キテラという魔女 4
ポックリはそう宣言すると、もともと少ない魔力を総動員して、巨大な狼の魔獣を召喚する。
「殺れ!」
ポックリの指示に従い、人間ほどの大きさの銀白の狼は大きな口を広げ、キテラに迫る。
「つまらないわね……」
キテラがそう言って片手で空中を横に薙ぐと、その直後、見えない刃が銀白の狼の首を切り落としてしまう……
「今のが最大の魔法なのかしら? そこの狸」
キテラはゆっくりとした足取りでポックリに近づいていく……
ポックリは魔力がほとんど無いせいか、両手を地面につき、四つん這いのまま動けないでいる。
「やめなさいキテラ……殺すべきは、私……でしょう?」
私はそう言いながらも最後の魔力を振り絞り、彼女の足元から攻撃を仕掛けようとするが、魔法が使えない……木が出ない!
なぜ?
どうして?
……分からない! 分からない! 分からない!
そんな私の葛藤をよそに、キテラは這いつくばるポックリの目の前に到着する。
「黙りなさい、裏切りの魔女……最初に言ったじゃない? 貴女はいろいろ持ちすぎだって……それを一個一個、奪ってあげる」
キテラは今まで見せたことが無いような、残忍な微笑みを浮かべる。
「やめて!」
「手始めにこの狸だ!」
キテラが指を鳴らすと、ポックリの首と胴体はお別れを告げた。ポックリだった肉片は細かく切り刻まれ、草木の上にばら撒かれる……
「ひっ!?」
目の前で肉片にされたポックリを見て、エリックは小さな悲鳴をあげる。
ほとんど声も出ていない……
私は必死にポックリに念話を試みるが、返事はない。
試しに召喚をしてみようにも、やはり出来ない。
なんとなく、あの狸型の悪魔であるポックリは死なないと思っていた。
だから、殺されたのはまやかしのポックリで、本体はどこか安全なところにいるんじゃないのか……そんな都合のいい妄想が頭に広がった。
だから念話も試したし、召喚も試したが、何れも無駄だった。
分かっていた。
クローデッドが死んだときのあの泣きかた……力は無いかもしれない、たいした魔法も使えないかもしれない、それでも気にいった相手ならとことん愛する悪魔。
そんな彼が、気にいったエリックの危機にまやかしで庇うはずなどない。
分かっていた。
それでも一縷の望みを捨てたくなかった……
「どうしたアレシア? そんなにショックを受けたような顔をして……まさか誰も失うことなく私に勝てると思っていたのかしら?」
目の前の魔女が何かを言っている。
うるさい! うるさい!
頭に血が廻っていくのを感じる!
怒りが、私を支配する!
「うるさい!」
私は怒りに身を任せ、両手をキテラに向ける。
向けるが、やっぱり何も起きない……
どういうこと?
「ハハハ! 無様ねアレシア。契約していた悪魔の魔法が使えなくなる理由なんて、決まっているでしょう?」
嘘だ! 嘘だ! 嘘だ!
信じられない! あり得ない! 信じたくない!
「ふざけないでよ! そんなわけないでしょ! レシファーが殺されるはず……」
「無様ね、契約者」
叫ぶ私にそう声をかけたのは、レシファーと戦っていたはずのキテラの悪魔、カルシファーだった。
彼女はキテラの横に立ち、両膝を地面についている私を見下す。
「どうしてここに? レシファーは?」
私の頭は正常ではない。
思考が定まらない。
何も考えられない。
「どうして? そんなの決まっているでしょう? 貴女の悪魔、レシファーはカルシファーに殺されたのよ。だからここに私達は揃っていて、貴女は一人」
キテラは得意げにこう告げる。
しかし私の耳にはキテラの言葉の半分も入ってこなかった。
レシファーが死んだ?
あのレシファーが?
あの優しい彼女が?
私の大好きな彼女が?
肉体的にも精神的にも追い込まれていた私と契約してくれたレシファーが?
