苦悩の魔女アデール 2
クローデッドとの戦いを終えた森を抜け、私達は約半日小屋ごとの移動を開始していた。
小屋から見える風景は、ずっと自然だった。
広々とした平野が広がり、遠くには山や森が悠然と並び、細い川が遠くに見える山から流れ、やがておおきな湖へと合流していた。
この結界を創造したキテラは人間を嫌っていた。
その影響か、この結界の中に人工物は一切なく、代わりにあるのは豊かな自然だけ……唯一結界の外の自然と違うのは、動物の代わりに魔獣がウロウロしている点ぐらいだ。
「あそこの湖で休憩しましょう」
レシファーの希望通り、私は小屋を湖のそばで停止させる。
眼前に広がる湖は異様なほど広く、先が見えない。
人の高さで見て、地平線が見えるのがおおよそ五キロほどと前にエリックが言ってたので、先が見えないということは、少なくともこの湖は五キロ以上の奥行きがあるということになる。
「ここにも自然の森はありますから、敵が来ても少しは優位に戦えそうですね」
レシファーは服を脱ぎ、下着姿になって湖につかる。
エリックが慌てて顔を隠しているのを無視して、私も彼女にならう。
「そうね。私達の魔法は”木”だから、わざわざ生み出す必要がないだけで結構違うわ」
それにしても信じられないほど透明感のある湖だと思った。
普通もっと濁っていたりしないのかしら?
この結界の中では生き物の数が極端に少ない。もしかしたら魚とかの水生生物がいないせいで、こんなに透き通っているのかもしれない。
そう思っていた矢先、湖の中心に向かって引っ張られるような感触がした。
何かと思い、引っ張られる方向を見ると渦潮が発生していた。
「おかしい……」
通常、渦潮は海峡で発生するもので、湖のど真ん中に発生するなんて聞いたことがない。
「アレシア様! あれ!」
レシファーは渦潮のさらに下を指さす。
この湖が綺麗すぎて見えてしまう。あの渦潮の真下に存在する巨大な影が……
「レシファー!」
「はい!」
私達はすぐに湖を出て、服を着る。
「アレシア、早く!」
エリックも異変を察知したのか、小屋の中に戻り私に声をかける。
私とレシファーは羽を展開し、小屋に戻るために浮上するが、渦潮の中心から現れたそれを見て、考えを改めた。
「あれは……なに?」
私は呆然とそう呟いた。
それくらい、遠くに見える渦潮から飛び出てきた生き物が信じられなかった。
その生き物は、ぱっと見神話に出てくる龍のようにも見える。
遠目からなので定かではないが、全長は十メートルは下らないだろう。
その長い胴体は、いかにも固そうな鱗が幾重にも重なり、その鱗は水色と蒼色に妖しく光る。
そして厄介なことに宙に浮いていた。
「あれは……龍であってますか?」
レシファーも信じられないといった口調だ。
いくら魔法やら悪魔の世界に身を置いてきたといっても、龍なんて想像上の存在でしかなく、対峙したことなど一度もない。
前にクローデッドの魔獣の軍勢と戦った時も、龍モドキはいたが、ここまでの大きさと迫力は無かった。
「勝算は?」
私はレシファーに判断を仰ぐ。
本音を言えば戦いたいはずが無いのだが、あれが空に浮いている以上、水場を離れれば安全というわけではなさそうだ。
「私達が全力でやって五分五分じゃないですか?」
レシファーは結構良い感じの推測をだす。
今まで龍なんてものを相手にしたことがないため、はっきりとは言えないが、彼女の言う五分五分も、ほとんど彼女の願望だろう。
あの龍に宙に浮くぐらいの能力しか無ければ、確かに五分五分だろう。もしかしたらもっと勝率は高いかも知れない。
けれど仮にあの龍に、神話などで見るような特殊な能力があった場合、勝率という概念そのものが覆る。
「やるだけやった方が生存確率は高そうね」
私達は揃って小屋の前に立つ。
宙に浮かぶ蒼い龍は、今のところ私達の方向を見てはいるが、なにか動く気配はない。
