は「よし」と言ってゲンコツした場所を撫で撫でする。
子供扱い! いや、実際子供なんだけど! 優しいですか!
私の頭を撫でている時のサラの般若のような顔が気になったけど、今だけ許して欲しい。
本当に大変だったんだから。このレベルのご褒美は等価だと思ってください。すみません。
「ブラウンに後で礼を言っておけよ。学園のヒーラーじゃこうは行かなかったからな」
「え?」
私がキョトンとしてると、先生に名指しされたサラは乙女顔になって頬を赤らめるが、説明は仕方なしといった様子だった。どんだけライバル視してんのよ。私は聖女様のライバルにすら至らないんだからね。
「ヒーラーの使う治癒術は本来、対象者自身の体力や魔力を使って癒すことになってるの。例えば元々体が弱くて体力や魔力の値が低い人に、大怪我を治そうと治癒術をかけたりしたらその人の体力と魔力を消費するわけだから、かえって命の危険に繋がったりするの。モブディランさんの怪我はひどいものだったし、体力や魔力の値も普通の人より低かったから、学園に勤務しているヒーラーに頼むことが出来なかったのよ」
そういえばそういう設定があったわね。
ヒーラーの魔力も必要になるけど、あくまで怪我を治す時に消費されるのは対象者の体力とか魔力とか。ヒーラーはあくまで対象者の治癒力を高める為に、活性化させる為に魔力を消費してるだけ、……だっけ?
だからウイルス性の病気とかに治癒術をかけたら、病気を治すどころかウイルスを活性化させてしまって、ただの風邪だったのが肺炎にまで病気が進行してしまうっていう。
「でも私の治癒術は対象者の治癒力を活性化させるものじゃなくて、比喩的表現になるけど奇跡の力のようなもので傷を直接癒すことが出来るの。簡単に言えば、私の魔力で実際に治癒させてるってこと。だからモブディランさんの体力を消耗させることなく、大怪我を完治させることが出来たってわけ」
まるでツンデレのように、このセリフの後に「勘違いしないでよね」とか言いそうな表情で説明するサラ。
多分これ、先生に頼まれたから治してくれたんだろうな……と、下卑た考えが私の脳裏をよぎる。
「そういうわけだ。……モブディラン」
「ありがとう、サラ。おかげで痛みが全部なくなったわ。本当にありがとう」
「え、えぇっ!? あ、うん……。どういたしまして……」
先生の前だし、ヒロインの機嫌を取っておくのも必要かもしれないしね。
何よりも先生に私のことを、恩知らずだなんて思って欲しくないから。
やっぱり私って、性格が最悪かも……。
誰にも気付かれないように反省していると、ジークフリートが腰に手を当てて高笑いした。
「いやぁよかったよかった! レイス君が彼女を見つけて取り乱した時は私もどうしようかと思ったけどね!」
「ちょっと……」慌てる先生。
え、何? 何ですか?
そこんとこ、もうちょっと詳しく。
先生が立ち上がって阻止しようとするレベルの話って、一体何ですか!
「レイス君は本当に生徒思いの教師だって言いたいだけじゃないか。何を恥ずかしがることがあるんだい?」
「あんた、いい加減に……っ!」
「大怪我をして意識を失ってしまった女生徒をお姫様抱っこして、アンフルール学園に全力疾走しちゃうんだもん。おじさん感動したよ」
「おい……っ!」先生?
「真っ先に医務室じゃなくてA組の寮に向かうものだから、どういうことかと思ったけど。女生徒の怪我を完治させる為に、サラ君の所へ最初から行こうとしていたんだね! その間も女生徒の名前を必死に、何度も叫んで……。今のアンフルール学園の教師は本当に素晴らし……」
「ぶっ殺す!」
先生が物騒なセリフを叫ぶと、いつものノリなのか。
ジークフリートは持ち前の脚力で逃走した。
それを鬼の形相で追いかける先生。
へぇ……、そうだったのか。
ふぅん……、私の心配を……。
お姫様……抱っこ……?
私の名前を、何度も……?
