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作者: 遠堂沙弥
残酷な描写あり R-15
15 「悪役令嬢ルート」
 昨日はゾフィのことを考えててほとんど眠れなかった。
 気になるのはやっぱり、私がEとして転生する前の二人の関係性。私はゲーム本編開始直前、入学前にEとして転生したわけだけど。
 その前にEはゾフィと接触していた。つまりゲーム本編が始まる前に、二人はすでに知り合っていた。
 さすがにゲーム開始前の内容は想像するしかない。だってゲーム内でも公式ホームページでも公開されてないし、そもそも描かれていないんだもん。
 まずはゾフィというキャラクターについて考察していくしかない。

 ゾフィ・ブラッドリー、十六歳。中流貴族出身で、一家全員が邪教信者。当然だけど公にはしていない。
 そしてゾフィは吸血鬼であるヴァンパイア一族の末裔で、その血は薄まってはいるけど立派なダンピールだ。
 ダンピール、人間と吸血鬼の混血児。外見は普通の人間と変わらないけど、吸血鬼としての名残は残っている。例えば吸血鬼の弱点である太陽の光をダンピールは克服しているけど、人の生き血を飲まないと生きていくことが出来ない運命だ。
 そういった特徴もまた、ゾフィとのルートで大きく関係していくことになるんだけど。

 乙女ゲーム内ではヒロインであるサラと敵対する悪役令嬢として登場する。
 よくある意地悪な悪役令嬢とは違って、ゾフィは粘着タイプ。学園一の美少女でヒーラーとしての能力が高い庶民出身のサラに対して興味を持ち、一方的に好意を持って近付いてくる。
 人の良いサラは普通に接するけど、粘着質でヤンデレタイプのゾフィはサラに好意を抱いてる攻略対象達に対して敵意を向けて、様々な嫌がらせをした。
 やがてゾフィの好意が相手を傷付けるものだと察したサラは、ゾフィを拒絶。それをきっかけにゾフィは可愛さ余って憎さ百倍と言わんばかりに、サラにまで陰湿な行為を行なうようになる。
 サラが聖女として覚醒してからは邪教信者にとって最も邪魔な危険人物として、その命を狙うことに。
 
 ゾフィとのルートは三種類。

 まずは親愛度関係なしの正規ルート。
 邪教信者ゾフィとして戦うことになり、サラ達はこれに勝利。ゾフィ単身死亡エンド。

 そして親愛度MAX状態のベストエンド。
 敵であるはずのサラと親友になったゾフィは、邪教信者であることに苦悩しながらも最終的には友情を選ぶ。ゾフィを仲間として迎えた状態で邪教信者達と戦い、勝利。サラと永遠の友情を誓う、という生存エンド。

 最後に親愛度MAX状態のバッドエンド。
 これもベストエンド同様、敵であるサラと親友になったゾフィは邪教信者であることに苦悩する。ここでエンディングルートを分ける選択肢で、間違った方を選択したらバッドエンドになる。
 サラに対して「私が生きていく為には人の血をすすらないといけない。それはとても悪いことだとわかってる。それでもサラちゃんは私が人の血をすすって生きていくことを許してくれる?」という質問。
 ここで「それならこれから先ずっと私の血だけを飲んで、私と一緒に生きて」という選択肢を選べばベストエンドへ。
 逆に「人の血を飲むのは悪いことだから、飲まなくても生きていける方法を一緒に探そう」という選択肢を選べば、ゾフィは自分という存在を否定されたと解釈してサラとの決別を選んで、正規ルートのように戦闘が始まってしまう。
 その戦闘にサラ達が勝利すれば正規ルートと変わらないが、エンディングのスチルが正規ルートと異なる。
 大粒の涙を流しながら、ゾフィの亡骸を抱きしめるサラ……という感動的なイラストと共にエンディング曲が流れる、といった感じだ。

 ゾフィのスキルは『操血(ブラッド・クイーン)』、その名の通り血を操る。操れるのは自分の血、そして摂取した生物の血が対象。
 ゾフィに血を吸われたら最後、生きたまま体内の血液を凝固されたり、目や鼻などから強制的に出血させられたり。放出した血を武器の形に変形させたり、まさに自由自在。
 HPや防御力などはサラとあまり変わらないけど、基本的な数値は高い方で仲間にしたらとても心強い。

 ゾフィに関しては、まぁこんなところか。
 そんなゾフィとEがどこでどうやって知り合ったのか気になるところだけど、弟アークの話ではモブディラン家は邪教信者とは無縁……みたいなこと言ってたよね?
 だったらやっぱり入学試験の時?
 その辺りで話が聞けそうなのはEの家族、もしくは学園の教師……。
 学園での寮生活の間は、基本的に学園敷地内で生活することになっているけど。だからといって敷地外に出ることは禁止されていない。
 授業がある日は遅くまで時間がかかるから、そうすると門限を超えてしまう。
 だとしたら休日に実家に戻って家族にそれとなく聞くか、それとも手紙で済ませるか。
 学園の教師は……、正直こんな存在感ほぼ皆無の生徒が聞いたところで誰も記憶していない可能性が高い。
 それにゾフィに関して嗅ぎ回っていると邪教信者に知られたら、それこそ何をされるかわからない。
 モブとしての才能を遺憾なく発揮する絶好のチャンスと言えなくもないけど、手がかりがほとんどない以上は下手に行動するのは意味がないわね。
 だとしたら学園生活を送りながら、それとなくゾフィ周辺を調べていくしかない。
 ずっと先生だけを眺めていたかったけど、もしかしたら先生にとってベストエンドを導き出す足がかりになるのかもしれないと思えば苦じゃない!
 そうしたらもっと長く先生を拝めることになる!
 モブ令嬢として活躍する日がようやく……!


