彼との別れと真実 2
「一体何を言っているの?」
キテラは、私の放った一言が理解できないのか、困惑したような声色だった。
彼女が理解できないのは当然だ。
なぜなら私もこの言葉の意味は分からない。分からないけど、しっくりくる。
私はもともとが闇の住人だ。
これは私だけではなく、魔女や悪魔は全員当てはまる。
そんな私がリアムやエリック、レシファーやポックリと出会って、幸福を、希望を、光を手に入れてしまった。
それがそもそもの間違いだった。
私がもっとも私だった時、私は追憶の魔女と呼ばれていた。
どうして追憶の魔女なのか? 理由は簡単。その時の私は強すぎたから、畏敬の念を込めて、周囲の魔女たちが私をそう呼んだ。
レシファーと契約する前の私、その当時の私の系統魔法は当然……
「追憶魔法、対象者の一部を戻せ」
私が静かにそう唱えた瞬間、キテラの悲鳴が響き渡る!
「うっ!!」
キテラは一度悲鳴をあげた後、あまりの痛みで声も出せないのか、その場でうずくまる音だけが聞こえた。
「良かった……ちゃんと当たった……」
私は暗闇しか写さない瞳でキテラを見据え、立ち上がる。
盲目の私は、ゆっくりとキテラのうめき声が聞こえる方向に進んで歩いていく。
とても心が軽い。
まるで飲み干した後のグラスのように伽藍洞な頭は、今までの迷いや苦悩、悲しみ怒り……絶望までが、信じられないぐらい綺麗に無くなっている。
昔の自分に戻ったみたい。
「一体、何をしたの!?」
私が地べたに転がるキテラまで、あと数歩という距離になった時、彼女が声を上げる。
「何って……魔法を使ったのよ?」
私は当たり前のように答える。
自分の左腕が消えているのだから、私が魔法を行使したに決まっているのに、何を言っているのかしら?
「そうじゃなくて、貴女の魔力は空っぽだったはず! なのにどうして? それにその魔法はまるで……」
そう騒ぐキテラの声は震えている。
「魔力なら、エリックが死んだ時に帰って来たわ。不思議だけれど、その謎解きは貴女を殺してからゆっくりと……」
私は頭の中で、恐怖に顔を歪ませるキテラを想像する。
いい気味……今度はどこを無かったことにしようかしら?
「くそ! どうなってるのよ! あり得ないわ! それに貴女さっき追憶魔法って……」
「ええ言ったわよ? だって私は追憶の魔女ですもの、追憶の魔女が追憶魔法を使って、何が問題なの?」
私にはキテラが何を喚いているのかわからなかった。
「それじゃあ貴女は、二つの系統魔法が使えるってこと?」
「いえ、そうじゃないわ。レシファーとの契約が消されたから、私本来の魔法が使えるようになっただけ……キテラだって知っているでしょう? 私が魔女の中で、唯一追憶魔法が使えるってこと」
「知ってはいるけど……目も見えないのにどうやって私の左腕を吹き飛ばしたの?」
なんだ……キテラは知っているだけで、知らないのか。
追憶魔法がどうして恐れられたか。
「貴女の左腕は吹き飛ばしたのではなく、無かったことにしたのよ。強引にね」
「そんなバカげた魔法あるはず……」
キテラは信じられないと言いたげだった。
まあ無理もないか。私以外にいないものね。
「だったらもう一度味あわせてあげる。光栄に思いなさい」
「や、やめて!」
「追憶魔法、対象者の一部を戻せ!」
私は再びキテラを対象に魔法を行使する。
追憶魔法は対象者の存在そのものが座標になる。
見えていなくても、私がキテラの左腕を無かったことにすると決めた時点で必中だ。
「ぎゃあああ!!!」
キテラの悲鳴がこの平原にこだまする。
体の一部の時を戻される痛み……どれほどのものかしら?
