侵略 反転 1
「一体何者?」
私は突然現れた巨大な悪魔に問いかける。
その悪魔は二本のヤギの角を生やした獣人で、顔の造形は魔女や人間のそれと大差ないが、顔を含めた図体は彼の前に立っているカルシファーの三倍以上ある。
「我が何者か問うたか? 魔女よ」
「ええ聞いたわ。そんな仰々しい登場の仕方なのだから、それなりの悪魔なのでしょう?」
私は腕組みをして、ヤギ頭の悪魔に答える。
「……我はアザゼルと申すもの。以後お見知りおきを」
ヤギ頭は、相変わらず仰々しい態度を崩さないままアザゼルと名乗った。
うん? アザゼル? アザゼルですって!?
あの旧約聖書などにでてくる堕天使の!?
「これまた随分な大物が現れたわね。それで、この結界になんの用かしら? 先ほどからそこのカルシファーが、復讐だの計画だのと言っていて良く分からないのよ。説明していただけるかしら?」
この雰囲気と存在感、間違いなくコイツがボスだ。
アザゼルが現れてから周辺の力場がおかしい……小石が宙に浮いたり、空気が淀んで見える。
これがあの堕天使の魔力が引き起こしているものならば、今まで出会ったどの悪魔達よりも上だ。
「説明? 説明など必要か? 明白だろうに。まあいいだろう答えてやる。いつの時代もお前たち魔女は愚かだった」
「まずは復讐について話そう。いいか? 復讐だ。これは我々悪魔から、お前たち魔女への復讐だ!」
アザゼルは老練な話し方をするが、最後に声を荒げた。
「そもそもそこが分からないわね。なんで悪魔が魔女に復讐するのよ」
魔女と悪魔の契約は、大抵平等にお互いの合意の元で契約する。
特に復讐される憶えなどない。
「その無自覚さがお前たちの復讐される理由だ! 我々悪魔と魔女の契約は、平等に見えて平等ではない。魔女は契約した悪魔の系統魔法が使えるようになり、我々悪魔は契約することで、この現世において自分の実力を発揮しやすくなる」
そうだ。全て正しい。それの何が問題だと言うのかしら?
「そこまでは良い。だが、その関係は平等にあらず。魔女共は、契約した悪魔をまるで奴隷のように扱う。使い魔のように扱う」
アザゼルが何に怒っているのかが分かってきた。
私はそんな扱いはしないが、確かに魔女は一般的に悪魔と契約したら、彼らを使い魔として使役している。
「でも、悪魔達はそのことを知っていて契約しているわよね? そんな扱いが嫌なら契約しなければ良いのよ!」
相手の言い分も理解できるが、あまりに一方的な物言いに腹が立った。
「黙れ! それがお前たち魔女の驕りだ! 我々悪魔は奴隷みたいに扱われると知っていても、魔女と契約しなければこの世界に長く存在できない! 貴様たちはそんな我々の事情など知らぬだろうが、それでもこれが平等な契約か? 我々はお前たち魔女を許さない!」
アザゼルは語気を強め、自身の魔力によるプレッシャーを私にぶつける。
相当な圧力だ。
並の魔女ならそのまま失神してしまうだろう。
「ほう。存外に肝が据わっておるな」
アザゼルは物珍しいものを見たような顔で、私の全身を舐めまわすように眺める。
「アザゼル。貴方、私が誰だか知ってて言っているのかしら?」
私は自身の魔力が上昇するのを感じた。
今も昔も、私の魔力を高めるのは怒りだ。
「ハハハハハ」
私の問いかけにアザゼルは高笑いを始めた。
その声は大気を震わせ、地響きが発声する。
コイツは声にも魔力を常にのせている。
「知っているかだと? 当然だとも! 三〇〇年前の国王への密告、一体誰が仕組んだと思っている?」
三〇〇年前……密告? ちょっとまってよ……あれって、キテラ達魔女がしたんじゃ……
「何を驚いておる? まさか今の今まで気がつかなかったのか?」
「アザゼル様。憐れなことにこのアレシアは、今の今までキテラが仕組んだことだと信じておりました」
カルシファーが、言葉が出ない私に代わって答える。
それも微笑みながら……
この女、最初っから分かって、ずっと私とキテラの争いを心の内で笑っていやがった!
