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作者: 遠堂沙弥
残酷な描写あり R-15
19 「帰省」
 週末になると、寮暮らしの生徒は自由に帰宅することが許されている。
 ほとんどの生徒は帰宅するけれど、一部の生徒は寮に残っていてその理由は様々。

 例えばサラやウィルはアンフルール学園から自宅までの距離が遠過ぎて、ゆっくり帰省していられないから。
 エドガーに関しては家の財力を使って、移動用のドラゴンに騎乗して帰宅することが出来るけど、そもそも帰宅するつもりがない。
 両親がめちゃくちゃ過保護で、それが鬱陶しくて帰りたくない……という理由。
 そうでなければドラゴンにサラやウィルも一緒に乗せて帰省していたところだけど、エドガーの気持ちを汲んで二人は家に帰りたいと言い出さなかった。

 ルークはそもそも父親と反りが合わず、理由は違えどエドガーと変わらない。
 父親は国王で、とても厳しい。
 邪教信者となった長男のことで常にストレスを抱えており、世間体もあってか……。
 長男のことは勘当どころか死んだことにして、王位継承権を次男であるルークに譲渡する為に、より厳しくなっている。
 国王はそのストレスのせいで常にイライラしているから、怒りの矛先は身近にいる母親や妹にまで及んでしまうほど。
 父親に反抗しても無駄で、結局ルークが反抗すればするほど母親や妹へ火の粉が飛んでしまう。
 母親と妹は別宅で療養……、という形で事実上の別居。
 ひとまず安全を確保したということで、父親以上の国王になるべく力を身に付ける為にこの名門アンフルール学園に入学した、という経緯がある。
 だからルークは母親と妹が安全な場所にいる限り、帰省することはない。
 別宅に帰省しないというのも、もしルークが別宅を訪れているとわかれば、国王は叱責する為に別宅まで足を運んでしまう。
 そうすると親子喧嘩が勃発し、また母親と妹に火の粉が飛ぶ。
 ルークはそれを避ける為に家族とは距離を置いている、というわけだ。

 私はというと、色々と確認したいことがあるので帰省することにした。
 アンフルール学園のある町に住んでいるから、徒歩で帰宅する。
 手荷物はない。日帰りだから。
 でもまぁ手土産だけは用意しておこうと思って、アンフルール学園名物「希望のドーナツ」を持参することにした。
 学園のパティシエ部門に所属している生徒の手作りで、コンセプトは「希望やら友情やら色んなものにご縁があるよう、美味しい輪っかに願いを込めて」という長ったらしいもの。
 ドーナツの輪っかの円と、ご縁をかけたという親父ギャグ的なサムシング。
 でもこれがまた美味しい。某ドーナツ専門店を彷彿とさせるように色んな種類があって大好評なんだけど、輪っかでないといけないという決まりがあるので、フレンチクルーラーみたいな形のものは存在しない。
 
 私はE・モブディランのお屋敷に到着すると、玄関のドアに付いているドアノッカーでノックする。
 するとモブディラン家の使用人がドアを開けて、私が帰ったことを確認すると笑顔で出迎え、中に入れてくれた。それからたまたま通りかかったもう一人の使用人に私の帰宅を伝えるようにと声をかけ、恐らく両親を呼びに行ったんだろう。走って行ってしまった。

「これ、お土産のドーナツです。みんなでお茶をする時に出して欲しいんだけど、お願い出来ますか」
「わかりましたお嬢様」

 ドーナツの入った箱を受け取ると、使用人の女性はにっこり笑って話しかける。

「Eお嬢様、私共には敬語を使わなくてもいいんですよ」
「あー、いや。なんかそういうの苦手で……。出来るだけ使わないようにするけど、勘弁してくれます?」

 私は年上相手にタメ口を使えないタイプ。
 社会人だからなのか、そういう性格だからなのか。とにかく無理。
 使用人はまたにっこり笑って会釈すると、ドーナツを持ってキッチンへと歩いて行った。
 私はここで家族がやって来るのを待っていればいいのか、それともさっさとダイニングルームへ行ったらいいのか、自分の部屋で呼ばれるのを待っていればいいのか。
 広すぎるお屋敷だと、その辺がよくわからない……。
 私がきょろきょろと落ち着かない様子でいると、二階の通路から声をかけられた。
 玄関ホール全体が吹き抜けになっていて、二階の通路から玄関ホールの様子は丸見えだからだ。

「E姉さん、帰ってたんだ!」
「えっと、アーク。久しぶり」

 私は一人っ子だったので、自分に弟がいるというのはなんともぎこちなくなってしまう。
 友達感覚で接したらいいのかどうかわからないけど、とにかくタメ口でいいのは確かだ。
 アークは嬉しそうに階下へ下りて来ると、笑顔でめちゃくちゃ話しかけてくる。

「学園生活はどう? 楽しい? 姉さんは物静かで大人しいから、ちゃんと友達が出来るかどうか心配してたんだよ! それにモブスキルのこともあるでしょ。姉さんはモブスキルを使わなくても地味顔だから、クラスメイトに認識してもらえるかどうか父さんや母さんと賭けをしてて」

