残酷な描写あり
R-15
17 「モブ令嬢もメインキャラ?」
「Eちゃんの好きな食べ物はなぁに? 私は前に言ったよね!」
「Eちゃんはどんな動物が好きなの? 私は狐狸系が好きかな!」
「Eちゃんは何色が好き? 私は赤!」
お互いの寮が見えるまでずっとこの調子。
私の好きなものを訊ねつつ、自分の好きなものをさりげなくアピールしてくるゾフィ。
一方的に自分の話だけをするやつに比べたらまだマシかもしれないけど、一方的に話しかけてきてることに変わりはないのよねー。
私はただそれを真顔で聞くだけ。答えたりはしない。なぜなら……。
「Eちゃんって私に興味ない? うざい? そういうクールなところがEちゃんの魅力なんだよねぇ!」
こいつはドSでドMな変態気質。もしここで愛想笑いとかゾフィに合わせたりとか、そういった腰の低い態度を取ろうものなら、ゾフィの性質がドMからドSへとシフトチェンジする。
ドSになると攻撃的で今よりもっと手が付けられなくなってしまうし、もっと粘着質になって面倒臭いことになる。だからここはあえて冷たい態度を取ることによって、ゾフィのドM気質を誘発させる。
こっちの方がむしろ私の話を聞いてくれるようになるだろうし、まだ扱いやすい……はず。
ゲーム的にはそうなってるけど、実際にこうやって会話して上手くいくかどうか……。それはわからない。
「ほら、見えてきたよ」
私は先に見えたB組の寮を指差して、ここで会話は終了という合図を送った。
ゾフィはあからさまに不満そうな表情をすると、またニチャアとした笑みを浮かべてお別れの握手を求める。私は差し出されたその手を黙って見つめて、考え込む。
この手は取るべきか?
先生の為を思うなら、邪教信者に関してもっと深く調べる必要が出てくる。
この先に控えているイベントはわかっているけど、事前に私の方で下調べなり前準備なり出来るのでは?
もしここでゾフィと仲良くなって邪教宗派に近付くことが出来れば、イベントが起きるよりもっとずっと前に私達にとってベストな方向へ導くことが可能かも……。
でも下手をすればゾフィルートに差し掛かる。ヒロインでもなんでもないただのモブである私が「悪役令嬢ルート」に突入するのかどうかわからないけど、乙女ゲームのヒロインであるサラが受け取るはずの警笛のことがある。
重要アイテムである警笛は「先生ルート」でしか手に入らないもの。
それをその他Eである私に手渡されたのがずっと気になっていた。
脇役以下の存在の私が、実は乙女ゲーム『ラヴィアンフルール物語』の登場人物並の扱いを受けているとしたら?
ヒロインと同格とは言わない。
でもサラのようにルートを選択出来るとしたら?
私は物語の主人公でも聖女でもない、ただのモブ……。
ここでゾフィの手を取ったとしても物語の先の展開を全て知っている私なら、邪教宗派の企みもわかってるわけだから回避出来る可能性は十分にある、と思いたい!
私はゾフィと握手を交わそうと手を伸ばしたーーが、握手する寸前にゾフィがあんぐりと口を開けて鋭い犬歯を見せつけた瞬間に殺気を感じて思わず叩き払ってしまった。
それは人によってはハイタッチならぬロータッチ?
とにかく時すでに遅し、私は思い切りゾフィの手を平手打ちして固まった。
「あ……」
「Eちゃ……」
気を削がれたのか、ゾフィは拍子抜けした顔になって硬直しているみたいだった。正直、何をしてもニチャニチャ笑いで動揺すら見せないゾフィのキャラクター像からすれば、このリアクションは非常に貴重だ。
もしこの顔のスチルがあったらファンは泣きながら歓喜していたことだろう。
ぶっちゃけヒロインのサラより、悪役令嬢のゾフィの方が人気は高いのだから。
だけどこれはさすがに、うん……。やり過ぎよね? フォローすべき案件よね?
だってある意味で敵に回したら損しかしないし。さっきの決意表明と真逆の行為だし。
「えっと、これは……」
「求愛の証、だよね」
「うぇ?」
そんな設定ありましたっけ?
「ううん、なんでもないよ。Eちゃんが知ってるわけないし。あっ、でも……もしかして知ってた?」
だから何が?
