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作者: 遠堂沙弥
残酷な描写あり R-15
23 「ファンだから」
 レオンハルト・ベルセリウス、とても綺麗な濃い青色をした長い髪。優しげで柔和な笑みを浮かべるその顔は、心の弱った人間でなくてもその身を全て委ねてしまいたくなるような包容力を思わせる。
 身長は高く、紺色のマントは左肩の留め金で纏っているからマントの下が見えているのは左半分のみ。魔法剣士が身に付けるような軽装で、腰には細身の剣を携えている。
 まるで何かの勧誘でもしているかのように私に微笑みかけながら、ゆっくり左手を差し出す。

「まさかこんな所で君に出会うとは思わなかった。だが残念ながら、今日用事があるのは君じゃない」

 にっこりと笑っていた目が細くなり、柔和な雰囲気はどこかへ飛んでいってしまってる。
 獲物を狙うハイエナみたいな鋭い眼光。少しでも妙な動きをしたら怪我を負わされそうな、そんな威圧感をビリビリと感じる。
 まるで動物園にあるライオンの檻の中に閉じ込められたような気分。目の前には肉食獣のライオンがいて、私は檻の片隅に追いやられているような……、そんな危機感。

「渡してもらおう。何のことかは……、わかっているね?」

 やっぱりさっき先生から受け取った実戦演習の場所が書かれたメモを欲しがってるんだ。
 これを渡すわけにはいかない。だってせっかく先生が信用して私に託してくれたんだもん。その信用を裏切るような真似、ファンには出来ない!
 でも思い切り面と向かっているこの状況で、どうやって出し抜ける?
 私は目くらましの魔法どころか、戦闘で役に立つようなスキルなんて何も……。
 そう絶望した瞬間、私はレオンハルトの背後の方に視線を走らせて叫んだ。

「レイス先生! 助けてください!」
「何……っ!?」

 私の声に反応してレオンハルトは咄嗟に背後を振り向いた。

(ステルス発動!)

 レオンハルトが私から視線を逸らした瞬間、スキル『ステルス』を使って路地裏へと駆け出す。
 私の助けを求める声で先生が背後に迫っていると思ったレオンハルトは舌打ちしていた。もちろん背後には誰もいない。いるのは逃げ惑う市民だけ。
 レオンハルトにとってレイス先生は元親友であり、自分のスキル『神の目』を唯一破ることが出来る。警戒しないわけがないと思っていた。
 そして今のでわかったことがある。スキル『神の目』は自分の目の前しか見通すことが出来ない、あるいは何かに集中している場合に限りその他を見通すことは出来ない。
 前者だった場合、レオンハルトのスキルは背後に限り見通すことが出来ないことになる。
 後者の場合は目の前にいる私という存在に集中していたから、本来なら全方位を見通すことが出来るのに、今だけはそれが出来なかったことになる。
 どちらにしろまたすぐスキルを使ってくるはずだから、建物の陰に隠れようが人混みに紛れようがすぐに見つかってしまう可能性が高い。
 公式での説明によれば、『神の目』は千里眼のような働きもするという。遠くにあるものを見たり、遮蔽物すら関係なく見通すことが出来る。
 だから建物や物陰に隠れても、私の姿はレオンハルトに丸見えってこと。だったら一刻も早くこの場を離れて安全地帯である学園敷地内に逃げるしかない!

 学園には通行証のようなものがあって、生徒や教師などの学園関係者はみんな通行証を持っていないと出入り出来ないようになっている。もし所持していない者が学園の門を通過しようとしたら、即刻サイレンが鳴り響いて全方位に結界が張られることになる。
 この結界は触れると大火傷を負う。敵意や悪意のあるなしに関係なく効果を発揮するもの。
 いたずらでこの結界を発動させた者は厳罰に処されるから、誤作動を起こしたことは過去一度もないらしい。

 つまり学園内が安地!
 一直線に走れば数分で到着する、はずだった。
 学園の門はもうすぐ目の前だっていうのに、私の足は地面に貼りついたように動かない。
 まるでトリモチでも踏んだみたいに、どんなに足を上げようとしても動かなくて、私はそのままバランスを崩して地面に倒れ伏した。

