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作者: 喉飴かりん
残酷な描写あり
17.僕が鬼畜に堕落するまで【前編】
 静寂の中で私と父は見つめ合った。

 父の濁った青い瞳は深い闇を湛えている。一切私から目を離そうとしない父を見つめながら、心の中で訊いた。

 もしかして、誰かに顔が似ていると思っているの?

 父の口が何かを呟くように動く。私に語りかけているのか、或いは独り言なのか。私を見ながら呟くその言葉を聞きたかった。

「⋯⋯次、アト・ネメントさんお願いします」

 大佐の父を呼ぶ声で現実に引き戻される。演説台から茶髪の講演者が離れ、自分の席へ戻るのが見えた。父の存在に気を取られているうちに、いつの間にか他の戦争体験者たちの講演は終わっていた。

 父は女性職員二人に肩を持ち上げてもらって席を立ち、びっこを引きながら歩いて演説台の椅子に座る。

 職員が心配そうな面持ちで父に話しかける。

「ネメントさん、怠かったら無理しないでね」

 父は職員から手渡されたマイクを指の欠けた手で持ち、そっと口に近づける。

「⋯⋯僕は、アト・ネメントと言います」

 掠れた声が室内に響く。

「これから、僕の戦争体験と⋯⋯」

 父は感情を堪えるように唇をぎゅっと固く結んだ後、続ける。

「⋯⋯僕の犯した罪業の全てについてお話ししたいと思います」

 罪業、という言葉で私の意識は凍り付いた。

 鬼畜の口からそんな言葉が出てくるなんて心外だった。

 何を言っているの、父さん? と無意識のうちに私は呟いた。

 父は半ば顔を上げ、瞳を前髪越しから覗かせながら言った。

「聞くに耐えない凄惨な話になるかと思いますが、どうか最後までお聞きください」


 ◆ ◆ ◆


 これは、僕が人から鬼畜に堕落するまでの五年間の話。

 歴一九一八年、僕はセントベルク市で暮らすネメント家の次男として生まれた。

 二十歳になって徴兵検査を受けて甲種合格になり、二年間の初年兵教育を受けることになった。

 帝国陸軍の兵卒の軍服を身に付けた僕は、両親と兄弟妹に見送られてフィンガル州の州都にある駐屯地に向かった。駐屯地に集められた初年兵たちは全員フィンガル州に住む人々で、中には僕の小中等学校の同級生や幼なじみの親友もいた。

 今日から僕は帝国兵になる。

 帝国兵は、帝国の象徴であり全国民の頂点に立つ皇帝陛下の右手と言われる。皇帝陛下のために戦い、皇帝陛下のために死ぬのは名誉なことであると帝国民は子供の頃からそう教えられるから、少年たちは帝国兵になることに憧れていた。僕もその一人だった。

 僕は皇帝陛下のために戦うんだ。誇らしい気持ちで駐屯地に入営したが、待っていたのは想像を絶する地獄だった。

 初年兵は早朝の午前四時から深夜まで、数え切れないほどの雑務と軍事訓練を休みなくこなさなければならなかった。

 入営初日の説明会で、内務班長である軍曹が初年兵たちに軍隊生活について説明した。初年兵は早朝四時のまだ夜明け前に起きて、自分たちの布団を直さなければならない。その次に炊事、朝から夕方まで訓練をする。

 翌日の起床後、すぐに布団整頓作業が始まった。布団に少しでもシワやヨレがあったりすると、軍曹が布団をくしゃくしゃにして投げ捨てた挙げ句、初年兵たちに強烈な平手打ちをくらわせるのだった。

 僕は手際が悪く、布団の端と端をきちんと合わせるのに苦労した。手こずっている僕のところへ軍曹が来て、僕の手に持つ布団をいきなり蹴り飛ばし、がなる。

「遅いぞのろま! さっさとしろ!」

 軍曹が岩のような筋肉の付いた腕で僕に張り手を食らわせる。激痛に呻きながら僕は再び布団を直す。

 僕は焦燥感と過労で全身汗だくだった。初年兵の皆も慌てるあまり汗だらたらで体臭がきつくなり、部屋を覗きに来た先輩たちは「くせぇぞ汚豚ども」などと罵っていた。

 布団を整理した後は、炊事班と馬房班に分かれる。僕は炊事班だった。食堂に隣接する調理場で炊事をしていると、初年兵たちを監視していた先輩が僕のそばに来るや、まな板上の野菜を見て罵声を浴びせた。

「野菜の切り方が雑だ! 全部やり直せ!」

 先輩はそう言ってまな板ごと野菜の切れ身を手で薙ぎ払い、床に散らばった欠片を僕に掃除させた。

 調理帳通りに切ったはずだが何が気に触ったのか。うんざりしながら散らばった野菜を集めていると、今度は僕が故意に床に食材をぶち巻いたと軍曹になぜかそう誤解された。

「ネメント二等兵! 何やっとるかっ!」

 やったのは先輩なのに軍曹から馬鹿者! と僕は罵られて、平手打ちを食らう。軍曹の岩のような筋肉からくり出される拳は鉄球をぶつけられるような衝撃で、僕は床に倒れてしまう。威力は製鉄工場の親方の平手打ちの比ではなかった。床に背を打ち身した上、頬に走る激痛に僕はのたうち回った。

