第17話 エマとの邂逅
現在、僕のクラスは体育の授業中である。しかし僕は制服のまま校舎近くのベンチに座っていた。サボっているだけのように見えるが、これには立派な理由があった。集団で行動するとなれば間違いなくハルトは煙たがられるだろう。だから先に離れておくのが正解。
よってこれは合理的な決断なのである。あくまでクラスの輪を乱さないための戦略的撤退だ。決して前世で足が遅くて運動が嫌になっていたことが理由ではない。
ぼんやりとクラスメイトが授業に励んでいる様子をボンヤリと見学していると、校舎の廊下を歩く金髪の女性の姿が目に入った。
「ん?あれって……」
エマ・フィールとその友人二人だった。エマは大抵この三人組で行動している。友人二人は台詞が全く用意されていない関係で全く喋らないという、ある種ハルトよりも不憫なキャラである。
中等部と高等部では授業時間がちょっとズレている。だからかつてのハルトは授業を抜け出してリリアを観察しに出向いていた。今はただ単に見学という名の休憩をしているだけである。
(ハルトと直接関わる事は無いから何も起こらないはず……シリウスの不出来な弟だし良い印象は無いよね、きっと)
「あっ!」
「え?」
「そこにいる貴方は……忌まわしきシリウス様の弟のハルト!」
(やっぱり印象悪いよねー……)
僕が何かする前に、エマが僕に気づいてはズカズカと目の前に凛と立ち塞がった。友人二人はエマを護衛するように僕との間に半身を入れて構えている。……もしかするとこの二人は学生に扮したSPか何かなのかもしれない。
「授業をサボって抜け出しているだなんて……貴方がシリウス様の評判を下げていることを自覚なさっているのですか!?」
「今は一応見学ってことになってますんで……評判は本当に面目ない限りです……」
「あら? てっきり何か反論してくるかと思ったのですが……謝られるのは想定外ですわね……」
難しい顔をしながら、エマは僕に背を向けてボソボソとつぶやき始めた。
「……困りましたわ、私が問題児である弟ハルトを躾ける事でシリウス様にお褒めを授かるという完璧な作戦が……」
「エマ様、全て口に出ております」
「はっ! あ、貴方! 今のは聞かなかった事にしなさい!」
「え、あ、はい」
僕は今、エマの何らかの作戦に付き合わされているようだ。友人……でなく護衛であろう女性が突然しゃべったことに驚いたが、僕に話しかけたのはシリウスに近づくための行動だったという事を知ってなんだか微笑ましくなった。
「ハルト君!」
「リリアさん!? あ、兄さんも」
「シリウス様!? ま、またあの女と一緒に……キーッ!」
(キーッて。やっぱ可愛い枠だなぁ、この人)
ハンカチがあったら食いしばっていそうな声を上げるエマだったが、シリウスが近づいた途端顔を赤らめて固まってしまった。
「エマ嬢、私の弟に何か用事が?」
「い……いえ……、その……」
(あ、緊張モードに入った)
いそいそと髪をいじり始めて目を泳がせまくるエマの姿に、前世の僕が少し重なって見えた。確かに他所から見たら緊張しているのがバレバレだなあと気づかされた。
このまま見ているだけなのも忍びないし、エマは緊張でまともに話せる状態では無さそうだ。エマの作戦の事も知ってしまったし、ここは助け舟を出してあげることにした。
「うん、僕が授業サボってるのかと心配して声をかけてくれたんだよ」
「っ!? 貴方……!」
「そうだったのか。失礼、気遣い感謝する」
「~~っ! し、失礼致しますーっ!」
脱兎のごとく走り去っていった。彼女は全力で恋する乙女をしているのだな、と改めて感じさせられた。エマが去っていくのを見た直後、リリアは僕の両肩を掴んで揺すり始めた。
「ハルト君! 大丈夫でしたか!?」
「へっ!? だ、大丈夫大丈夫! ただちょっと話しかけられただけだから!」
「本当ですか? 私にはお三方から詰め寄られていたように見えたのですが……」
「あー……確かにそう見えるか……でもほら、どうってことないから!」
「……そうみたいですね」
僕に異常が無いことを確認して、ようやくリリアは肩から手を放してくれた。何だか過剰に心配をされている気がする。実態はエマの熱量と護衛の圧が強かっただけで、何かされたわけでは全くない。
「エマも言っていたが……ハルト、中等部は授業中じゃなかったか?」
「今は見学中だよ、一応」
「……全然授業を見ていないだろう」
「まあね!」
「ふっ……全く」
シリウスの笑った顔を見た。ゲーム画面越しでなくハルトになってから初めて見られた事が、想定以上にうれしかった。喜んでいる僕と笑うシリウスを、微笑ましく見ているリリアもここにいる。
(まさか、この二人とこんなに普通に話せるようになるなんて……思いもしなかったなぁ)
今の僕は、二人のお邪魔役から抜け出すことができているのだろうか。少なくとも今は、僕の周りには味方がいてくれているのだと実感している。このまま全員がハッピーエンドを迎えられたら最高なんだろうな、と二人を見ながら考えていた。……リリアとシリウスの距離はそんなに縮まっていないけれど、きっとどうにかなるだろう。
