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作者: こなひじきβ
第18話 クラスでの一幕
 とある昼休み、授業でわからなかった所を後で復習しようとマークを付けている最中の僕にケントが近づいてきた。僕の前で立ち止まり僕の事を凝視してくる。無言のまま数十秒が過ぎようとした所で、埒が明かないと僕から話を切り出すことにした。
 
「……何か用事?」
「ハルト君、君は本当に改心したと考えていいのかな?」
「え?」

 どうやら、僕がずっと大人しくしていることから考え方を改めようと尋ねてきたようだ。本人に直接聞いてしまう辺り、真面目過ぎる彼らしいような気がする。どう答えていいか迷っていると、ケントは既に肯定したと見なして勝手に話を進めていく。

「ならばやはり私は君を、優等生の座を狙うライバルと判断して……」
「あ、丁度良いや。この問題の解き方がわからないんだけど」
「ふむ、その問いの答えは問題のこの辺りの文章を正しく読み解ければ……」

 ケントはただ真面目すぎるだけで、普通に接してみたら普通に良いやつだった。わからない問題について尋ねるとこうして懇切丁寧に答えだけでなく解き方まで教えてくれる。

「おいケント、話すり替えられてんぞ」
「答えは意外と単純なものになると覚えておくといいぞ! ……はっ、いつの間に!」
「成程、ありがとね」
「うむ! これ位お安い御用だ!」
「……チッ、いい加減ボロ出せっつーの」

 僕とケントのやり取りを、ギースはとても面白くなさそうに睨みつけてくる。しかし彼は平民という立場上、自分からは手が出せない事を理解している。だからいつもハルトを挑発して手を出させていたのだが、今の僕には通用しない。

「助かったよ、これまでサボり続けちゃったからわかんないことばっかりで……」
「勉学のことなら、君の兄に頼ってもいいのではないか? 首席なのだし間違いないだろう」

 ケントの一言で教室がやや静まる。シリウスの事を引き合いに出してしまったから、ハルトの暴走が始まるかとクラスメイト達が冷や汗をかいている。そんな空気を他所に、僕はもし頼った場合を想像したところで止めた。
 
「うーん、多忙な兄さんに頼るのはちょっと気が引けるかも」
「そうか……忙しい中でも首席を取れるとは、流石はシリウス様だな!」
「去年の試験もほぼ満点だったみたいだからね……いっそ講師になってくれないかなー、なんて思ってるよ」

 ちなみにケントはギースと違ってわざとシリウスの名前を出しているわけではない。単にかつてのハルトにとって禁句であることを理解していないだけらしい。……それはそれで優等生としてはどうかと思うけど、今は全然問題じゃなくなったので流しておく。

「兄の名前にも全く引っかからねぇし……本当にどうなってんだよ……」

 ギースの呟きに数人のクラスメイトが同意していた。しかし僕としてはいい加減僕が暴れない事に慣れてほしいと思っている。それで飽きて興味を無くしてくれれば、平穏な日々に近づく事ができるはずだから。
 しかし、このクラスの平穏はもう少し先になるというメッセージかのように、また教室がざわつき始める。その理由は教室に入ってきた高等部の編入生によるものであった。……こっちも初めてじゃないのだからそろそろ慣れてほしいけれど。

「あれ? リリアさん?」
「はい、シリウス様から『エマの件があるから、私がいない間はハルトと行動を共にすると良い』と提案して頂きましたので」
「兄さんがそんな事を……?」
「……でしたが、後押しをしていただけました!」

 リリアが中等部の教室に現れたことでクラスの注目がリリアに集まる。リリアは評判なんて気にしないと言ってくれたが、やはり居づらさは拭えない。……気のせいかもしれないが、最後の言葉の前半をやや強調していたような気がする。

「……やっぱり、中等部にいると目立ちますから別の場所へ……」
「はい、では行きましょうか」

 ギュッ。

「へ!?」
 
 リリアは僕の手を握って廊下に向けて歩き出した。僕もつられて歩き出す。クラス全員がポカンとしたまま固まってしまった。そのおかげか僕たちはスムーズに教室を出られた。

(距離を近づけてくれる事にまだ慣れないけど、だんだん嬉しいって感じるようになったかも)

 平穏とは少し違うかもしれないけれど、今はとても幸せな時間を過ごすことができている。やっぱりハッピーエンドにしなければと思うのだが、やはりリリアの行動がどうもヒーロー達のほうを向いていないような気がして、ちょっとだけ心配になるのだった。
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