苦悩の魔女アデール 4
私は特に魔法を使わないまま、彼女の放つ魔法の弾丸を躱していく。
この魔法は彼女がいつも様子見で放つ魔法だ。
本気で殺りにきている魔法ではないが、決して手加減しているというわけではない。むしろ、本気で私を殺すつもりだからこそ、慎重に立ち回っている。
私は水の弾丸を躱し続け、相手が弾切れとなり、水の弾丸をリロードしているタイミングを見計らい、レシファー達のところに一気に戻る。
「逃げるわよ!」
私の意図を理解したレシファーは、羽を展開し、エリックを抱え上げる。
彼女が私を本気で殺す気なのは知っている。
おそらく逃げたって追ってくるだろう。
しかし、水辺で彼女と戦うのは、あまりにも不利だ。ここには森もあるが、それでも水辺での戦いは避けたい。
「逃がさないわよ!」
アデールが叫ぶ!
「水よ、侵入者を制限せよ!」
アデールが唱えると、湖から私達の小屋があるところをスッポリ覆うように、楕円形の水の結界が瞬時に張られた。
「そんな!?」
私は驚いた。
驚いたのは、別に彼女が結界を張ったことではなく、そのスピードだ。
この結界の範囲は、楕円形の水の壁の長さだけでも五百メートルを超えている。しかもこの結界は、ただの水の壁ではなく、突破できないように先ほど龍を貫いたのと同じ槍が生えている。
これだけの規模の結界を、一音節だけで、しかもこの速度で構築できるはずがない。
「これは……どういうことかしら?」
なかなかに信じられない。
「なに? 結界の出来に不満かしら?」
アデールは、ころころ笑いながら聞き返す。
「いくら水があるところといっても、結界を張るのが早すぎないかしら? この水の壁はどこから出てきたのよ」
「ああ、それなら簡単よ。ここの地下には水脈が張り巡らせてあるの。だから、私が魔力で生成する水と、この湖の水だけに気を配れば良いというわけではないわよ!」
彼女がそう語気を強めたと同時に、レシファーがエリックを抱えながら私を引っ張る。
引っ張られた私がいたところを、地面から飛び出してきた水の弾丸が通り過ぎていく……
私は冷汗を流していた。
もしレシファーが気がついて私を引っ張ってくれなかったら、今ごろあの水の弾丸で射貫かれていた……
「厄介ね!」
「アレシア様、一度小屋にエリックを!」
「そうね!」
私は呪文を唱える。
「命よ、対象を護衛せよ!」
私が唱えた呪文で、私の意図を汲み取ったレシファーは時折飛んでくる水の弾丸に一切警戒することなく、一気に小屋に向かって飛翔する。
アデールは私の弱点がエリックだと知っているのか、先ほどみたいに水の弾丸を四方八方からレシファーとエリックに浴びせ始める!
しかし私の護衛の魔法で生み出したツタが、四方八方から飛んでくる水の弾丸を、全て叩き落とす。
「っく! 凄まじい精度ね」
アデールは悔しそうに唇を噛む。
そうこうしているうちに、レシファーは小屋に辿り着き、エリックを無事に小屋の中へ入れて、自身は私の横に戻る。
小屋の中にいればエリックは安全だろう。
あの小屋を貫く槍は存在しない。それは、あの龍を殺った水の槍も例外ではない。
「そんな小屋!」
アデールは怒りに身を任せながら、杖を小屋に向けて詠唱する。
「水よ、侵入者に裁きの浸水を! その者を怒りで貫け!」
先ほど龍を屠ったのと同じ魔法……これが彼女の最大の攻撃力を誇る魔法。
一斉に湧き出た水が、小屋を三百六十度取り囲み、その壁から無数の槍が生成される。
「そんな小屋なんて一気に串刺しよ!」
アデールは異様に高いテンションで指示を出すと、水の槍達が一斉に小屋に突き刺さっていく!