よってこれは合理的な決断なのである。あくまでクラスの輪を乱さないための戦略的撤退だ。決して前世で足が遅くて運動が嫌になっていたことが理由ではない。
ぼんやりとクラスメイトが授業に励んでいる様子をボンヤリと見学していると、校舎の廊下を歩く金髪の女性の姿が目に入った。
「ん?あれって……」
エマ・フィールとその友人二人だった。エマは大抵この三人組で行動している。友人二人は台詞が全く用意されていない関係で全く喋らないという、ある種ハルトよりも不憫なキャラである。
中等部と高等部では授業時間がちょっとズレている。だからかつてのハルトは授業を抜け出してリリアを観察しに出向いていた。今はただ単に見学という名の休憩をしているだけである。
(ハルトと直接関わる事は無いから何も起こらないはず……シリウスの不出来な弟だし良い印象は無いよね、きっと)
「あっ!」
「え?」
「そこにいる貴方は……忌まわしきシリウス様の弟のハルト!」
(やっぱり印象悪いよねー……)
僕が何かする前に、エマが僕に気づいてはズカズカと目の前に凛と立ち塞がった。友人二人はエマを護衛するように僕との間に半身を入れて構えている。……もしかするとこの二人は学生に扮したSPか何かなのかもしれない。
「授業をサボって抜け出しているだなんて……貴方がシリウス様の評判を下げていることを自覚なさっているのですか!?」
「今は一応見学ってことになってますんで……評判は本当に面目ない限りです……」
「あら? てっきり何か反論してくるかと思ったのですが……謝られるのは想定外ですわね……」
難しい顔をしながら、エマは僕に背を向けてボソボソとつぶやき始めた。
「……困りましたわ、私が問題児である弟ハルトを躾ける事でシリウス様にお褒めを授かるという完璧な作戦が……」
「エマ様、全て口に出ております」
「はっ! あ、貴方! 今のは聞かなかった事にしなさい!」
「え、あ、はい」
僕は今、エマの何らかの作戦に付き合わされているようだ。友人……でなく護衛であろう女性が突然しゃべったことに驚いたが、僕に話しかけたのはシリウスに近づくための行動だったという事を知ってなんだか微笑ましくなった。
「ハルト君!」
「リリアさん!? あ、兄さんも」
「シリウス様!? ま、またあの女と一緒に……キーッ!」
(キーッて。やっぱ可愛い枠だなぁ、この人)
ハンカチがあったら食いしばっていそうな声を上げるエマだったが、シリウスが近づいた途端顔を赤らめて固まってしまった。
「エマ嬢、私の弟に何か用事が?」
「い……いえ……、その……」
(あ、緊張モードに入った)
いそいそと髪をいじり始めて目を泳がせまくるエマの姿に、前世の僕が少し重なって見えた。確かに他所から見たら緊張しているのがバレバレだなあと気づかされた。
このまま見ているだけなのも忍びないし、エマは緊張でまともに話せる状態では無さそうだ。エマの作戦の事も知ってしまったし、ここは助け舟を出してあげることにした。
「うん、僕が授業サボってるのかと心配して声をかけてくれたんだよ」
「っ!? 貴方……!」
「そうだったのか。失礼、気遣い感謝する」
「~~っ! し、失礼致しますーっ!」
脱兎のごとく走り去っていった。彼女は全力で恋する乙女をしているのだな、と改めて感じさせられた。エマが去っていくのを見た直後、リリアは僕の両肩を掴んで揺すり始めた。
「ハルト君! 大丈夫でしたか!?」
「へっ!? だ、大丈夫大丈夫! ただちょっと話しかけられただけだから!」
「本当ですか? 私にはお三方から詰め寄られていたように見えたのですが……」
「あー……確かにそう見えるか……でもほら、どうってことないから!」
「……そうみたいですね」
僕に異常が無いことを確認して、ようやくリリアは肩から手を放してくれた。何だか過剰に心配をされている気がする。実態はエマの熱量と護衛の圧が強かっただけで、何かされたわけでは全くない。
「エマも言っていたが……ハルト、中等部は授業中じゃなかったか?」
「今は見学中だよ、一応」
「……全然授業を見ていないだろう」
「まあね!」
「ふっ……全く」
シリウスの笑った顔を見た。ゲーム画面越しでなくハルトになってから初めて見られた事が、想定以上にうれしかった。喜んでいる僕と笑うシリウスを、微笑ましく見ているリリアもここにいる。
(まさか、この二人とこんなに普通に話せるようになるなんて……思いもしなかったなぁ)
今の僕は、二人のお邪魔役から抜け出すことができているのだろうか。少なくとも今は、僕の周りには味方がいてくれているのだと実感している。このまま全員がハッピーエンドを迎えられたら最高なんだろうな、と二人を見ながら考えていた。……リリアとシリウスの距離はそんなに縮まっていないけれど、きっとどうにかなるだろう。