 調理台の斜め向かいにいた一人の初年兵が、僕を守るために嘘をついた。

「軍曹殿、やったのはアトではなく僕であります!」

「フレイス!」

 彼はフレイス。小学校からの幼なじみで親友だった。中等学校卒業後から同じ製鉄工場で働いている。

「お前か!」

 嘘を鵜呑みにした軍曹はフレイスを殴った。フレイスは悲鳴を上げて倒れ、半泣きで笑いながら真っ赤になった頬を抑える。

「フ、フレイス⋯⋯」

 フレイスは親指を立てて微笑む。

「あはは⋯⋯気にすんなって」

 フレイスは昔から強靭な精神の持ち主、悪く言えば超鈍感で能天気な奴だった。製鉄工場の親方に思いっきり平手打ちされても、にやにやして「まぁしゃーない、やっちまったもんは」と軽く受け流すほどだ。僕は激痛にのたうち回る自分がなんだか馬鹿らしく思えてきて、同時にフレイスの優しさに救われたような気分だった。

 調理を再開した。先輩たちからの文句は絶え間なく飛んでくる。炊いた米が硬い、ちゃんと食材が煮えてない、飯がまずい。言われるたびに僕は何度も頬に鉄拳を受けた。おかげで僕の顔は青痣だらけになった上、ぼこぼこに腫れ上がった。

 朝食時、兵舎に暮らす全員が食堂に集まった。僕だけは罰として、床にぶち巻いた野菜の欠片と皮のみの残飯をみんなの前で犬食いさせられることになった。
 残飯は床の埃にまみれており、呑み込むたびに咳き込んでしまう。むせかえる反動、腫れ上がった頬を動かす度に走る激痛、やり切れない悔しさで涙が止まらない。

 初年兵たちが席に着いてパンとチーズを美味しそうに食べているのが羨ましくてたまらなかった。

 フレイスが自分の食事を半分僕に分けようとしてくれたが、先輩の制裁をくらい阻止された。

 先輩たちが犬食いさせられる僕を見て「犬だ」とからかう。

「犬だ! 犬がいるぞ!」

「わんわんって鳴け!」

 言う通りにしなければまた殴られる。僕は身の切れるような恥ずかしさと悔しさに身体をわなわなと震わせながら、「わん」と鳴いた。

 いじめられる中、僕は思い知った。軍隊では僕は上官という名の飼い主に飼われる犬なのだと。僕は上官からどんなに理不尽な命令をされても従う、自我も感情もない忠犬にならなければならないのだ。

 過密な雑務を終えた日の夜、僕は洗面所の鏡で口の中を見て歯が欠けたり歯茎が裂けていないか確認した。腔内はとりあえず大丈夫だったが、頬や額は赤く変色して酷く腫れている。これほどの腫れ具合だと数週間はずっとこのままだろう。
 寝床へ戻るとフレイスが僕のところに来て、濡らした冷たい布を頬に当ててくれた。

「大丈夫か、アト。ほっぺ赤くなってるな、痛そう」

「ありがとう、フレイス」

 フレイスは自分の片頬にある青痣を見せてきた。痣は濃い紫色に変色しており、とても人間の肌とは思えない色で僕はぞっとした。フレイスは何のこれしきというふうに平然とした態度でにやにやしながら言う。

「ほれ見ろ、同じところを何度も殴られたせいでとんでもねー色になっちまったよ」

「フレイスそれ、放っておいたらまずいよ。早く医務室に行かないと」

 フレイスは苦笑して首を横に振る。

「一回行ったんだが、軍医の野郎が『殴られることぐらいここでは当たり前』って言いやがって突っぱねたんだ。別の奴は殴られて失明したり失聴してもろくな手当もされなかったらしいよ。俺たち初年兵はどんなに酷い怪我しても治療してもらえねーんだ。そのうち死者が出たら山奥に遺体遺棄されるかもな」

 要するに初年兵には人権がないということだ。ここでは僕らは殺されようが何されようが構わない家畜なのだ。僕が犬呼ばわりされたのも軍隊では至極真っ当なことなのかもしれない。
 急に自分がハエかウジのような下等生物のように思えてきて、酷く惨めな気持ちになった。

