彼との別れと真実 3
私が光を取り戻して最初に見たのは、キテラがいた場所だった。
キテラがいた場所には血痕が残されていて、本当に自分が殺したのだと実感した。
「エリックは?」
私はエリックの死体が倒れているであろう場所に目を向けると、エリックの死体は私が今いる場所から数メートル先に放置されていた。
私は急いで駆け寄る。
駆け寄って、違和感をおぼえた。
おかしい。
エリックの外傷は喉だけだったはず……なのにどうして、どうして下半身が無いの?
誰かにやられたという感じではない。
私は意を決して、エリックの残された上半身の切断面をのぞく。のぞいてみると、中は空洞で真っ暗だった。
「え!?」
私はそれっきり言葉を失った。
どういうこと?
あれはエリックではないの?
それとも私が知らないだけで、ああいう魔法なの?
あれではまるで、魔法そのものみたいな……
「あの少年が死んだ時から、その現象は始まっていましたよ。アレシア」
振り向くと、さっきまでキテラと私のやり取りを傍観していたカルシファーが後ろに立っていた。
「貴女がなにかしたわけではないのね?」
私はカルシファーに確認する。
命令されたとはいえ、実際にエリックの喉を引き裂いて絶命させたのは彼女だ。
「私にも分かりません。ただその消え方は、召喚された生き物の消え方によく似ている」
カルシファーの言葉が耳に痛い。
私もちょうどそう思ってしまったからだ。
普通は殺されたとはいえ、死体が勝手に消えていくなんてあり得ない。
殺されて消えていくのは、死んだら異界に送られる悪魔ぐらいのもので、当然エリックは人間。悪魔ではない。
「エリックが召喚された者だと言いたいわけ?」
私はカルシファーをじっと睨む。
「私よりも、貴女のほうが分かるのではないのですか? アレシア」
カルシファーは一切怯まず、私の痛いところをついてくる。
あの断面を見た時、そんな予感はしていた。
今思い返すと、エリックは不思議な子だった。
彼がこの結界の中の、私とレシファーの小屋に毎週末くるようになって二年。当時はたいして気にしていなかったが、彼から家族や友人の話を聞いたことがない。
そもそも毎週末にしか来れなくて、逆に来れなかった時などなかった。
普通はなにかしら用事があったり、体調を崩したりするはずだ。
人間なら。
人間なら、そういったイレギュラーなことはあって当たり前だ。
しかし彼にはそれが無かった。
そもそも彼が、どうして結界を出入り出来るのか説明がつかない。
私もレシファーも、当然のようにエリックという存在を受け入れていた。
毎週末にやってくる可愛い少年。
リアムの生まれ変わり。
私が光を取り戻す日。
その幸福感に惑わされていたのか、無意識に考えないようにしていたのか、私達はまったくエリックという少年の存在に疑問を抱かなかった。
「ははは……」
私は天を仰いだ。
なるほど、そうだったのか。
彼が人間ではないとすれば、全て説明がついてしまう。
彼は最初から結界を抜けて来たわけではなかったのだ。
彼は結界の内側に、毎週末発生していたのだ。
彼には最初から友人や親もいなければ、用事も体調不良もない。
だって人間ではないから。
そうなってくると彼を召喚したのは誰かという疑問が浮上するが、なんてことはない。
「今の今になって気がつくなんて……」
エリックをエリックたらしめていたのは私だ。
私の無意識下の願いを、この結界が聞き入れて発生したのがエリック。
どことなくリアムに似ていたのも、私の想いと、死んだリアムの残留思念が、強く反映されているからだろう。
彼が私を好いていてくれていたのも、私とリアムの願望がかたちとなったのだから当然だ。
だからエリックが殺された時、魔力が返ってきたのだ。
だから全盛期の魔力を失っていたのだ。
ようやく理解した。エリックを召喚していたのは私……私の願望と、リアムの思念と、この結界の効果が交ざって生じたのが、エリックだった。
「レシファーは、うっすらと気がついていたようでしたけどね」
カルシファーは私に静かにそう告げた。