「ハハハハハ」
高笑いするアデールとは対照的に、小屋に突き刺さった槍たちは、突き刺さったままだった。そう、突き刺さったまま……先端が小屋の表面に少し刺さっただけで、そこから一ミリたりとも進めない。
「どういうことよ!?」
アデールは驚きを隠せない。
彼女の中ではもっとも殺傷能力が高い魔法が、今の魔法だ。まさかその魔法を用いても破れないものがあるとは思ってもみなかったのだ。
「無駄よ! その魔法が貴女の最大の攻撃魔法であるのと同じように、その小屋は私とレシファーの最大の防御魔法……そう簡単に破れないわ」
「貴女の方が上だっていうの? 水辺で?」
「あら? 忘れたのかしら? 私が追憶の魔女と呼ばれていたことを」
「忘れていないわ、確かに貴女はその強さから追憶の魔女と呼ばれていた。それは分かっている。けど、全盛期の力を失っている貴女に、どうしてこちらのフィールドである水辺で私が負けるのよ!」
アデールは怒り狂う。
そうかそうか、まず彼女は二つ勘違いをしている。
「私が全盛期の力を失っているのは本当よ。だけど勘違いしているわ。この小屋を創ったのは三〇〇年前、つまり全盛期の私よ」
「なんですって!?」
「さらに言うなら、この小屋は私とレシファーの合作。魔女狩りの前までの私は、どの悪魔とも契約していなかったけど、魔女狩りの最中、私はこのレシファーと契約した」
私は小屋から一人で出てきたレシファーの手を取る。
「その悪魔が何だっていうのよ」
「アデール、貴女はレシファーがどれだけ強大な悪魔か知らないのね」
「強力な悪魔というのは知っているわ。確か新緑の悪魔として有名だったはず。けれど、あまり強さについての噂は私達魔女のあいだでは流れてこなかった」
だからアデールは自身が私に劣っているということに気がつかないのか。
「それはレシファーが悪魔では珍しく、争いを好まないからよ。だから戦っている姿を誰も見たことがなかっただけ。実際は冠位の悪魔よ」
私の言葉にアデールは驚愕していた。
それも当然だろう。いくらなんでも冠位の悪魔の凄まじさは、魔女なら誰だって知っている。
「そんな冠位の悪魔と、全盛期の私が合作した小屋よ? 逆に貴女程度で突破できるとでも?」
私はレシファーをチラッと見る。
本当に彼女と契約できて良かった……私一人ではここまで来ることはできなかった。
「そう。貴女、冠位の悪魔なんかと契約していたのね。冠位の悪魔と契約した魔女の行く末は知っているわよね?」
「ええ、当然知っているわ」
過去に冠位の悪魔と契約した魔女は数人だけ、それらの行く末は、とても褒められたものではない。
冠位の悪魔ともなればその力は絶大で、力だけではなくその性格も飛びぬけている。
だからそれらと契約した魔女は例外なく、力と引き換えに、文字通り悪魔に心を売ってしまうのだ。その魔女にそのつもりが無かったとしても……
「貴女もいずれそうなるのよアレシア! 貴女も今までの魔女たちと同じように、そこで澄ました顔している悪魔に心を乗っ取られるの!」
アデールは私をあざ笑うように警告する。
彼女の警告はその通りだと私も思う。レシファーがどういった悪魔か知らずに、ただ冠位の悪魔という器だけで見れば、正当な警告だろう。
だけど彼女は違う。
レシファーは他の冠位の悪魔とは違う。
彼女は裏切らない。
彼女の優しさをこの女は知らない。
悪魔にだって感情はある。それをこの苦悩の魔女、アデールは知らないのだ。
アデールは、自身の才覚が並の魔女と比べてあまりにも優れていたために、悪魔と一度も契約をしなかった魔女として有名だ。
悪魔と契約すると、その魔法の系統が契約した悪魔に寄ってしまうのは、メリットでもありデメリットでもある。
例えば、あまり強力な魔法が使えない魔女が悪魔と契約することで、強力な系統魔法が使えるようになる。これはメリットだが、逆にアデールのように、元々自分が操れる魔法が強力だった場合、下手に悪魔と契約してしまうと魔法のレベルが下がってしまうこともある。
アデールの場合は、デメリットのほうが大きかった。彼女はそう判断した。
だから彼女は悪魔にも感情があり、クローデッドと契約していたポックリのように、宿主が死んで心の底から泣き叫ぶ悪魔の存在を知らないのだ。
この魔法は彼女がいつも様子見で放つ魔法だ。
本気で殺りにきている魔法ではないが、決して手加減しているというわけではない。むしろ、本気で私を殺すつもりだからこそ、慎重に立ち回っている。
私は水の弾丸を躱し続け、相手が弾切れとなり、水の弾丸をリロードしているタイミングを見計らい、レシファー達のところに一気に戻る。
「逃げるわよ!」
私の意図を理解したレシファーは、羽を展開し、エリックを抱え上げる。
彼女が私を本気で殺す気なのは知っている。
おそらく逃げたって追ってくるだろう。
しかし、水辺で彼女と戦うのは、あまりにも不利だ。ここには森もあるが、それでも水辺での戦いは避けたい。
「逃がさないわよ!」
アデールが叫ぶ!