「なんとなんと! それはまことか? ハハハ!! 意外にも純粋なのだなアレシア!」
カルシファーの報告を受けたアザゼルは私を嘲笑う。
「目的は? 目的はなんなの?」
私は怒りを抑えながらたずねる。
「目的? 簡単だよ。魔女狩りを引き起こすことだ! 当時の国王に、我々が操った側近に報告させてお前をおびき寄せる。そしてサバトの開催地点と時間を吐かせれば、それで計画はなにもかも上手くいく! 楽しい楽しい魔女狩りの始まりだ!」
このクソ野郎……全てコイツが原因だった! 魔女同士で争っている場合じゃなかった!
こいつらが裏で糸を引き、人間の恐怖心を利用し、魔女達の猜疑心を利用し、魔女狩りを引き起こした。
人間たちは恐れから魔女と噂される者を片っ端から殺し、魔女たちはその猜疑心から身内を疑った。
その結果が、魔女達に私を裏切りの魔女と呼ばせ、キテラ達によるリアムの処刑だ。
ここまで全てこいつらの計画通り。
「けれど魔女狩りで私達魔女を減らしてしまったら、悪魔だって困るでしょう? 契約する相手がいなくなってしまっては、この世界にとどまれない」
確かに計画通り進めば、私達魔女を根絶やしにできるし、実際にそうなっている。
しかしそれだけでは共倒れ、悪魔たちも困るはず。
そこまで考えて思い至った。
計画はまだ途中……
「そうだ。だからカルシファーにキテラと契約させたのだ! 本来彼女ほどの悪魔が魔女と契約などしないのだが、今回は特別だ! 我々悪魔が、世界を自由に闊歩できる未来のために!」
そうか……やっぱりそうだった。
キテラが正気ではないと、どこかでずっと思っていたがやはりそうだった。
キテラはとっくに悪魔の手に落ちていた。
冠位の悪魔と契約したものは不幸になる。
事実その通りとなってしまった。
カルシファーが裏でキテラを誘導し、この結界を作らせた。
そしてこの結界の作成と維持こそが、悪魔たちの本当の計画!
「我々悪魔は、異界から自由に出入りできない! それは我々のような冠位の悪魔とて同じこと……ならば話は簡単だ! まだ途中ではあるが異界をこの世界に作ってしまえばいい!」
アザゼルは長年の夢が叶ったかのように、目を輝かせ達成感に浸っている。
この星が誕生してから、三〇〇年間も完全に外の世界と区切られた空間はこの結界が初めてだ。
つまりこの結界そのものが異界と化している。
だけれど彼らはまだ途中だと言っていた。
それは事実だろう。
さっきアザゼルがここに現れた時も、あのミノタウロスのように異界から来ていたわけではなく、この結界内のどこかから移動してきた印象だ。
「やっぱりそうだったのね。そしてまだ途中。この結界はまだ異界じゃない。そしてとっくにキテラの管理下では無くなっているから、彼女が死んだ後も結界は維持されている」
だからこの結界内には悪魔が現れだしていた。
前兆は確かにあったのだ。
「私はキテラが結界を張った後に、出来るだけ早くこの結界の所有権を手に入れなければなりませんでした。だから……」
カルシファーの言葉を私が引き継ぐ。
「だからキテラをはじめとした他の魔女たちの自我を奪った。冠位の悪魔である貴女なら簡単だったでしょうね?」
私はカルシファーを一瞥する。
全ての発端はここにいる二体の悪魔。
私の復讐はまだ終っていない
私は突然現れた巨大な悪魔に問いかける。
その悪魔は二本のヤギの角を生やした獣人で、顔の造形は魔女や人間のそれと大差ないが、顔を含めた図体は彼の前に立っているカルシファーの三倍以上ある。
「我が何者か問うたか? 魔女よ」
「ええ聞いたわ。そんな仰々しい登場の仕方なのだから、それなりの悪魔なのでしょう?」
私は腕組みをして、ヤギ頭の悪魔に答える。
「……我はアザゼルと申すもの。以後お見知りおきを」
ヤギ頭は、相変わらず仰々しい態度を崩さないままアザゼルと名乗った。
うん? アザゼル? アザゼルですって!?