過去を振り返れば、レシファーは私が過剰にエリックを守ろうとするたびに苦笑いしてたっけ……呆れたような、それでも口に出せないような、そんな葛藤をしていたようにも思えた。
レシファーは優しいから、夢に溺れる私を起こすことなど出来なかった。
それもそのはずだ。
彼女は最初から私を憐れんで契約した悪魔。
私にとっての優しさの象徴だ。
そんな彼女が、私が無意識に召喚したエリックを、無碍に扱うことなど出来るはずがなかった。
「本当に……どっちが主が分からないわね……」
私はようやく光を取り戻した瞳を曇らせ、涙が頬を伝う。
私が必死に集めた想いは、全て散ってしまった。
最愛のエリックを失い、レシファーも失い、ついでにポックリも失った。
また一人……三〇〇年前となにも変わっていない。
何も成長していない。
私は涙を流しながらゆっくりと立ち上がる。
立ち上がって、カルシファーを睨む。
カルシファーは、泣いている私をただ静かに見守っていた。
「次は私ですか?」
カルシファーは、どこか面白そうに口にする。
「私に残った感情は復讐だけ。後はお前よ」
「酷いですね……レシファーに関しては、貴女が私の相手をするように命令したからでしょうに。それにあの少年だってそう。彼は貴女が召喚したものでしょう? たいして恨まれる理由などないような気がしますが……」
カルシファーは自分には罪はないと、説明する。
ふざけるな!
「黙りなさい! レシファーは実の妹でしょう? 殺さなくたって……」
「殺しますよ。悪魔とはそういうものです」
カルシファーはそう言い切る。
「それとエリックは、確かに私が無意識に召喚した人……だけど常に私の隣に存在していたし、生きていた。私の光よ!」
私は自身の怒りが上昇していくのを感じた。
そうだ。
私に残されたのは復讐の道だけ。
復讐が終えた時のことは、その時になって考えればいい。
まだ目の前に復讐すべき相手が残っているのだから、泣いてる暇などない!
「やれやれ、これだから魔女は……やっぱり計画を進めてきて正解でした」
「貴女、さっきから悪魔の復讐だの、計画だのと、何を言っているの?」
カルシファーは最初からそう言っていた。
悪魔の復讐?
誰に?
人間に?
いや、ここまでの彼女の態度や言い草を考えるとまさか……
「私達魔女に対しての復讐ってこと?」
そうだ、それしかない。
だって実際にこの場に残っている魔女は、私一人だけ。
悪魔が、この結界内に何体か出現しているのを見た。
キテラが言っていた、この結界はもう自分の管理下には無いと。
結界を張っていた本人が、そう言っていた。
あり得るだろうか?
そこらへんの魔女が言うなら分かるが、仮にも魔女の族長であるキテラが、自分が張った結界の制御が出来ないと言っていたのだ。
あり得ない。
そんなわけがない。
それでも、キテラが嘘をついている感じでも無かった。
「ええそうですよ。貴女達魔女に対しての復讐です」
彼女がそう言い切った時、急に地響きがし始めた。
「なに!?」
「ああ始まりましたか……我々悪魔の計画が、ようやく成就する!」
カルシファーは心底嬉しそうな顔で天を仰ぐ。
そのあいだにも振動は強くなっていき、私は立っていられなくなって地面に膝をつく。
「一体何をするつもり?」
私は、喜びで恍惚の表情を浮かべるカルシファーを問いただす。
悪魔が全力で喜ぶなど、絶対にろくなことではない。
「説明を求めるのね、最後の魔女アレシア……でもそうね。私から説明するよりも、もっと相応しい者に説明していただきましょう」
カルシファーが右腕を自身の体の前に持っていき、そのまま礼をすると、彼女の背後の空間が揺らぐ。
その揺らいだ空間から、二本のヤギの角を生やした獣人のような巨大な悪魔が現れた。
キテラがいた場所には血痕が残されていて、本当に自分が殺したのだと実感した。
「エリックは?」
私はエリックの死体が倒れているであろう場所に目を向けると、エリックの死体は私が今いる場所から数メートル先に放置されていた。
私は急いで駆け寄る。
駆け寄って、違和感をおぼえた。
おかしい。
エリックの外傷は喉だけだったはず……なのにどうして、どうして下半身が無いの?