「水よ、侵入者を制限せよ!」
アデールが唱えると、湖から私達の小屋があるところをスッポリ覆うように、楕円形の水の結界が瞬時に張られた。
「そんな!?」
私は驚いた。
驚いたのは、別に彼女が結界を張ったことではなく、そのスピードだ。
この結界の範囲は、楕円形の水の壁の長さだけでも五百メートルを超えている。しかもこの結界は、ただの水の壁ではなく、突破できないように先ほど龍を貫いたのと同じ槍が生えている。
これだけの規模の結界を、一音節だけで、しかもこの速度で構築できるはずがない。
「これは……どういうことかしら?」
なかなかに信じられない。
「なに? 結界の出来に不満かしら?」
アデールは、ころころ笑いながら聞き返す。
「いくら水があるところといっても、結界を張るのが早すぎないかしら? この水の壁はどこから出てきたのよ」
「ああ、それなら簡単よ。ここの地下には水脈が張り巡らせてあるの。だから、私が魔力で生成する水と、この湖の水だけに気を配れば良いというわけではないわよ!」
彼女がそう語気を強めたと同時に、レシファーがエリックを抱えながら私を引っ張る。
引っ張られた私がいたところを、地面から飛び出してきた水の弾丸が通り過ぎていく……
私は冷汗を流していた。
もしレシファーが気がついて私を引っ張ってくれなかったら、今ごろあの水の弾丸で射貫かれていた……
「厄介ね!」
「アレシア様、一度小屋にエリックを!」
「そうね!」
私は呪文を唱える。
「命よ、対象を護衛せよ!」
私が唱えた呪文で、私の意図を汲み取ったレシファーは時折飛んでくる水の弾丸に一切警戒することなく、一気に小屋に向かって飛翔する。
アデールは私の弱点がエリックだと知っているのか、先ほどみたいに水の弾丸を四方八方からレシファーとエリックに浴びせ始める!
しかし私の護衛の魔法で生み出したツタが、四方八方から飛んでくる水の弾丸を、全て叩き落とす。
「っく! 凄まじい精度ね」
アデールは悔しそうに唇を噛む。
そうこうしているうちに、レシファーは小屋に辿り着き、エリックを無事に小屋の中へ入れて、自身は私の横に戻る。
小屋の中にいればエリックは安全だろう。
あの小屋を貫く槍は存在しない。それは、あの龍を殺った水の槍も例外ではない。
「そんな小屋!」
アデールは怒りに身を任せながら、杖を小屋に向けて詠唱する。
「水よ、侵入者に裁きの浸水を! その者を怒りで貫け!」
先ほど龍を屠ったのと同じ魔法……これが彼女の最大の攻撃力を誇る魔法。
一斉に湧き出た水が、小屋を三百六十度取り囲み、その壁から無数の槍が生成される。
「そんな小屋なんて一気に串刺しよ!」
アデールは異様に高いテンションで指示を出すと、水の槍達が一斉に小屋に突き刺さっていく!
