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作者: 遠堂沙弥
残酷な描写あり R-15
16 「見守り」
 朝、始業前。
 私は職員室の中が良く見える廊下の窓から先生を視認。
 眠そうな顔で何か書類整理をしている様子。
 そこに少し遅れてソレイユ先生が挨拶をしてくる。先生、これを面倒臭そうに軽く済ませる。そして授業の準備をして席を立った。
 時間に正確な先生は、いつも始業10分前に職員室を出る。ゆっくり歩いても5分かからない距離なのに。
 だからといって始業前に教室のドアを開けたりはしない。始業ベルが鳴るまでは自由な時間である為だと先生は言う。つまり始業ベルが鳴る前に教室のドアを開けて、せっかく自由に過ごしている生徒の邪魔をしたくないというわけだ。さす先。

 始業ベルが鳴り、出欠確認。今日も気だるいバリトンボイスで耳が癒される。
 毎朝フルネームで呼ばれる至福の時。「なぎこ」と呼ばれるのが嬉しいのか萎えるのかよくわからないけれど、本名で呼ばれることにいい加減私も慣れてきたみたい。今はただただ顔がにやけてしまう。
 でもそこはさすがモブの私。いくらにやけようが変顔になろうが、モブである私は存在感がほぼ皆無なので、誰もそんなことは気にしない。見もしない。モブでよかったと思う瞬間である。

 身体能力の授業、相変わらず成績は最底辺だけどモブの私は誰にもそのことを気付かれない。ごく稀にエドガーやらに「なんでお前みたいな成績不良者がA組に配属されんだよ!」と至極マトモなツッコミを入れるが、それは私も同感だ。
 
 座学の授業、この世界のことはゲーム内設定しか知らないので改めて勉強する必要が少し出ている。歴代英雄の名前なんか知らんわ。せいぜいごく最近引退した歴代最高の英雄ジークフリート・ワーグナーしか知らない。
 彼はこのゲーム内でも伝説的存在で、生徒たちの憧れの的、先生たちも一目置いてる存在なんだけど。
 引退した今ではただのヨレヨレで気の良いおじさんになっている。年齢は確か50代とかじゃなかったっけ?
 そんなわけで座学の授業は割と真面目に取り組まないと、今後この世界で生きていくには不便になるかもしれないということ。一般常識を知らないのは、ちょっとね。そこまでは……ちょっと……さすがに、ね。

 お昼休憩、私はいつも学食でサンドイッチを頼んで受け取ったらすぐさま移動する。お昼休憩の時、先生はいつも昼食を食べるソレイユ先生と校内のベンチで打ち合わせをするからだ。
 騎士団に関すること、授業に関すること。ソレイユ先生も騎士団の1人だから、この学園内では数少ない先生と同じ多忙を極めた人。そして先生が唯一心を許していると言っても過言ではないただ1人の親友。私はそれを屋上でサンドイッチを貪りながら視認する。

 午後は主に騎士団として必要な武器の扱い、スキルの扱いなどの技術面に関する授業。
 私は非力なので普通の大きさの剣すらまともに振れないので、短剣に近い細身剣や杖などを主な武器として選んでいる。使う機会はきっと皆無に等しいけれど、一応……形だけでもというわけで。
 肉体派のウィルはグローブ、魔法剣で戦うエドガーは剣。
 ルークは魔術士であると同時に剣でも戦うことが出来る万能タイプだけど、ここでは杖を選んでいる。
 魔法主体のサラはマジックワンドを武器として選んでいた。
 先生はそれぞれの武器の特徴、それぞれのスキルに応じてアドバイスなどをしていく。
 私は先生に見つからないように1人でこっそりと練習していた。だって隠密行動以外に本当に何も出来ないから、これ以上怒られたくない……。あともっと言うなら別に私は騎士団への所属は希望していない。
 Eがアンフルール学園の入学試験を受けて、EがA組配属を希望したんだから。私は普通科のB組で先生のことを見守るだけでよかったのに。本当にEって何を考えてエリートコースなんて希望したんだろう?
 もしかして私が知らないだけで、Eってもっとすごいスキルとか技術とか持ってたりする?
 でもスキルならスキル一覧に全部表示されるはずだから、それがないってことは……そういうことよね。
 コソコソするしか脳がないってことよね? 何それゴミじゃない……。

 授業が終わり、終業の時間。
 この日一日怪我がなかったこと、今後の課題など。大雑把な反省会みたいなものをして、帰宅となる。
 そしてなぜか先生に呼ばれる私。え、私……何かしました?