三〇〇年以上一緒にいた彼女が?
「あらあら……魔女のくせに、契約していた悪魔が死んだぐらいで泣き出すなんて……恥ずかしい」
キテラの言葉で気づいた。
そうか、私は泣いているのか。
それすらわからなかった。
この胸の空白は、何を詰め込んでも埋まらない。
ここにあるべき者は、失われてしまった。
「なにも言い返してこないわけ? たかが悪魔が一匹死んだだけじゃない?」
悪魔が一匹死んだだけ?
何を言っている?
コイツにとって、契約した悪魔とはそのような存在なのか?
「ふざけるな! 悪魔は一人だ! レシファーは私にとってただの悪魔ではない! 心の支えだった! 家族だった! 誰も味方がいなくなった時に、唯一私の側にいてくれた人だ! お前たち魔女ではない! 私の味方は、レシファーだけだった! 私にはもう……」
私はそこで言葉がでなくなった。
頭が回らない。
もう怒りも湧いてこない。
何もない……
この胸にぽっかりと空いた空白の名前を、私は知らない。知りたくない。
「そんなにあの悪魔を気に入っていたの? 苦しい時に側に居てくれたから? 相変わらずねアレシア……そうやって他人に依存しているから、今こうやって苦しむことになっているのが、まだ分からないのかしら!」
キテラは魔力を込めて、私を蹴り飛ばす。
「っく!?」
私は後方に数メートル吹き飛ばされる。
いつもの癖でレシファーの魔法を行使しようとするが、やはり使えない。
私はそのまま土の上にボロ雑巾のように転がる。
「受け身もとれないの?」
キテラは笑いながら、転がっている私に向ってくる。
私はレシファーの死体を見たわけではない。
それでも彼女と戦っていた姉、カルシファーがここにいる。
レシファーの魔法が使えない。
これは彼女との契約が切れていることを証明している。
契約はどちらかが死ぬまで自動的には切断されない……
もう受け入れざるをえない。
頭では分かっていた。
当然だ。
考えれば分かること……それでも信じたくなかった……
キテラは地面に転がる私の頭を踏む。
「ここまでされて、何もしないの? それでもあの追憶の魔女なのかしら? このままだと、貴女の宝物は全て消えるわね……」
キテラの言葉に意識が鮮明に蘇る。
私の宝物?
私は脳裏にリアムの顔が浮かび、レシファーが浮かぶ。ついでにポックリの顔も浮かんだ。
そして最後にエリックの顔が浮かぶ。
「どきなさい!」
私の頭を踏みつけるキテラを力ずくでどけて、私はエリックのほうを見る。
ここまで来て人質なんて!!
「動くな!」
エリックに向かって走り出そうとした時、カルシファーがエリックの後ろから彼を拘束し、首筋に鋭い刃をあてる。
「くそ!」
私はそう悪態をつく。
「アレシア!」
エリックはなんとかカルシファーの拘束を解こうとするが、カルシファーの力は人間を遥かに越えているのかびくともしない。
「ゲームセットねアレシア」
キテラは満面の笑みを浮かべて、私の肩に手をおく。
私は膝が笑い、再び膝をつく。
もう体に力が入らない。
ポックリを失い、レシファーも失った……これでエリックまで失ってしまえば、私は二度と立ち直れない。
彼らを失ったのは私の弱さが原因だ。
私のせいだ。
なにが追憶の魔女だ。
何も出来ていないじゃないか! 誰も救えていないじゃないか!
本当に守りたかった人達は殺され、たった一人残ったエリックは敵の悪魔の腕の中……
この三〇〇年、私は何をしていたんだ?
どうしてこうなった?
どうして?
何ができる?