 それからも僕たち初年兵は先輩から暴力制裁を受け続けた。

 掃除が雑、寝床の整理が雑、挨拶が雑、服に皺があるなど制裁の理由は数知れない。

 それでも精神を病んだり自殺を考えたりしなかったのは、きっとフレイスと辛さを分かち合えたからだ。

 消灯時間前、寝床で自分たちを殴ってきた上官の愚痴をフレイスと笑いながら語り合った。時には同室で知り合った仲間たちも交えて、愚痴吐き大会なんてものも行った。
 
 しかし夜の楽しい愚痴り合いも、あくまで一時しのぎに過ぎない。僕の心の中には確実に先輩兵たちに対する恐怖と従属心が芽生え、常に心を支配した。
 こうして先輩からいじめ抜かれることで、初年兵はどんな酷いことをされても絶対服従する体質になり、立派な兵隊になってゆくのだ。

 この時から僕は既に鬼畜への道を歩んでいたのかもしれない。

 いじめ抜かれてきた僕も、やがて先輩になった。新しく入営してきた初年兵たちも、僕達が受けたような制裁を受けて毎日半泣きだった。

 先輩になった同期たちの中には、これまでの鬱憤を晴らすように初年兵たちをいじめ尽くす奴が多くいた。だけど僕はいじめをする上官たちと同列になるのは恥と思い、初年兵が通りすがりに挨拶をするのを忘れても、軽く注意する程度にしておいた。
 ついでに「辛いことがあれば相談にのるよ」と初年兵たちに言っておいた。

 僕は他に比べ甘いと思われたのか、初年兵たちはやたらと僕に懐いてきた。そんな奴らが可愛くて、週末には酒場にフレイスと仲の良い初年兵を何人か連れて飲みに行った。

 二年目はいじめられることなく、苦労はなかった。だが時々元先輩からいじめられた時の悪夢を見たり、教官を見ると心が恐怖に支配されて一瞬何も考えられなくなることがあった。

 一年間の恐怖制裁による心の支配は、精神の奥深くまで根ざしていた。僕は半ば主体性を失っていた。僕の中身スカスカな空洞の心に上官の命令が流れ込んできて、僕はその通りに動く体質に変化していたらしい。
 二年間の軍隊生活で、僕は上官に絶対服従する操り人形に改造されたのだった。

 初年兵教育を終えて満期除隊し、自宅に戻り再び家族と過ごす平穏な日々が始まっても、軍隊生活の悪夢は続く。先輩たちからいじめられる夢を連日見て、夜中に何度も飛び起きた。普通の生活に戻れたのに、心だけはまだ駐屯地の中に閉じ込められているかのようだった。

 除隊から一ヶ月過ぎた後、突如帝国と共和国の『帝共戦争』が始まった。

 事の発端は、帝国陸軍師団長が共和国視察旅行中に暗殺され、共和国軍の兵隊が逮捕されるという事件から始まった。

 事件を皮切りに、各地で共和国兵により共和国軍駐在中の帝国の高級将校が殺害されたり、帝国大使館に爆弾を投げ入れたり、帝国を挑発する事件が後を絶たなかった。

 これら事件は、全て帝国軍の一部の共和国侵略を企む勢力による工作だったということが戦後の戦犯裁判で判明した。共和国兵に扮した同国の協力者に大金を支払って、犯行に及ばせたという。軍部も一勢力がやらかしたことと知りながら、共和国を占領し南大陸各国の帝国への侵入を阻止する好機だと睨み、軍事行動を起こそうとした。

 当時は僕も一連の事件は共和国軍のせいだ、迷惑な奴らだと思っていた。その思い込みは、僕を鬼畜へ駆り立てた要素の一つである敵愾心を成すものだったと思う。

 帝国陸海空軍は、在共帝国人や共和国軍異動駐在の帝国軍人を守るために派兵した。共和国軍も偵察機を飛ばすなり陣地を構築するなりして応戦し、紛争はいつの間にか全面戦争へ発展した。

 戦争拡大で兵力を補充するため、僕達の歩兵連隊は機関銃隊、工兵隊、騎兵隊などを混じえた混成歩兵部隊に編成され、共和国に向かうことが決定した。戦争拡大から三日後に自宅に召集令状が届き、翌日僕はすぐに出征することになった。

 歩兵部隊は汽車に乗って地元を離れ、帝共海峡に面した港町から数隻の軍艦に乗った。万が一敵の爆撃機に襲われないように配置されたという駆逐艦や巡洋艦も沖に停まっていた。

 兵隊たちを見送りに来た家族の群れが、埠頭に押しかけてきた。中には僕の両親もいる。人々は歓声を上げて小さい国旗を振っていた。僕達は彼らとの別れを惜しみながら手を振り返す。

 僕は港で涙しながら見送る両親に向かって叫んだ。

「父さん! 母さん! 必ず帰ってくるから待っててね!」

 正直、これから戦場へ向かうんだという実感は全く無く、家族との別れは辛くなかった。数日経てばまた家族に会えるような楽観的な気持ちであった。他の兵隊たちも実感がないらしく、「後方警備隊がいいな。それならあまり狙われなくて済むしさぁー」など呑気に話し合っている。

 夜になると兵隊たちはみんな軍艦の上で宴を開き、月見酒をしながら狂ったようにはしゃいだ。僕もフレイスや同じ班の友人たちと酒を飲み食わして、馬鹿騒ぎしていた。この時は古参兵たちも隊長たちも先輩たちもとやかく言わず宴を楽しませていた。