あの旧約聖書などにでてくる堕天使の!?
「これまた随分な大物が現れたわね。それで、この結界になんの用かしら? 先ほどからそこのカルシファーが、復讐だの計画だのと言っていて良く分からないのよ。説明していただけるかしら?」
この雰囲気と存在感、間違いなくコイツがボスだ。
アザゼルが現れてから周辺の力場がおかしい……小石が宙に浮いたり、空気が淀んで見える。
これがあの堕天使の魔力が引き起こしているものならば、今まで出会ったどの悪魔達よりも上だ。
「説明? 説明など必要か? 明白だろうに。まあいいだろう答えてやる。いつの時代もお前たち魔女は愚かだった」
「まずは復讐について話そう。いいか? 復讐だ。これは我々悪魔から、お前たち魔女への復讐だ!」
アザゼルは老練な話し方をするが、最後に声を荒げた。
「そもそもそこが分からないわね。なんで悪魔が魔女に復讐するのよ」
魔女と悪魔の契約は、大抵平等にお互いの合意の元で契約する。
特に復讐される憶えなどない。
「その無自覚さがお前たちの復讐される理由だ! 我々悪魔と魔女の契約は、平等に見えて平等ではない。魔女は契約した悪魔の系統魔法が使えるようになり、我々悪魔は契約することで、この現世において自分の実力を発揮しやすくなる」
そうだ。全て正しい。それの何が問題だと言うのかしら?
「そこまでは良い。だが、その関係は平等にあらず。魔女共は、契約した悪魔をまるで奴隷のように扱う。使い魔のように扱う」
アザゼルが何に怒っているのかが分かってきた。
私はそんな扱いはしないが、確かに魔女は一般的に悪魔と契約したら、彼らを使い魔として使役している。
「でも、悪魔達はそのことを知っていて契約しているわよね? そんな扱いが嫌なら契約しなければ良いのよ!」
相手の言い分も理解できるが、あまりに一方的な物言いに腹が立った。
「黙れ! それがお前たち魔女の驕りだ! 我々悪魔は奴隷みたいに扱われると知っていても、魔女と契約しなければこの世界に長く存在できない! 貴様たちはそんな我々の事情など知らぬだろうが、それでもこれが平等な契約か? 我々はお前たち魔女を許さない!」
アザゼルは語気を強め、自身の魔力によるプレッシャーを私にぶつける。
相当な圧力だ。
並の魔女ならそのまま失神してしまうだろう。
「ほう。存外に肝が据わっておるな」
アザゼルは物珍しいものを見たような顔で、私の全身を舐めまわすように眺める。
「アザゼル。貴方、私が誰だか知ってて言っているのかしら?」
私は自身の魔力が上昇するのを感じた。
今も昔も、私の魔力を高めるのは怒りだ。
「ハハハハハ」
私の問いかけにアザゼルは高笑いを始めた。
その声は大気を震わせ、地響きが発声する。
コイツは声にも魔力を常にのせている。
「知っているかだと? 当然だとも! 三〇〇年前の国王への密告、一体誰が仕組んだと思っている?」
三〇〇年前……密告? ちょっとまってよ……あれって、キテラ達魔女がしたんじゃ……
「何を驚いておる? まさか今の今まで気がつかなかったのか?」
「アザゼル様。憐れなことにこのアレシアは、今の今までキテラが仕組んだことだと信じておりました」
カルシファーが、言葉が出ない私に代わって答える。
それも微笑みながら……
この女、最初っから分かって、ずっと私とキテラの争いを心の内で笑っていやがった!
