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作者: ビーグル
第2話 絶望を希望に変えろ!! 1 ―少年の瞳に映る真っ赤な炎は何か―
 1

 少年は叫んだ。

「今だッッッ!!!」

 その合図を今か今かと待っていたのは、あの不思議なタマゴだ。
 タマゴは少年の合図を聞くと一秒の間も無くボンの顔面目掛けて飛び上がった。

 ドンッ!!!!

 鈍い音が室内に響く。
 そして、更に、メリメリメリメリ……

 ボンの顔面に頭突きをくらわせたタマゴは、追い討ちをかける様に更にグルグルと回った。
 それはまるでドリルだ。

 タマゴの頭がツルツルと丸かった事をボンは感謝すべきだ、何故ならばもしタマゴの頭が鋭く尖っていたのなら、きっとボンの顔面にはポッカリと大きな穴が空いていただろうから。

「うぅぅぅ……」

 ボンはか細くて情けない声をあげると、花が咲くように大きく手を広げて、背中からドタン……と倒れた。

 そして、ボンの顔面へドリルをぶちかましたタマゴはボンがぶっ倒れるとボンの顔面によって抑えられていた勢いが解き放たれて「グルルルル~」と唸りながら勢い余って天井に思いっきりぶつかった。

「イテェ~~!」

 と大きな声をあげるとタマゴはビックリ驚いた。上下に分かれたタマゴの殻の、上の方が天井に突き刺さってしまったからだ。

「ぺゅぅ! ヤバい! ぺゅぅ!!!」

 タマゴは奇声をあげながら、もがく様に大きな翼をバッサバッサと羽ばたかせた。

 そうそう、言い忘れていた。
 リュックから飛び出したタマゴにはそれまでのタマゴとは違う所があった。
 それは翼の大きさ、それまでのタマゴの背中にはちょこんとした小さな翼があったが、今のタマゴには自分の体の二倍くらいある大きな翼が付いているんだ。
 その大きな翼でもがいていたタマゴは数秒の格闘の後、ズボッと音を立ててやっとこさ天井から頭を抜く事に成功した。

「ぷぅ~! どうだボズ! この悪党めぇ~!」

 胸を張るその姿はまるで天井に突き刺さった事など無かったかの様だ。

「おいおい! カッコつけんなよ!」

「うわっぷ!」

 思わずツッコんだ少年にタマゴは目線を移す。
ソファに横たわり手足を縛られたその少年の姿はタマゴから見たらまるで芋虫だった。

「おいおい! ツッコんでる場合かボズ、そっちだってカッコいい姿から大分だいぶ遠ぉ~いぞボッズー!」

 タマゴはそう言いながらバサバサと羽ばたいて少年のお腹の上に降り立った。降り立つと同時にその大きな翼はみるみるうちに小さくなってしまった。
 そうなんだ、このタマゴは自分の翼の大きさを自在に変えられる不思議なタマゴなんだ。不思議な生き物なんだ。

 そんなタマゴに少年は別に驚きはしない。
「へへっ! 確かに!なぁなぁ、それよりこいつどうにかしてくんねぇか?」
 少年はニカッと笑いながら、手足をクイクイっと上下に動かしてタマゴに見せた。

「はぁ……この状況でよく笑えるな! どんだけ能天気なんだボッズー! こっちはドキドキが止まらなかったんだボッズーよ!」
 タマゴはクチビルを、いや"クチバシ"をツンッと尖らせた。

