▼詳細検索を開く
作者: 遠堂沙弥
残酷な描写あり R-15
24 「形勢逆転からの詰み」
 なかなか私が実戦演習場所が書かれたメモを渡さないせいか、四人くらいの男達から暴行を受ける。
 渡さないというより、痛みで気を失いそうだから渡せないっていう理由もあるのに。
 相変わらず戦闘能力どころか、自分が他人に対して暴力を振るうことに多少の抵抗を示すヒューイは、そばでギャアギャアと騒ぎ立てるだけでうるさいったらない。
 あんたがうるさいせいで、私がかろうじて出してる声もこの人達には届かないじゃない!
 それでも私は横たわることしか出来なくて、蹴られたお腹を庇うように丸まってじっと痛みに耐える。
 足で蹴られ、髪を掴まれ顔を上げさせられたかと思ったら罵声を浴びせられ、それからまた殴られた。何度も殴られたせいで私の顔は腫れ上がって、両目がすっかり開けないでいる。
 こんな醜い姿を先生に見られたくはないけれど、襲撃してきた邪教信者を一通り片付けたら、きっと学園前で暴行を受けている私のことを発見してしまう。
 先生ならきっと心配してくれるだろうけど、そういうことではなくて。
 私はただボコボコに腫れ上がって、醜く歪んだ顔を見られたくないわけであって……。

「ぐぁっ!」
「なっ、どうして……ぎゃあああ!」
「ひいい、お許しくださ……っ! ぐはっ!」

 何が、起きてるの?
 急に暴行が止まったかと思ったら、私のことを散々殴ったり蹴ったりしていた男達の悲鳴と共に、辺りがしんと静まり返った。悲鳴が上がったと同時に水滴みたいなものが私の顔にもかかったけど、これは……血?
 急に周囲が生臭いような、嫌な臭いが漂ってくる。
 様子を窺いたいけど、痛みでどこも動かせない。声も出せなくて、呻(うめ)くことしか出来ない。

「私の部下が手荒な真似をしてしまってすまなかった」

 レオンハルト?
 すぐ近く、耳元で声がしたかと思うとレオンハルトは私を抱き抱えるようにして立ち上がった。
 そしてゆっくりと、私を地面に降ろす。本当は痛みで立つこともままならないんだけど、また倒れるのは無様だったからなんとか二本の足でバランスを保った。膝が笑ったように震える。
 少し前屈みになって右手で胸元を探り、それから痛みの強い左腕を右手で軽く押さえた。
 多分これ、折れてる……。

「私に癒しの力はないから、怪我を治してから改めて話を再開することは出来ない。だから手短に言おう。メモを……」

 レオンハルトが言い切る前だった。
 まぶたが腫れててその顔を拝むことは出来なかったけど、私の行動に言葉を飲んでいることだけはわかる。
 そうよ、そのつもりでやってるんだから。もっと驚け。

「どういうつもりだ?」
「欲しかったのは、これなんでしょ……? 正真正銘、レイス先生からもらった……手書きのメモよ」

 私はレオンハルトが喋っている間に、ブラの中に右手を突っ込んでメモを取り出していた。
 最初こそ抵抗の意を示したけど、まさかこんなあっさりと渡すなんて思わなかったでしょ。無様に驚け。
 私は自分の作戦が上手くいってるのかどうか確認する為に、なんとか両目を開こうとする。うっすらだけど、目の前のレオンハルトを拝むことは出来た。
 そしてちょっとハイになってきたせいか、いつの間にか声も出せるようになっている。
 あぁ……、そんなことよりメモを受け取った瞬間の顔も、ちゃんと拝んでおきたかった!

 レオンハルトは罠かもしれないと思って、じっと私の手にあるメモを見つめる。
 スキル『神の目』を使っているんだろう。安心しなさいよ、ちゃんとした本物だから。偽物なんて用意してる暇なかったんだから。
 一体何を見て確信したのかはわからないけど納得したのか、メモを掴み取ったレオンハルトはもう一度私の顔を見て、それからまたメモに視線を落とす。
 眉根を寄せて、すごく不快そうな表情をした。