「なんとなんと! それはまことか? ハハハ!! 意外にも純粋なのだなアレシア!」
カルシファーの報告を受けたアザゼルは私を嘲笑う。
「目的は? 目的はなんなの?」
私は怒りを抑えながらたずねる。
「目的? 簡単だよ。魔女狩りを引き起こすことだ! 当時の国王に、我々が操った側近に報告させてお前をおびき寄せる。そしてサバトの開催地点と時間を吐かせれば、それで計画はなにもかも上手くいく! 楽しい楽しい魔女狩りの始まりだ!」
このクソ野郎……全てコイツが原因だった! 魔女同士で争っている場合じゃなかった!
こいつらが裏で糸を引き、人間の恐怖心を利用し、魔女達の猜疑心を利用し、魔女狩りを引き起こした。
人間たちは恐れから魔女と噂される者を片っ端から殺し、魔女たちはその猜疑心から身内を疑った。
その結果が、魔女達に私を裏切りの魔女と呼ばせ、キテラ達によるリアムの処刑だ。
ここまで全てこいつらの計画通り。
「けれど魔女狩りで私達魔女を減らしてしまったら、悪魔だって困るでしょう? 契約する相手がいなくなってしまっては、この世界にとどまれない」
確かに計画通り進めば、私達魔女を根絶やしにできるし、実際にそうなっている。
しかしそれだけでは共倒れ、悪魔たちも困るはず。
そこまで考えて思い至った。
計画はまだ途中……
「そうだ。だからカルシファーにキテラと契約させたのだ! 本来彼女ほどの悪魔が魔女と契約などしないのだが、今回は特別だ! 我々悪魔が、世界を自由に闊歩できる未来のために!」
そうか……やっぱりそうだった。
キテラが正気ではないと、どこかでずっと思っていたがやはりそうだった。
キテラはとっくに悪魔の手に落ちていた。
冠位の悪魔と契約したものは不幸になる。
事実その通りとなってしまった。
カルシファーが裏でキテラを誘導し、この結界を作らせた。
そしてこの結界の作成と維持こそが、悪魔たちの本当の計画!
「我々悪魔は、異界から自由に出入りできない! それは我々のような冠位の悪魔とて同じこと……ならば話は簡単だ! まだ途中ではあるが異界をこの世界に作ってしまえばいい!」
アザゼルは長年の夢が叶ったかのように、目を輝かせ達成感に浸っている。
この星が誕生してから、三〇〇年間も完全に外の世界と区切られた空間はこの結界が初めてだ。
つまりこの結界そのものが異界と化している。
だけれど彼らはまだ途中だと言っていた。
それは事実だろう。
さっきアザゼルがここに現れた時も、あのミノタウロスのように異界から来ていたわけではなく、この結界内のどこかから移動してきた印象だ。
「やっぱりそうだったのね。そしてまだ途中。この結界はまだ異界じゃない。そしてとっくにキテラの管理下では無くなっているから、彼女が死んだ後も結界は維持されている」
だからこの結界内には悪魔が現れだしていた。
前兆は確かにあったのだ。
「私はキテラが結界を張った後に、出来るだけ早くこの結界の所有権を手に入れなければなりませんでした。だから……」
カルシファーの言葉を私が引き継ぐ。
「だからキテラをはじめとした他の魔女たちの自我を奪った。冠位の悪魔である貴女なら簡単だったでしょうね?」
私はカルシファーを一瞥する。
全ての発端はここにいる二体の悪魔。
私の復讐はまだ終っていない