 たぶんこれが、人生で最後の娯楽になると思ってのことか。

 酔っぱらったフレイスが赤らんだ顔をにやつかせながら僕の酒坏にビールを注いだ。

「いやぁ、愉快愉快」

 僕は酒坏に注がれたビールを一気飲みし、紅潮した顔を微笑ませて返す。

「出征したと思いきや連日月見酒三昧よ」

「軍艦がまさかの観光客船になるとはね」

 ゲラゲラと笑い、アホみたいなことを言い合って、調子に乗って飲んだのと船酔いで後でげろげろと吐いた。みんなで軍艦の隅っこに行き、誰が一番長くゲロを吐けるかという馬鹿な競技が行われたのを今でも覚えている。

 上陸前日の夜、僕は軍艦の甲板でフレイスと並んで寝転がり満天の星空を見上げていた。周囲に街明かりがないため、星空は全ての星が鮮明に見える。

「みんなは派兵先は後方警備隊だって言っているけど、本当はどこにいくんだろう?」

 そういえば派兵先も作戦内容も隊長たちから詳しく教えてもらっていなかった。これから向かう戦場の状況がどうなっているのかもわからない。何も知らされないというのも僕には不安の種だった。

「さぁ?⋯⋯どこだろ」

「最前線、とか」

 自分の寝ている地面が崩れ落ちて、身体が底なき深淵に吸い込まれるような恐怖感に襲われ、僕は焦りに声色を強めて反抗する。

「やめてくれよ」

 最前線なんて言葉は冗談でも聞きたくなかった。
 フレイスはこちらが不安に怯えているのをよそに続ける。

「でもよぉ、教えてもらえねーってことはさ、今から最前線行きますって言ったらみんな死ぬのが怖くなって暴れたり戦意喪失するかもしれないからそれを防止するため⋯⋯とかじゃねーかって思うの」

「だからやめろって」

「なぁ、アト。もし行き先が最前線だったら⋯⋯その時は俺がさ⋯⋯」

 やっぱ言うのをやめたというようにフレイスは突如口を閉ざし、身体を僕と反対方向に向ける。

「いや、何でもねぇ」

 あの時フレイスが言いそびれた言葉は、戦場にたどり着いて二週間後に聞くことになる。





 軍艦の窓越しに広がる黒い海原の彼方で、いくつか赤い炎が空高く燃え上がっているのが見えた。水平線の上では橙色のもやもや動く光が空に向かって伸びている。戦火だと気付き、緊張感で全身の筋が引き締まるのを感じた。

 フレイスの言っていた「最前線」という言葉が現実のものになったような気がした。

 最前線突入確定だ。銃をかけている肩が戦慄で小刻みに震え出す。

 軍艦はユゴ市チサ町に築かれた帝国軍陣地内の大きな港に到着した。船内から外に出た途端、すぐさま吐き気を催す凄まじい悪臭が鼻を突き、僕はえずいた。卵の腐ったような臭いと血の臭いが混じった悪臭の正体は、港に降り立ってすぐにわかった。

 港の通路脇に所狭しと帝国兵たちの血まみれの死体が並べられている。恐らく百体くらいはいたと思う。死体たちは全て地面に放置されていた。

 これ全部、戦場から後方へ運ばれてきた死体なのか。負傷兵を衛生兵が引っ張ってきたが、絶命したので捨てられたのかもしれない。夥しい数に、港の奥で起きている激戦を想像して背筋に冷水を浴びせられたような悪寒が走った。

 僕は狭い通路を歩きながら死体を見下ろす。死体は体内のガスが膨張して、軍服がはち切れんばかりに膨れ上がっている。軍服は血と黄色い皮下脂肪で黄土色に染まっていた。死体の半分欠けた頭の溝、千切れた手足の断面、膨張により破裂した腹部、眼球が飛び出した眼窩などに白い綿のような塊がたくさんこびりついている。白い塊をよく見ると蛆虫の群れだった。

 軍艦が背後に去って港の海面が見えると、そこにも似たような損壊の激しい死体が隙間なく浮かんでいた。恐らく敵前上陸の際に戦死し、波に乗って流れてきた死体が港に寄り集まってきたのだろう。

 死体の中には僕と年の近そうな若者もいた。彼らも僕たちみたいに頑張って二年間しごかれ抜き耐えてきたのに、こんな最後を迎えるなんて可哀想すぎる。

 僕も死んだら膨張して醜い姿になって蛆虫に蝕まれ、みんなからゴミみたいに捨てられていくんだ。

 共和国軍が帝国を挑発したせいで、僕も、みんなも、こんな酷すぎる目に⋯⋯。

 当時共和国が帝国に迷惑をかけまくっていたと思い込んでいた僕はこの時から、兵隊たちを惨殺し、自分が最前線へ送られる原因を作った共和国を心底恨んだ。

 港から市街地の街路に入った。電柱の外灯は消えて真っ暗だが、船の闇で夜目が効くようになった僕には周囲が見えた。瓦礫や硝子の破片の降り積もる道には、帝国兵たちの死体が死屍累々と転がっている。