「どう始末しようかしら?」
私が考えを巡らせ始めた時、突然龍が顔を真上に向け、大音量で吠える。
「くっ!」
私達は両手で耳を塞ぐ。
そうでもしなければ聴覚をもってかれる。そんな気がした。
「結界を!」
レシファーが叫んだ時にはもう遅かった。
龍が吠えるモーションをとった瞬間、水色の塊が複数個、龍の周りに発生していた。
一つ一つの塊は、私達の小屋ほどの大きさで、躱すスキも与えないといった具合に、それらが一斉にこちらに降り注ぐ。
私とレシファーがとっさに張った結界は、一発を防ぐのが限界だった。一発受けただけで木っ端微塵に消し飛ぶ。
急造の結界の強度ではこれが限界……
しかしまったく無駄というわけではなかった。
結界で防いだ一発を見る限り、あの塊は圧縮された水の弾丸だ。
それが分かったところで、どうこう出来るわけではないが、とりあえずあの龍の攻撃手段は基本的に水タイプだろうと予測はたてれる。
「また来ます!」
レシファーは叫びながら結界を張るが、やはり一発しか防げず、二発目が私達に降り注ぐ。
「とまれー!」
死を覚悟した私の耳に飛びこんできたのは、エリックの必死な声。
その声に視線を前に向けると、エリックが盾を構えて叫んでいた。
確かに彼の持つ盾は優秀だ。それは認める。
しかしあのレベルの攻撃を防げるとは思えない。
「エリック! 下がって!」
しかし私の言葉に反して、二発目の水の弾丸がエリックの盾に直撃する。
直撃すると思われた瞬間、水の弾丸は飛んできた速度のまま、綺麗に跳ね返り、宙に浮かぶ龍の顔面に直撃した。
「うそ……」
跳ね返したエリック本人が一番驚いていた。
「また来るわ!」
龍が懲りずに水の弾丸を射出するも、それらは全てエリックの盾から発せられた光が跳ね返し、全てが龍に跳ね返っていく。
昨日の特訓では、低級魔法しかぶつけていないが、この盾はそれら全てを跳ね返していた。
だったら、もっと強力な魔法でもはじき返せるのではないか?
そんな期待がなかったかと言われれば嘘になる。
実際、あのレベルの攻撃を跳ね返すことができるのなら、ほとんどの魔法は跳ね返すことができそうだ。
「二人は大丈夫?」
エリックは盾を構えたまま後ろを振り返り、私達の身を案ずる。
私からすれば、前に出てあの龍の攻撃を防いでいるエリックにこそ、その言葉をかけてあげたかったが、彼に先を越されてしまった。
「私達は大丈夫よ。エリックは? なんともない?」
「僕は大丈夫。少し眩暈がするぐらい」
眩暈……いくらあの盾が優秀でも、やっぱりなにかしらのコストは支払っているようね。
だったら、出来るだけ速攻で終わらせる必要があるわ。
「まったく……私の庭になにかいると思えば、貴女達もいるなんてね」
私が戦う方針を決めたところで、不意に背後から声が聞こえた。
「久しぶりじゃない。アレシア」
私の名を呼ぶ声に振り返ると、そこにいたのはアデールだった。
アデール、苦悩の魔女。
この結界内でいうところの、四皇の魔女の一人がそこに立っていた。
彼女は、青と水色を基調として所々に紫の刺繍が入った長いローブを頭からスッポリ被っていて、その右手には彼女の背丈ほどの杖が握られている。
「アデール? 久しぶりね。ただ悪いけど後にしてくれない? あそこのデカいトカゲを始末しなきゃいけないから」
今の彼女は敵だ。それは間違いない。
しかし、今はそれよりもあの龍を何とかしなければいけない。
おそらくあの龍も誰かが召喚したもの……それもかなりの使い手が。
もしかして……
「もしかしてあの龍ってアンタの仕業?」
私は視線を龍に向けながら、背後にいる苦悩の魔女アデールを問いただす。
「安心して、あれは私じゃない。むしろあれをどうにかしようと思って出てきただけよ」
アデールはそう答えると、ゆっくり私に近付いてきて、私の耳元に唇を寄せる。