今回私が無かったことにしたのは右足、もう歩けないわね。
「無様な声をあげるのねキテラ……お似合いよ?」
キテラの悲鳴を聞くたびに、心に黒い気持ちよさが充満する。
なんて満足感。
「くっ……」
キテラは声にならない。
「これで私の魔法については理解できたかしら?」
私は無様に倒れこんでいるであろうキテラに話しかける。
さっきまで転がっていたのは私だったのに……どうなるか分からないものね?
「カ、カルシファー! 助けなさい! 何を黙って見ているの!?」
キテラは思い出したように、自身が契約していた悪魔、カルシファーに助けを求める。いや、助けを求めるというよりも八つ当たりか?
私も私でカルシファーのことを忘れていたわけではないが、まったく動く気配をださなかったので無視していた。
確かにキテラの言う通り、どうして助けない? 私の追憶魔法を見て、怖気づくようなレベルの悪魔でもないはず。
カルシファーは、キテラの叱責にもなんの反応もしない。本当に助ける気がないみたいだ。
「カルシファー?」
「これは私達悪魔の復讐です」
カルシファーがキテラに返したのはその一言だけ。
確か、戦う前にも同じようなことを言ってたわね……悪魔の復讐?
今のところは分からないけど、一つだけは確かね。
「契約していた悪魔にも見捨てられてしまっては、もう無理ね」
私はこの暗闇の向こうで、絶望に染まるキテラの顔が浮かぶ。
「もう、殺すわね? ここまで貴女は、私に対して復讐をしていたつもりなのでしょう? 今度は私の番。やられた分は返さないと失礼でしょう?」
私はゆっくりと右手をキテラに向ける。
「私とリアムの関係を国王にばらし、リアムを目の前で殺し、私から光を奪った。それだけでは飽きたらず、私のパートナーであるレシファーを死に追いやり、ポックリをバカにして殺した。そして最愛のエリックまで手にかけた……」
「違うのよ! あれは私ではないの! 謝るから、お願い! 見逃して!」
キテラは自分が殺してきた、数多の魔女や人間たちと同じ台詞を吐く。
魔女も追いつめられると、ここまで惨めになるものなのね。
他人のためではなく、自身の命乞いほど見苦しいものってないわ。
私は冷静にこの場の魔力の動きを感知するが、本当にカルシファーは動く気配を出さない。
見殺しにする気なの?
悪魔の復讐ってなんなのかしら?
分からない事だらけ、まあそれでも今は、邪魔が入らないことに感謝して、キテラを殺しましょう。
もうこんな女の声、聞きたくない。
「うるさい! もう終わりよキテラ……さようなら」
「ま、待って!」
キテラは涙声で懇願するが、もう遅い。
「追憶魔法、対象者を無かったことにせよ!」
私の詠唱が終わった刹那、この場からキテラの気配はなくなった。
今度は体の一部ではなく、彼女本人を追憶に飛ばした。
過去にした。
無かったことにした。
「ふふふ……」
私は気づけば笑っていた。
殺った! ついに殺った! キテラを殺せた!
その高揚感が全身を満たしていくが、それだけだった。
その高揚感の後には、虚しさと虚無感、疲れと脱力感が同時に襲ってくる。
因縁の相手をやっと殺せたのに、心が晴れない。
全くと言っていいほど晴れない。
むしろその逆で、どんどん曇っていくような感覚。
結局復讐を果たして残ったものは、小さな達成感だけで、それ以外には何も残らないのだと知った。
「そう……呪いが解けたのね」
キテラを殺したことで、彼女にかけられていた呪いが解ける。
私は両目に光が戻ってくるのを感じた。
まるで夜明けのように、真っ暗だった夜の自分に光が射すように、光が戻ってくる。
やがて朧気だった景色は光と色を取り戻し、その情景を私の瞳に映し出す。
「なんだ……光を取り戻しても、ちっとも嬉しくない」
確かに呪いは解け、私は三〇〇年ぶりのなんの縛りもない無償の光を手に入れた。
取り戻したと言ったほうが正しいかもしれない。
それでも、私にとっての真の光は失われたままなのだ。
キテラは、私の放った一言が理解できないのか、困惑したような声色だった。
彼女が理解できないのは当然だ。
なぜなら私もこの言葉の意味は分からない。分からないけど、しっくりくる。
私はもともとが闇の住人だ。
これは私だけではなく、魔女や悪魔は全員当てはまる。
そんな私がリアムやエリック、レシファーやポックリと出会って、幸福を、希望を、光を手に入れてしまった。
それがそもそもの間違いだった。
私がもっとも私だった時、私は追憶の魔女と呼ばれていた。
どうして追憶の魔女なのか? 理由は簡単。その時の私は強すぎたから、畏敬の念を込めて、周囲の魔女たちが私をそう呼んだ。
レシファーと契約する前の私、その当時の私の系統魔法は当然……
「追憶魔法、対象者の一部を戻せ」
私が静かにそう唱えた瞬間、キテラの悲鳴が響き渡る!