 道端の狭い各路地には帝国兵たちが垂れ流したと思われる糞尿が隙間なく落ちており、死体の放つ腐臭、血臭に輪をかけて僕の鼻腔を苦しめた。簡易便所もなく、建物の便所も倒壊などで既に使えないので兵隊たちは垂れ流しする他なかった。垂れ流しは無防備になり敵に狙われやすいので、みんな安全地帯ならば所構わず糞尿をするのが習慣化されていた。

 血と屍と糞尿に満ちた夜の街路を僕達はひたすら進み続ける。遠くから機関銃や砲撃の音が微かに響いてくる。もうすぐ最前線だ。

 心臓が破裂しそうなほどに高鳴り、身体の震えも止まらず歯がガチガチ鳴る。僕の背後を歩くフレイスも怯えたような呻き声を上げていた。

 前へ進めば進むほど道幅が狭くなり、街路も無くなる。地面に落ちている死体と糞尿の密度が増してきて、表現し難い激臭が嗅覚を襲い僕は空嘔吐してしまう。狭い道では糞や屍に群がる蝿の大群も過密に飛び交い、軍服の隙間や耳鼻の穴に入り込んできた。

 まるで獣の巣だ。

 血と尿に浸かり液状になった糞溜りを踏みながら、僕達は進んだ。汚物地帯を歩き続けてたどり着いたのは、帝国陣地最前防衛線のヨサ城壁から三キロメートル離れたところにあるユゴ国立大学だった。

 帝国兵たちは無人になった宿や学校を利用して宿営地にしていた。混成歩兵部隊各種は大学の敷地内に散らばり、天幕を張るなり物資を整理するなりし始めていた。

 僕とフレイスは血と糞尿まみれの靴裏を庭の小川でしっかり洗った後、大学構内に入り壁にもたれかかった。血と糞尿の臭いが未だ鼻腔奥に満ちていて、呼吸が苦しかった。

「フレイスの言うとおり、最前線だったというのは当たりだったな」

「俺たち、敵陣地に突撃させられるのかな」

「知らんよ、そんなの」

 突然、先遣隊の生き残りであるという兵隊がやって来て僕らに話しかけてきた。

「大丈夫か?」

 先遣兵の軍服と顔は血と内臓汁と泥にまみれて、汚物地帯に負けぬほどの激臭を漂わせている。臭いに耐えられず僕は口呼吸した。

 臭い先遣兵は再度問うた。

「怪我はないか?」

 先遣兵のかっと見開かれた両眼は興奮したように充血し、瞳は暗い闇を孕んでいて僕は戦慄する。

 今思えば、あれが戦場の洗礼を受けた兵隊の眼というものだったのかもしれない。

「僕達は無傷であります」

「怪我や病気をしても手当のしようがないから気をつけろ。戦争が急に始まったから物資の準備も輸送が遅れててな、今は食料も薬品も包帯も無い。負傷兵は蛆にはまれて肉塊になるのを待つのみの状態だ」

「そ、そんな⋯⋯」

 怪我をしたら、汚物地帯に転がっていた蛆まみれの死体のようになってしまうのか、と思い僕はぞっとする。

 フレイスが先遣兵に訊いた。

「ところで、戦況はどうなっているのでありますか」

 先遣兵は戦況を教えてくれた。戦争拡大前にユゴ市の共和国軍の駐屯地及び航空基地を帝国空軍が爆撃して、敵は大損害を受けた。共和国軍はこれで脆弱化した、戦いは短期間で終わると見込んだ帝国軍は短期決戦で敵を叩きのめそうとした。

 これが最大の誤算だった。戦後明らかにされたことだが、共和国軍は四十万人もの兵力をユゴ市に集結させていた。莫大な兵力に加え膨大な数の陣地を沿岸沿いに隙間なく築き、共和国軍は激しく抵抗した。

 ユゴ市の海岸に敵前上陸した兵隊たちは、即行要塞から飛んできた機関銃の雨に撃たれて死んでいった。敵前上陸前に大規模な艦砲射撃が行われ、陣地を壊滅に追い込んだはずが、実は多くの敵が地下壕に隠れ、或いは縦深な陣地の奥に一時撤退し難を逃れていたらしい。艦砲射撃が終わって先遣隊の上陸が開始されたのを見計らい、敵は銃砲弾の雨を浴びせてきた。

 先程見てきた死体は先遣兵たちだという。左右翼が引き付け主力が突撃し、なんとか陣地突破して敵は後方へ撤退したが、ほんの四キロメートル引き下がっただけらしい。

 海岸線一帯の要塞突破は激戦の序章に過ぎなかった。要塞線の更に奥には、百年前の大戦時からあるという馬鹿に頑丈な城壁が三列もあった。三城壁はユゴ市の端から端まであり、厚さは十五米。内側からナゴ、ムエ、ナヤ城壁、外側がヨサ城壁と呼ばれる。