 おい、ちょっと待て。最後らへんどういうことだコラ。

「なんて、冗談だよ。でも心配してたのは本当だけどね。さ、こんなところにいつまでもいないで。ダイニングルームでたくさん話を聞かせてよ!」

 そう言って私の手を引っ張る弟君、いや……聞きたいことがたくさんあるのは私の方なんだけどさ。
 とにかくここはアークに従って私はされるがまま、引っ張られながらついて行った。
 ダイニングルームに入ると、すでに使用人がお茶の準備をしている。私は促されるように席に座って、両親が来るのを待った。
 バァンという大きな音と共に入場してくる両親。
 相変わらず煌びやかで派手な顔をした明るい両親。
 とても地味を顔に貼り付けたような私の両親とは思えないその容姿。
 二人は勢いよく入室して来るなり、私を見て歓喜に打ち震えている様子だった。

「Eちゃん! 元気そうでよかったわ! 家を出て生活するなんて初めてのことだから、お母さんとっても心配してたのよ!」
「少したくましくなったんじゃないか、E! なんというか、こう。目元が凛々しくなったというか、勇ましさを感じるというか、点に見えるというか。とにかく健康そうで何よりだ! はっはっはっ!」

 つまり目元は何も変わってなくないですか、それ。
 両親もまた席について、家族揃ってお茶の時間が始まった。
 使用人の一人が淹れてくれた温かい紅茶を飲みつつ、学園名物のドーナツを頬張っていく家族。
 やはりどこからどう見てもEとの血縁を全く感じさせない美貌。
 モブスキルをオフにしても私はどこまでも普通の地味な顔。多少マシになるだけの、のっぺりとした顔。
 本当ならこの辺もツッコみたいところだけど、まだ私はこの家族の詳細を知っているわけじゃない。何が地雷になるかわからない以上、下手なことを聞けるような状況じゃないからもう少し様子見する必要がある。
 私は当たり障りのない、ごく普通で自然な会話を切り出していく。

「アンフルール学園って本当にすごいのよ。みんな優秀で、将来有望な人材ばかりが集まってるだけあって。私なんて呆気に取られるばかりだから、元気にやってはいるけどその辺がちょっと心配かな」
「まぁまぁEちゃんたら、私達モブディラン家は代々隠密を得意とする家系。隠密スキルだけ特化してるから、それは仕方のないことなのよ!」
「王国直属の暗部は隠密スキルに加えて、身体能力や戦闘能力も高くなければいけないからな! そんな命の危険に関わるようなこと、モブディラン家の人間はしなくていいんだ!」

 じゃあなんでアンフルール学園に入学なんてしたのよ!
 全くもって意味がわからないし、何を目的として入学したのか全然検討がつかないじゃない!
 もしかして両親は、Eが入学したいって言われて二つ返事でオッケーしただけじゃないでしょうね。

「姉さんはある目的があって入学したんだったよね。入学試験もモブスキルをフル活用してパスしたって聞いたけど、一体どうやったのか僕にも教えて欲しいな」

 何それぇ! むしろ聞きたいのは私なんですけど!
 本当にどうやってパスしたの! モブスキルフル活用でなんとかなる入学試験って何!?
 とりあえず何も知らない私は愛想笑いをして誤魔化すしかない。
 でもちょっと待って?
 ある目的って何? それはさすがに初耳だわ! どうにかして聞き出せないかな!
 自分のことを第三者に聞き出すって何! 高難易度すぎない!?

「そのことなんだけど、あの時の高熱の後遺症なのかなー? その辺とか、自分のことが今ひとつ覚えてなくて。記憶障害なのかな、やっぱり。そのことでちょっと困ってるのよね。クラスの課題で入学した目的とか目標とかを書いて提出しないといけないから、家族に何か話してなかったかどうか聞きたくて……」

 やっぱりちょっと強引すぎたかな?
 家族がアイコンタクトしながら戸惑ってる。
 ざわつかないで! 私も内心ハラハラしてるんだから!

「可哀想なEちゃん、記憶が混濁するほどひどい高熱だったのね……。私で答えられることなら、なんでも答えてあげるから心配しなくていいのよ!」
「なんてことだ、Eがそんなに困っていたなんて。それに気付かず何が父親か……。Eよ、父が答えられることならなんでも答えてやるから、遠慮せずに聞きなさい!」

 両親チョロ〜!
 いや、チョロくて助かった!
 よかった! バカで! バカは失礼か、仮にもEのご両親に向かって。
 私ってば心の声だと途端に口が悪くなるところ何とかしないといけないわね。下手したらそのまま口に出してる可能性があるし。
 先生のことを悪く言ったエドガーの件やら、間違えてルークのことを呼び捨てにしてしまった件を思い出しながら自重する。
 咳払いをして、姿勢を整える。
 ついにこの時が来た……。

 さて、本題に入りますか!
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