「うっ!!」
キテラは一度悲鳴をあげた後、あまりの痛みで声も出せないのか、その場でうずくまる音だけが聞こえた。
「良かった……ちゃんと当たった……」
私は暗闇しか写さない瞳でキテラを見据え、立ち上がる。
盲目の私は、ゆっくりとキテラのうめき声が聞こえる方向に進んで歩いていく。
とても心が軽い。
まるで飲み干した後のグラスのように伽藍洞な頭は、今までの迷いや苦悩、悲しみ怒り……絶望までが、信じられないぐらい綺麗に無くなっている。
昔の自分に戻ったみたい。
「一体、何をしたの!?」
私が地べたに転がるキテラまで、あと数歩という距離になった時、彼女が声を上げる。
「何って……魔法を使ったのよ?」
私は当たり前のように答える。
自分の左腕が消えているのだから、私が魔法を行使したに決まっているのに、何を言っているのかしら?
「そうじゃなくて、貴女の魔力は空っぽだったはず! なのにどうして? それにその魔法はまるで……」
そう騒ぐキテラの声は震えている。
「魔力なら、エリックが死んだ時に帰って来たわ。不思議だけれど、その謎解きは貴女を殺してからゆっくりと……」
私は頭の中で、恐怖に顔を歪ませるキテラを想像する。
いい気味……今度はどこを無かったことにしようかしら?
「くそ! どうなってるのよ! あり得ないわ! それに貴女さっき追憶魔法って……」
「ええ言ったわよ? だって私は追憶の魔女ですもの、追憶の魔女が追憶魔法を使って、何が問題なの?」
私にはキテラが何を喚いているのかわからなかった。
「それじゃあ貴女は、二つの系統魔法が使えるってこと?」
「いえ、そうじゃないわ。レシファーとの契約が消されたから、私本来の魔法が使えるようになっただけ……キテラだって知っているでしょう? 私が魔女の中で、唯一追憶魔法が使えるってこと」
「知ってはいるけど……目も見えないのにどうやって私の左腕を吹き飛ばしたの?」
なんだ……キテラは知っているだけで、知らないのか。
追憶魔法がどうして恐れられたか。
「貴女の左腕は吹き飛ばしたのではなく、無かったことにしたのよ。強引にね」
「そんなバカげた魔法あるはず……」
キテラは信じられないと言いたげだった。
まあ無理もないか。私以外にいないものね。
「だったらもう一度味あわせてあげる。光栄に思いなさい」
「や、やめて!」
「追憶魔法、対象者の一部を戻せ!」
私は再びキテラを対象に魔法を行使する。
追憶魔法は対象者の存在そのものが座標になる。
見えていなくても、私がキテラの左腕を無かったことにすると決めた時点で必中だ。
「ぎゃあああ!!!」
キテラの悲鳴がこの平原にこだまする。
体の一部の時を戻される痛み……どれほどのものかしら?