「私も協力するわ……話はその後で」
小屋から見える風景は、ずっと自然だった。
広々とした平野が広がり、遠くには山や森が悠然と並び、細い川が遠くに見える山から流れ、やがておおきな湖へと合流していた。
この結界を創造したキテラは人間を嫌っていた。
その影響か、この結界の中に人工物は一切なく、代わりにあるのは豊かな自然だけ……唯一結界の外の自然と違うのは、動物の代わりに魔獣がウロウロしている点ぐらいだ。
「あそこの湖で休憩しましょう」
レシファーの希望通り、私は小屋を湖のそばで停止させる。
眼前に広がる湖は異様なほど広く、先が見えない。
人の高さで見て、地平線が見えるのがおおよそ五キロほどと前にエリックが言ってたので、先が見えないということは、少なくともこの湖は五キロ以上の奥行きがあるということになる。
「ここにも自然の森はありますから、敵が来ても少しは優位に戦えそうですね」
レシファーは服を脱ぎ、下着姿になって湖につかる。
エリックが慌てて顔を隠しているのを無視して、私も彼女にならう。
「そうね。私達の魔法は”木”だから、わざわざ生み出す必要がないだけで結構違うわ」
それにしても信じられないほど透明感のある湖だと思った。
普通もっと濁っていたりしないのかしら?
この結界の中では生き物の数が極端に少ない。もしかしたら魚とかの水生生物がいないせいで、こんなに透き通っているのかもしれない。
そう思っていた矢先、湖の中心に向かって引っ張られるような感触がした。
何かと思い、引っ張られる方向を見ると渦潮が発生していた。
「おかしい……」
通常、渦潮は海峡で発生するもので、湖のど真ん中に発生するなんて聞いたことがない。
「アレシア様! あれ!」
レシファーは渦潮のさらに下を指さす。
この湖が綺麗すぎて見えてしまう。あの渦潮の真下に存在する巨大な影が……
「レシファー!」
「はい!」
私達はすぐに湖を出て、服を着る。
「アレシア、早く!」
エリックも異変を察知したのか、小屋の中に戻り私に声をかける。
私とレシファーは羽を展開し、小屋に戻るために浮上するが、渦潮の中心から現れたそれを見て、考えを改めた。
「あれは……なに?」
私は呆然とそう呟いた。
それくらい、遠くに見える渦潮から飛び出てきた生き物が信じられなかった。
その生き物は、ぱっと見神話に出てくる龍のようにも見える。
遠目からなので定かではないが、全長は十メートルは下らないだろう。
その長い胴体は、いかにも固そうな鱗が幾重にも重なり、その鱗は水色と蒼色に妖しく光る。
そして厄介なことに宙に浮いていた。
「あれは……龍であってますか?」
レシファーも信じられないといった口調だ。
いくら魔法やら悪魔の世界に身を置いてきたといっても、龍なんて想像上の存在でしかなく、対峙したことなど一度もない。
前にクローデッドの魔獣の軍勢と戦った時も、龍モドキはいたが、ここまでの大きさと迫力は無かった。
「勝算は?」
私はレシファーに判断を仰ぐ。
本音を言えば戦いたいはずが無いのだが、あれが空に浮いている以上、水場を離れれば安全というわけではなさそうだ。
「私達が全力でやって五分五分じゃないですか?」
レシファーは結構良い感じの推測をだす。
今まで龍なんてものを相手にしたことがないため、はっきりとは言えないが、彼女の言う五分五分も、ほとんど彼女の願望だろう。
あの龍に宙に浮くぐらいの能力しか無ければ、確かに五分五分だろう。もしかしたらもっと勝率は高いかも知れない。
けれど仮にあの龍に、神話などで見るような特殊な能力があった場合、勝率という概念そのものが覆る。
「やるだけやった方が生存確率は高そうね」
私達は揃って小屋の前に立つ。
宙に浮かぶ蒼い龍は、今のところ私達の方向を見てはいるが、なにか動く気配はない。
「どう始末しようかしら?」
