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作者: 遠堂沙弥
残酷な描写あり R-15
20 「モブディラン家」
 ひとまず高熱による記憶混濁を理由に、本当のEに関しての情報を引き出せそうな雰囲気に持っていけたっぽい。
 両親は協力的だけど、なんとなく弟のアークは怪しんでそうに見えなくもない。
 なんでも答えると言ってくれた両親と違い、アークだけは何も言わなかったのがどうにも引っかかる。
 そもそもこの世界に転生して目覚めた時、一番最初に目の前にいたのはこのアークだ。私の変化にいち早く気付いていてもおかしくない。
 もしかしたら私としては面識のないはずのゾフィの時のように、私が本物のEとは全くの別人という可能性を考えているのかもしれない。そう思うと気が気でないなぁ。言葉には本当に気を付けないと……。

「えっと、変なことばかり聞くかもしれないけど。これは一応確認みたいなものだから、気にしないでもらえると嬉しい……かな」
「いいとも、いいとも! 可愛い娘の為だ! 私達の思い出に花を咲かせるいい機会とも取れる! 生まれた時から現在に至るまでの話をしてやってもいいんだぞ! なんたってEは私達の大切な可愛い娘だからな!」

 なんでいちいちお腹から声を出すんですか、Eのお父さん。

「Eちゃんはモブディラン家始まって以来の、モブディランたらしめる外見を持って生まれてきた貴重なベイビーだったのよ! 親戚一同、大歓喜でお祭り騒ぎになるほどだったんだから! おーっほっほっほっ!」

 そしてなんでいつもハイテンションなんですか、Eのお母さん。
 というか「モブディランたらしめる外見をした貴重なベイビー」って何!
 私がたじろいでいると、それすら忘れてしまったのかという表情で心配そうになり、テンションをある程度下げてくれた。一応気を使うということは出来るのね。

「すまない、私達だけで盛り上がってしまって。Eは不安でたまらないというのに」
「いくらなんでもデリカシーに欠けた行為だったわね。ごめんなさい、Eちゃん」
「あ、いや……気にしてないから。そんなことより、モブディラン家についてもうちょっと詳しく聞きたいんだけど、結構歴史が深かったりするのかな〜って。前に聞いた話だと、結構すごい隠密スキルを持った一族……みたいな感じだったし」

 まずはゲーム本編で登場することのなかったモブディラン家について。
 これが一番の謎っていえば謎だからね。
 自分のお家のことは知っておかないと。

「モブディラン、代々隠密スキルに特化した一族でな。その能力は他人の記憶から抜け落ちる程、強力なものだった。それにより大昔のモブディラン家の大半は暗部として活躍していた。諜報活動、暗殺、なんでもござれだ。しかしある代により、暗部としての悪名から足を洗いたいと言う者が現れた。多くがこれに反対したよ。それも当然、暗部としてこれ以上ないスキル持ちで、さらに巨万の富を築き上げたんだ。引退して足を洗えば、次は一体どんな職業についたらいいんだよって話になる」

 それは確かに。

「そこでモブディラン家は二つに分かれてしまった。一つは今もなお暗部として活躍している一族。そしてもう一つが我々、モブディラン家というわけだ」
「ちょ、待って。もう一つの家名は?」

 名字? ファミリーネーム? どっちで聞いたらいいのよ、こういう場合!

「ん? そんなことを聞いてどうすると言うんだい?」
「いや、自分の家のことだから知っておいた方がいいかなぁって。だってそれアークも知ってるんでしょ?」

 私は助け舟というわけではないけどアークを見た。
 アイコンタクトしたつもりだけど、反応は薄そう……。

「う〜ん、知ってるっちゃ知ってるけど。姉さんは知らないままでいいんじゃないかな。だってほら、どうせ言ってはいけない名前なんだし」
「え?」
「そうね、今も暗部として活躍している組織のトップのお名前なんだもの。ここで明かしてしまったら、秘密を守ることが出来なくなってしまうわ」
「これは国からも極秘とされていてな。安易に教えてはならない名前なんだよ。お前が忘れたからと言ってどうということはない。知らないままの方が平穏無事に暮らせるというものだからな」

 そんな……、何かの手がかりになるかもしれなかったのに……。
 でもゲーム本編でも暗部に関することは何もなかったから、本当に知らないままで進めてしまってもいいの?
 ここが最大の分岐点だったりしない?

