苦悩の魔女アデール 3
彼女は私の耳元でそう囁くと、右手に持っている杖を無言で地面に叩きつける。
すると、龍の真下の水が一気に上昇し、宙に浮かぶ龍を覆いつくす。
そのまま龍を巨大な水の棺桶に閉じ込め、凍りつかせてしまった。
そうだ、アデールが操るのは水と氷だ。水辺で彼女を上回った魔女は見たことがない。
「アンタ、キテラの呪いは平気なの?」
私はアデールに尋ねる。
つい先日のクローデッドの死に様を見ている身としては、どうしても気になってしまう。
「キテラの呪い? ああ、裏切ると死ぬやつね……大丈夫よ。別に裏切ってない、あの龍だってキテラが生み出したものじゃないし」
私は耳を疑う。
あの龍を生み出したのがキテラじゃないというなら、あれは一体?
「アレシア、この結界は想いが強く反映されるのは知ってるわよね?」
「ええ、知っているわ」
「つまりそういう事でしょう? この結界に迷い込んだ誰かが、あの龍を強くイメージしたのでしょう?」
アデールはさらりとそう言うが、中々信じられることではない。
「そんな偶然であんなの出されたら、たまったものじゃないわ!」
「そうね。だけどそれ以外に説明がつかないのよ。この結界は、もうすでにキテラが制御しきれなくなってきてるわ。その象徴があの龍よ」
そう言ってアデールは、視線を氷の棺桶に向ける。
「今は凍らせて動きを止めているだけよ。殺せてはいない。この隙になにかデカい魔法でも叩きこまないと」
彼女は簡単にそう言う。
確かに相手が動かないのならば殺れる。
それに今はとっととあの龍を始末して、アデールと話をすべきだ。
「行くわよ!」
アデールはそう言うと、自身を宙に浮かべ、一気に加速し、氷漬けの龍の目の前で停止する。
彼女は振り向き、私を指差す。
どうやら一緒にやろうと誘っているらしい。
面白いじゃない。
異名持ちの魔女が揃った時の破壊力、見せてやろうじゃない!
私も彼女に誘われるままに翼を展開する。
「レシファーはそこでエリックをお願い!」
「分かりました! お気をつけて!」
私はレシファーを残し、猛スピードでアデールの隣へ。
「やっぱりそうは持たないか……もうすぐ出てきそうね」
アデールは事もなげにそう告げる。
「私が仕留めるから、拘束役を変わってくれる?」
アデールはそう言って杖を真下に向け、魔力を練り上げる。
昔に見たことがある魔法だ。彼女が操る魔法の中では、もっとも殺傷能力が高い魔法。
私は彼女の時間を稼ぐために、もうすぐ氷の棺桶から出てくる龍を、もう一度拘束しなくてはならない。
「命よ、罪人に罪の束縛を!」
私がそう唱えるのと同時に氷の棺桶は砕け散り、中の龍が動き始める。
「無駄よ!」
私の詠唱が終わり、この湖の周りに生えている樹木から、無数のツタが一斉に龍を縛り上げる。
そして、このツタはただのツタではない。
私の詠唱によって、その強度も性能も変化させたツタだ。どうやら龍が相手でもギリギリ拘束出来ている。
縛られた龍は必死に振りほどこうとするが、動けば動くほど、ツタが龍の体をきつく縛り上げる。
龍は脱出を諦めたのか、魔力を練り始めるが、それも徒労に終わる。
「私が詠唱までして行使した魔法が、ただ縛るだけなわけ無いでしょう?」
私は感情が昂るのを感じる。ついつい饒舌になる。
「本当に厄介よね、その魔法。一度捕まったら、外部の助けなしでは絶対に逃れられないもの」
アデールは昔を思い出したのか、苦い顔をしていた。
私のこの魔法は一見すると地味だが、効果のほどは絶大だった。
なにせ相手を縛り付けているツタが、相手の魔力まで吸ってしまうので、相手はツタを振りほどくための魔法が使えないのだ。
そしてそれは魔女だけでなく、龍のような魔力を持つ生物も同じだ。
龍は、拘束を解こうと眼前の私達に先ほどの巨大な水の弾丸を飛ばそうとするが、水の弾丸を生成できないでいた。
「じゃあ、そろそろ殺るわね!」
アデールはそう言って、詠唱を開始する。
「水よ、侵入者に裁きの浸水を! その者を怒りで貫け!」
アデールは詠唱と共に、真下に向けていた杖を引き上げる。
杖の動きに合わせて、眼下の湖から、小さな村一つ押しつぶせそうな大量の水が龍を囲う。
彼女が操る水は、龍を三百六十度覆う。
そしてそのまま、全方位から水の槍となって、一斉に龍に襲い掛かる!