「な……んなのよ、これぇっ!」
「ははっ、やった! 見えないけど、何かが掛かった!」

 見ると建物の路地裏から一人の男が出てきた。気持ち悪い笑い方をしながら肩を震わせている。
 ねっとりとした黒髪のおかっぱ頭の男、白衣を着たその男こそ学園内の裏切り者の教師、ヒューイ・コンラートだった。このトリモチはこいつのスキルみたいだ。

「教主様の言った通りだ。学園の目の前に私のスキルを張り巡らせておけば、必ずここを通って引っ掛かると!」

 私はヒューイを睨みつけながら、どうにか立ち上がろうとするけどやっぱり動けない。
 そうこうしている内に私のステルスが時間切れで解けたみたいで、ヒューイは真っ直ぐと私を睨みつける。
 私の姿を確認出来たからなのか、路地裏から次々と男達が出て来た。
 首から黒い十字架をぶら下げている。ーー邪教信者!

「さぁ! 私のスキルを解くから、逃げられる前にあいつを捕らえてメモを探すのです!」

 ヒューイの声と共に、急に地面にくっついていた手足が動くようになった。彼らに押さえつけられる前に私はすぐさま起き上がって走り出そうとするけど、私の身体能力じゃ逃げ切れなかった。
 すぐさま腕を、肩を、服を掴まれる。そして髪の毛も引っ張られ、痛みで私は短い悲鳴を上げた。
 もがくけど男の力に敵わず、腕で首を締め上げられる。
 提げていたショルダーバッグを取られ、中身をぶちまけられた。紙切れのようなもの一つ出て来なかったことに苛立ったのか、バッグを踏み付け、男が怒りの形相で詰め寄る。

「メモはどこだ!」
「言うわけな……」

 最後まで言わせるつもりがなかったのか、私は拳で左頬を殴られた。
 顔の左半分が激しい痛みに襲われて目の前が真っ白になる。めまいでも起こしたみたいに、急に全身の力が抜けて自分の足で立っていられなくなった。
 それでも両手を掴まれ、まるで十字架にはりつけにされているように、足は宙ぶらりんのまま横たわることすら許されない。
 もう一度同じことを聞かれるけど、痛みで口が開かなくて何も喋れない。
 すると今度は右頬を殴られた。口の中を切ってしまったのか、血の味がする。殴られた痛みで頭痛までしてきて、吐き気まで併発した。

「さっさと言わないか! お前達、どんな手を使ってでもメモを手に入れろ!」

 口で命令するだけで、自分は何もしない卑怯者のヒューイめ。
 私は後頭部を鷲掴みにされて、力任せに地面に向かってボールを投げつけるみたいに投げられる。
 殴られて激痛が走っている顔面にさらに追い打ちをかけるように、私はこめかみから地面にぶつかって倒れてしまった。これだけのダメージを負ったら、人間って思うように体を動かすことが出来ないのね……。
 こんな状態でステルスのスキルを使ってもどうしようもない。
 モブスキル……、改めて……クソスキルめっ!

『いいか、身の危険が迫った時や異変に気付いた時に吹くんだぞ』

(……そうだ、警笛……)

 意識が朦朧としてくる中、私の大好きな声が脳内再生される。
 今こそ身の危険真っ只中じゃない?
 これを吹けば、先生が私を助けに来てくれる。
 一拍置いて、私は警笛に手を伸ばすことなく両手をぎゅっと握りしめた。

 ダメだ!
 こんな所で先生に助けを求めたら、……レオンハルトと対面してしまう。
 学生時代、そして騎士団時代に友情を深め合った親友に……。
 
 それはつまり、先生の心を傷付けることになってしまう。
 なぜなら先生は邪教宗派の現・教主がレオンハルトであることを知らないから……!

 先生のことが好きだから、……ファンだから。
 だから先生をここに呼ぶわけにはいかない……っ! 
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