今回私が無かったことにしたのは右足、もう歩けないわね。
「無様な声をあげるのねキテラ……お似合いよ?」
キテラの悲鳴を聞くたびに、心に黒い気持ちよさが充満する。
なんて満足感。
「くっ……」
キテラは声にならない。
「これで私の魔法については理解できたかしら?」
私は無様に倒れこんでいるであろうキテラに話しかける。
さっきまで転がっていたのは私だったのに……どうなるか分からないものね?
「カ、カルシファー! 助けなさい! 何を黙って見ているの!?」
キテラは思い出したように、自身が契約していた悪魔、カルシファーに助けを求める。いや、助けを求めるというよりも八つ当たりか?
私も私でカルシファーのことを忘れていたわけではないが、まったく動く気配をださなかったので無視していた。
確かにキテラの言う通り、どうして助けない? 私の追憶魔法を見て、怖気づくようなレベルの悪魔でもないはず。
カルシファーは、キテラの叱責にもなんの反応もしない。本当に助ける気がないみたいだ。
「カルシファー?」
「これは私達悪魔の復讐です」
カルシファーがキテラに返したのはその一言だけ。
確か、戦う前にも同じようなことを言ってたわね……悪魔の復讐?
今のところは分からないけど、一つだけは確かね。
「契約していた悪魔にも見捨てられてしまっては、もう無理ね」
私はこの暗闇の向こうで、絶望に染まるキテラの顔が浮かぶ。
「もう、殺すわね? ここまで貴女は、私に対して復讐をしていたつもりなのでしょう? 今度は私の番。やられた分は返さないと失礼でしょう?」
私はゆっくりと右手をキテラに向ける。
「私とリアムの関係を国王にばらし、リアムを目の前で殺し、私から光を奪った。それだけでは飽きたらず、私のパートナーであるレシファーを死に追いやり、ポックリをバカにして殺した。そして最愛のエリックまで手にかけた……」
「違うのよ! あれは私ではないの! 謝るから、お願い! 見逃して!」
キテラは自分が殺してきた、数多の魔女や人間たちと同じ台詞を吐く。
魔女も追いつめられると、ここまで惨めになるものなのね。
他人のためではなく、自身の命乞いほど見苦しいものってないわ。
私は冷静にこの場の魔力の動きを感知するが、本当にカルシファーは動く気配を出さない。
見殺しにする気なの?
悪魔の復讐ってなんなのかしら?
分からない事だらけ、まあそれでも今は、邪魔が入らないことに感謝して、キテラを殺しましょう。
もうこんな女の声、聞きたくない。
「うるさい! もう終わりよキテラ……さようなら」
「ま、待って!」
キテラは涙声で懇願するが、もう遅い。
「追憶魔法、対象者を無かったことにせよ!」
私の詠唱が終わった刹那、この場からキテラの気配はなくなった。
今度は体の一部ではなく、彼女本人を追憶に飛ばした。
過去にした。
無かったことにした。
「ふふふ……」
私は気づけば笑っていた。
殺った! ついに殺った! キテラを殺せた!
その高揚感が全身を満たしていくが、それだけだった。
その高揚感の後には、虚しさと虚無感、疲れと脱力感が同時に襲ってくる。
因縁の相手をやっと殺せたのに、心が晴れない。
全くと言っていいほど晴れない。
むしろその逆で、どんどん曇っていくような感覚。
結局復讐を果たして残ったものは、小さな達成感だけで、それ以外には何も残らないのだと知った。
「そう……呪いが解けたのね」
キテラを殺したことで、彼女にかけられていた呪いが解ける。
私は両目に光が戻ってくるのを感じた。
まるで夜明けのように、真っ暗だった夜の自分に光が射すように、光が戻ってくる。
やがて朧気だった景色は光と色を取り戻し、その情景を私の瞳に映し出す。
「なんだ……光を取り戻しても、ちっとも嬉しくない」
確かに呪いは解け、私は三〇〇年ぶりのなんの縛りもない無償の光を手に入れた。
取り戻したと言ったほうが正しいかもしれない。
それでも、私にとっての真の光は失われたままなのだ。