その水の槍の鋭さは想像を遥かに超えたもので、あの固そうな龍の鱗を易々貫通していく。
龍は苦悶の悲鳴を上げる!
「凄いわね……相変わらず」
私はそう感想を述べるぐらいしか出来なかった。
私がそんな感想を抱いている合間にも、水の槍は全方位から確実に深々と龍に刺さっていく。
まるでアイアンメイデンのようにゆっくり、じっくりと……
綺麗な水で出来た槍なので、龍を三百六十度覆っているにも関わらず、中がどうなっているかが良く見える。そして水の槍も、深々と刺さるたびに龍の血液で徐々に赤色に染まっていった。
「……さようなら」
アデールが指をパチンと鳴らすと、ゆっくり刺していた槍たちは一斉にその作業スピードを上げて、龍の全身をくまなく刺し切る。
仕事を終えた水達が下の湖に帰って行くとともに、穴だらけになった龍の亡骸も、落ちていく。
龍は大きな水飛沫をあげて湖に着水し、深い湖の底に沈んでいった……
「終わったわね」
振り返ったアデールは静かにそう口にする。
「それじゃあ次は私ってことかしら?」
「そうね、そうなるかしら」
私達は湖の上空十メートルの高さで向かい合う。
「裏切りの魔女アレシア……私はね、ずっと悩んでいたの。魔女狩りで同胞たちが殺されていく最中、どうにかして救えないかと。苦悩に苦悩を重ねて出た結論が、不可能だった」
そう。彼女は、苦悩の魔女。
昔からそういう傾向はあったが、それがこの三〇〇年という長い時間と、この結界の効果で苦悩の感情だけが高まった結果、苦悩の魔女と呼称されるまでに至った魔女。
「それで、魔女狩りのきっかけを作った私に復讐ってことかしら?」
他の四皇の魔女同様、彼女とも顔見知りだ。
クローデッドと同じく、魔女界隈でも一、二を争う優しい魔女。
「いえ、アレシアに対して怨みの感情は無いわ。事情もなんとなく分かっているし、貴女が無意味にそんなことをするような魔女だとは思ってない。だけどね?」
アデールはここで一度言葉を切る。
「だけど、それで殺されていった同胞がいたのも事実! 私はこの苦悩の感情を抑えきれない! 抑制できない! だからアレシア、ごめんなさい。私は貴女を殺すわ……私にはそれしか残されていない! この感情のコントロールが効かない! キテラの呪いからも逃れられない!」
アデールは大声で叫び続けた。
私の知っている彼女からは想像できない姿だった。
叫ぶ彼女の目は血走り、あきらかに正気とは思えない。
「無駄だと思うけど、一応提案はさせてちょうだい。キテラを裏切らなくて良いからここで私達を見逃してくれないかしら? キテラを私が殺せば、その呪いは解けるし、今の貴女が感情のコントロールを失っているのはこの結界の影響なの。だからキテラを殺して結界を解きましょう? そうすれば貴女だって……」
「うるさい! うるさい! そんなこと貴女に言われなくたって分かっているわ! それでも、分かっているけど、体が、心が、言うことを聞かないのよ!」
彼女の今の言葉が開戦の合図となった。
アデールは杖を私に向けると、湖から練りあがった水が、人の頭ぐらいのサイズの弾丸となって私に向かって飛んでくる!