 これら城壁は砲撃しても少しへこみができるだけでびくともしない。全入口もコンクリートでがっつり塗り固められており、向こうへ行けない。

 先遣隊が来る前、空軍が爆撃機で塀を破壊しようとしたが、敵は大規模な高射砲隊を配置しているらしく何機か撃ち落とされてしまった。

 城壁を壊そうと重砲を使ってみたがそれでも壊れず。

 城壁を壊せないわ侵入はでないわで、帝国陸軍はヨサ城壁内の建物や水路沿いに立てた簡易掩蔽壕に隠れて戦うしかなかった。

 ヨサ城壁から僅か数十メートルの街路を挟んで向かい側には、共和国軍陣地の城壁がある。ヨサ城壁の窓から少しでも顔を出せばすぐ敵に見つかり、機関銃だの歩兵銃だのの弾がビュンビュン飛んでくる。

 敵陣地に突入しようとした少数決死隊がヨサ城壁外へ飛び出して街路を通ろうとしたところ銃弾の雨を受け、壊滅している。

 何一つ為す術はなかった。

 これからどうすんだよ、と僕達は項垂れた。

 翌朝、僕達の所属する中隊が大学の中庭に呼び出された。歩兵銃を持ってこいというので、やはり敵陣地に突撃させられるのか? と僕は死の恐怖に怯えながら着剣し外に出た。

 中庭に行くと、杭に身体を縄で縛り付けられた共和国人たちが四名並べられていた。着物のような見た目の軍服を来た者、普段着らしい着物を来た者たちがいる。中隊長曰く、彼らは最初の敵前上陸で捕えた共和国軍敗残兵と民兵組織「義勇隊」に属する民間人らしい。

 捕えられた四名は縄の猿轡を噛まされ、恐怖に満ちた表情を浮かべている。

 なぜ共和国人たちが杭に縛られているのか、状況が呑み込めず僕は呆然とした。まさか彼らが訓練の的になるなど、この時は考えてもいなかった。

 杭の前にそれぞれ一列に並んだ僕たちに向かって、中隊長が命じた。

「一人ずつこいつらを銃剣で突き殺せ」

 周囲に動揺が走り、兵隊たちはざわめいた。初めて殺人を、しかも近距離でやれというのだから抵抗感を覚えるのは当然のことだ。

 いくら敵であっても、怯えたり悲鳴を上げたりする様子を見せれば恐怖が湧く。人間に限らず生物には同族殺しを抑制する本能があり、自分と同じ姿の者を殺すのを躊躇う。

 殺人訓練は人殺しの抵抗感を無くし、すぐにでも敵を殺せるようにするためのものだった。帝国軍の下級部隊の多くは敵兵、民兵などを殺人訓練の的にして兵隊たちに刺させていた。訓練を受けた兵隊たちは短期間で殺人に慣れ、血も涙もない人間兵器になれる。
 
 最初に先遣隊の兵隊が訓練の手本を見せた。一週間も極限状態に置かれ戦場に慣れたらしい彼は躊躇うことなく突進し、銃剣を共和国人の腹に突き刺す。刺された共和国人がギャーッと絹を裂くような悲鳴を上げたので、僕は驚きと恐怖に肩を弾ませた。

 中隊長が僕たちに開始の合図をする。

「刺突開始っ!」

 最前列の兵隊たちは、歩兵銃を握る手を震わせながら構える。躊躇うような様子の兵隊を教官が「早くせい!」と叱責すると、彼らは戸惑う気持ちを発散するように「ワァッ!」と叫んで突進し、銃剣を突き刺した。

 突撃しては血飛沫が散り、悲鳴が上がる。悲惨な光景が何度も何度も繰り返された。共和国人たちの全身は穴だらけになり、着物は血で真っ赤に染まった。全員が頭を垂れて苦痛に呻き、苦しそうに息をしている。

 やがて僕の番が来た。正面にいる共和国人のぐったりした顔を見つめていると、躊躇いに駆られて腕が震えた。二年間の訓練で上官の忠犬に改造されたと思っていたのに、込み上げる感情を止められない。

 早く戦場に慣れられる好機だ、だからやらねばと自分を咎めるが、こんなに血まみれなのに、苦しそうなのに、刺すのか⋯⋯? と良心が邪魔してくる。一歩も踏み出せずにいると、中隊長が来て僕に平手打ちした。