誰かにやられたという感じではない。
私は意を決して、エリックの残された上半身の切断面をのぞく。のぞいてみると、中は空洞で真っ暗だった。
「え!?」
私はそれっきり言葉を失った。
どういうこと?
あれはエリックではないの?
それとも私が知らないだけで、ああいう魔法なの?
あれではまるで、魔法そのものみたいな……
「あの少年が死んだ時から、その現象は始まっていましたよ。アレシア」
振り向くと、さっきまでキテラと私のやり取りを傍観していたカルシファーが後ろに立っていた。
「貴女がなにかしたわけではないのね?」
私はカルシファーに確認する。
命令されたとはいえ、実際にエリックの喉を引き裂いて絶命させたのは彼女だ。
「私にも分かりません。ただその消え方は、召喚された生き物の消え方によく似ている」
カルシファーの言葉が耳に痛い。
私もちょうどそう思ってしまったからだ。
普通は殺されたとはいえ、死体が勝手に消えていくなんてあり得ない。
殺されて消えていくのは、死んだら異界に送られる悪魔ぐらいのもので、当然エリックは人間。悪魔ではない。
「エリックが召喚された者だと言いたいわけ?」
私はカルシファーをじっと睨む。
「私よりも、貴女のほうが分かるのではないのですか? アレシア」
カルシファーは一切怯まず、私の痛いところをついてくる。
あの断面を見た時、そんな予感はしていた。
今思い返すと、エリックは不思議な子だった。
彼がこの結界の中の、私とレシファーの小屋に毎週末くるようになって二年。当時はたいして気にしていなかったが、彼から家族や友人の話を聞いたことがない。
そもそも毎週末にしか来れなくて、逆に来れなかった時などなかった。
普通はなにかしら用事があったり、体調を崩したりするはずだ。
人間なら。
人間なら、そういったイレギュラーなことはあって当たり前だ。
しかし彼にはそれが無かった。
そもそも彼が、どうして結界を出入り出来るのか説明がつかない。
私もレシファーも、当然のようにエリックという存在を受け入れていた。
毎週末にやってくる可愛い少年。
リアムの生まれ変わり。
私が光を取り戻す日。
その幸福感に惑わされていたのか、無意識に考えないようにしていたのか、私達はまったくエリックという少年の存在に疑問を抱かなかった。
「ははは……」
私は天を仰いだ。
なるほど、そうだったのか。
彼が人間ではないとすれば、全て説明がついてしまう。
彼は最初から結界を抜けて来たわけではなかったのだ。
彼は結界の内側に、毎週末発生していたのだ。
彼には最初から友人や親もいなければ、用事も体調不良もない。
だって人間ではないから。
そうなってくると彼を召喚したのは誰かという疑問が浮上するが、なんてことはない。
「今の今になって気がつくなんて……」
エリックをエリックたらしめていたのは私だ。
私の無意識下の願いを、この結界が聞き入れて発生したのがエリック。
どことなくリアムに似ていたのも、私の想いと、死んだリアムの残留思念が、強く反映されているからだろう。
彼が私を好いていてくれていたのも、私とリアムの願望がかたちとなったのだから当然だ。
だからエリックが殺された時、魔力が返ってきたのだ。
だから全盛期の魔力を失っていたのだ。
ようやく理解した。エリックを召喚していたのは私……私の願望と、リアムの思念と、この結界の効果が交ざって生じたのが、エリックだった。
「レシファーは、うっすらと気がついていたようでしたけどね」
カルシファーは私に静かにそう告げた。
過去を振り返れば、レシファーは私が過剰にエリックを守ろうとするたびに苦笑いしてたっけ……呆れたような、それでも口に出せないような、そんな葛藤をしていたようにも思えた。