「ハハハハハ」
高笑いするアデールとは対照的に、小屋に突き刺さった槍たちは、突き刺さったままだった。そう、突き刺さったまま……先端が小屋の表面に少し刺さっただけで、そこから一ミリたりとも進めない。
「どういうことよ!?」
アデールは驚きを隠せない。
彼女の中ではもっとも殺傷能力が高い魔法が、今の魔法だ。まさかその魔法を用いても破れないものがあるとは思ってもみなかったのだ。
「無駄よ! その魔法が貴女の最大の攻撃魔法であるのと同じように、その小屋は私とレシファーの最大の防御魔法……そう簡単に破れないわ」
「貴女の方が上だっていうの? 水辺で?」
「あら? 忘れたのかしら? 私が追憶の魔女と呼ばれていたことを」
「忘れていないわ、確かに貴女はその強さから追憶の魔女と呼ばれていた。それは分かっている。けど、全盛期の力を失っている貴女に、どうしてこちらのフィールドである水辺で私が負けるのよ!」
アデールは怒り狂う。
そうかそうか、まず彼女は二つ勘違いをしている。
「私が全盛期の力を失っているのは本当よ。だけど勘違いしているわ。この小屋を創ったのは三〇〇年前、つまり全盛期の私よ」
「なんですって!?」
「さらに言うなら、この小屋は私とレシファーの合作。魔女狩りの前までの私は、どの悪魔とも契約していなかったけど、魔女狩りの最中、私はこのレシファーと契約した」
私は小屋から一人で出てきたレシファーの手を取る。
「その悪魔が何だっていうのよ」
「アデール、貴女はレシファーがどれだけ強大な悪魔か知らないのね」
「強力な悪魔というのは知っているわ。確か新緑の悪魔として有名だったはず。けれど、あまり強さについての噂は私達魔女のあいだでは流れてこなかった」
だからアデールは自身が私に劣っているということに気がつかないのか。
「それはレシファーが悪魔では珍しく、争いを好まないからよ。だから戦っている姿を誰も見たことがなかっただけ。実際は冠位の悪魔よ」
私の言葉にアデールは驚愕していた。
それも当然だろう。いくらなんでも冠位の悪魔の凄まじさは、魔女なら誰だって知っている。
「そんな冠位の悪魔と、全盛期の私が合作した小屋よ? 逆に貴女程度で突破できるとでも?」
私はレシファーをチラッと見る。
本当に彼女と契約できて良かった……私一人ではここまで来ることはできなかった。
「そう。貴女、冠位の悪魔なんかと契約していたのね。冠位の悪魔と契約した魔女の行く末は知っているわよね?」
「ええ、当然知っているわ」
過去に冠位の悪魔と契約した魔女は数人だけ、それらの行く末は、とても褒められたものではない。
冠位の悪魔ともなればその力は絶大で、力だけではなくその性格も飛びぬけている。
だからそれらと契約した魔女は例外なく、力と引き換えに、文字通り悪魔に心を売ってしまうのだ。その魔女にそのつもりが無かったとしても……
「貴女もいずれそうなるのよアレシア! 貴女も今までの魔女たちと同じように、そこで澄ました顔している悪魔に心を乗っ取られるの!」
アデールは私をあざ笑うように警告する。
彼女の警告はその通りだと私も思う。レシファーがどういった悪魔か知らずに、ただ冠位の悪魔という器だけで見れば、正当な警告だろう。
だけど彼女は違う。
レシファーは他の冠位の悪魔とは違う。
彼女は裏切らない。
彼女の優しさをこの女は知らない。
悪魔にだって感情はある。それをこの苦悩の魔女、アデールは知らないのだ。
アデールは、自身の才覚が並の魔女と比べてあまりにも優れていたために、悪魔と一度も契約をしなかった魔女として有名だ。
悪魔と契約すると、その魔法の系統が契約した悪魔に寄ってしまうのは、メリットでもありデメリットでもある。
例えば、あまり強力な魔法が使えない魔女が悪魔と契約することで、強力な系統魔法が使えるようになる。これはメリットだが、逆にアデールのように、元々自分が操れる魔法が強力だった場合、下手に悪魔と契約してしまうと魔法のレベルが下がってしまうこともある。
アデールの場合は、デメリットのほうが大きかった。彼女はそう判断した。
だから彼女は悪魔にも感情があり、クローデッドと契約していたポックリのように、宿主が死んで心の底から泣き叫ぶ悪魔の存在を知らないのだ。