何、求愛って?
「とにかく! 今のは多分きっと恐らく十中八九ゾフィが思ってることとは違うから!」
「……だよねぇ?」
なんだその残念そうな顔は。
だから何! 求愛の証って、待って……そういう習わしみたいなもの?
この世界にそういうしきたりありましたっけ?
公式が出してない設定持ってくるのやめてくれません?
「もう遅いし! 私、寮に早く帰らないといけないから! 今日はここまで! いいわね!」
「そだね、うん、わかった。それじゃあまた明日ね、Eちゃん」
なんともあっさりした反応で、ゾフィはスキップしながらB組の寮へ帰ってしまった。
外灯のある夜道に一人残された私はとてつもない疲労感に襲われる。
先生を眺めるだけの平和な日常は何処へ?
***
私は重い足取りで寮に帰ると、すでに今日の夕食担当のメンバーが食事を作り終わっていたところだった。
そんなに時間経ってました?
私はお風呂でさっぱりしてから夕食派だったけど、今はとにかくお風呂に入っている時間はなさそう。
とりあえず行儀が悪いけどキッチンの水道で手を洗って、自分の分の食事を取り分けていく。
今夜はライスにハンバーグ、コンソメスープと……ポテトサラダね。
ザ・洋食! 天ぷらが食べたい!
寮ではモブスキルをオフにしておかないといけなかったけど、今は誰にも構って欲しくないのでオンにしたまま静かに端っこの席へと歩いて行く。
ちょうど主役メンバーの背後を通るタイミングだった。
「おっせぇんだよ、このモブ!」
突然の怒鳴り声に驚いた私は持っていたトレイを落としそうになった。
急に何なの、キレ芸はもうお腹一杯だっての。
そんな私の心情などお構いなしに、文句を言いたくてたまらないっていうクソデカ感情で溢れたエドガーが振り向きざまに私を睨みつける。
そんな気に障るようなことしました?
確かに反論したことはあったけど、あなたのそのいちゃもんの数に比べたらベビー級ですよね?
「お前がちゃっちゃと戻ってこねぇからメシを始めらんねぇだろうが! クソモブ!」
いや、礼儀正しいかよ。
私の存在なんか忘れてさっさと食べたらいいじゃない、何を急に……。
「エドガーは育ちがいいからね。食事はみんなが揃ってからが基本なんだって」と、サラ。
「それにしては他のみんなはどうして待たされているのかわからないって顔してるけど、その辺はどうなんですかね」
「僕が言うのも失礼かもしれないけど、モブディランさんってクラスのみんなとは一線引いたみたいな感じだから……。それでみんなもつい存在を忘れがちになってるというか……」
まぁ、そういう家柄と言いますか。スキルと言いますか。私という存在はそうやって出来てますからね。そんな丁寧に説明されると、嫌味ったらしく聞いた私が身の程をわきまえてないみたいになるじゃない。
でも、そうよね。
他のクラスメイトにはモブとしての存在感の薄さがちゃんと伝わってる、と言えばなんか変な感じだけど。ちゃんと私のことを背景程度の存在感として忘れ去っているのに、さすが主役メンバー。
能力値の差なのか、主人公補正なのか。
モブのこともちゃんと気にかけるなんて、……というか主役が背景を気にかけることこそおかしくない?
主役だからこそ背景なんかに目もくれないで、主要メンバーとだけ接しておかないといけないんじゃないかな。
乙女ゲームどころか映画やドラマだってそうじゃない。
通行人とか、台本に書かれてもいない人物のこと気にかけたりしないでしょ。
つまりはそういうこと? 私も「モブ令嬢」として台本の中に書かれる登場人物になってるってこと?
だからストーリーの根幹にも関わってきてると?
改めてE・モブディランって何者なわけ!?