「どういうことだ、これは?」
「どういうことも何も……。ブラの中に、隠してたから……」

 レオンハルトは私に向けてメモを見せつける。
 そんなことしなくてもわかってるわよ。わかっててやったんだから。ざまぁ。
 メモは私の多少ささやかな胸の間に挟まれてて、逃げたりもがいたり痛みに耐えたりしたことで汗をかいて、その水分でメモがすっかり湿気(しけ)っていた。
 あくまで予想だったけど、この世界に「油性ペン」なんてものは存在しないと思っていた私は、どうにかして文字が読み取れないようにしようとした結果だった。
 案の定、先生が万年筆で書いたであろうインクは汗で滲んで、半分以上読み取れなくなっている。
 せいぜい最初の文字の「ア……」くらいしか読めないだろう。
 公式が出していた世界地図の地名などで「ア……」から始まる場所は、およそ二十通りはあった。
 それらを月曜日に行われる実戦演習本番までに突き止めるのは至難の業のはず。
 仮に邪教宗派の全信者を総動員して総当たりしたとしても、各場所に大体十人〜二十人くらいしか差し向けることが出来ない。邪教宗派と言っても、そんな何千人という人数で構成されているわけじゃないからね。
 恐らく、今私が考えたことをレオンハルトはメモを見た瞬間に、頭の中ですでに計算していたはず。
 
「この文字は間違いなくあいつの字、本物か……」

 問題は『神の目』で書いてあった文字が滲んで読めなくなる前のものまで、再現して見ることが出来るかどうかに懸かってるんだけど!
 この様子だと、それは大丈夫そうね。
 あくまで『神の目』で見通せるのは、現在進行形のものだけ。
 過去のものを再現して見ることは出来ないみたい。

「お望みの物を渡したんだから、もう用はないはずだけど……?」

 早くどっかに行って。
 先生がここへ駆けつけて来る前に!
 私の堂々とした態度が気に食わないのか何なのか、レオンハルトは急にくつくつと笑い出した。
 高笑いとかではなく、含むように。何がおかしいのよ。上品に笑っているからってその笑顔に騙されたりしないんだからね!

「なるほど、あの娘の言った通り。転生した者は実に面白い人格のようだ……」
「……え?」

 私が戸惑っていると、レオンハルトが今度は不敵な笑いを浮かべながら左手をサッと払うような仕草をした。
 するとその動作が合図だったのか、あちこちの路地裏から人々が次々と出て来る。
 まるで今までこの辺りにいた通行人が、催眠術にでもかかったみたいに集まってきたように思ったけど、見ると彼達の首には黒い十字架が提げられている。
 まさかここにいる全員が邪教信者?
 見た感じ三十人くらいはいそうだけど?
 こんなたかが小娘一人に一体何をする気なの? まさか集団暴行で殺したりとか? 嘘でしょ?

「もう少し様子を見ようかと思っていたが、あの娘が君のことをとても気に入っている様子だったからね。せっかくの機会だ。今ここで君を拐(かどわ)かすことにしよう」

 つまり私を拉致るってことですか?
 なんで!?
 逃げようとも全身の痛みがそれを許してくれない!
 立っているだけでやっとなのに、敵に背中を向けて走り去ることすら出来ないなんて。
 やめて! 私はまだ学園でやり残していることがあるんだから!
 主に先生の観察だけど!
 絶望が私から気力を失わせて、ついに立っていることすら出来なくなった私はその場で崩れて倒れてしまう。
 
(あー、ダメだ。なりふり構わず警笛を吹く気力すら残ってない……。詰んだ……)

 私がすっかり諦めた時だった。
 すぐ近くで何かが落ちた大きな音と衝撃で、その場にいた信者達は悲鳴を上げながら吹き飛ばされる。
 うっすら開けていた目にそれらが見えていた私は、その現象が「何かが落ちた」衝撃ではなく「あの人が着地した」衝撃だと察した。

 そんなまさか。
 またゲーム内とは異なる展開が起きるなんて……。
 こんなイレギュラーだらけの展開が起きるんじゃ、私のゲームに関する知識なんて役に立たないじゃない。

 私を敵から遮るように仁王立ちする大きな背中。
 翻(ひるがえ)る真っ赤なマント、その背には身長二メートルの大男ですら振り回せないような大剣が……。

「OBの私が助けに来たから、もう大丈夫だ! 後輩よ!」
「国の、大英雄……ジークフリート……」

 ゲームのラスボスから、王国最強にして伝説の大英雄まで出て来るなんて……。
 今日はなんて日なの……。
Twitter