「モブディラン、どうした! 大量に鼻血がっ!」
「きゃああモブディランさん!?」
「完治したんじゃねぇのかよ! もっかい治癒術かけたれやサラァ!」
「うわああ、シーツが真っ赤に染まってる! モブディランさぁああん!」
も……、死んでもいいかも……。
でも状況が状況だけに、来てほしくない場合もある。まさに今がその時だった。
私の脳内では常にレイス・シュレディンガー先生が最強で、かっこよくて、生徒思いで、優しくて、どんな時でも必ず助けてくれるヒーローのような存在。
それでも先生が嫌な思いをすることがわかっている今この瞬間には、どうしても立ち会ってほしくなかった。
例え私が邪教信者達に拉致られようとも、殺されようとも。
「ひどい怪我だ。早く治癒魔法をかけられるように、手早く済ませるとしよう!」
このラヴィアンフルール王国にとってとても大きな存在、時の大英雄ジークフリート・ワーグナー。
彼は王国最強の騎士として、これまでの歴史的英雄を軽々と超えるほどの強さと頼もしさを備えた人だ。
今でこそ引退してヨレヨレの50代のおじさまになっていたはずだけど……?
「ジークフリートさん、あなたと戦うには分が悪すぎる。引退したはずでは?」
「私はこれでもアンフルール学園のOBだからね! 後輩が助けを求めていたら、黙っていられないのが先輩ってものだろ?」
にこやかに、あっけらかんと答えるジークフリートに対し、しかしレオンハルトは嫌味ったらしく笑う。
よほど気に障ったのか、大英雄の言葉でレオンハルトはちょっとキレたっぽい。
「ふふっ、後輩が助けを求めていたら……ね。どの口がそれを言うのか……」
「……君の名は確か、レオンハルト君……だったか。君のこともよく覚えているよ、そして……彼女のことも」
「黙れ!」
そう叫んだと同時にレオンハルトから凄まじい殺気が溢れ出す。
彼を中心に竜巻でも起きたかのように、突風で吹き飛ばされそうになるけど、私の盾となってジークフリートが地面に足を踏ん張って耐えてくれた。
私はただ地面にしがみついて痛みに耐えているだけ。
ゲームにないことばかり起きるとはいえ、まさかこんな場所で大英雄とラスボスが戦ったりしないよね?
私の心配など当然わかるはずもないレオンハルトは、大英雄相手に激昂する。
「それじゃああなたにとって彼女は、リンは後輩でも何でもないって言うのか!」
「……っ!」
言葉に詰まらないでよ。頑張ってよ大英雄!
「彼女が何をしたと!? この世界は腐り切っている! だから彼女は世界の犠牲になったと言うのに! あなたは人々に希望を与える大英雄じゃなかったのか!」
「……落ち着きなさい、レオンハルト君。彼女は……」
「運がなかったとでも? ハーフエルフという異種族として生まれてきたから、差別されても当然だと!? それであなたはリンのことを、後輩として助けようとしたか!?」
「……レオンハルト君」
終始、心を痛めながらも諭そうとしているジークフリートとは逆に、完全に頭に血が上ってしまってるレオンハルト。これじゃ聞く耳を持つはずがない。堂々巡りになるだけだ。
「俺は世界を憎んでいる。リンを殺したこの世界を壊して、リンのような異種族が住みやすい世界を作る為に! 魔王を復活させ、その力で世界を壊し、そして作り直す。もうすぐだ、そのピースはもうすでに揃っているのだから!」
なぜ私を見る?
は?
私がその答えを聞けるわけもなく、レオンハルトは一人で勝手に盛り上がって、一人で勝手に自己完結して、そして周囲にいた邪教集団達に合図を送って一方的に去って行った。
は?
「……レオンハルト君、行ってしまったか」
大英雄もちょっと拍子抜けしてるじゃーん!
というよりもむしろ、ホッとしてる?
安堵したかのように胸を撫で下ろすと、ようやく私の方を振り向いて手を貸してくれた。
先ほどレオンハルトと対峙していた時はゴリマッチョな感じだったのに、今は少しよれっとしていて少し頼りない感じだ。
あ、そういえばジークフリートのスキルってウィルと同じ『筋力増強』だったっけ?