「そう……残念だわ」
飛来してくる水の弾丸を躱しながら、私はそう呟く。
呟きながら私の頬を流れる水滴は、決して彼女の操る水ではなかった……
すると、龍の真下の水が一気に上昇し、宙に浮かぶ龍を覆いつくす。
そのまま龍を巨大な水の棺桶に閉じ込め、凍りつかせてしまった。
そうだ、アデールが操るのは水と氷だ。水辺で彼女を上回った魔女は見たことがない。
「アンタ、キテラの呪いは平気なの?」
私はアデールに尋ねる。
つい先日のクローデッドの死に様を見ている身としては、どうしても気になってしまう。
「キテラの呪い? ああ、裏切ると死ぬやつね……大丈夫よ。別に裏切ってない、あの龍だってキテラが生み出したものじゃないし」
私は耳を疑う。
あの龍を生み出したのがキテラじゃないというなら、あれは一体?
「アレシア、この結界は想いが強く反映されるのは知ってるわよね?」
「ええ、知っているわ」
「つまりそういう事でしょう? この結界に迷い込んだ誰かが、あの龍を強くイメージしたのでしょう?」
アデールはさらりとそう言うが、中々信じられることではない。
「そんな偶然であんなの出されたら、たまったものじゃないわ!」
「そうね。だけどそれ以外に説明がつかないのよ。この結界は、もうすでにキテラが制御しきれなくなってきてるわ。その象徴があの龍よ」
そう言ってアデールは、視線を氷の棺桶に向ける。
「今は凍らせて動きを止めているだけよ。殺せてはいない。この隙になにかデカい魔法でも叩きこまないと」
彼女は簡単にそう言う。
確かに相手が動かないのならば殺れる。
それに今はとっととあの龍を始末して、アデールと話をすべきだ。
「行くわよ!」
アデールはそう言うと、自身を宙に浮かべ、一気に加速し、氷漬けの龍の目の前で停止する。
彼女は振り向き、私を指差す。
どうやら一緒にやろうと誘っているらしい。
面白いじゃない。
異名持ちの魔女が揃った時の破壊力、見せてやろうじゃない!
私も彼女に誘われるままに翼を展開する。
「レシファーはそこでエリックをお願い!」
「分かりました! お気をつけて!」
私はレシファーを残し、猛スピードでアデールの隣へ。
「やっぱりそうは持たないか……もうすぐ出てきそうね」
アデールは事もなげにそう告げる。
「私が仕留めるから、拘束役を変わってくれる?」
アデールはそう言って杖を真下に向け、魔力を練り上げる。
昔に見たことがある魔法だ。彼女が操る魔法の中では、もっとも殺傷能力が高い魔法。
私は彼女の時間を稼ぐために、もうすぐ氷の棺桶から出てくる龍を、もう一度拘束しなくてはならない。
「命よ、罪人に罪の束縛を!」
私がそう唱えるのと同時に氷の棺桶は砕け散り、中の龍が動き始める。
「無駄よ!」
私の詠唱が終わり、この湖の周りに生えている樹木から、無数のツタが一斉に龍を縛り上げる。
そして、このツタはただのツタではない。
私の詠唱によって、その強度も性能も変化させたツタだ。どうやら龍が相手でもギリギリ拘束出来ている。
縛られた龍は必死に振りほどこうとするが、動けば動くほど、ツタが龍の体をきつく縛り上げる。
龍は脱出を諦めたのか、魔力を練り始めるが、それも徒労に終わる。
「私が詠唱までして行使した魔法が、ただ縛るだけなわけ無いでしょう?」
私は感情が昂るのを感じる。ついつい饒舌になる。
「本当に厄介よね、その魔法。一度捕まったら、外部の助けなしでは絶対に逃れられないもの」
アデールは昔を思い出したのか、苦い顔をしていた。
私のこの魔法は一見すると地味だが、効果のほどは絶大だった。
なにせ相手を縛り付けているツタが、相手の魔力まで吸ってしまうので、相手はツタを振りほどくための魔法が使えないのだ。
そしてそれは魔女だけでなく、龍のような魔力を持つ生物も同じだ。
龍は、拘束を解こうと眼前の私達に先ほどの巨大な水の弾丸を飛ばそうとするが、水の弾丸を生成できないでいた。
「じゃあ、そろそろ殺るわね!」
アデールはそう言って、詠唱を開始する。
「水よ、侵入者に裁きの浸水を! その者を怒りで貫け!」
アデールは詠唱と共に、真下に向けていた杖を引き上げる。
杖の動きに合わせて、眼下の湖から、小さな村一つ押しつぶせそうな大量の水が龍を囲う。
彼女が操る水は、龍を三百六十度覆う。
そしてそのまま、全方位から水の槍となって、一斉に龍に襲い掛かる!