「そうして我々モブディラン家は、高度な隠密スキルをモブスキルと称して静かに暮らすようになった。暗部に関する秘密厳守と引き換えに、中流貴族という身分を未来永劫保つことを条件として」
「だから私達、領地の治世とかそういうことを何もしなくても、贅沢さえしなければ一生安泰というわけなのよ! 素晴らしいでしょ、Eちゃん! おーっほっほっほっ!」
「でも前に書類仕事みたいなことをお父さんがしてたみたいだけど、あれは仕事じゃないの?」

 私が入学して寮生活を始める前、この屋敷で生活していた時に何度か書斎で書類関係の仕事をしに行くお父さんの姿を目撃している。一体どんな仕事を?

「さすがに中流貴族の大黒柱がニートってカッコ悪いだろう? だからほら、たまに国から経理の仕事を任されるんだよ! 不正がないかどうか、このモブスキルを使えば簡単に調査が出来るというものだからな!」

 まぁ、脱税とか横領とかそういうのを調べるのに暗部なんて使ってられない、のか?
 私はとりあえず納得しておいた。
 お父さんの仕事が先生のベストエンド達成のピースになるとは、あんまり思わないし。

「あ、じゃあさ。ブラッドリー家と何か交流があったりとかはしない、かな?」

 聞いた途端、場が凍りついたような気がした。
 さっきまでニコニコ笑顔で意気揚々と話していたのが嘘みたいに、その顔は完全に真顔だ。こっわ。

「ブラッドリー家が、なんだって?」
「あー、入学する辺りにさ。なんか私、ブラッドリー家の娘さんとどこかで知り合ってたみたいで。それを思い出せたらスッキリするんだけどなぁって思っただけなんだけ……ど……」
「それ前にも聞いてたよね、姉さん」
「うっ」
「ブラッドリー家、色々と噂が絶えないわよね。世間からの評判も良くない。まぁあの家の者全員がダンピールなんじゃないかって、そういう話だけれど」
「差別は良くない。だが、異種族は決まって邪教信者である可能性が高いのもまた事実。人間からの差別に耐えかねて、魔王を信仰する邪教宗派にすがるのもまた必然。そういうわけだから、ブラッドリー家の人間と交流するのはあまり好ましくはないな。それでもEの好きなようにすればいいが。もしEの身に何かあった方が大変だ。出来ればそうならないように、距離を置いてもらえるとお父さんもお母さんも安心なんだが……」
「……善処は、してます」

 主にあっちから言い寄って来てるだけだし、正体も何もかも知ってるから危険な目には遭わないようにしてるけど。ルート模索の為にゾフィに近付くっていう選択肢もまだ捨ててないのよねぇ。
 でも両親がこんなに心配するってことは、やっぱり異種族であるダンピールとはあまり交流しない方がいいのかな。なんたって人間の生き血を吸わないと生きていけない種族なんだもん。
 普通の人間からしたら、そりゃそうよね。

 それにしても、なんかぬるっと暗部のトップの話が流れてしまったな。
 モブディラン家の本質を知る良い機会だったんだけど、今の話の内容だとどれだけ粘っても聞き出せそうにないし。これに関しては他の方法で聞き出すしかないか。
 私が次の質問の内容を考えていると、アークが珍しくキラキラした眼差しで身を乗り出した。

「そういえば姉さん! もう気になる人とか、好きな男子とかいないの!?」
「いないよ」
「えええ? 食い気味な回答? つまんないなぁ! もっと恋に花を咲かせようよ!」
「女子か」

 まさかここで「担任の先生が大好きです」なんて言えるはずもない。
 言ってたまるか。
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