「ぼけっと突っ立ってねぇで、さっさと席に座れっつってんだよ! はっ倒すぞ!」
「女子をはっ倒すのは男として良くない行為だと思うぞ、エドガー」
「あぁん!? なに勝手に名前呼びしてんだ! 俺は許可してねぇぞ!」
「そうだったか? すまない、レッドクリフ」
「レッドグレイヴじゃゴラァッ!」
ルークも大概だけど、エドガー。
あんたその内マジで血管切れるわよ、ルークをまともに相手してると……。
「Eちゃんはどんな動物が好きなの? 私は狐狸系が好きかな!」
「Eちゃんは何色が好き? 私は赤!」
お互いの寮が見えるまでずっとこの調子。
私の好きなものを訊ねつつ、自分の好きなものをさりげなくアピールしてくるゾフィ。
一方的に自分の話だけをするやつに比べたらまだマシかもしれないけど、一方的に話しかけてきてることに変わりはないのよねー。
私はただそれを真顔で聞くだけ。答えたりはしない。なぜなら……。
「Eちゃんって私に興味ない? うざい? そういうクールなところがEちゃんの魅力なんだよねぇ!」
こいつはドSでドMな変態気質。もしここで愛想笑いとかゾフィに合わせたりとか、そういった腰の低い態度を取ろうものなら、ゾフィの性質がドMからドSへとシフトチェンジする。
ドSになると攻撃的で今よりもっと手が付けられなくなってしまうし、もっと粘着質になって面倒臭いことになる。だからここはあえて冷たい態度を取ることによって、ゾフィのドM気質を誘発させる。
こっちの方がむしろ私の話を聞いてくれるようになるだろうし、まだ扱いやすい……はず。
ゲーム的にはそうなってるけど、実際にこうやって会話して上手くいくかどうか……。それはわからない。
「ほら、見えてきたよ」
私は先に見えたB組の寮を指差して、ここで会話は終了という合図を送った。
ゾフィはあからさまに不満そうな表情をすると、またニチャアとした笑みを浮かべてお別れの握手を求める。私は差し出されたその手を黙って見つめて、考え込む。
この手は取るべきか?
先生の為を思うなら、邪教信者に関してもっと深く調べる必要が出てくる。
この先に控えているイベントはわかっているけど、事前に私の方で下調べなり前準備なり出来るのでは?
もしここでゾフィと仲良くなって邪教宗派に近付くことが出来れば、イベントが起きるよりもっとずっと前に私達にとってベストな方向へ導くことが可能かも……。
でも下手をすればゾフィルートに差し掛かる。ヒロインでもなんでもないただのモブである私が「悪役令嬢ルート」に突入するのかどうかわからないけど、乙女ゲームのヒロインであるサラが受け取るはずの警笛のことがある。
重要アイテムである警笛は「先生ルート」でしか手に入らないもの。
それをその他Eである私に手渡されたのがずっと気になっていた。
脇役以下の存在の私が、実は乙女ゲーム『ラヴィアンフルール物語』の登場人物並の扱いを受けているとしたら?
ヒロインと同格とは言わない。
でもサラのようにルートを選択出来るとしたら?
私は物語の主人公でも聖女でもない、ただのモブ……。
ここでゾフィの手を取ったとしても物語の先の展開を全て知っている私なら、邪教宗派の企みもわかってるわけだから回避出来る可能性は十分にある、と思いたい!
私はゾフィと握手を交わそうと手を伸ばしたーーが、握手する寸前にゾフィがあんぐりと口を開けて鋭い犬歯を見せつけた瞬間に殺気を感じて思わず叩き払ってしまった。
それは人によってはハイタッチならぬロータッチ?
とにかく時すでに遅し、私は思い切りゾフィの手を平手打ちして固まった。
「あ……」
「Eちゃ……」
気を削がれたのか、ゾフィは拍子抜けした顔になって硬直しているみたいだった。正直、何をしてもニチャニチャ笑いで動揺すら見せないゾフィのキャラクター像からすれば、このリアクションは非常に貴重だ。
もしこの顔のスチルがあったらファンは泣きながら歓喜していたことだろう。
ぶっちゃけヒロインのサラより、悪役令嬢のゾフィの方が人気は高いのだから。
だけどこれはさすがに、うん……。やり過ぎよね? フォローすべき案件よね?
だってある意味で敵に回したら損しかしないし。さっきの決意表明と真逆の行為だし。
「えっと、これは……」
「求愛の証、だよね」
「うぇ?」
そんな設定ありましたっけ?
「ううん、なんでもないよ。Eちゃんが知ってるわけないし。あっ、でも……もしかして知ってた?」
だから何が?
何、求愛って?