レシファーは優しいから、夢に溺れる私を起こすことなど出来なかった。
それもそのはずだ。
彼女は最初から私を憐れんで契約した悪魔。
私にとっての優しさの象徴だ。
そんな彼女が、私が無意識に召喚したエリックを、無碍に扱うことなど出来るはずがなかった。
「本当に……どっちが主が分からないわね……」
私はようやく光を取り戻した瞳を曇らせ、涙が頬を伝う。
私が必死に集めた想いは、全て散ってしまった。
最愛のエリックを失い、レシファーも失い、ついでにポックリも失った。
また一人……三〇〇年前となにも変わっていない。
何も成長していない。
私は涙を流しながらゆっくりと立ち上がる。
立ち上がって、カルシファーを睨む。
カルシファーは、泣いている私をただ静かに見守っていた。
「次は私ですか?」
カルシファーは、どこか面白そうに口にする。
「私に残った感情は復讐だけ。後はお前よ」
「酷いですね……レシファーに関しては、貴女が私の相手をするように命令したからでしょうに。それにあの少年だってそう。彼は貴女が召喚したものでしょう? たいして恨まれる理由などないような気がしますが……」
カルシファーは自分には罪はないと、説明する。
ふざけるな!
「黙りなさい! レシファーは実の妹でしょう? 殺さなくたって……」
「殺しますよ。悪魔とはそういうものです」
カルシファーはそう言い切る。
「それとエリックは、確かに私が無意識に召喚した人……だけど常に私の隣に存在していたし、生きていた。私の光よ!」
私は自身の怒りが上昇していくのを感じた。
そうだ。
私に残されたのは復讐の道だけ。
復讐が終えた時のことは、その時になって考えればいい。
まだ目の前に復讐すべき相手が残っているのだから、泣いてる暇などない!
「やれやれ、これだから魔女は……やっぱり計画を進めてきて正解でした」
「貴女、さっきから悪魔の復讐だの、計画だのと、何を言っているの?」
カルシファーは最初からそう言っていた。
悪魔の復讐?
誰に?
人間に?
いや、ここまでの彼女の態度や言い草を考えるとまさか……
「私達魔女に対しての復讐ってこと?」
そうだ、それしかない。
だって実際にこの場に残っている魔女は、私一人だけ。
悪魔が、この結界内に何体か出現しているのを見た。
キテラが言っていた、この結界はもう自分の管理下には無いと。
結界を張っていた本人が、そう言っていた。
あり得るだろうか?
そこらへんの魔女が言うなら分かるが、仮にも魔女の族長であるキテラが、自分が張った結界の制御が出来ないと言っていたのだ。
あり得ない。
そんなわけがない。
それでも、キテラが嘘をついている感じでも無かった。
「ええそうですよ。貴女達魔女に対しての復讐です」
彼女がそう言い切った時、急に地響きがし始めた。
「なに!?」
「ああ始まりましたか……我々悪魔の計画が、ようやく成就する!」
カルシファーは心底嬉しそうな顔で天を仰ぐ。
そのあいだにも振動は強くなっていき、私は立っていられなくなって地面に膝をつく。
「一体何をするつもり?」
私は、喜びで恍惚の表情を浮かべるカルシファーを問いただす。
悪魔が全力で喜ぶなど、絶対にろくなことではない。
「説明を求めるのね、最後の魔女アレシア……でもそうね。私から説明するよりも、もっと相応しい者に説明していただきましょう」
カルシファーが右腕を自身の体の前に持っていき、そのまま礼をすると、彼女の背後の空間が揺らぐ。
その揺らいだ空間から、二本のヤギの角を生やした獣人のような巨大な悪魔が現れた。