大英雄と同じスキルだって言ってはしゃいでいたウィルに、エドガーが苛立っている描写がどこかにあったような気がするけど。
今はとにかくそんなことはどうでもいいか。
「さぁ、立てるかい」
「む……、無理くさい……です……」
正直もはや呼吸だけで精一杯です、大英雄さん。
申し訳ないけど早くなんとかしてくれませんか? かなり、めちゃくちゃものすごく辛いんですが……。
ジークフリートが私を抱えようとした時だった。
「モブディラン!」
あぁ、癒しの声。
安心すると意識が、急に眠気が……。
待って、せめて先生の匂いを……じゃなくてかっこいいお顔を拝見してから、死にたい……。
「モブディラン! 今すぐ……」
何も、聞こえなくなってきた。
待って、最後まで先生のイケボを……聞きたい……。
***
「んん……」
目覚めの悪い朝だと思った。
だけど目を開けてすぐ視界に飛び込んできたもののせいで、さらに目覚めが悪くなる。
「大丈夫? もう痛いところはない? ないならどういうことか説明してくれないかな!?」
「怪我が完治したんならさっさと目を覚ましとけや、コラァ!」
「エドガー! モブディランさんは病み上がりなんだから、そんな言い方しなくても!」
「病気じゃねぇわ! 怪我を治したんだから健康体だろ!」
「だけど後遺症がないとも限らないぞ?」
あー、うるせー。
なんていうかこう、ふっと目覚めたら先生の顔が目の前にあってさ?
それで私の手をこう、ずっと握って心配してくれてたとかさ?
意識を失っていた私にずっと付き添ってて、名前を何度も呼んでくれていたとかさ?
そういうロマンチックな演出とかくださいよ!
何これ!? 目覚めてすぐクラスメイトからの文句って!
「こらこら、君達。彼女は大変な目に遭っていたんだよ? もう少し静かにしてあげなさい。ま、それだけ心配していたってことだろうけどね! はっはっはっ! 彼女は随分と君達に好かれているようだ!」
「違います!」「違ぇわ!」
食い気味でサラとエドガーの声がハモる。
好かれていたくはないけれど、そういう即座な拒否もどうかと思うよ?
私よりあなた方の人間性が疑われますけど?
「大英雄ジークフリート! 会えて光栄です! あの、よかったらここにサインを……」
ちゃっかりファン丸出しでサインをねだるなウィル!
大怪我してたクラスメイトを心配して駆けつけたんじゃないな、これ!?
ジークフリート目当てだったろ、お前!
「E、何か食べるか? 病人や怪我人にはリンゴをあげたらいいと聞いたことがある。食うか?」
「……リンゴの芯は食べれません」
何しに来たのぉ、こいつらぁ!?
もうやだぁ! もはや帰ってぇ!? 一人にしてくれない!?
さっき起きたこと全部覚えてるわけじゃないけど、整理したいことが山のようにあるんだから!
帰るのが無理なら、せめて静かにしてくれませんかねええ!?
「気がついたか、モブディラン」
「はい、先生」
私はキリリと返事をした。
もう大丈夫です、痛いところはありません。
先生のその顔と声と存在全てのお陰で、全部ひっくるめて大丈夫です!
体を起こして元気アピールをする私に、歩み寄ってきた先生が軽いゲンコツを私の頭に食らわせた。
「!?!?」
メモを渡したこと怒ってます?
大丈夫ですよ、正確には伝わってないですから!
今からその説明をしますから、その……そんな怖い顔で見つめないで! ドキドキするから!
「どうして警笛を使わなかった」
「へ?」
「散々な目に遭っていたんだろ。身の危険を感じたら俺を呼べと言ったはずだ」
あー……、そのこと?
怒った顔でなおも私に詰め寄る先生。
近い近い! 今度こそ本当に意識を失ってしまう!
「後でじっくり詰問してやるから、今は大人しく寝ておけ。いいな」
「……はい」
短く返事をすると、先生は「よし」と言ってゲンコツした場所を撫で撫でする。
子供扱い! いや、実際子供なんだけど! 優しいですか!