「何をしとるか! 早くしろ!」

 上官の命令が心に浸透してきて、無意識のうちに僕は歩兵銃を構えた。

「は⋯⋯はい」

 僕は共和国人の穴だらけの腹を狙った。深呼吸をすると共に躊躇う気持ちを意識の蚊帳へ追い払い、僕は突進する。

 銃剣は腹の傷に深々と突き刺さった。柔らかい肉にするりと貫く感触が銃剣を伝ってくる。息絶え絶えだったはずの共和国人は上半身を反らせて、悲鳴を上げた。

 その声が吹き飛ばしたはずの良心を呼び戻し、やってしまったという罪悪感を込み上げさせた。苦しげに呻く共和国人の声に心を押し潰されそうになって僕は慌てて踵を返し、列の後ろに戻る。

 上官の命令は絶対だという鉄則は骨の髄まで染み込んでいるはずなのに、罪悪感を拭えなかった。まるで上官命令に背くという恥ずべき行為を犯したような気持ちになって、自己嫌悪に陥る。

 全員の刺突が終わった頃、共和国人たちは皆死んだ。

 訓練が終わって解散した後、荷車に山積みされて運ばれてゆく共和国人たちの死体を見ながら僕は内心で愚痴を吐いた。

 お前らが悪いんだからな。共和国軍に協力するからこんな目に遭うんだぞ。

 罪悪感に苛まれる自分を認めたくないあまり、僕は彼らに責任転嫁した。それとは裏腹に、共和国人の上げた悲鳴が頭からずっと離れず苦痛だった。

 殺人訓練は二週間続いた。次々と新しい敗残兵や民兵が杭に繋がれ、刺突の的になり死んでゆく。初めのうちは良心に邪魔されて腕が震え続けたが、何度もやるうちに慣れてきて共和国人が悲鳴を上げても苦しそうにしていても、なんとも思わなくなってきた。最初は震えていた皆も、楽々訓練をこなせていた。

 これで敵に遭遇しても躊躇わずに済む、と僕は嬉しく思った。

 殺人訓練は兵隊たちを戦場で使える道具にするには効果抜群だが、人間性を大いに損失させるため虐殺などの戦争犯罪を横行させる一因になった。

 八月十七日、帝国大本営が新しい作戦を発表したという知らせが中隊長から伝えられた。

 ユゴ市の隣りにある険しい山岳地帯は共和国軍の防衛陣地が手薄なため、そこを突破して市街地の敵陣地一帯の裏手に回わろうというのである。なぜ初めからそうしなかったんだ、みんな無駄死にしなくて済んだのにと僕は憤った。

 新作戦は予定通り発動された。

 帝国軍に背後を突かれ混乱した共和国軍は慌てて陣地を手放し、撤退していった。僕達は逃げた共和国軍を追撃することとなった。

 三城壁を梯子を伝って上り下りし、街路をひたすら進んでいく。進軍途中、道端に捨てられていった共和国軍の負傷兵たちを見かけた。血まみれの彼らは、青ざめた虚ろな顔で僕達を睨んでいた。

 負傷兵たちを見ても『あー可哀想に』と思うだけで、哀れみの感情は湧いてこなかった。二週間に及ぶ殺人訓練の効果であろうか、敵兵に対して感情を抱くことはなくなっていた。

 殺人訓練後から僕の人間性は徐々に崩壊し始めていた。

 共和国軍を追撃していった僕らは、ユゴ市郊外の農村地帯辺りまで来た。農村地帯に敵陣地はほとんど無く、楽々道を進むことができた。市街地戦を想定して農村地帯には陣地を築いていなかったのかと思っていたが、何も無いのは逆に罠だったと知ったのは行軍して三時間後のことだった。

 標高低い緑山に囲まれた盆地に、広大な田畑が広がっている。畑を縫うように伸びる畦道をニ列に並んで進みながら、僕は緑の稲穂が揺れる田んぼを見つめていた。セントベルクは麦食地帯で田んぼはなかなか見かけなかったので珍しさに目を引かれた。