 ***


「Eちゃん! 一緒に登校しよ!」

 私は絶句した。
 まさか向こうからこんなに堂々と接近してくるとは思ってなかったから。
 ていうかゾフィ、あんた昨夜あんなあっさり綺麗に引き際見極めてたくせに、なんでA組全員に見られる形でそういうことするかなぁ!?
 なんだなんだと言わんばかりにクラスメイトが覗きにくる。

「あれって、B組の普通科の生徒じゃない?」
「入学試験で優秀な成績だったのに、普通科を選んだっていう変人だろ」
「どうしてモブディランさん?」
「てゆうかあの二人、仲良しだったんだ」

 なんか友達設定を勝手に作られてるし!
 ダメだ、これじゃ周囲から既成事実が……!
 私が一人でわちゃわちゃしていると、ゾフィはいつもの不気味な笑顔を作りながらぶりっ子姿勢になる。
 変に腰をくねらせるな。

「ゾフィです。私はEちゃんにだけ興味があるので、他の人達はノーサンキューです。あっち行ってください」

 そういえばゾフィは気に入った人間としかタメ語を使わない。つまり私以外の他の生徒には敬語でよそよそしさをアピールしているってことね。はいはい、わかりやすい心の壁。
 ゾフィが私の腕を引っ張り、無理矢理にでも連れて行こうとする。

「ちょ、まだ朝食を食べてないんだけど」
「それなら私と一緒に食べよ? Eちゃんの為にサンドイッチを作ったの」
「頼んでませんが?」

 この強引さ、ゲームでは悪役令嬢として登場してたからウザさはわかっていたけど。実際こうして目の当たりにして自分が巻き込まれると、本当にこの娘……やばいわ。
 それでも私はこんな形でゾフィと仲良しこよしをするつもりはないから、どうにかしてこの腕を……っ!
 振り解いて……っ! ちゃんとした朝食を……っ!

「おい、モブディランが嫌がってるだろ。この手を離せ、知らない女子」
「なんですか、あなた。私とEちゃんとの大切な仲良し時間を奪おうっていうんですか?」

 ルーク! お前……っ! ご飯以外の目的で動けたのか! ちょっと見直したよ!
 ゾフィの腕を掴んで引き離そうとするルークの手、男の力で強く掴まれているにも関わらず、それでも私を掴んだ手を離さないゾフィ。
 顔! 完全に敵意丸出しの顔になってるわよゾフィ! ルークも……あれ? ちょっと怒ってます? 私の為に怒ってくれてます? 餌付け効果抜群ですか?

「モブディランが嫌がってると言ってるんだ」
「Eちゃんは嫌がってません」
「ちゃんと嫌がってるので離してください、ゾフィさん」

 私は真顔で本音を言った。
 それを聞いた周囲の人間は火に油を注ぐ行為と思って驚いているが、大丈夫だよみんな。
 この女の子は普通じゃないから。
 パッと手を離して両手で自分の頬に触れながら、慌てるフリをするゾフィ。

「Eちゃん、痛かった? Eちゃんが嫌がることは私しないから! これからも本音で私にぶつかってきてね!」

 それだけ言い残すと、最後にルークをひと睨みしてから走り去って行った。
 ルークはかなり強い力で掴んでいたのか、ふぅっと息を吐いて腕をさすっている。なんか悪いね、一番タチの悪い女子に目を付けられてしまって。
 でも大丈夫だよ、ゾフィは基本的に男子に興味ないから。
 悪役令嬢らしくそこは同性である女子をターゲットにする傾向があるから。サラとか、サラとか、サラとか。

「ルーク、なんか……ごめんね?」

 とりあえずちゃんと謝る。
 一応ね? そこは人間として、クラスメイトとして、だから。心を開いたわけじゃないから。
 でもルークは目をぱちくりさせて私を見返す。何? 私、なんか変なこと言った?

「お前が俺のこと名前で呼んでくれるなら、俺もいいか?」

 ちょっと気を良くしてるうう!
 てゆうか、あれ? そういえば私、ルークのこと名前呼びしたことなかったっけ?
 いつも頭の中で呼び捨てにしてたから素が出ちゃった! そういえば呼んだことなかったかも!?
 なんか急に恥ずかしくなってくる。これじゃ私の方からルークに親しげに歩み寄ってるみたいで、なんか……やだ! モブだから惚れられることなんてないとは思ってるけど、私から好意を持ってるみたいな感じはなんか嫌!
 あとそれから、私のことを「なぎこ」って呼んでいいのは先生だけだから! 出欠取る時限定だけど!

「それじゃさっさと朝食にしよう、E」

 そこはEなんかーい!  
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