分かっている。
今の私が出来ることはただ一つだけ……
「お願いキテラ、エリックだけは殺さないで……私はどうなってもいい。だけど彼だけは逃がして。彼は私達の戦いとは関係ない。お願いよ……」
私は恥も外聞も捨てて、頭を地面につけて懇願した。
「殺れ!」
ポックリの指示に従い、人間ほどの大きさの銀白の狼は大きな口を広げ、キテラに迫る。
「つまらないわね……」
キテラがそう言って片手で空中を横に薙ぐと、その直後、見えない刃が銀白の狼の首を切り落としてしまう……
「今のが最大の魔法なのかしら? そこの狸」
キテラはゆっくりとした足取りでポックリに近づいていく……
ポックリは魔力がほとんど無いせいか、両手を地面につき、四つん這いのまま動けないでいる。
「やめなさいキテラ……殺すべきは、私……でしょう?」
私はそう言いながらも最後の魔力を振り絞り、彼女の足元から攻撃を仕掛けようとするが、魔法が使えない……木が出ない!
なぜ?
どうして?
……分からない! 分からない! 分からない!
そんな私の葛藤をよそに、キテラは這いつくばるポックリの目の前に到着する。
「黙りなさい、裏切りの魔女……最初に言ったじゃない? 貴女はいろいろ持ちすぎだって……それを一個一個、奪ってあげる」
キテラは今まで見せたことが無いような、残忍な微笑みを浮かべる。
「やめて!」
「手始めにこの狸だ!」
キテラが指を鳴らすと、ポックリの首と胴体はお別れを告げた。ポックリだった肉片は細かく切り刻まれ、草木の上にばら撒かれる……
「ひっ!?」
目の前で肉片にされたポックリを見て、エリックは小さな悲鳴をあげる。
ほとんど声も出ていない……
私は必死にポックリに念話を試みるが、返事はない。
試しに召喚をしてみようにも、やはり出来ない。
なんとなく、あの狸型の悪魔であるポックリは死なないと思っていた。
だから、殺されたのはまやかしのポックリで、本体はどこか安全なところにいるんじゃないのか……そんな都合のいい妄想が頭に広がった。
だから念話も試したし、召喚も試したが、何れも無駄だった。
分かっていた。
クローデッドが死んだときのあの泣きかた……力は無いかもしれない、たいした魔法も使えないかもしれない、それでも気にいった相手ならとことん愛する悪魔。
そんな彼が、気にいったエリックの危機にまやかしで庇うはずなどない。
分かっていた。
それでも一縷の望みを捨てたくなかった……
「どうしたアレシア? そんなにショックを受けたような顔をして……まさか誰も失うことなく私に勝てると思っていたのかしら?」
目の前の魔女が何かを言っている。
うるさい! うるさい!
頭に血が廻っていくのを感じる!
怒りが、私を支配する!
「うるさい!」
私は怒りに身を任せ、両手をキテラに向ける。
向けるが、やっぱり何も起きない……
どういうこと?
「ハハハ! 無様ねアレシア。契約していた悪魔の魔法が使えなくなる理由なんて、決まっているでしょう?」
嘘だ! 嘘だ! 嘘だ!
信じられない! あり得ない! 信じたくない!
「ふざけないでよ! そんなわけないでしょ! レシファーが殺されるはず……」
「無様ね、契約者」
叫ぶ私にそう声をかけたのは、レシファーと戦っていたはずのキテラの悪魔、カルシファーだった。
彼女はキテラの横に立ち、両膝を地面についている私を見下す。
「どうしてここに? レシファーは?」
私の頭は正常ではない。
思考が定まらない。
何も考えられない。
「どうして? そんなの決まっているでしょう? 貴女の悪魔、レシファーはカルシファーに殺されたのよ。だからここに私達は揃っていて、貴女は一人」
キテラは得意げにこう告げる。
しかし私の耳にはキテラの言葉の半分も入ってこなかった。
レシファーが死んだ?
あのレシファーが?
あの優しい彼女が?
私の大好きな彼女が?
肉体的にも精神的にも追い込まれていた私と契約してくれたレシファーが?
三〇〇年以上一緒にいた彼女が?