その水の槍の鋭さは想像を遥かに超えたもので、あの固そうな龍の鱗を易々貫通していく。
龍は苦悶の悲鳴を上げる!
「凄いわね……相変わらず」
私はそう感想を述べるぐらいしか出来なかった。
私がそんな感想を抱いている合間にも、水の槍は全方位から確実に深々と龍に刺さっていく。
まるでアイアンメイデンのようにゆっくり、じっくりと……
綺麗な水で出来た槍なので、龍を三百六十度覆っているにも関わらず、中がどうなっているかが良く見える。そして水の槍も、深々と刺さるたびに龍の血液で徐々に赤色に染まっていった。
「……さようなら」
アデールが指をパチンと鳴らすと、ゆっくり刺していた槍たちは一斉にその作業スピードを上げて、龍の全身をくまなく刺し切る。
仕事を終えた水達が下の湖に帰って行くとともに、穴だらけになった龍の亡骸も、落ちていく。
龍は大きな水飛沫をあげて湖に着水し、深い湖の底に沈んでいった……
「終わったわね」
振り返ったアデールは静かにそう口にする。
「それじゃあ次は私ってことかしら?」
「そうね、そうなるかしら」
私達は湖の上空十メートルの高さで向かい合う。
「裏切りの魔女アレシア……私はね、ずっと悩んでいたの。魔女狩りで同胞たちが殺されていく最中、どうにかして救えないかと。苦悩に苦悩を重ねて出た結論が、不可能だった」
そう。彼女は、苦悩の魔女。
昔からそういう傾向はあったが、それがこの三〇〇年という長い時間と、この結界の効果で苦悩の感情だけが高まった結果、苦悩の魔女と呼称されるまでに至った魔女。
「それで、魔女狩りのきっかけを作った私に復讐ってことかしら?」
他の四皇の魔女同様、彼女とも顔見知りだ。
クローデッドと同じく、魔女界隈でも一、二を争う優しい魔女。
「いえ、アレシアに対して怨みの感情は無いわ。事情もなんとなく分かっているし、貴女が無意味にそんなことをするような魔女だとは思ってない。だけどね?」
アデールはここで一度言葉を切る。
「だけど、それで殺されていった同胞がいたのも事実! 私はこの苦悩の感情を抑えきれない! 抑制できない! だからアレシア、ごめんなさい。私は貴女を殺すわ……私にはそれしか残されていない! この感情のコントロールが効かない! キテラの呪いからも逃れられない!」
アデールは大声で叫び続けた。
私の知っている彼女からは想像できない姿だった。
叫ぶ彼女の目は血走り、あきらかに正気とは思えない。
「無駄だと思うけど、一応提案はさせてちょうだい。キテラを裏切らなくて良いからここで私達を見逃してくれないかしら? キテラを私が殺せば、その呪いは解けるし、今の貴女が感情のコントロールを失っているのはこの結界の影響なの。だからキテラを殺して結界を解きましょう? そうすれば貴女だって……」
「うるさい! うるさい! そんなこと貴女に言われなくたって分かっているわ! それでも、分かっているけど、体が、心が、言うことを聞かないのよ!」
彼女の今の言葉が開戦の合図となった。
アデールは杖を私に向けると、湖から練りあがった水が、人の頭ぐらいのサイズの弾丸となって私に向かって飛んでくる!
「そう……残念だわ」
飛来してくる水の弾丸を躱しながら、私はそう呟く。
呟きながら私の頬を流れる水滴は、決して彼女の操る水ではなかった……