「とにかく! 今のは多分きっと恐らく十中八九ゾフィが思ってることとは違うから!」
「……だよねぇ?」
なんだその残念そうな顔は。
だから何! 求愛の証って、待って……そういう習わしみたいなもの?
この世界にそういうしきたりありましたっけ?
公式が出してない設定持ってくるのやめてくれません?
「もう遅いし! 私、寮に早く帰らないといけないから! 今日はここまで! いいわね!」
「そだね、うん、わかった。それじゃあまた明日ね、Eちゃん」
なんともあっさりした反応で、ゾフィはスキップしながらB組の寮へ帰ってしまった。
外灯のある夜道に一人残された私はとてつもない疲労感に襲われる。
先生を眺めるだけの平和な日常は何処へ?
***
私は重い足取りで寮に帰ると、すでに今日の夕食担当のメンバーが食事を作り終わっていたところだった。
そんなに時間経ってました?
私はお風呂でさっぱりしてから夕食派だったけど、今はとにかくお風呂に入っている時間はなさそう。
とりあえず行儀が悪いけどキッチンの水道で手を洗って、自分の分の食事を取り分けていく。
今夜はライスにハンバーグ、コンソメスープと……ポテトサラダね。
ザ・洋食! 天ぷらが食べたい!
寮ではモブスキルをオフにしておかないといけなかったけど、今は誰にも構って欲しくないのでオンにしたまま静かに端っこの席へと歩いて行く。
ちょうど主役メンバーの背後を通るタイミングだった。
「おっせぇんだよ、このモブ!」
突然の怒鳴り声に驚いた私は持っていたトレイを落としそうになった。
急に何なの、キレ芸はもうお腹一杯だっての。
そんな私の心情などお構いなしに、文句を言いたくてたまらないっていうクソデカ感情で溢れたエドガーが振り向きざまに私を睨みつける。
そんな気に障るようなことしました?
確かに反論したことはあったけど、あなたのそのいちゃもんの数に比べたらベビー級ですよね?
「お前がちゃっちゃと戻ってこねぇからメシを始めらんねぇだろうが! クソモブ!」
いや、礼儀正しいかよ。
私の存在なんか忘れてさっさと食べたらいいじゃない、何を急に……。
「エドガーは育ちがいいからね。食事はみんなが揃ってからが基本なんだって」と、サラ。
「それにしては他のみんなはどうして待たされているのかわからないって顔してるけど、その辺はどうなんですかね」
「僕が言うのも失礼かもしれないけど、モブディランさんってクラスのみんなとは一線引いたみたいな感じだから……。それでみんなもつい存在を忘れがちになってるというか……」
まぁ、そういう家柄と言いますか。スキルと言いますか。私という存在はそうやって出来てますからね。そんな丁寧に説明されると、嫌味ったらしく聞いた私が身の程をわきまえてないみたいになるじゃない。
でも、そうよね。
他のクラスメイトにはモブとしての存在感の薄さがちゃんと伝わってる、と言えばなんか変な感じだけど。ちゃんと私のことを背景程度の存在感として忘れ去っているのに、さすが主役メンバー。
能力値の差なのか、主人公補正なのか。
モブのこともちゃんと気にかけるなんて、……というか主役が背景を気にかけることこそおかしくない?
主役だからこそ背景なんかに目もくれないで、主要メンバーとだけ接しておかないといけないんじゃないかな。
乙女ゲームどころか映画やドラマだってそうじゃない。
通行人とか、台本に書かれてもいない人物のこと気にかけたりしないでしょ。
つまりはそういうこと? 私も「モブ令嬢」として台本の中に書かれる登場人物になってるってこと?
だからストーリーの根幹にも関わってきてると?
改めてE・モブディランって何者なわけ!?
「ぼけっと突っ立ってねぇで、さっさと席に座れっつってんだよ! はっ倒すぞ!」
「女子をはっ倒すのは男として良くない行為だと思うぞ、エドガー」
「あぁん!? なに勝手に名前呼びしてんだ! 俺は許可してねぇぞ!」
「そうだったか? すまない、レッドクリフ」
「レッドグレイヴじゃゴラァッ!」
ルークも大概だけど、エドガー。
あんたその内マジで血管切れるわよ、ルークをまともに相手してると……。