「あらあら……魔女のくせに、契約していた悪魔が死んだぐらいで泣き出すなんて……恥ずかしい」
キテラの言葉で気づいた。
そうか、私は泣いているのか。
それすらわからなかった。
この胸の空白は、何を詰め込んでも埋まらない。
ここにあるべき者は、失われてしまった。
「なにも言い返してこないわけ? たかが悪魔が一匹死んだだけじゃない?」
悪魔が一匹死んだだけ?
何を言っている?
コイツにとって、契約した悪魔とはそのような存在なのか?
「ふざけるな! 悪魔は一人だ! レシファーは私にとってただの悪魔ではない! 心の支えだった! 家族だった! 誰も味方がいなくなった時に、唯一私の側にいてくれた人だ! お前たち魔女ではない! 私の味方は、レシファーだけだった! 私にはもう……」
私はそこで言葉がでなくなった。
頭が回らない。
もう怒りも湧いてこない。
何もない……
この胸にぽっかりと空いた空白の名前を、私は知らない。知りたくない。
「そんなにあの悪魔を気に入っていたの? 苦しい時に側に居てくれたから? 相変わらずねアレシア……そうやって他人に依存しているから、今こうやって苦しむことになっているのが、まだ分からないのかしら!」
キテラは魔力を込めて、私を蹴り飛ばす。
「っく!?」
私は後方に数メートル吹き飛ばされる。
いつもの癖でレシファーの魔法を行使しようとするが、やはり使えない。
私はそのまま土の上にボロ雑巾のように転がる。
「受け身もとれないの?」
キテラは笑いながら、転がっている私に向ってくる。
私はレシファーの死体を見たわけではない。
それでも彼女と戦っていた姉、カルシファーがここにいる。
レシファーの魔法が使えない。
これは彼女との契約が切れていることを証明している。
契約はどちらかが死ぬまで自動的には切断されない……
もう受け入れざるをえない。
頭では分かっていた。
当然だ。
考えれば分かること……それでも信じたくなかった……
キテラは地面に転がる私の頭を踏む。
「ここまでされて、何もしないの? それでもあの追憶の魔女なのかしら? このままだと、貴女の宝物は全て消えるわね……」
キテラの言葉に意識が鮮明に蘇る。
私の宝物?
私は脳裏にリアムの顔が浮かび、レシファーが浮かぶ。ついでにポックリの顔も浮かんだ。
そして最後にエリックの顔が浮かぶ。
「どきなさい!」
私の頭を踏みつけるキテラを力ずくでどけて、私はエリックのほうを見る。
ここまで来て人質なんて!!
「動くな!」
エリックに向かって走り出そうとした時、カルシファーがエリックの後ろから彼を拘束し、首筋に鋭い刃をあてる。
「くそ!」
私はそう悪態をつく。
「アレシア!」
エリックはなんとかカルシファーの拘束を解こうとするが、カルシファーの力は人間を遥かに越えているのかびくともしない。
「ゲームセットねアレシア」
キテラは満面の笑みを浮かべて、私の肩に手をおく。
私は膝が笑い、再び膝をつく。
もう体に力が入らない。
ポックリを失い、レシファーも失った……これでエリックまで失ってしまえば、私は二度と立ち直れない。
彼らを失ったのは私の弱さが原因だ。
私のせいだ。
なにが追憶の魔女だ。
何も出来ていないじゃないか! 誰も救えていないじゃないか!
本当に守りたかった人達は殺され、たった一人残ったエリックは敵の悪魔の腕の中……
この三〇〇年、私は何をしていたんだ?
どうしてこうなった?
どうして?
何ができる?
分かっている。
今の私が出来ることはただ一つだけ……
「お願いキテラ、エリックだけは殺さないで……私はどうなってもいい。だけど彼だけは逃がして。彼は私達の戦いとは関係ない。お願いよ……」
私は恥も外聞も捨てて、頭を地面につけて懇願した。