 背後を歩くフレイスが深呼吸一つして呟いた。

「いやぁ、のどかだねぇ。風が気持ちいいわぁ」

 爽快感に浸っている彼とは反対に、僕はあることが気がかりになって落ち着かなかった。

「それにしても、何で農民が一人もいないんだ?」

 先程から畑や民家に農民の姿をほとんど見ないので、僕は違和感を覚えていた。 

 何かおかしい。その予感は的中した。 

 突然、田畑に点在する草むらから一斉に銃弾が飛んできた。

 隊列の数名に命中したらしく、悲鳴が次々上がった。中隊長が「敵襲!」と叫ぶと僕達は慌てて散り散りに走り出し、防風林や雑木林など安全な場所に隠れた。

「フレイス! 早く!」

 僕はフレイスと一緒に畑の畝の間に出来た溝を走り、正面奥の雑木林に身を隠そうとした。

 雑木林の木立から、着物を着た共和国人の少年が顔を覗かせる。彼の両手には黒光りする大きな塊が握られていた。

 軽機関銃だった。銃口は僕達に向けられていた。

「アト! 危ないっ!」

 フレイスが叫んで僕を突き飛ばす。畝の溝に倒れた時、機関銃の轟音が轟くと共に真っ赤なものが僕の視界を覆った。

 フレイスの片腹が抉られて、血飛沫が、飛び出た腸の欠片が、骨が宙を舞う。

 その瞬間が、まるで時がゆっくりと動くように異様に長く感じられた。

「フレ⋯⋯イス⋯⋯?」

 フレイスが僕の目の前に倒れる。機関銃で撃たれ肉を抉られた箇所から噴き出した血が、僕の顔面に降りかかった。

 僕の周りには、フレイスの内臓、骨、肉片が無惨に飛び散っていた。

 フレイスが殺された。僕の幼なじみで、生涯またとないほどに固い友情で結ばれた親友が。

「フレイ⋯⋯ス⋯⋯」

 機関銃を持つ敵が目の前にいることも忘れ、僕は起き上がってフレイスを抱き起こした。

「フ、フレ、フ⋯⋯イ、ス⋯⋯ッ」

 喉が痙攣して言葉を上手く出せない。

 フレイスは咳き込んで口から血を噴き出し、虚ろな眼差しで僕を見上げる。

「ア⋯⋯ト⋯⋯」

 僕はフレイスを抱きしめ、引きつり震える声で嘆く。

「フレ、フ、フレ、イ、スッ、や⋯⋯やっ⋯⋯い、やだっ、フレイス⋯⋯ッ!」

 口から滝のように血を垂らしながら、フレイスは言葉を絞り出すように言った。

「あの時⋯⋯言い、そびれた⋯⋯んだけど、俺、もし最前線だったら⋯⋯お前の、盾になるって⋯⋯言いたかっ⋯⋯⋯⋯た⋯⋯⋯⋯」

 瞼を半開きにしたまま、フレイスは果てた。

「フレ⋯⋯イス⋯⋯? ⋯⋯フレイス! おい! フレイスッ!」

 僕の親友フレイス、没年二十二歳。

「嫌だ! 僕をおいていかないで! フレイスッ!」

 その時、向かいの雑木林でガチャリと金属音が鳴った。顔を上げると、幼なじみを撃ち殺した少年が機関銃に保弾帯を装填しているのが見えた。装填が上手くいかないのか、少年は苛立たしげに機関銃をいじり続けている。

 あいつが⋯⋯。

 あいつがフレイスを⋯⋯。

 全身の肌から怒りと憎悪が熱気と共に噴き出て、同時に理性の糸が切れた。

 僕は立ち上がって歩兵銃を構え、雑木林にいる少年に向かって突進する。

「このぉーっ!」

 僕は少年の頭を銃剣で突き刺す。剣は綿を割くようにぬるりと貫通し、後頭部から血が噴き出した。頭を貫かれた少年は即死し、剣を引き抜くと倒れた。

 少年の着物の袖には、共和国の国旗が描かれた腕章が巻かれている。彼は【義勇隊】に属する民兵だったらしい。

 年端の行かない少年を殺害しても、その時罪悪感など一切なかった。僕という人格そのものが憎悪の塊になって、殺意に燃え上がっていたから。

 雑木林の中から、二人の少年の恐怖に引きつった声が聞こえた。声のしたほうへ目を向けると、茂みの中に隠れている着物姿の少年たちが、怯えたような表情で僕を見ていた。片方の少年の背中には小さな赤ん坊がおんぶ紐で括られている。

 彼らはフレイスを殺したわけではないが、殺害した少年の仲間だとわかった時点で僕にとっては報復の対象になった。

 まだいやがったか、共和国軍のダニ共め。

 憎悪と殺意を爆発させて、僕は少年たちのほうに向かって走り出す。少年たちは片手に持っていた歩兵銃を投げ捨て、悲鳴を上げて雑木林から畑の方へ逃げ出した。僕は少年の一人に追いつき、背後から銃剣で彼の内臓を貫いて、刃をぐるりと回転させる。激痛で即死したらしい少年は、声も上げずに倒れた。二週間の殺人訓練で教わった即死剣術だ。

 雑木林沿いの畦道の草むらから赤ん坊の泣き声が響いてきた。よく見ると、草むらの中に赤ん坊を背負っていた少年が隠れているのを見つけた。

 少年だろうが赤ん坊だろうが、この時の僕には何も関係なかった。

 追いかけて後ろから赤ん坊ごと突き刺す。二人は「ギャッ」と悲鳴を上げ、呆気なく死に絶えた。

 赤ん坊ごと串刺しになった少年に向けて、僕は憎悪をぶつけた。

「よくもフレイスを⋯⋯」

 三人を殺しても憎悪とフレイスを失った悲しみは抑えきれず、感情が爆発して涙が溢れ出した。

「皆殺しにしてやる。共和国軍の兵だろうと民間人だろうと、みんな⋯⋯」

 その日から僕は、共和国軍に協力する者であれば子供だろうが女だろうが、躊躇うことなく虐殺する鬼畜に豹変したのであった。




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参考文献

曽根一夫(1994)『元兵士が語る戦史にない戦争の話』恒友出版.
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