私が考えを巡らせ始めた時、突然龍が顔を真上に向け、大音量で吠える。
「くっ!」
私達は両手で耳を塞ぐ。
そうでもしなければ聴覚をもってかれる。そんな気がした。
「結界を!」
レシファーが叫んだ時にはもう遅かった。
龍が吠えるモーションをとった瞬間、水色の塊が複数個、龍の周りに発生していた。
一つ一つの塊は、私達の小屋ほどの大きさで、躱すスキも与えないといった具合に、それらが一斉にこちらに降り注ぐ。
私とレシファーがとっさに張った結界は、一発を防ぐのが限界だった。一発受けただけで木っ端微塵に消し飛ぶ。
急造の結界の強度ではこれが限界……
しかしまったく無駄というわけではなかった。
結界で防いだ一発を見る限り、あの塊は圧縮された水の弾丸だ。
それが分かったところで、どうこう出来るわけではないが、とりあえずあの龍の攻撃手段は基本的に水タイプだろうと予測はたてれる。
「また来ます!」
レシファーは叫びながら結界を張るが、やはり一発しか防げず、二発目が私達に降り注ぐ。
「とまれー!」
死を覚悟した私の耳に飛びこんできたのは、エリックの必死な声。
その声に視線を前に向けると、エリックが盾を構えて叫んでいた。
確かに彼の持つ盾は優秀だ。それは認める。
しかしあのレベルの攻撃を防げるとは思えない。
「エリック! 下がって!」
しかし私の言葉に反して、二発目の水の弾丸がエリックの盾に直撃する。
直撃すると思われた瞬間、水の弾丸は飛んできた速度のまま、綺麗に跳ね返り、宙に浮かぶ龍の顔面に直撃した。
「うそ……」
跳ね返したエリック本人が一番驚いていた。
「また来るわ!」
龍が懲りずに水の弾丸を射出するも、それらは全てエリックの盾から発せられた光が跳ね返し、全てが龍に跳ね返っていく。
昨日の特訓では、低級魔法しかぶつけていないが、この盾はそれら全てを跳ね返していた。
だったら、もっと強力な魔法でもはじき返せるのではないか?
そんな期待がなかったかと言われれば嘘になる。
実際、あのレベルの攻撃を跳ね返すことができるのなら、ほとんどの魔法は跳ね返すことができそうだ。
「二人は大丈夫?」
エリックは盾を構えたまま後ろを振り返り、私達の身を案ずる。
私からすれば、前に出てあの龍の攻撃を防いでいるエリックにこそ、その言葉をかけてあげたかったが、彼に先を越されてしまった。
「私達は大丈夫よ。エリックは? なんともない?」
「僕は大丈夫。少し眩暈がするぐらい」
眩暈……いくらあの盾が優秀でも、やっぱりなにかしらのコストは支払っているようね。
だったら、出来るだけ速攻で終わらせる必要があるわ。
「まったく……私の庭になにかいると思えば、貴女達もいるなんてね」
私が戦う方針を決めたところで、不意に背後から声が聞こえた。
「久しぶりじゃない。アレシア」
私の名を呼ぶ声に振り返ると、そこにいたのはアデールだった。
アデール、苦悩の魔女。
この結界内でいうところの、四皇の魔女の一人がそこに立っていた。
彼女は、青と水色を基調として所々に紫の刺繍が入った長いローブを頭からスッポリ被っていて、その右手には彼女の背丈ほどの杖が握られている。
「アデール? 久しぶりね。ただ悪いけど後にしてくれない? あそこのデカいトカゲを始末しなきゃいけないから」
今の彼女は敵だ。それは間違いない。
しかし、今はそれよりもあの龍を何とかしなければいけない。
おそらくあの龍も誰かが召喚したもの……それもかなりの使い手が。
もしかして……
「もしかしてあの龍ってアンタの仕業?」
私は視線を龍に向けながら、背後にいる苦悩の魔女アデールを問いただす。
「安心して、あれは私じゃない。むしろあれをどうにかしようと思って出てきただけよ」
アデールはそう答えると、ゆっくり私に近付いてきて、私の耳元に唇を寄せる。
「私も協力するわ……話はその後で」