私の頭を撫でている時のサラの般若のような顔が気になったけど、今だけ許して欲しい。
本当に大変だったんだから。このレベルのご褒美は等価だと思ってください。すみません。
「ブラウンに後で礼を言っておけよ。学園のヒーラーじゃこうは行かなかったからな」
「え?」
私がキョトンとしてると、先生に名指しされたサラは乙女顔になって頬を赤らめるが、説明は仕方なしといった様子だった。どんだけライバル視してんのよ。私は聖女様のライバルにすら至らないんだからね。
「ヒーラーの使う治癒術は本来、対象者自身の体力や魔力を使って癒すことになってるの。例えば元々体が弱くて体力や魔力の値が低い人に、大怪我を治そうと治癒術をかけたりしたらその人の体力と魔力を消費するわけだから、かえって命の危険に繋がったりするの。モブディランさんの怪我はひどいものだったし、体力や魔力の値も普通の人より低かったから、学園に勤務しているヒーラーに頼むことが出来なかったのよ」
そういえばそういう設定があったわね。
ヒーラーの魔力も必要になるけど、あくまで怪我を治す時に消費されるのは対象者の体力とか魔力とか。ヒーラーはあくまで対象者の治癒力を高める為に、活性化させる為に魔力を消費してるだけ、……だっけ?
だからウイルス性の病気とかに治癒術をかけたら、病気を治すどころかウイルスを活性化させてしまって、ただの風邪だったのが肺炎にまで病気が進行してしまうっていう。
「でも私の治癒術は対象者の治癒力を活性化させるものじゃなくて、比喩的表現になるけど奇跡の力のようなもので傷を直接癒すことが出来るの。簡単に言えば、私の魔力で実際に治癒させてるってこと。だからモブディランさんの体力を消耗させることなく、大怪我を完治させることが出来たってわけ」
まるでツンデレのように、このセリフの後に「勘違いしないでよね」とか言いそうな表情で説明するサラ。
多分これ、先生に頼まれたから治してくれたんだろうな……と、下卑た考えが私の脳裏をよぎる。
「そういうわけだ。……モブディラン」
「ありがとう、サラ。おかげで痛みが全部なくなったわ。本当にありがとう」
「え、えぇっ!? あ、うん……。どういたしまして……」
先生の前だし、ヒロインの機嫌を取っておくのも必要かもしれないしね。
何よりも先生に私のことを、恩知らずだなんて思って欲しくないから。
やっぱり私って、性格が最悪かも……。
誰にも気付かれないように反省していると、ジークフリートが腰に手を当てて高笑いした。
「いやぁよかったよかった! レイス君が彼女を見つけて取り乱した時は私もどうしようかと思ったけどね!」
「ちょっと……」慌てる先生。
え、何? 何ですか?
そこんとこ、もうちょっと詳しく。
先生が立ち上がって阻止しようとするレベルの話って、一体何ですか!
「レイス君は本当に生徒思いの教師だって言いたいだけじゃないか。何を恥ずかしがることがあるんだい?」
「あんた、いい加減に……っ!」
「大怪我をして意識を失ってしまった女生徒をお姫様抱っこして、アンフルール学園に全力疾走しちゃうんだもん。おじさん感動したよ」
「おい……っ!」先生?
「真っ先に医務室じゃなくてA組の寮に向かうものだから、どういうことかと思ったけど。女生徒の怪我を完治させる為に、サラ君の所へ最初から行こうとしていたんだね! その間も女生徒の名前を必死に、何度も叫んで……。今のアンフルール学園の教師は本当に素晴らし……」
「ぶっ殺す!」
先生が物騒なセリフを叫ぶと、いつものノリなのか。
ジークフリートは持ち前の脚力で逃走した。
それを鬼の形相で追いかける先生。
へぇ……、そうだったのか。
ふぅん……、私の心配を……。
お姫様……抱っこ……?
私の名前を、何度も……?
「モブディラン、どうした! 大量に鼻血がっ!」
「きゃああモブディランさん!?」
「完治したんじゃねぇのかよ! もっかい治癒術かけたれやサラァ!」
「うわああ、シーツが真っ赤に染まってる! モブディランさぁああん!」
も……、死んでもいいかも……。