「モブディラン、学園長から許可が下りた。モブスキルの使用許可、ただし寮内では解除すること。いいな」
「わかりました。ありがとうございます」

 淡々とした会話。
 これ以上特に話題が広がるわけでもなく、他に何かを訊ねるでもなく。私は先生からの言葉に返答だけし、そのまま無言になる。いや、憧れの推しを目の前にして何を喋れと? 喋れるか。立ってるだけでやっとなのよこっちは。
 先生はじっと見つめて、何か話しかけられるのを待っているのか。妙な沈黙が流れて、ようやく先生の方から「それじゃ、また明日」と言って教室を出て行く。
 ガラリとドアを開けて、閉めずに待っている先生。
 あっ、教室に残ってるの私だけね。早く出なさいってことね。今行きまーす!
 私はハッとしてから慌てて教室から出て行くと、今一番聞きたくない声がして背筋が凍る。

「あっ、Eちゃん! 一緒に帰ろ!」

 ゾフィ! 出待ちしてたの!? てゆうかなんで私に付きまとうようになってんの。あんたが付きまとう相手はこのゲームの主人公でありヒロインのサラでしょ! サラはとっくに帰っちゃってるわよ。

「なんだ、普通科に友達がいたのかモブディラン」
「えっ? あー、うー……」

 親しげに話しかけてくる女の子相手に「むしろ嫌いです」なんて言ったら私がひどい人間になっちゃうし、かといって先生の手前「はい、友達です」なんて言ったらゾフィを喜ばせるだけだし。

「し……、知り合い……です」

 精一杯の譲歩っ!

「A組とB組の寮は隣同士だからな、一緒に帰れば問題ないだろ。それじゃあお疲れさん」
「は〜い! 先生、さようならです!」

 ゾフィはここぞとばかりに可愛こぶって、笑顔で先生に手を振る。やめろ、それ私が一番したかった行為なんだぞ! ずるい! この性格が憎い!
 先生は私とゾフィを残して職員室へと去っていく。あぁ……、出来れば職員室に戻ってから騎士団へ仕事しに行く最後の瞬間まで見守りたかったのに……。
 私は恨めしさ満開の眼差しでゾフィを睨みつけたつもりだったけど、このつぶらな点の目じゃそういう感情を表現することすら難しい。ただちらりとゾフィを見ただけになって、見つめられてると勘違いしているゾフィは赤らんだ頬をさらに染めて、絶頂の喜び真っ最中って感じだからちょっと気持ち悪いレベル。
 私は百合に興味ありません。普通がいいです。ノーマルでお願いします。

「Eちゃん、よっぽどあの先生のことがお気になんだねぇ! 今日一日ずっとあの先生をストーキングしてたでしょ!」
「ストーキング行為じゃありませんし! 見守ってただけですし!」

 あ、こいつになら普通に自分を出せる。
 じゃなくて、ちゃんと訂正しておかないと誤解を招く。

「それじゃあ私もEちゃんのことストーキングしてたんじゃなくて、見守ってたってことになるねぇ!」
「あんたずっと私のこと見てたの!? 何それ怖っ!」
「Eちゃん、それきっとEちゃん自身に特大ブーメラン返ってくることになるけど、それは大丈夫なんだ?」

 こいつぅ……! めっちゃくちゃ正論で返してくるうぅ! 邪教信者のくせにぃ……っ!
 思わず私は黙ってしまった。
 ダメよ認めたら! 私は先生がバッドエンドを迎えないように、見守っていたのは確かなんだから!
 その為に先生の一日の過ごし方を、しっかり把握しておかないといけなかったんだから!
 先生が何時に学校に出勤して、職員室で誰と会話をしたのか、授業中に不審な輩がいなかったか、お昼休みにちゃんと食事を摂っていたか、先生の周囲に不届きなメスがうろついていなかったか!

「……」 

 考えてること完全にストーカーのそれやぁん!
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