「へへっ! ごめんごめん! てか、俺たちマジで息ピッタシだな! ナイスタイミングだったぜ!! サイコーだ!!」

「またそんな能天気にボッズー!」

「へいへい。それより、ほら、これどうにかして!」
 少年はまたクイクイっと手足を動かした。

「はぁ……ちょっと待ってろボッズぅ」

 タマゴは『やれやれ……』と首を振りながら大きなクチバシで少年を縛る縄を噛み千切り始めた。

「痛っ! いててっ! もうちょっと優しくしてっ」

「我慢するんだボッズー! すぐ終わるボッズー!」

「うわっ! いやいや、痛いってぇ!」


 数秒後、やっと解放された少年の手と足にはチクチクと小さな傷が残った。
 今晩の風呂の湯はきっと染みるだろう。

「ふぅ~! やっと自由になれたぜ、ありがとな!」
 少年はタマゴの頭を優しく撫でた。
「ふぇ~やめろ、やめろぉ! 子供扱いするなボズぅ~!」
 とタマゴは少年の手を振り払おうとしたが、腕が短すぎて全く届かない。
 だが、その顔をよく見ると『やめろ!』と言いながらもなんだか嬉しそう。

「へへっ!」
 そんなタマゴを見て少年はもう一度ニカッとした笑顔を浮かべると、腹の上に乗ったタマゴを抱き寄せ、手足を縛っていた縄をハラリと落としソファから立ち上がった。

「ヨイショっと! それにしても、強烈だったみたいだな。お前の攻撃」
 少年はそのままボンに近付いて、彼を見下ろした。

 床に倒れたボンは失神してしまっていた。
 倒れた衝撃で気絶したのか、タマゴの頭突きによって気絶させられたのか、どっちかは分からないが今は白目を剥いて遠くの世界へと行ってしまっている。

「寝ちまったなボッズー! もしかして、やり過ぎたかボズ?」

「ん? いんや……これで良い。コイツには出来るだけ長ぁ~く寝ててもらいたいからな! その方が俺にとっては好都合だ! さてと……」
 少年はタマゴを自分の肩の上へと移動させた。
「……お喋りしてる暇は無いぜぇ! こっからが本番だ!」
 少年は腰の骨を鳴らすように左右に上半身を捻った。

「うわっととと! 急に揺れんなボズぅ……」
 タマゴは少年の肩から飛び立って彼の顔の目の前に浮かんだ。
「つか、本番って何の事だボッズぅ??」
 少年の顔を見詰めるタマゴの顔は怪訝な表情へと変わっていた。
「お前まさか、無駄な事考えてるんじゃないだろボズな? 変な事しようとすんなよボッズー! さっさとここから逃げるんだボッズーよ!」

「へへっ!」
 少年はまた笑って喋るタマゴの頭をガシッと掴んだ。
「変な事じゃねぇよ! まさかお前、俺達が"今日"やろうとしてる事を忘れたんじゃないだろうな?」

「はぁあ? "今日"やろうとしてる事?突然なに言い出すんだボズ! そんなの忘れる筈ないだろボッズー!」
 当たり前だとタマゴの顔は言っている。

「だったら、俺がこのまま一人で逃げる訳が無い事をお前は分かってる筈だろ? 絶対に俺は、ここにいるもう一人の誰かを助け出す! ここにいる一人の命も、世界中の大勢の人の命も重さは変わらない! 掛け替えのないものだ! 一人だって見捨てたくない、いや見捨てちゃダメなんだ! だから俺は絶対に助ける!!」

 少年の笑顔は消えない。
 だが、タマゴを見詰める少年の瞳の眼差しはとても強かった。

「………。」
 タマゴはその眼差しは自分の信念を信じて疑わぬ少年の固い決意の表れだと感じた。

 そして、もう一つ。
 タマゴは見た。

 自分を見詰めるその瞳の奥に轟々と燃える真っ赤な炎を。
 いや、嘘ではない。タマゴは確かに見た。

 そして思った。
『この炎は、悪事を決して許さぬ少年の熱い《正義の心》だ……』と

「だけど……」

「だけども何も無いって、分かってくれ!」

「違うボズ! 最後まで聞け! お前の考えは分かったボズ! だけど、約束の時間だけは絶対に守らなきゃいけないのは分かってるだろうなボッズー! 一分でも一秒でも遅れたら、今言ったお前の考えは全て無になるんだからなボッズー!!」

「分かってるさ!」
 少年はタマゴに向かって誓いを立てる様に、こう言った。

「俺を信じろ!」
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